律義先生の大ウッカリ 屋敷伸之vs森下卓 1990年後期 第57期棋聖戦 第3局 第4局

2023年10月22日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 18歳屋敷伸之棋聖24歳森下卓六段挑戦する、1990年後期、第57期棋聖戦5番勝負。

 1勝1敗タイでむかえた第3局は、これまた両者の持ち味が存分に発揮された激戦となる。

 屋敷が谷川浩司九段のような「光速の寄せ」で攻めつぶしたように見えたが、森下も徳俵でのねばりを見せ、なんとか踏みとどまる。

 こうなると、もうどっちが勝ちかわからない大熱戦だが、クライマックスはおどろきの展開を見せたのだ。

 


 次の手が森下の意表を突き、結果的に勝着となった。

 

 

 

 


 △76金が、屋敷の見せたアヤシイ手。

 一見、を守りながら先手玉にをかけた手で、きびしそうに見えるが、これが危険な手に見えるのだ。

 この手は▲同歩なら、△66角王手する。

 ▲77銀合駒△89角成と切って、▲同玉△77桂成必至というねらい。

 だが、そうなると先手には持駒になることに。

 そこで後手玉は、▲32飛成△同玉▲43金△同玉▲21角△32合▲53金までの詰みになるのだ。

 だとすれば、この手は先手に詰ますためのをあたえる「ココセ」(相手に「ここに指せ」と指令されたような悪手のこと)ではないか。

 森下は「勝った」とばかりに、勇躍▲76同歩

 当然に見えたが、なんとオソロシイことに、この手が敗着になってしまった。

 それは、本譜の手順を見ればわかる。

 森下は読み筋通り、△66角▲77銀△89角成

 さっきと同じ、まったく工夫のない同じ手順であるが、後手はこれから変化のしようがない。

 だが、この局面が先手負けなのだから、森下も茫然としたことだろう。

 

 

 


 読み筋では、ここで▲同玉と取り△77桂成▲32飛成とすれば、先手が勝つはずである。

 ところが、上記の手順通りに進めてみてほしい。

 なんと、最後の▲53金のところで、実は詰んでいない

 そう、△89角成としたところで、△59が遠く▲53の地点を守っているではないか!

 

 △56の角がいなくなったおかげで、▲53金に△同竜で詰まない。

 

 

 なんと森下は、この初心者がやりそうなウッカリを、この大舞台で披露してしまったのだ。

 まさに、森下が自虐するときによく出る

 

 「なんと馬鹿なことをしたのかと、ほとほと自分にあきれ果てました」

 

 というフレーズが聞こえてきそうなシチュエーションではないか。

 考えてみればおかしな話で、屋敷伸之ほどの男が、こんな簡単な負け筋に自ら飛びこむはずがないのだ。

 いつもの森下なら、こんなミスはやらかすはずがない。

 あまりにもうますぎる話に、気持ちを引き締め直して、1秒もかからずに▲53金が打てないことに気づいたはずなのだ。

 それが、このエアポケット

 理屈ではない、屋敷の持つ独特の「妖力」のたまものとしか言いようがないが、屋敷本人もビックリしたかもしれない。

 今さら言っても意味はないが、▲76同歩では、▲78銀打と受けておいて、まだまだ熱戦は続いてた。

 まさかの落とし穴は、おそろしいことに次にも繋がる深いとなった。

 第4局は先手の屋敷が、棋聖獲得の原動力ともなった相掛かりを示すと、森下もそれに追随。

 むかえた、この局面。

 

 

 先手の布陣にスキありとして、森下が果敢にから仕掛けて行ったのだが、次の手が森下のねらっていた軽手だった。

 

 

 

 

 

 

 △37歩とタタいて、森下は指せると見ていた。

 ▲同桂△17歩成で突破される。

 ▲同金△28銀から、桂香を取られてしまう。

 ▲同飛△45銀と出て、飛車が殺されそうで困る。

 後手がポイントをあげたようだが、これがとんだ尻抜けだったのだ。

 

 

 

 

 

 ▲28金とかわして、後手の攻めは頓挫している。

 これで後手は手順に△17歩成を防がれたうえに、飛車をいじめる順もなく、歩打ちが完全に空振ってしまっている。

 これぞ見事な「スカタン」であり、見れば見るほど悲しい形。

 以下、▲37桂から▲16香と味よくを払って、先手は全軍躍動

 一方の後手は後退に次ぐ後退で、ヒドイことに。

 

 

 

 図は△12歩と受けたところだが、自ら元気いっぱいで△15歩と仕掛けていったのに、そのにあやまらされるのでは、なにをかいわんや。

 それでも歩を受けた根性は、さすが不屈の森下卓だが、これは局面的にも気持ち的にも、あまりにつらすぎるというものだ。

 堅実派の森下が、まさかの2局連続で大ポカ

 第3局の終盤からは急転直下の決着で、森下も納得がいかなかったろう。

 以下、後手の懸命のがんばりを振り切って屋敷が制勝。見事、タイトル初防衛を果たした。

 森下はA級10期、棋戦優勝8回、通算800勝以上を数える大棋士だが、タイトル戦には6度登場しながら、1度も獲得することができなかった。

 それは相手の大半が、天敵ともいえる羽生善治だったことが大きな原因で(他は屋敷と谷川浩司が1度ずつ)、そのせいか後年この棋聖戦が「最大チャンス」と言われることもあったが、残念な結果となってしまった。

 

 (「無冠の帝王」と「C1に14年」の七不思議編に続く


★おまけ

(森下が名人挑戦を決めた将棋はこちら

(屋敷が「史上最年少タイトルホルダー」になった将棋はこちら

(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 


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