オーストリアの元祖「クレーキング」トーマス・ムスター その2

2017年05月26日 | テニス

 前回(→こちら)の続き。

 酔っ払い運転にはねられて、選手生命の危機におちいったオーストリアテニス選手トーマスムスター

 不条理な痛みに耐え、見事ツアーに返り咲いた不死鳥トーマスが、もっとも輝いた年が1995年だった。

 得意のクレーシーズンモンテカルロオープン決勝でボリスベッカーを破って優勝するなど好調をキープ。

 勢いにのって、フレンチオープンでも初の決勝に進出。

 ファイナルでは、6年ぶりの優勝をねらうマイケルチャンストレートで一蹴し、見事初優勝を飾ったのだ。

 かつてのチャンピオンで、ねばり強さでは定評あるマイケルをまったく寄せつけなかったのだから、このときのトーマスは本当に強かった。

 決勝戦で、マッチポイントを決めた、まわりこんでのフォア逆クロスもすごかったが、個人的に印象に残っているのは、準決勝の映像。

 そこではロシアの新星エフゲニーカフェルニコフと相対したのだが、あまりのトーマスの頑強なテニスの前に、さしもの「殺人ストローク」が売りのカフィも、手も足も出ない状態になっていたのだ。

 打っても打っても、それ以上の強烈なショットが跳ね返ってくる。

 まだ中盤なのに、すでに持ち弾のなくなったカフィは、なんと意表のサービスボレーを披露しはじめた。

 球速の遅いクレーコートで、しかも本来ならグラウンドストローカーのカフィがサーブを打ってすかさずネットにつく。

 無謀というか、ほとんど旧日本軍における玉砕「バンザイアタック」と変わらない暴挙だ。

 現に、ほとんどその成果は見られず、何度もパスで抜かれてカフィは大敗する。

 だが、そんな奇襲というか、はっきりいってやけくそに頼らなければならないほどに、当時のトーマス・ムスターをクレーで攻略するのは困難だったのだ。

 まさに、元祖「クレーモンスター」であった。

 そんな強すぎるトーマスであったが、現クレーの王者ラファエルナダルと、少しばかり違うところはといえば、これ。

 彼が本当にクレーの「スペシャリスト」だったこと。

 フレンチ・オープンをはじめ、のコートでは無敵の強さを見せるナダルだが、ウィンブルドンUSオープンなど、ハードコートのビッグタイトルも手にしている。

 プレースタイルこそ土が基本に置くけど、ラファはもっと幅広い世界に適応して登りつめたところが現代的だったが、トーマスの場合は本当にクレーコートこれ一本

 職人気質の専門家といえば聞こえはいいが、まあ平たく言えば土以外ではの一流選手といったところ。現に一度は世界ランキングでナンバーワンになりながらも、



 「1位っていっても、クレーコートでしか勝ってないじゃん」



 なんて批判されたものだ。

 トーマスからすれば、別にルールに反しているわけでもないし、グランドスラムのタイトルも取っての栄冠なのだから、揚げ足を取られる筋合いはない。

 わけではあるけど、まあ見ている方としては、多少は言われても、しょうがないかなという気はしないでもない。

 やはり、世界ランキングナンバーワンといえば、1年を通じてオールラウンドに活躍する選手がなるイメージがある。

 レンドルベッカーサンプラスアガシにしても、幅広い大会でタイトルを取っているが、いかんせんトーマスはクレーコートに偏りすぎだ。 

 特に球速の速いのコートは大の苦手にしており、ウィンブルドンは4度出場して、すべて1回戦負け

 ローラン・ギャロスを取った1995年以降など、ぶんむくれて出場すらしなくなってしまったくらいだ。

 そんなトーマスの極端なテニスのスタイルを象徴しているのが、たしか1997年だったかのオーストラリアンオープンのこと。

 全豪はリバウンドエースという比較的遅めのハードコートを敷いていたので、トーマスにもそこそこ戦いやすかったか2度ベスト4に入っているが、ある試合後のインタビューで記者から、



 「あなたはクレーコートでは最強だが、ハードコートでもやはり、そのプレースタイルを変えるつもりはないのか」



 これに対してのトーマスの返事が、



 「オレは今日、3本ボレーしたんだぜ。まだ文句があるのかい?」



 3本「」というのがイカしているではないか。

 これはまっすぐな回答なのか、それともひねった自虐ユーモアなのか。

 なんとも判断に苦しむところが、おもしろい。

 あのパワードスーツでも着こんでいるような頑強なストローク力と、耳から湯気の出そうなうなり声は、はっきりいって洗練さのかけらもなかったが、その無骨なところがトーマスの魅力でもあった。

 決してのあるタイプではなかったが、かつてのローラン・ギャロスは彼のようなプレーヤーこそが映えたのだ。

 現在、後輩であるドミニクティームが、かつての「スペシャリスト」のような、スピンの効いたショットを武器に、クレーで好成績をおさめている。

 今のところはまだ、ラファエル・ナダルやノバクジョコビッチ相手に授業料を払わされている段階だが、いずれ大きな結果を残せる才能であることは間違いない。

 大先輩に続いて、いつフレンチのタイトルをオーストリアに持って帰れるか、要注目だ。


 

 ■おまけ 1995年フレンチ決勝の動画は→こちら



 

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