将棋巌流島決戦 団鬼六『果たし合い』で読む、伝説の真剣師 小池重明の晩年 その2

2017年05月30日 | 将棋・雑談
 前回(→こちら)の続いて、団鬼六『果たし合い』。
 
 人としてはダメダメだが、将棋だけは鬼神のごとき強さの真剣師、小池重明
 
 その実力はプロに匹敵するにもかかわらず、肝心なところで人生につまづいてしまう彼は、すべてを失い、ついに団鬼六邸へと転がりこむことに。
 
 

 「将棋指南にやとっていただけませんか」

 
 
 野良犬のような姿でそう請う小池に、団先生は、ひとつ提案する。
 
 
 

「こちらが用意する刺客を倒せれば、やとってやろう」

 
 
 さんざ迷惑をかけられた身であり、本来ならば、けり出してしまっても、おかしくはないはず。
 
 だが、小池重明という人はそのメチャクチャなキャラクターにもかかわらず、妙に人から好かれるところがあったという。
 
 そこで、ひとつ勝負となったのだ。このあたりが、団先生独特の「遊び心」の真骨頂か。
 
 先生が、こんなことを言いだしたのには、それなりの理由もあった。
 
 いくら伝説の真剣師とはいえ、将棋界から追放されて何年にもなる。
 
 そんな小池が、まともな将棋を指せるはずはなかろう、とタカをくくっていたらしいのだ。
 
 だったら、まあちょっとした余興として、おもしろかろうぐらいの気でいたら、あにはからんや。
 
 なんと小池はアマチュア名人の田尻隆司さん、元奨励会三段鈴木英春さん。
 
 そして後にプロ棋士になる伊藤能三段という、団先生が用意した強豪をなで切りにしてしまうのである。
 
 これには先生も腰を抜かし、しまいにはプロである富岡英作六段(当時)が、
 
 

 「小池は僕が斬ります」

 
 
 名乗りを上げるなど、座興のつもりが大騒動になってしまう。
 
 富岡はプロになったばかりのときに、一度小池に負かされている。そのリベンジの機会は、今こそだと息巻いているのだ。
 
 アマチュアどころか、プロも巻きこんでの事態に、団先生はこれを「巌流島決戦」と名づけて、その一戦に立ち会うこととなった。
 
 決戦の地を熱海起雲閣とし、佐伯昌優八段中村修七段塚田泰明八段といったプロ棋士に、正式な立会人まで依頼する。
 
 当初は物乞いを追い払うくらいの気持ちで、小池に接していた団先生が、プロまで担ぎ出してその戦いを見守ることとなってしまった。
 
 「遊び心」もここに極まれりというか、ここまでくるともう、おもしろがっているとしか思えないが、ともかくもプロアマの誇りをかけた大一番が、ここに立ち上げられたのだ。
 
 だが、この「巌流島決戦」は実現しなかった。
 
 その前哨戦ともいえる、横山公望アマとの戦いに、小池が敗れてしまったからだ。
 
 
 
 
 
 図はその中盤戦。
 
 ▲22歩と打ったところでは、先手の小池がハッキリ有利であると、団先生(アマチュア六段)をはじめ、アマ強豪の検討陣は口をそろえる。
 
 △同玉とは取れないが、かといって△33桂など逃げても、▲21歩成と玉のすぐそばにと金を作られるのが痛すぎる。
 
 またも小池勝利かというところだが、ここから横山も力を出す。
 
 
 
 
 
 
 △33銀と引くのが、団先生も思わず「あ!」と声が出た妙手
 
 ▲21歩成で、やはり桂をボロっと取られそうだが、それには△26馬(!)と引く、王手飛車があるのだ。
 
 この△33銀は守り駒を引きつけながら、△26から△71までのラインを開けたもの。
 
 ▲81飛成のような王手飛車を防ぐだけの手には、悠々△22銀と取って、先手の攻めは切れてしまう。
 
 あざやかな受けで、先手が大ピンチのようだが、ここで小池にまだ切り返しがあった。
 
 
 
 
 
 ▲44桂と打つのが「次の一手」のような好打で、△同歩と馬のラインを埋めつぶしてから▲21歩成なら、やはり小池が優勢をキープできていた。
 
 ところがなんと、小池はこの手を指さずに、▲41飛成といきなり切り飛ばす。
 
 △同玉に▲21歩成だが、これはさすがに攻めが細すぎて、先手がいけない。
 
 
 
 
 突然の暴発に、横山アマもおどろいたのではないだろうか。
 
 以下、大差になってしまい、後手が快勝。
 
 
 
 
 あまりに小池らしくない拙戦と言われ、観戦者も呆然
 
 はからずもプロまで出てきて大事になったことにおそれをなして、わざと負けたのではないかと邪推されたりもした。
 
 小池が敗れるときの状況を、団先生はこう書いている。
 
 名文なので、少し長いが引用してみたい(改行 引用者)。
 
 

 小池の顔面は真っ赤に充血していた。目が血走り、彼の呼吸の乱れが聞こえるようだった。

 私の目にも盤上の形勢はあきらかに小池の不利だった。いや、不利というよりもはや大勢は決している感じだった。

 小池の最後の望みは入玉しかないわけだが、大駒を二枚とも失っている小池には、入玉の一縷の望みもはかないものになっている。

  傷ついた狼がハンターに追われて必死に山頂めがけてよろめきながら逃げている感じ、公望はすっかりハンターになり切って大駒四枚を猟犬のように駆使し、傷つき狼を四方から網をしぼるようにして包みこんでいく。

 

 
 追いつめられた小池の、うめき声が聞こえるようだ。そこで団さんはさけぶ。
 
 

 私は、しっかりせんか、小池、とどなりつけたい衝動にかられた。

 長い間、将棋を指せなかった孤独からようやく開放され、念願のプロ棋士といよいよ剣を交えるという晴れの舞台を前にしながらなんで調子を狂わせてしまったんだ。

 この馬鹿、と、私は小池をどやしたくなっている。この一瞬、私は小池に対する数々の恨みも忘れて、泣きたいような気持ちになっていた。

 馬鹿野郎、どうせ斬られるならいさぎよく富岡に斬られろ、貴様をプロに斬らせてやるのは山狼になった貴様にかけてやる俺の最後の温情だ。

  山狼のお前が長崎チャンポンの横山公望如きに不覚を取ることは許さんぞ。
なんのために、ここまで俺をキリキリ舞いにさせやがったんだ、迷惑かけるなら最後までかけろ

 
 
 こうして、あらためて団先生の本を読み返してみると、氏の文章力の高さにやはりおどろかされる。
 
 「SM作家」「ポルノ小説」というと、なんだか即物的に書き飛ばしているような印象もあたえがちだが、そんなことはない。
 
 リーダビリティーが高く、それでいてライトな感じはまったくない。観察眼も鋭く、非常に文学性もある。
 
 というか、そもそも団先生のデビューは純文学
 
 ポルノは手慰みで書いていたら、たまさかそっちでブレイクしてしまったという、いわゆるコナンドイルのパターンなのだから、こういう人物伝だってお手の物なのである。
 
 個人的には、団先生の将棋作品は、山口瞳先生の名著『血涙十番勝負』と並ぶのではないかと考えています。とっても、とーってもオススメです。
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする