★ Serena ★

カナダ暮らしのエスペランチスト、自然愛好家。
エスペラントやカナダの野草、ネーチャークラブの活動など思いつくままに。

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カナダ・デー

2005-06-30 19:46:24 | Weblog


明日から七月。

七月一日はカナダの建国を祝う日、今年で138年目を迎えます。
1867年建国以来50周年までは一年目の祝賀を除いて特別お祝いをしませんでしたが、
1879年にはこの日を『Dominion Day』と呼ぶことが決められました。

1958年以降は議事堂の丘(オタワ)で花火やコンサートを含む種々の催しが大々的に行われるようになりました。
1967年の百周年記念はエリザベス女王を迎え議事堂の丘でのお祝いはより大掛かりなものでした。翌1968年からは少し代わって多民族及びプロフェッショナル・コンサート、芸術家やスポーツ選手なども引っ張り出され華やかなものになりました。
1980年以来国家の補助金を得、全国各地で祝賀が行われるようになり、1981年からは主要15都市での花火もこれに加えられるようになりました。

1982年には『ドミニオン・デー』が『カナダ・デー』に改められ、現在に至っています。
加えて、7月4日(俗にFourth of Julyと呼ばれている)は米国の独立記念日(Independence Day)なので、特に国境を接している地域では合同の祝賀も催されます。
ナイアガラフォールスでも色々な催しが有りますが夜は花火を揚げ、滝の前のクイーン・ヴィクトリア公園に設けられた舞台ではコンサートも開かれ、イルミネーションに照らし出される滝に一層の華やかさを添えます。

そしてこの日は新しく市民権を得た人たちのため「市民権授与の儀式」が各地で行われ、人々の祝福を受けます。この日から彼らは選挙権を得、カナダの政治にも参加出来るようになります。





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妖精のスリッパ

2005-06-30 08:23:28 | 野の花 - 春から夏へ

切手になったカリプソ
図鑑では何度も見ていた花です。本物を一つ見ただけで
『満足。このまま帰っても悔いは無い』
と言えるほど皆が期待していた花でした。

期待に背かず美しい花です。
その形が一種独特で普通の「花」という感じからはほど遠く、それだけに余計貴重に思えるのです。トーバーモリの先にあるフラワーポット島で何本か見つけました。

カリプソの命名者(英国の植物学者Salisbury)は1805年カナダからこの花を紹介された時、その美しさに感動し、ギリシャ神話の伝説的美しい海の妖精カリプソの名を付けたそうです。妖精カリプソはホーマーの長編叙事詩オデッセーに出て来ますが、トロイ戦争から凱旋途中のオデッセーを虜にし、七年間自分の孤島に閉じ込めました。

カリプソは群生するようですが、私達が見つけたのはいつも一本だけポツンと立っていて、そんなところも妖精カリプソに通ずるものがあるような気がします。高さは10センチ前後、花の大きさも1-2センチ、足許に有っても気づかずに通り過ぎてしまう可能性は大きいです。その上非常に珍しい花なのですから出合ったときの感動はひとしおです。

原住民はこの塊茎をお芋を食べるように食料にしたとのことですが、その頃はそんなに沢山生えていたのでしょうね。
花は一個だけ、葉も根元に一枚だけです。根は非常に敏感でちょっと触っただけで折れてしまうし、花を取られたら枯れてしまうので、盗掘など以ての外。

英語名はFairy Slipper 、学名は Calypso bulbosa です。エスペラント名は出ていませんが、当然のことながらKalipso Bulba でしょう。日本名はホテイラン(布袋蘭)ですが、日本のは微妙に違い、学名もCalypso bulbosa var. japonica となっています。

私はこの花を見ると般若の面を連想します。


写真はあまり巧く撮れなかったけど、ご披露します。後にあるポリガラの色が強くちょっと邪魔ですが。次の機会…何時になるかは判りませんが…にはもっと上手に撮りたいものです。

もう少し上等の写真をみたい人はこちらに行って下さい。英語ですが、写真が最初のページにあります。
http://www.botany.wisc.edu/Orchids/Calypso.html


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その日の昼食

2005-06-29 01:15:15 | Weblog

胡蝶館の後、植物園内をBotanical Curator(植物管理者)トムさんの説明を受けながら歩き回りました。
学生達3人も同行してくれて説明の追加などしてくれました。
その後昼食はクイーンストンハイツ・レストランです。
晴れていたらオンタリオ湖やトロントのスカイラインが見える所ですが湿度が高く景色が霞んでいたので残念でした。
私も辻本さんのご好意で招かれ、皆さんとご一緒させていただいたのですが、食事の内容は、コンソメスープの後三つの選択があり、私はサーモンを選びました。
デザートはトムさんの口利でここのシェフがこのグループのために特製した桃とローズウォーターのシャーベットです。いつも美味しいレストランなのですが特にこのシャーベットは良かったです。
せめて写真を披露しましょう。


 

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胡蝶館

2005-06-28 07:54:04 | Weblog

胡蝶館(Butterfly Conservatory)はナイアガラ公園にある植物園の中にあります。
植物園はもともとが庭師を養成する目的で1936年に始められた園芸学校なのですが、数年前『植物園』と改名されました。理由は学校と聞くと通り過ぎてしまう人々が多いからなのだそうで、実際植物園に改名されてから入場者が増えたとか。植物園自体は入場無料(胡蝶館は有料)です。

学生たちの暮らす寮遠景


学校は年に12人から15人の生徒を迎え入れ、常時45人くらいが勉強しています。ここでの勉強は教室の中とは限っていません。実際に土をいじり植物と親しんで学んでいくのです。頭が良いだけでは入れない学校と私は良く説明していますが、他の学校が夏休みでも休んでいては植物が死んでしまいますから、健康な体でなければ「勉強」も続きません。
今回は3人の交換学生にも会えました。3人とも心身ともに健全な明るい礼儀正しい若者達です。

植物園の広さは40ヘクタールあり、訪問者は薔薇園、樹木園、ハーブ園、野菜畑、ロックガーデン等々を楽しめます。胡蝶館は1996年に出来た全館ガラス張りの建て物で、色とりどりの蝶が2000匹あまり自由に飛び交っています。



今回のツアーは造園関係の人々のグループで、ヴォランティァとしてその方面に関っている人も多いと聞きました。このツアーを企画したのがリーダーの辻本さんで、彼女はこの園芸学校最初の日本からの交換学生だった人です。現在は淡路市にある兵庫県立『奇跡の星の植物館』をユニークなアイデアで運営しています。
同行の可児さんは多治見市にあるギャラリーオー工房の事務局長をしています。とても若い人ですが、豊かな経験を生かして頑張ってお出でのようでした。他の皆さんも明るく楽しい人達で、久しぶりのツアーを楽しみました。
ただし、暑さはこれまでの最高、体感気温が38℃でしたから、チョッとバテ気味です。湿度が日本程ではないと言われても『ホントー?』と疑ってしまいます。

このツアーにつけてもらったお陰で、先日の花の名前も判ったし私としてはとっても幸運でした。ペンステーモンは憶えにくい名前なので、「筆(ペン)捨て者(モン)」と憶えることにしました。エスペラントにすれば Penstemono『ペン捨てモーノ』ですからね。
ペンを捨ててワープロで。。。です。
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新発見! 君の名は。。。

2005-06-25 01:19:35 | 野の花 - 夏から秋へ




昨日通り掛った路傍に見慣れない花を見つけました。
良く通る道なのに、且つ何年も通っている道なのに、今まで気付かなかった花です。
何冊か持っている図鑑を探しても似たような花さえ見出せません。
4-5平方メートルくらいの所に群生していました。
花の丈は50センチくらいで、葉は細かく、房状に花をつけています。この花がとても魅力的なのです。

それぞれの花の大きさは2センチ弱、ラッパ状の花は五枚の花弁を持ち、雄蕊はカールして先端に黒い胡麻粒が付いているように見えます。雌蕊の軸には細かい茶色の毛が疎らに生えていて、下側の3枚の花びらには濃いピンクの動脈のような筋が入っています。花弁の色は白ともいえるほど淡いピンクで、この花を一層可愛らしく感じさせる役目を果たしているように思えます。
どなたかこの花に付いて知ってる方がいたら教えてください。


写真上はクローズアップ、下は花の房です。

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情けは人の為ならず

2005-06-24 04:11:11 | Weblog
思い違いや勘違いは良く起ることですが、大抵の場合は一寸したきっかけで気付くものです。
でも、一生思い違いをして終わる物事も有るのだと最近思いました。

「自費」と「実費」を混同している人が意外に多いのですが、この人たちは恐らく一生涯思い違いのまま終わるのでしょう。これを読んでいる人の中にもその一人と言う人がいるかもしれません。統計を取ったら面白いだろうな、と思うのは私だけ? 日本人の何パーセントがそんな使い方をしているのか大いに興味があります。
「会社の仕事なのに実費でなんて嫌だわ、出してくれたって良いじゃないの」
等と言う会話を聞いた事はありませんか?
酷くトンチンカンに聞こえるのですが。。。
実費とは実際に掛かった費用の意味であり、自腹を切るのが自費であることを納得していないのです。
ある時、ツアーの夕食の時間に雑談に花が咲いていました。
「情けは人の為ならず」の意味は。。。が話題でした。
子供の頃教えられた事の一つです。「情けは人のためにあらず、あなた自身のためなのだ」と。そして、私なりに
「人に何かしてあげるのはその人が喜ぶのを見て私自身が幸せになるから、その自分の幸せのためにして上げるのであって、その人の為なのではない」“だから、恩に着せてはいけない”
と解釈していました。
ところが、最近は
「情けを掛けてあげるとその人が増長したり、我が儘になるからその人の為にならない」“だから、親切にしてはいけない"
と解釈している人が居ると言うことを、笑っていたのです。

Hello!

5月13日にはよちよち歩きだった雁の子もこんなに大きくなりました。
未だ飛べないけど良く食べます。


と、「アラ、私そう思っていたわ」と言う人が居て、何となく座が白けてしまいました。
もう、60歳にはなろうと言うこの婦人は、絶対自分の考えが正しいと自信を持っていたようです。この言い草を覚えたのが10歳頃とすれば、もう半世紀もの長い間そう信じて来たわけですから「今更…」と言う気がしなくもないのですけど。
仏教について特別学んだことも無いのですが、この言葉は仏教の教えから来ていると思っています。仏の心は慈悲の心、と何処かで読んだ気もしますし、「増長するといけないから情けを掛けてはいけない」なんて随分冷たいではありませんか。
次の食事が何処から来るかも判らない状態で暮らす貧困の国の人たちに援助の手を差し伸べて、と募金している組織が幾つもありますが、この人の考えに従えばこれら組織のしていることは間違っていることになります。
この婦人は一見優しそうな人で、且つ行動的な人でしたから困っている人を見殺しにするなど考えられず、実に不思議な感情が私の胸に沈んで行きました。


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フレンチ鶏がら

2005-06-22 18:54:33 | 野の花 - 春から夏へ

Fringed Polygala フリンジド・ポリガラ。学名はPolygala paucifolia、日本名は見つけられませんでした。

別名が幾つもありその一つは Bird-on-the-wing 、つまり「飛んでる鳥」です。花の形が飛行中の鳥に見えるからでしょう。フラワーポット・アイランドに沢山咲いていました。初めて名前を聞いたとき良く聞き取れず、「フレンチ鶏がら?」と誰かが言ったことから冗談にトリガラと呼んでいました。名前を覚えるためにはこんな冗談も役に立ちます。私達が見たのは鮮やかな紫を帯びたピンクでしたが、稀には白い花のもあるそうです。
学名も二つ有り、もう一つはPolygala uniflora で、こちらの方が私には憶えやすいです。

エスペラント名はPoligalo ですが、これは広義の名前のようです。従って、Poligalo unufloraなら、理屈が合うと思いませんか?
Wintergreen (シラタマノキの類)に良く似ているがこちらの葉は食べられるがポリガラのは食べられないので間違えないように、との注意書きがありますが、確かに花がなかったら間違えるかもしれません。
ウインターグリーン の花はポリガラほど派手ではなく、探さなければ見つからないほど小さいです。ウインターグリーンの葉は噛むとハッカの味がします。

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ただ今練習中

2005-06-21 01:33:37 | Weblog

今日は複数の画像を載せるための練習です。
毎日のように歩いているダッファリン島の今朝の情景、子雁たちの姿が見えなかったのは反対側の車の通る道の脇にいたからでした。


まだ9時半頃だったので人はいませんでしたが、ボチボチバーべキュウの支度をし始めた人たちの姿も子雁たちのいる方に見え出した頃です。


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チコリ

2005-06-20 02:25:18 | 野の花 - 夏から秋へ


夏が来ると路傍に咲く花の一つ。その美しい紫を帯びた青色に目が行きます。
中々名前を知る機会がなく、当時は図鑑も持っていなかったし気になっていた花でした。
ある夏、プリンス・エドワード島へツアーで行った時、路傍はこの花で一杯でした。
その時バスの運転手ルーイにようやく教えてもらったのです。彼とはその後何回か一緒に仕事をしたのですが暫らく姿を見ない年が続きました。ある年バス会社の人に彼の消息を尋ねると
『昨年急に亡くなったのよ』と言う返事。良く太っていたので心臓に掛かる負担が大きかったようです。背丈はあまり高くない人でしたから、横に転がした方が早いタイプでした。
物静かな人であまりおしゃべりもしなかったし何度か一緒に仕事をしたと言うだけなのですが、チコリの咲く季節が来ると達磨さんのような彼の顔を思い出します。

一度に数個の花を付けますが、花の命は一日だけ、それでいて夏中花を楽しませてくれる、ヨーロッパ原産の花です。花が咲くのも萎むのも毎日同じ時間というのも面白いですね。

根は茹でて野菜としても食べられるし、乾燥させ粉末にしてコーヒーの代用品になります。戦時中のヨーロッパではもっぱらこれがコーヒー代わりに使われていたようです。
コーヒーそのものよりも水に溶けやすく少量で十分な香りを楽しめるので経済的でもあるのだそうですが、カフェイン無しでコーヒーの味を楽しめるし、血液の浄化や肝臓の健康に良いとのことです。
現在でもカフェインに敏感な人はチコリを主体にした身代わりコーヒーを求めることが出来ます。

もちろんこのように使われているのは栽培されている物で、きのこ狩りのように路傍のチコリを狩り集めるのではありません。
この花は何故か、Blue-sailors ブルー・セーラーズとも呼ばれます。日本語ではキクニガナ。

サラダに使われるエンダイヴ(Cichorium endivia)もチコリの一種ですがチコリの葉も若いのはサラダに使えるとのこと。まだ使ったことはありません。花が咲いて始めてその存在を認識するので、その頃は葉も硬くなっているのです。

英語名はChicory、学名はCichorium intybus、エスペラント名はCikorioで、エスペラント名のCikorioは、エンダイヴ等も含めた広義でのチコリです。
      

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Futon / フートン

2005-06-19 06:23:53 | Weblog

とあるB&Bの前を通ったら、大きなトラックがマットレスを運び込んでいる所でした。
新しいのと取り替えていたようです。このトラックには「Futon Canada」という字が書いてありました。

フトンはもはや英語の一つになっていますが、その発音はフートンです。何故フートンになるのか考えてみました。日本語の布団をローマ字で書くとFutonです、これを英語で発音するとフートンになってしまうのです。実際日本人が布団を発音する時「FU・TO・N」と発音しているでしょうか。私の耳には「FTON」に聞こえますが、皆さんには?
確かにFの後に小さなUの音が入っていますがはっきりUと聞き取れるほどではありません。
だから、英語人間にフトンと発音してもらいたいなら「Fton」と綴るべきだったのです。もちろん今ではもう遅いですが。この良い例はダットサン『DATSUN』マツダ『MAZDA』などです。

読む側の発音をコントロール出来なかったのはニコンで、ナイコーンと発音されています。

もう20年くらい前になるでしょうか日本のテレビで、『ネッスル』とアナウンサーが発音するのが気になって仕方がありませんでした。私はスイスに居たので、そこで聞いていた発音は『ネスレ』だったからです。最後のEにアクサンテギュ(´)が付いていることに気づいていなかったのでしょう。もう少し研究してから発音すればいいものを、とこのアナウンサーの不勉強を嘆き、「ネッスル、ハッスル」などと冗談を言ったものでした。それが、数年後同じ広告の発音が『ネスレ』に変わっていたので驚きました。
ネスレ側から苦情が出たものなのか、或いは上司から「アンタ、そりゃ間違いやデェ」と注意されたのかどうかは知る由もありません。私の友人の一人がネッスルと発音するのでその都度彼女に注意します。彼女は「ネッスル」時代に憶えたので中々変えられないらしいのです。


新しく生まれた赤ちゃんの名前にしても同じ苦労があるようです。外国で暮らすことになろうとは夢にも思わなかった親が付けてくれた名前が長く難しい時、例えばナントカ右衛門などいう場合は、ニックネームとしてこちらの人が憶えやすいクリスチャン名を使う人もいます。
こういう一見つまらないこと(でも、馬鹿に出来ないこと)に興味を持つので、「C^u vi estas lingvisto? / あなた言語学者?」と言われたことがありました。
アッハッハァ、ですけどね。そこまで勉強していたら今頃こんなブログを書いてはいなかったでしょう。

今日は曇りの18℃、裏庭の雑草は元気に益々伸びています。

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紫へいしそう

2005-06-17 11:19:06 | 野の花 - 春から夏へ



Northern Pitcher Plant 日本名は紫瓶子草です。学名は Sarracenia Purprea、エスペラント名は見つかりません。勝手にKruc^o Plantoにしておきます。

数年前アルゴンキン公園はスプルース・ボグ・ボードウォークのトレールでこの花の葉っぱだけを見つけました。秋だったので当然花は無いのですが、その壷の形をした葉には動脈のように赤い筋が走っていて植物というより動物を連想したものです。
ピッチャー・プラントはニューファンドランド州の州花なので名前は知っていましたが見るのは初めてでした。そしていつか花を見たいものだと思っていたのです。
ですから今回のトーバーモリへの旅で、群生を見たときは感動そのものでした。
オリファント・フェン・ボードウォークにはインデアンの絵筆と一緒に見渡す限りと言っても過言ではないくらい一杯咲いていました。

葉は根元の方に幾つかかたまって円陣を形成しています。その中央から真っ直ぐに伸びた20センチあまりの茎の天辺に直径5センチくらいの花が一輪咲きます。花の色は濃いエンジ色で、これが“紫”です。“瓶子”は葉の形が筒状で瓶を連想させるからでしょう。英語名もこの葉の形から付けられています。筒状の葉の中に水がたまり、葉の縁の赤い色に見せられて寄ってきた虫は落ちて溺れ死ぬのです。葉の内側には下向きに生えた毛があるので這い上ることが出来ません。
この草は食肉植物とされています。食虫ではないのです。虫に限らず、例えば小さな蛙などが入ってきたら食べてしまいます。

種類によってはこの葉の形に“工夫”があって、ご丁寧に蓋がついているのもあるようです。溺れた虫は葉が出す酵素によって分解、吸収されます。
花は普通の花の感覚ではちょっと異様なのですが、昔こんな大きなボタンのついたオーヴァーコートを着ていたような思い出があります。中央から円形の楯のようなものが伸びていて花びらはその上に畳まれたようについていました。これが開くと黄緑色の楯があらわになります。ひらひらと風に揺れる花びらは微妙に繊細です。開く前のつつましく花びらを畳んだ姿がより美しく思えました。

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ノー・シー・エム

2005-06-17 02:39:07 | Weblog

汗びっしょりのハイキングの後、Aが『やられた、ヤラレタ、痒い痒い』と騒いでいました。
帽子を被っていたのに頭の中迄食われてしまった、というのです。トレールの入り口で蚊除けのスプレーを使ったのは私達二人だけ、他の皆さんはまるで何事も無いように平気な顔で歩き始めていました。私達二人は朝食前に刺された場合の被害を最低限に抑えるため抗生物質の錠剤も飲んでいたのです。

『じゃー』とHが言いました。
『ノー・シー・エムにやられたのよ』
ノー・シー・エムというのは眼に見えないほどの小さな虫で、だから、蚊帳ジャケットの中にさえ入り込むことが出来るのです。
ノー・シー・エム、つまり「No see ‘em (No see them)」です。

数年前アルゴンキン公園で案内についてくれた公園のナチュラリスト、ローリーがそのことを言っていましたが、私はまだ被害を受けたことがありませんでした。
『ノー・シー・エムの話をするとみんな笑うけど、でも居るのよ。』
Hはこのツアーの提案者でもあり、私達の雇い主でも有り、種々の野外ツアーを企画したり案内したりしているわけですが、個人的な経験も豊かですから彼女の言うことは信じられる話なのです。

帰宅後、ちょっと検索を、とインターネットを当たってみましたが、この虫の正体を調べることは出来ませんでした。出てくるサイトのほとんどが、正体を見たいという私と同じ希望なのです。飛んでくるのですから羽根が有ることは確かですけれど、それ以上のことは判りません。
帰宅の翌日になって、私も痒みを感じ始めました。抗生物質の効果が有って直ぐには痒みを感じなかったもののようですが、調べると、ありました。左腕に二箇所、首に一箇所、右腕に二箇所そして右肩にも。

蚊ならプーンと飛んで来る音が聞こえるのですが、ノー・シー・エムは音も立てずにやって来ます。実に厄介な虫です。

見えもせず聞こえもしない虫ですから、話を聞いただけでは笑ってしまうのも無理はありません。刺されて始めて存在を実感するわけです。

これから暫らくは蚊の季節。いつの間にか食われていたという時は大方このノー・シー・エムの仕業だと納得してください。そして姿を見た場合はどんな虫だったのかお知らせ下さい。
普通の虫眼鏡ではきっと見えないでしょうけど。

今日は久しぶりに涼しい日。先週続いていた30℃がウソのような12℃で、ジャケットが必要でした。雨が降っています。

今日の写真はダッファリン島で雨にぬれていたPurpleflowered Raspberryの花。その実は毒です。
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平和は一人では築けない

2005-06-16 09:34:19 | Weblog
戦争を始めるのは一人でも出来るのです。
お金を出して兵隊になりたい人たちを雇えばいいのです。
お金を貰えるならどんなことでもすると言う人は沢山いるようですから。
それを職業にしている「ヒット・マン」と呼ばれる人だって居る世の中です。
でも、平和は一人では築けません。一人一人が心底から平和を望み、その一人一人の集団が大きくなった時強い力になるのだと思います。

以下は私の所属するMLに書き込まれたある人の便りです。
何か胸に響く物があって引用させて戴きました。
ご当人は深く考えもせずに書いたものなので、、と躊躇いがちでは有りましたけど。
皆さんの感想をお聞かせ下さい。


前略
靖国問題を最近大分勉強されておられる様ですけど~、
この問題を 若し私が学徒動員として特攻隊へ入隊したとの仮定で考えてみますと~、
 時は既に敗戦の色濃かった折、天皇の名を借りて 死ぬ事によって日本が勝利への道を進んでいると 嘘を付かれ 死んだ暁には その御霊が神となり天皇と同じ墓に入り 残された一族が神格化され将来に向けて保障される。
この時期 天皇の言葉を使う事すら 恐れ多い事であった。天皇の為 日本の為に命を捧げて欲しい この言葉は上官から(詰る所、大本営 東條以下の戦争犯罪人)何度も何度も出撃の寸前まで 耳に蛸が出る程 叩き込まれた。
「この世に生んで呉れたお母さん 何の恩返しを出来ないまま 先行く不幸をお許し下さい」と母への侘びも 何処か 虚ろである。
何故ならこの戦争は何か何処かが可笑しい 勝っている戦が何故 行きだけの燃料だけなのか 戦闘機には戦う弾も無く 敵艦への突っ込み玉砕以外の方法は無い 帰還する事は有り得ない 若い命を落とす前に 生への執着と この戦争は本当に聖戦なのか 日本が これが 本当に生きる道なのか? 
死ぬ前に色々な疑問が次から次へと沸いてくる 母へ愛する人へ 私が死ぬ事によって本当に 救われ日本の勝利が有るのであろうか。同僚は往ったしかし帰還する者は一人も居ない。しかし日本は神の国 必ず勝つのだと言う嘘。特攻隊員のお陰で戦局は有利に進められている 日本の勝利は間もない。
死んだ暁には神の子として御霊は祀られる 上官達のこの言葉を信じて機上の人となる。
 真実は皆さんがご存知の如くである。迷惑なのです。靖国神社に東条英機やA級戦犯達が 我々に嘘を付き戦争に駆り立て死に追いやった人達が我々と一緒に祭られていること自体が 迷惑なのです 憎いのです。
 我々の戦が 東南アジアの人達へ フランスやイギリスからオランダから解放する聖戦であり 正義の戦だった筈です。飢えた日本兵が 一時期は解放して喜ばれたが長くは続かなかった。日本は神の国 戦争は必ず勝つ筈でした。
無残な慟哭のみが残ります。
 靖国神社の参拝が一部の政治家に政治利用されるのは 迷惑なのです 腹が立つのです。
 反日運動を起こし 靖国参拝を止めろと言う 韓国 北朝鮮 中国(香港を含めて)に 騒ぎ立てられるのは 甚だ迷惑なのです。我々は一部の人達によって即ち、A級戦犯達によって 騙されて 戦争に駆り立てられたのです。
しかし 外国のあなた達も 一部の人間によって 戦争に駆り立てられて 日本と戦ったのです そして無知な 罪の無い 兵隊達が 死んで行ったのです 日本と何も変わらないのです。
 罪の無い者達が兵隊だけではなく 殺したり 殺されるのが 戦争なのです。
イラクでも 今現在も同じ事が起きているのです。人を殺したり殺されたりはもう沢山です 戦死した後に 神として祀られるのも 迷惑なのです その事どうか 皆さん(日本人だけではなく外国の人達も) 判ってやって下さい。
うるさくて 静かに眠れないのです。 外国の人も 騙されて戦死した若い命を痛む気持ちの無い方々は 日本の人も どうか我々に構わずに そっとして下さい。

 小泉総理の これまでの 自民党をぶっ壊す 拉致問題や種々の公約? やら底の浅い歴史認識と 他人任せの放り投げ政治、言い出したらきかない一徹誇示には最近些か辟易しています。孤立して来ているらしいですが、止むを得ない事と断じます。

何方か
「慟哭の島 その真実」の本の作者と出版名を教えて下さい。
後略


                              
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盗掘

2005-06-14 22:46:54 | Weblog
オンタリオ州南部の今年の初夏は異常に暑く、何処へ行っても蒸し暑さを嘆く声が聞かれました。
私達のトーバーモリへの旅も暑さに悩まされながら終え、昨日帰って来ました。
連日30℃は行っていたと思います。体感気温は当然もっと高かったでしょう。

第一日目、トロントから北西に向かい、ブルース半島(この半島の先端がトーバーモリ)の根元位にあるイングリス・フォールス自然保護地の、樹木園入り口の駐車場で合流、予定の旅が始まりました。
オンタリオ州に元来生えている木々や潅木を保存する目的で、理想的な立地条件ゆえに買い取られた土地です。古い水車小屋の名残が簡単な資料館になっていました。
次の目的地オリファント・フェン遊歩道に向かう途中、簡単な昼食を取り旅を続けます。やがて路傍の草の中にある鮮やかな赤い色に気付きました。『インデアンの絵筆』です。それに混じって『紫ヘイシソウ』の濃いエンジ色の花も目立っています。
「停めて、とめてェー」と車を停めてもらい写真を撮りに降りました。先行車を見失っては大変という心配もあり慌てて。。。
そこに停車していたニューヨークナンバーの黒いヴァンの中から数人の老婦人達が降りてきて、私を真似て写真を撮り始めました。多分どうしようか考えていたのでしょう。私の行動を見て降りる値打ちありと思った様です。
車に戻って先方を見ると2台の先行車は100メートル先で停まっています。そして、彼らは降り始めました。
追い着いてみると、そこが目的地だったのです。「慌てモン」と誰かが言った様に聞こえました。
「ブルーアイグラス」という青い小さな花が足元に咲いていました。遊歩道は湿地帯に渡してありますが、乾燥が続いていたため湿地帯はひび割れするほど乾いています。そんな条件の中でも花は見事に咲いていました。紫ヘイシソウとインデアンの絵筆の群生です。
酷く寒かったり、急に暑くなったり、雨が降らなかったりと異常な気象に混乱した花たちも大変だったでしょう。いつもより遅いもの、早く咲き終えてしまったものなどあると案内をしてくれたアレクスとドロシーの話です。
この湿地の水が流れている辺りには「豹蛙」も居ました。

歩いていて、アレクスが立ち止まり指差したところを見ると大きな、鍋が一つ入りそうな穴がありました。誰かがシャベルで掘った跡です。「盗掘」と反射的に誰かが言います。
先ほどの老婦人達が私達の後から歩いていました。
「ああいう人達、要注意よ」とドロシーが言います。花を愛するあまり、自分の庭に。。とシャベル、バケツなどを持って来て掘っていく人が居るとのことでした。バケツ一杯の土壌を持ち帰っても彼らが生き延びるのに十分ではないのです。土質だけが花の生きる条件ではないのですから。
気候、気象もさることながら、周囲に生えている仲間たち、それは同種も異種も或いは木立や昆虫やバクテリアも含まれるでしょう、も必要なのです。

日本でもこうした盗掘のために大切な珍しい花が絶滅の危機に瀕していると聞いています。
花を愛でるということは自分だけ楽しもうと言う考えとは一致しません。後から訪ねてくる人々と分かち合うことを学ばなければなりません。この、後から訪ねてくる人々というのは、明日来る人々であり百年後に来る人々でもあります。

写真はイングリス滝
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トーバーモリ

2005-06-08 08:29:22 | Weblog
しばらくこのブログはお休みです。
この週末二泊三日の旅でトーバーモリ方面に野生の蘭の花を探しに行きます。
たった二泊三日ですが、私の場合トロントに前後一泊づつ必要なので、合計五日間のお休みになります。
この旅はお遊びではなくファム・ツアー(Familiarization Tourの略)なので、帰ってからも写真その他の整理とは別個にリポートも書かなければなりませんし、すぐにはブログに取り掛かれないと予想しています。
そんな訳でせっかく訪ねて下さったのに、ごめんなさい。

トーバーモリはジョージア湾に突き出たブルース半島の先っちょですが、ここは有名なナイアガラ・エスカープメントに沿って続くブルース・トレールの終点でもあります。出発点は何処かって?
それはナイアガラフォールスです。
およそ800kmのトレールを踏破することはハイカーの夢です。もちろん一気に歩くのではありません。それも出来ないわけではないけれど普通は何回にも分けて何年も掛けて実行します。

そしてトーバーモリの辺りは蘭の花が多く咲くので知られているのですが、ちょうどその季節でもあり出掛けることになりました。
オンタリオ州のどの辺になるのか知りたい人のために大雑把ながら地図を載せました。
早くても次の投稿は月曜日、日本時間では火曜日の朝になるでしょう。

もちろんコメントはいつでも歓迎です。
それでは皆さん来週まで御機嫌よう!!!


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エスペラントの父ザメンホフ

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