★ Serena ★

カナダ暮らしのエスペランチスト、自然愛好家。
エスペラントやカナダの野草、ネーチャークラブの活動など思いつくままに。

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韮の花と伊東三郎夫人

2008-08-31 19:44:48 | エスペラント

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我が家の庭にも韮の花が咲きました。
一度植えたら所構わず増えていく韮には辟易していますが、とりあえず生えてくる物は歓迎して、大分収穫し茹でて冷凍にしてあります。花が咲く頃は葉っぱも硬くなってしまうのでこれが切れ目、収穫は止めて花を楽しむことにしています。
韮の花が咲くたびに思い出すのは伊東三郎氏夫人公子さん。
当時私の職場が殆ど伊東宅の隣で、昼休みなどにお邪魔したものですが、そんなある日、ビンに挿した韮の花が置いてありました。嬉しそうに「孫が持って来てくれた」と微笑む彼女に私は何か珍しい物を見るような気がしたのです。
彼女の笑顔を見たことが無いわけではありません。特別どうということも無い韮の花に感動しているのが不思議でした。そして初めて韮の花を花として見詰めたような気がします。
孫って誰の子供だったのかしら?
シュタロウ(Ŝtalo)さん?
ミチエ(Mi ĉie)ちゃん?
ハルジロウ(Hardilo)君?
ミチエちゃんは劇団ナントカで忙しかったし、ハルジロウ君はまだ子供だったし、などど色々思うのですが、それはまァどうでもいい話でしょう。

彼女が夫として選んだ人は優れた教育者、エスペランチスト、詩人、社会運動家等々として評価する人が多かったにもかかわらず経済的には苦しい生活を強いられていて、私の職場の近くのお店でパートの仕事をしていたこともありました。
何時も顔色がさえなくて寒そうにさえ見えた公子夫人ですが、それでいて夫君の活動を支える態度は一貫して変わらない人だったと思います。
愚痴らしいことも、不平らしいことも聞いたことがありません。勿論たとえ言いたい事があっても私など若輩に言うわけはないでしょうけれど。。。
私が最後に会ったのは御夫妻でヨーロッパを旅行中スイスのペスタロッチ村へ御一緒した時、行く先々で歓迎されて。。と、嬉しそうだったことが思い出されます。

清楚な韮の花の季節が来るたびに思い出す人です。

英語名:Garlic chives
学名:Allium tuberosum
和名:
エスペラント名:Ajlo-Tuberoso

写真は三枚、花瓶は数年前妹が連れて行ってくれた山の温泉宿で飲んだ「小麦のビール」の空き瓶です。可愛い青い色が気に入って持ち帰ったもの。

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Dum ni junaj restas

2008-08-28 11:18:40 | エスペラント

Ĝoju ĝoju ni kolegoj dum ni junaj restas …

同輩よ未だ若いうちに楽しもうよ。。。

という歌を記憶していたら歌詞を教えて欲しいのです。
この歌は私がまだ東京で暮らしたいた頃、けっこう楽しく歌った歌なのです。
誰が作詞したのか知りませんが、そして最近でも若いエスペランチスト達が歌っているのかどうかも知りませんが、調子が良く、心も軽くなる歌で、時々口をついて出てくるのですが後が続きません。
曲はブラームスの大学祝典序曲[Akademia festouverturo](ドイツ語:Akademische Festouvertüre c-Moll op. 80)を使っています。
先日ラジオを聴いていたら聞こえてきたこの曲で思い出したのでした。

ところで、Dum ni junaj restas とは?
年齢制限はないと思っています。何かを楽しめる内はjunaでしょう。

昨日配達されたカナダの日系新聞(正確には週間新聞)日加タイムスに、教育学者、昇地(しょうち)三郎氏のインターヴュー記事が載っていました。「しいのみ学園」の創設者です。
この八月16日百二歳、五回目の世界講演旅行で、トロントに来ていたのだそうです。以前は2~3ヶ月の長い講演旅行だったのが今回は「少し年を取ったので」40日間、という若さ。インターヴュー記事を読んでも、そこに載っている写真を見ても、実に全てを楽しんでいる人です。年齢が文字通り若かった時に並々ならぬ苦労があった人だけに、当然のことかもしれません。
「三郎の人生は、正に95歳からが青春」とウィキペディアにありますが、私自身の生き方や生き方に対する考えを見直し熟考する必要さえ感じました。

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こころみ

2008-08-24 22:02:29 | エスペラント

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今日の午後の情景を詩に試みました。
ふざけてるって?
かも。

Unu posttagmezo
Tondro rulis tra la ĉielo
Pluvo batis teron subite
Tuj
Kiel kato foriras el sablujo
Finite sian aferon
Kiel nenio okazis
Sereneco revenis
ある日の午後
雷が天を転がった
突然雨が地を叩く
間も無く
用を済ませた猫が
砂箱から出てくる時に似て
何事も無かったように
静けさが蘇る

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ストーンルート(Horse Balm)

2008-08-21 18:23:38 | 野の花 - 夏から秋へ

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英語名:Horse Balm、Richweed、Stone Root
学名:Collinsonia canadensis
和名:ストーンルート
エスペラント名:Ĉevalbalzamo (Laŭ Serena)

両腕をパッと上げて「お手上げ!」って感じの花でした。上げた腕の先までで1.5cm位の小さな花です。
花も葉もツィトロネラ(ジェラニュームの遺伝子組換え品種で蚊を除ける効果がある)の匂いがするということでみんなが葉を揉んで匂いを嗅いでいました。仄かな芳香が有ります。花の形が奇抜です。
オンタリオ、ケベック州から南はフロリダ辺りまで、北米原産。
新鮮な根を使ったトニックは元来利尿作用などの薬用として使われたそうで、葉を煎じてお茶としても利用できます。写真は3枚です。

花のより鮮明な写真を見つけたので下に張っておきました。
Collinsonia canadensis

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ヘーゼルナッツ

2008-08-16 16:13:39 | 野の花 - 秋から冬へ

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英語名:Common Hazel
学名:Corylus avellana
エスペラント名:Avelo
和名:西洋ハシバミ

先日水曜日の夕方の散歩はもう一つの収穫がありました。
緑のボンネットを被った赤ちゃん、見たいな木の実。
何時実るの?
初雪の降る頃。
よ~し!
忘れなければ採りに来ようっと。
かなり豊作の潅木を眺めながら、忘れないようにカレンダーに書いておこうと思いましたが。。。
この可愛い実、どこかで見たことがあるのです。
帰宅して直ぐシャワーに飛び込んだ私が見つけたものは。
何しろ蚊除けのスプレーやら、ローションやらでベトベトと気持ち悪いし、とにかく洗っちゃおうと言うわけだったのですが、何のことは無い我がシャワーカーテンにこの実の絵があるではありませんか。私の写真より良く分るのでここに載せます。
ウィキペディァの日本語西洋ハシバミに短い説明がありますが、英語のページに行くと写真や地図も見られます。
日本語で検索すると最初に出てくるのは殆どお菓子関係でした。
辛抱して先へ進めば日本での写真なども出てきます。

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燃える星、リアトリス

2008-08-13 23:20:55 | 野の花 - 夏から秋へ
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今日は午後激しい驟雨に襲われ夕方の散歩はダメかなと思っていたのですが、雨も上がったし出掛けてみました。思いがけないほどの人数が集まり、今日の担当者もビックリ。
未だ明るい内に見つけたのはこの花。

英語名:Blazing Star, Gay Feather
学名:Liatris Spicata
和名:キリンギク、リアトリス
エスペラント名:Flamega Stelo (Laŭ Serena)

北米原産、探してみると日本語のページは園芸種としての紹介が殆どで、改良種もあるらしいです。

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北京オリンピック -- その華麗さに。。

2008-08-11 20:58:32 | 雑  記
オリンピックの開会式の様子を断片的にニュースで見ました。
早朝の5時から頑張って見ていた人も多かったようですが、私はそこまでする気は無く夕方になってニュースを見ただけです。
その華やかさは確かにWow!と言えるものが有りました。
が、私はその華やかさに不快を感じたのです。
市街地を這うように続けざまに上がる花火を見ながら、危険は無いのかしらという疑問も湧きました。
オリンピックが始まる少し前カナダの国営放送CBCが「Road to Bejing/北京への道」とか言う番組をしばらくやっていたので断片的ですがそれを見ていました。
その番組で様々な中国の事情や景色やらが紹介されたのですがが、最も心に残ったのは、あの素晴らしい大都市を作るため、市民の家を破壊し彼らを追いたてていた事情です。
相応のコンペンセーションも無いままに、全てを失って号泣する初老の夫人に胸が詰まりました。抗議のデモをして投獄されたり。。。
オリンピックが成功しても、そして成功を願いますが、私は恐らく中国政府のやり方には全てについて疑問を持つでしょう。
オリンピックが始まって、街頭のインターヴューに応える中国人の全てが誇らしい表情で「他国の尊敬を獲得するため。。」頑張っているのだと応えているのも気になりました。金メダルの数は目下中国が一番取っているようだし、今後の期待も大きいようです。
金メダルの数だけで他国の尊敬を得られるのでしょうか?
人権を無視するような国政が行われている限り無理な話と私は思うのです。
既に殺人事件も起きていますが、オリンピックが原因だったかどうかは知る由もありません。ただ、この後は何事も無く平穏に予定が進行されることを祈るのみです。

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ゲスト・ハウスとその周辺

2008-08-08 22:01:16 | エスペラント
<エスペラント市・ヘルツベルグ
<メインストリート<裏の眺め、その一<裏の眺め、その二<トイレット<バス・シャワー
<リヴィングルーム、その一<リヴィングルーム、その二<リヴィングルーム、その三<ゲストハウス、裏から<エスペラントの道路標示

ドイツのヘルツベルグで私達が滞在したゲストハウスとその周辺を少し紹介しましょう。
写真の最後から二番目がそのお家なのですが、何故か正面からは一枚も撮っていません。この写真は裏から撮ったものです。手前の低い箱型の建物は車庫で二台入る大きさです。ガラスが4枚並んでいる窓が私たちの階で、その前の五枚の写真が内部です。
トイレの水槽は後部の小さな三角の部分、上についている小さなボタンを押して水を流しますが、小さすぎて、大袈裟に言えば、探しました。
次の浴槽ですが、水を満たして入ったら溺れそうな大きさです。シャワーを使うときは折りたたみのガラスのドアで四角に区切って使います。奥に見える、タオルを掛けてある横棒の集まりは暖房です。勿論今は暖房はしていませんが、一寸した洗濯には都合のいいものでした。
リヴィングルームはゆっくり座って楽しむ時間が無かったのが残念でした。帰宅すると大抵疲れ切っていてパタンキューだったからです。
寝室の写真も撮っていません。いつもいっぱい散らかしていたからでしょう。

この家から15分くらい歩くと市の中心部で、市庁舎もそこにありますが、ご覧のように歩行者優先、車は遠慮しながら入ってきていたようです。
二番目と三番目の写真は裏窓の眺めで、言わばご近所さん。三番目の写真の手前の庭はこのお家のもので、一度奥さんが大きなズッキーニを収穫しているのを見ました。此処に見える道を上って左に折れたらすぐエスペラントセンターで、歩いて二、三分の距離です。これはとても都合の良い事でした。
ヘルツベルグでは既にあちこちの道路標示にエスペラントが加えられてありました。史跡などにもエスペラントの説明が追加されていましたが、まだまだ仕事は続くようでした。

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エスペラントの父ザメンホフ

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