★ Serena ★

カナダ暮らしのエスペランチスト、自然愛好家。
エスペラントやカナダの野草、ネーチャークラブの活動など思いつくままに。

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クシイスツィ・コム(雷) ブラックフット族の伝説

2007-06-05 19:55:42 | カナダの民話
Tipi ティピィ
クシイスツィ・コム(雷)は或る男とその妻に嫉妬していました。
彼らのティピィ(テント)を襲い、彼らを打ちのめしてその妻を奪いました。
男は正気を取り戻してから、至る所を歩き回り動物達に援けを求めました。
みんなクシイスツィ・コム(雷)の威力を恐れていました。
ついにオマァカイ・ストゥ(大烏)が援助を承知しました。
オマァカイ・ストゥ(大烏)はクシイスツィ・コム(雷)の家に行き挑戦しました。
クシイスツィ・コム(雷)はオマァカイ・ストゥ(大烏)に向けて稲妻を打ち放ち殺そうと試みました。
が、オマァカイ・ストゥ(大烏)も自身の威力を発揮、羽ばたいて冷たい北風と雪を運んできました。
次第に冷たさがクシイスツィ・コム(雷)を弱らせ、もうそれ以上危険な稲妻を放つことが出来なくなりました。
それは長い戦いでしたが、結局クシイスツィ・コム(雷)は諦め、男の妻を返しました。
オマァカイ・ストゥ(大烏)はクシイスツィ・コム(雷)に一年を冬と夏に二分することを要請しました。冬は大烏の季節、夏は雷の時間です。
オマァカイ・ストゥ(大烏)はクシイスツィ・コム(雷)にニツィタピイ族(ブラックフット族)と平和条約を結び、それを我々に同意のしるしとして与えることをことを命令しました。
その日以来春が来て、最初の雷を聞くと我々はサンダー・メディシン・パイプの束を開きます。
良い天候を願い、良い収穫とその一年の幸運を願うのです。

オマァカイ・ストゥ(大烏)はクロウスネスト(烏の巣)と現在呼ばれる山に住んでいました。
クシイスツィ・コム(雷)はニナスタコ(チーフの山)に住んでいました。


このお話しはカルガリーのグレンボウ博物館に行った時展示品と一緒に掲げてあったお話を拾ってきたものです。
この日はブラックフット族の歴史風俗などの展示がありました。
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カンジキの話

2006-07-18 19:21:42 | カナダの民話
カンジキを履いたイヌイット昔々、西部の大きな川に沿ってイヌイット(エスキモー)の村がありました。冬が来て食べ物が不足するようになると、多くの村人が飢え死にするだろうことを彼等は知っていました。
ある夜男達が集会所に集まって話し合っていました。若者たちの中にはカリブーを追って内陸に奥深く入って行こうと言う者もいました。「いや、」とアイピリックが言いました。「もし、内陸深く入って行ったら雪が柔らかだからカリブーに近づくことなんてとても出来ない。カリブーはさっさと雪の上を逃げてしまうけど、君達はひどくのろのろ行く事になるんだよ。」
「僕が行く。」とサパが言いました。「僕がカリブーを見つけて、この谷間に追い込むよ。」
「君が死んでしまう事は確かだ」とアイピリックが言いました。 
川沿いに沢山の小さな木が生えていました。サパは注意深くその辺を見渡しました。なぜなら時々インデアン達がここに焚き木を集めに来ていたからです。でも今日は何故かインデアン達の姿は見えません。彼はゆっくりと雪が堅くてあまり深くない高い丘に沿って歩いて見ました。彼はその木々の枝をいくらか取ってロープで括り、それを額から背中に掛けて下げ、背負って持って行きました。
何日もの間サパはその高い丘に沿って歩き、やがてカリブーの沢山いる谷間に辿りつきました。サパは腰を下ろすと持って来た枝を使って何かを作り始めたのです。それが終ると彼はやはり持って来ていたカリブーの皮を被ってカリブーの群れに近づきました。カリブーの皮を被っているのでカリブーたちは彼が人間とは気が付きません。
サパはしばらく待ってからカリブー達が逃げ出すように大きな音を立てました。カリブー達が行ってしまうと被っていた皮を脱ぎ、枝で作った大きな靴を履いてカリブーの後を追いかけました。
何日もの間サパはカリブーの群れから離れない様にしていました。いつも彼の家族が住んでいる谷間の方に追い込むように仕向けながらです。大きな靴のおかげで柔らかい雪の上でも速く歩くことができました。間もなく彼の村人達が住む谷間の近くに来ました。彼は大きな靴を脱ぎ、それを雪の下に隠してから、カリブーを連れてきた事を村人達に告げに行きました。直ちに男達が出てきて、カリブーをすばやく凍った川沿いに追い、沢山獲物を得る事が出来ました。
その夜みんなが雪の家の中に座って肉を食べている時アイピリックが「今まで来たことが無いくらいキャンプに近い所にカリブーが来たおかげで美味しい肉を食べられるのは運が良い」と言いました。彼はサパがカリブーをキャンプに連れてきたことを信じられなかったのです。
「僕がカリブーを追い込んだのよ」とサパが言いました。「僕は彼等を見つける前に五回も眠ったんだぜ、それからここへ連れてきたんだ」
「どうやって柔らかい雪の上を歩けたんだ?」とアイピリックが聞きました。
「それは言えないよ」とサパが答えました。
誰もサパを信じませんでした。何日もの間彼は不服でした。しかしある夜彼は男共みんなに集会所に集まってもらい、どうやって雪の上を歩くか見せたいと言いました。
みんなが集まってから彼は小さい枝で作った大きな靴を見せました。すぐにみんなは興奮してしまいました。「今度から」とアイピリックが言いました。「インデアンの住む南の方へ行けるね。僕達は柔らかい雪の上を走れるから彼等に捕まる事がないもの。」
「彼等が僕達の靴を見たら同じ物を作ってしまうよ。」とサパが言いました。
「それよりみんなでカリブーを追って内陸へ行こうよ。 この川辺りにとどまって魚ばかり食べてるよりその方が良いよ。」
みんなサパの意見を聞き入れました。彼等はサパが真実を言っていることを知っていたのです。次の冬イヌイット達はカンジキを履き、大きなカリブーの群れを追いながら川辺りの谷間を後にしました。(イヌイットの伝説から)


冬景色を紹介した後、今度は冬の民話です。
少しは涼しい気分になるでしょうか。

カンジキは英語ではスノーシューなので、直訳では「雪靴」になってしまいます。事実そういう誤訳を良く見かけます。
日本のカンジキは楕円形ですが、カナダのはテニスのラケットのような形をしています。
スノーボードなどスピードを楽しむスポーツが流行ってきている中、昔ながらのカンジキを履いて冬のハイキングを楽しむ人達もまだまだ多いです。

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空の国へ行ったテン

2006-07-12 14:05:37 | カナダの民話
北斗七星の伝説
テンは狩りに優れた動物でした。
大きくは無かったけれど、その決意の堅さで知られ偉大な権威と見なされていました。テンの息子はやはり偉大な猟師になりたいものと思っていました。或る日、息子は何か試しに捕まえてみようかと出かけて行きましたが、それは易しいことではありませんでした。至るところ雪はとても深く、とても寒かったからです。
当時、地球はいつも冬で暖かい気候などと言うものは無かったのです。息子は長い間収穫も無しに獲物を探して歩き廻りました。ああ、そしてついにリスを見つけたのです。音を立てぬようつま先だって、出来るだけ素早く近寄り襲いかかりました。両前足で抑えつけるとリスが話はじめました。
 「孫よ」とリスが言いました。「殺さないでくれ。いい助言を上げるから。」
「じゃあ言ってくれ。」と若いテンが言いました。
「見たところ君は寒さに震えているね。わしの言う通りにすれば、わしらは皆暖かい気候を楽しめるし、そうすれば、餌をさがすのも容易になり今のように餓えなくても良くなるのだ。」
「何をすればいいか言ってくれ、爺さん。」と若いテンは言ってリスを放しました。
リスは素早く近く木の一番高い枝に駈け登り、また話しはじめました。
「家にお帰り。そして何にも言っちゃいけない。ただ、家の中に座って泣き始めるんだな。お母さんがどうしたの、と聞くだろうけど返事をしてはいけない。もしお母さんが慰めようとしたり、食べ物を持ってきてくれても、強引に拒否しなくちゃいけないよ。お父さんが帰って来たら、やはりどうして泣いているんだと聞くだろう。その時は口を利いてもいいのだ。お父さんに言うんだね。“風が冷たすぎるし、雪が深すぎる。地球に暖かい気候を持ってこなくちゃ。”って。」空の国へ行ったテン
そこで、若いテンは家に帰りました。そして家の片隅に座り泣き始めました。お母さんがどうしたのと聞いても答えようとはせず、食べ物を持って来てくれると押し返しました。お父さんが帰って来ました。一人息子が泣いているのを見て側に来ました。
「どうかしたのかィ?」とテンが聞きました。
そこでやっと若いテンはリスが言った通りのことを父親に言いました。
「僕が泣いているのは風が冷たすぎるし、雪が深すぎるからなの。冬のために僕達はみんな餓えているんだよ。お父さんの力で暖かい気候を持ってきて欲しいんだ。」
「とっても難しいことを君は要求しているんだよ。」とテンは言いました。「でも、君の言うことは正しい。どこまで出来るか判らないけれど、力の限り試してみようじゃないか。」
それからテンは大宴会を開きました。友人たちをみんな呼び集め、これからしようとしていることを打ち明けました。
「今から、空の国が地球に一番近いところに行くつもりだ。」と彼は言いました。「空の国の人達が暖かい気候を全部持っている。その幾ばくかを持ち帰るつもりだ。そうすれば雪が溶けて、充分な食べ物が手に入るだろう。」
友人達はみなその計画を大変喜んで、同行を申し出ました。そこで、出掛ける時テンは最も強い友人達を選んで旅立ちました。それはカワウソと、山猫と、アナグマでした。四人は連れ立って長いこと雪の中を歩きました。彼等は山に向かっていました。毎日毎日、昨日よりも高い山を目指して歩き続けました。テンは干した鹿肉を持ってきていたのでそれを食べ、夜は雪の下で眠りました。
ついに、何日も何日も歩いた後で、やっと一番高い山にたどり着きその頂上に登ったのです。それからテンは袋からパイプとタバコを取り出しました。
「四方にタバコの煙を奉納しなければ」とテンは言い、四人でタバコを吸い、ギッチー・マニトゥに成功を祈りました。
空は彼等の頭上に非常に近いのですが、その上の国に入るための路を開けなければなりません。
「飛び上がらなくちゃ」とテンが言いました。「誰が先に行く?」
「僕がやって見よう」とカワウソが言い空に向かって飛び上がりましたが、空に穴を開けることは出来ませんでした。逆に、落ちて山の麓までお腹ですべり下りてしまいました。
今でもカワウソは雪の中をその時と同じように滑っています。
「今度はわしの番だ。」と山猫が言いました。山猫も飛び上がりました。空にかなり激しくぶつかり、落ちて気を失ってしまいました。そこで今度はテンが試してみましたが、彼でさえも充分な力が無く成功しません。
「君の番だ。」とテンはアナグマに言いました。「君が一番強いんだから。」
アナグマが飛び上がりました。非常に強くぶつかり落ちてしまいましたが、諦めません。何度も何度も飛び上がり、空にひびが入るまで続けました。もう一度飛び上がって、とうとう穴を開けることに成功しました。テンも彼に続いて空に入って行きました。
空の国はとても美しいところでした。暖かく、太陽が輝いていてあらゆる種類の草木や花々が育っているのです。そこら中で小鳥達が囀っているのが聞こえてきましたが、人の姿は見えません。どんどん進んで行くと、ロング・ハウスが何軒も建っているところへ来ました。
その中をのぞくと、鳥かごがいっぱいあって、それぞれ違った種類の小鳥が入っていました。
「狩りをするのにいい。」とテンは言いました。「開放しようじゃないの。」
手早くアナグマとテンは鳥かごを作るのに隅々を結んである皮ひもを噛み千切り、小鳥達を逃してやりました。小鳥達はみなさっき開けた穴から逃げ出したので、今世界にはあらゆる種類の小鳥達がいるのです。
アナグマとテンはさっき開けた空の穴を今度は大きく広げ始めました。空の国の暖かさがその穴を通って下の世界に落ちて行き、雪が溶け始め、雪の下にあった草や木の芽が緑色に変わり始めたのです。
空の人々が気付いて出てきました。アナグマとテンに向かって大声で怒鳴りながら走って来ました。
「泥棒!」と彼等は叫びました。「暖かい気候を盗むのを止めろ!」
アナグマは穴から飛び降りて逃げましたが、テンは穴を広げ続けました。充分大きく広げなければ空の人々がすぐ修理して塞いでしまうと思ったからです。そうすれば下界はまた冬に逆戻りではありませんか。
せっせとテンは穴を広げるために噛みつづけ、空の人々が近くまで来て捕らえられそうになるまで止めませんでした。穴は下界が半年は暖かくいられるに充分な大きさになりましたが、年中暖かい気候を楽しむのに充分ではありませんでした。だから毎年冬は戻ってくるのです。
テンは空の人々が空の穴を閉じようとするだろうと判っていたので、気を反らすために彼等を嘲って挑戦しました。
「わしはテンだ、偉大な猟師だ。」と彼は言いました。「お前らなんかがわしを捕らえられるものか。」そして空の国の一番高い木に登りました。
空の人々はみんな彼を追いかけましたが、もう後少しで捕まえられそうになった時、一番高い枝に飛び移りました。そこまでは誰も追いかけて来られません。
初めのうち、空の人々はどうしていいか判りませんでした。やがてテンに向かって矢を射はじめたのですが、テンには特別な能力があるので傷つきません。彼の尻尾のある一箇所だけが命取りの場所なのです。やがて空の人々にはそれが判ってきました。そして、ついにその急所に矢を射込んでしまいました。
テンは仰向けに転ろび、落ちて行きましたが、下界には落ちませんでした。約束を守ったことや、全ての人々のために良いことをしたテンをギッチ-・マニトゥが哀れに思って地上に落ちる前に空の星の仲間に入れてくれたのです。
今でも空を見上げたら、彼を見ることができます。人々はその星座の形を『大ビシャク』と呼んではいますけど。
毎年彼は空を横切って行きます。空の人の矢が彼を射止めた時、冬の空に仰向けに転びましたが、冬の終わり頃になると忠実にも彼は再び四足で立って、暖かい気候を地球に持ち帰るための長い旅に出て行くのです。(オジブエー族の民話)

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ビーヴァーのしっぽ September 07, 2005 04:42

2005-09-07 17:42:08 | カナダの民話
あまもりさんのヌートリアの写真から思い出し、今日はインデアンの民話と同名のお菓子を:
それは遠い昔むかしのことですが、とある湖でビーヴァーとジャコウネズミが楽しく遊んでいました。水は澄んでいて冷たさも心地よく、泳いだり、潜ったり、飛び込んだりと楽しい時間が過ぎていきました。
ビーヴァーはちょっと動作を止めて聞き耳を立てました。
『ジャコウネズミのしっぽは水を叩いた時、なんて素敵な音をだすんだろう。』とビーヴァーは思いました。
『ボクにもあんなしっぽがあったらいいのになァ。ボクのしっぽは全然音なんかたてないんだから。』
そこでビーヴァーはジャコウネズミに近寄って言いました。
『ねぇ、ジャコウネズミクン。君のしっぽは水を叩くと素敵な音を出すねぇ。ボクにもそんなしっぽがあったらいいなァと思うんだ。ちょっとの間だけ取りかえっこしない?』
ジャコウネズミはことさら深い考えも無く『ちょっとの間だけだょ。』と快く取り替えっこを承知しました。
ビーヴァーはその新しい尻尾に興奮しました。あっちへ、廻り、こっちへ潜り、ひっくり返り。。。とあらゆるしぐさをしてみました。とても幸せでした。水の中に飛び込み、その新しい尻尾が水の表面を叩く音に満足して微笑しました。それはそれは素晴らしい響きでした。
ジャコウネズミは水辺に立ってビーヴァーが水をはじき幸せいっぱいで遊び廻るのを見ていました。見ているうちにだんだん取り替えっこを後悔しはじめました。だって、ビーヴァーがあまりにも楽しそうに遊ぶものですから。
それで、もう返して欲しいと思い、次にビーヴァーが水の上に顔を出した時すぐに言いました。
『ねぇ、ボクのしっぽもう返してよ。』
もうただのいっときもその尻尾無しではいられないような気がしました。でも、ビーヴァーは返そうなんて気はさらさら無くて、急いで藪の中に隠れました。ジャコウネズミはその時やっとビーヴァーに騙されたと気づきました。ビーヴァーには尻尾を返す気なんて全く無いのだと判ってとても悲しくなりました。
ジャコウネズミは泣きながらビーヴァーの後を追いました。
『返してよ、返してよ。ボクの尻尾を返してよ。ボクだってその尻尾欲しいんだから。』
何度も頼みましたが、無駄でした。ビーヴァーはジャコウネズミの尻尾を決して返そうとはしませんでした。そして今でもその平たい尻尾を持ち歩いているのです。(インデアンの民話)

世界中にビーヴァーの種類は多いようですが、ここでは:
学名:Castor canadensisのページを紹介します。エスペラント名は:Kastoroです。

お菓子
オタワ名物のお菓子『ビーヴァーティル』を食べたいというグループを案内したことがある。ガイドブックなどでしばし話題になっていたこともあって私もその話しを聞いてはいたが、まだ試食の機会に恵まれていなかった。
皆さんはオタワでは絶対それを食べなくちゃ...という意気込み方で、バイワード・マーケットの片隅にある屋台風の小さな窓口でワイワイ言いながらそれを買い、私にも一口分けて下さった。
『なーんだ』と言っちゃァ悪いけど、それは私がしょっちゅう自宅で作って食べてる代物。
懐に米200ドル、片道切符で諸国行脚に出た最初の目的地はエスペラント世界大会が開かれていたハンガリーはブダペシュト。そこでのささやかな金欠ランチがまさにこれ。ランゴシュと呼ばれるお菓子で食べ方は塩を振り掛け,ニンニクをこすり付けて熱いうちに。と、その食べ方はカナダへ来てからハンガリー人の友人に教わったのだが。昼時、オフィス街の勤め人やたまたま街に出ていた人々が日本人ならさしずめ屋台で蕎麦をすする様に、列を作ってランゴシュを買い立ち食いする。『ビーヴァーティル』は粉砂糖をかけてあって甘く、それだけの違い。

ビーヴァーティールの作り方
パン用の捏ね粉を作る。
これを一握り位にちぎって麺棒で薄くのす。
ビーヴァーの尻尾の形になるよう、楕円形に。
これを油でこんがり揚げ、粉砂糖を振り掛けて終わり。
ランゴシュ(Lángos)にするなら、揚げたてに生ニンニクをこすり付け、塩を振り掛けて。
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空飛ぶカヌー August 08, 2005 20:24

2005-08-09 09:24:51 | カナダの民話
Flying Canoe
それは、ある大晦日の夕暮れのことです。森の奥の、とある樵小屋で何人かの樵たちは家が恋しくなっていました。開拓時代の農夫たちは、冬になるとこうして森の奥へ樵として出稼ぎに出たものですが、一緒に暮らしていた家族と別れ、森の奥で朝は暗いうちに仕事に出かけ、夜は暗くなってからやっと小屋にもどって来るという男ばかりの毎日ですから大晦日でなくても寂しいのです。家族や恋人たちのこと、そして大晦日の年に一度のパーティーのことなど考え無性に家に帰りたくなっていました。でも、どうやって今日のうちに家に帰り着けるでしょう。村からこの森の奥の樵小屋に来るのに三日も四日もかけて歩かなければならなかったではありませんか。

今からこの雪の中を歩いて、今夜の楽しい行事に間に合うわけがありません。そこへ樵たちの気持ちをかぎつけたのか突然悪魔が現れてこんな提案をしました。
『今夜のうちに家に帰らせてあげるョ。条件付きだけど。』
悪魔は罵言を聞くのが大嫌いでした。たいていの罵言というものは宗教的な言葉から出ているもので、忌まわしい言葉と神聖な言葉の組み合わせであることが多いのです。悪魔が嫌いなのはその神聖な部分でした。
『24時間罵言を口にしないと約束するなら、「空飛ぶカヌー」を出してあげるョ』
樵たちは『お安い御用!』と思いました。そこで、軽い気持ちで悪魔と約束をしてみんなで空飛ぶカヌーに乗り込んだのです。カヌーはスイスイと空を飛び、あっという間に村に着いてしまいました。
なんというパーティー。踊ったり、歌ったり、食べたり飲んだりのドンチャン騒ぎ。それは楽しい大晦日でした。
気がつくともう森に帰る時間になっています。家族や恋人たちに別れを告げカヌーに乗り込み飛び立ちましたが、みな酔っ払っているもので、カヌーの舵を取るために誰が一番しらふかと口論を始めたのです。口論はらちがあきません。しまいには悪魔との約束を忘れてしまい、一人の樵が罵りはじめました。ハッと気付いた時はもう遅く悪魔はそれを聞いてしまったのです。
『教訓を与えてやれ!』とばかりに悪魔はカヌーを持ち上げひっくり返してしまったので、樵たちはみんな森の木立の中に落ちてしまいました。さいわい木が繁茂していたので枝にひっかかり大きなケガはしませんでしたが、樵たちはコリゴリし、生涯罵言は吐かないと肝に銘じて誓ったということです。
(ケベック州の民話)

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霧の乙女

2005-07-06 04:08:27 | カナダの民話



カカベカ・フォールスの伝説だけでは似ているかどうか比べられないので、ちょっと長いですが、ナイアガラ・フォールスの伝説も載せましょう。


昔、ナイアガラの滝の近くには平和を愛する『中立インデアン』と呼ばれる部族が暮らしていました。いつの頃からか、誰も記憶してはいませんでしたが、部族の人々が原因不明の病気で亡くなり、埋葬後にはその墓があばかれ遺体が盗まれるという不気味な出来事が続いていました。
もう長いことインデアン達は毎年、滝に住む雷神とその二人の息子達をなだめるためのお供え物としてカヌー1杯の獲物や果物を滝に流していました。それは、この惨事はきっと雷神の祟りだと考えたからです。でも止むことがないので、その程度のことでは満足していないからだろうと村一番の美しい娘をいけにえとして滝に流すようになりました。
毎年村の娘達の中から選ばれた『霧の乙女』はカヌーに乗せられ、獲物や果物と一緒に滝のしぶきの中に消えていきました。そんな悲しい努力を続けていたにもかかわらず、墓をあばかれる惨事はまだずっと続いていたのです。
ある年、酋長の娘レラワラが『霧の乙女』に選ばれました。酋長は娘がいけにえとして身支度させられるのをただ無表情に見つめていましたが、我が子がカヌーに盛ったお供え物と共に流されて行くのを見送ると自分もカヌーに乗ってその後に続きました。二つのカヌーは滝を落ちて行き、それっきり二度と人の目にふれることはありませんでした。

話はここで終わったのではありません。
伝えられるところによると、レラワラは滝壷に向かって落ちて行く途中、雷神の二人の息子達に受け止められました。この息子達二人はレラワラが来ることを知っていました。二人とも彼女に恋をしていたのです。
レラワラは自分が村人達を救うため、死出の旅に出されたのだということを思い出し条件を出しました。この条件に適った方をお受けしましょうと。もし、村人達の不幸の原因を知ることができたら、そして、その原因を知らせに一度村に戻ることが出来たら永遠にこの滝の裏側に住むことを約束しましょうと。
雷神の二人の息子達は秘密を守る誓いをたてていたので、それぞれ自分の良心と闘わなければなりませんでした。誓いを破ってレラワラを妻にするか、誓いを守って彼女を諦めるか二人は悩みました。
ついに弟の方が耐えられなくなって、川の底に横たわっている巨大な水蛇のことを話してしまいました。この大水蛇は年に一度空腹になるというのです。空腹になるとインデアン達が眠っている夜中に村に忍び寄り飲み水に毒を入れていたのです。その毒で死んだ者が埋葬されると、墓をあばいて遺骸をむさぼり食っていたのでした。

レラワラは魂の形で村に戻ることを許されました。そして村人達に大水蛇を退治する方法も伝えました。まず、水は泉の水しか飲まないこと、そして水蛇の現れる夜が来たら、ヤスや斧や弓矢などなんでも手持ちの武器を使って退治するようにと。村人達はレラワラに言われた通りにしました。大水蛇は瀕死の重傷を追い川辺リまで逃げおおせたのですが、滝の縁にひっかかってしまい川の底までは逃げることができませんでした。

インデアンの神様マニトゥは、インデアン達を助けて大水蛇の頭が滝の一方の端に、尻尾がもう一方の端に岩で押さえつけられるよう仕向けました。いまわのきわの苦しみにもがいたあげく、大水蛇はのた打ち回ってその体を歪めたので弓なりに反りかえり息絶えました。その形が馬蹄滝となって今も残っているのです。そして、滝のしぶきの中に『霧の乙女』レラワラの影を見かけることが今でもあるといいます。(ナイアガラに伝わる民話)

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カカベカ・フォールス

2005-07-05 03:04:52 | カナダの民話


息子から電話がありました。明日から一週間ほど仕事でマニトバ州へ出掛けることの報せを兼ねたご機嫌伺いです。
そして、先日サンダーベーに行った時[カカベカ・フォールス]を訪ね、そこで買ったビン詰めの水のことから、この滝の伝説が話題になりました。ナイアガラ・フォールスの伝説霧の乙女に話が似ているというのです。そこで私は調べざるを得なくなりました。

もう20年も前にカカベカ・フォールスの観光宣伝が載った新聞の切れ端から、その伝説の存在は知っていたのです。詳しいことを知りたいと思いながら機会が無いままになっていたので、これを機にあちこち漁ってみました。
以下が私の纏めたその伝説です。お姫様が生き延びる説もありますがそれはあまりにも現実離れしている上ロマンが無いので悲劇の方を採りました。


北オンタリオ州はス-ペリオル湖のすぐ西側にある偉大な滝カカベカ・フォールスは今も尚伝説的なオジブェ族のお姫様の勇気と反抗を木魂させています。
現在のサンダーベー辺りに住むインデアン、オジブェ族の美しい酋長の娘グリーンマントルは敵のスー族に捕らえられ、父親の率いる一群がキャンプしているカミニスティクィァ川へ案内することを強いられました。あたかも味方を裏切るような振りをしてグリーンマントルは敵軍のカヌーをカカベカ・フォールスの方へ導いて行きました。カヌーを操り敵を荒々しい岩の転がる滝壺へ導いたのです。敵スー族の怒り狂った叫びは水の轟きの中に途絶えることが無く、グリーンマントルの魂は滝壺から上るの武者達の叫びを下に聞きながら、滝のしぶきの中に虹となって今も彷徨っているのです。


未だ行ったことが無いので手持ちの写真はありません。
英語ですが以下のサイトで写真を楽しめます。
カカベカ・フォールス


カカベカの意味は 『急な断崖』
カミニスティクィァの意味は『島(複数)のある川』

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メープル・シロップ

2005-05-03 10:24:39 | カナダの民話
カナダの春はメープル・シロップで始まると言っても過言ではないでしょう。
少なくとも東部の砂糖楓の生える地方では。。。
寒さはまだ厳しいけれど陽射しに春の優しさを感じるようになると砂糖楓の樹液を集める作業が始まります。集めた樹液は煮詰められ、メープル・シロップやメープル・シュガーとして市場に出て行くのですが、春を待ち焦がれていた人々は農園を訪れ出来立てのシロップを掛けたホットケーキを味わい、春の味を噛みしめるのです。それは単に甘い物というだけのことではありません。長い冬から開放される喜びとも重なる嬉々とした季節なのです。

原住民の伝説によると、砂糖楓の樹液は初めからこんな水のようなものではなかったそうなのです。今日はそのお話です。

昔むかし、まだ世界が新しかった時のことです。 
 ギッチー・マニトゥ㊟はなんでも人々が暮らし易いように、楽なようにと作ってくれました。
 狩猟には獲物がたくさんいましたし、天気はいつも気持ち良く晴れていて、楓の木は濃い甘いシロップに満ちていました。メープル・シロップを欲しいときはいつでも楓の木の枝先をちょっと折ってそこから滴り落ちるシロップを集めればいいのです。
 ある日マナボゾー㊟は『友達のアニシナベ族㊟がどうしているか見てこようか…』
といいながら散歩に出ました。そしてインデアン達の村に行ってみると、誰もいません。マナボゾーは廻りを捜しました。湖で釣りをしているのかと思ったのですが、湖には誰もいません。畑を耕しているかと畑に行ってみましたが、そこにも誰もいません。苺を採りに行っているかと思ったのですが、誰も苺など集めてはいませんでした。みんなは村の近くの、楓の林に集まっていました。林の中の地面に仰向けに寝て、口を大きく開けて、楓の枝先から滴り落ちるシロップを舐めていたのです。
 『何たること!』 とマナボゾーは言いました。 『こんなことでは、みんなデブの怠け者になってしまうだけだ』
 マナボゾーは木の皮で作ったバケツを持って川に行きました。そしてバケツに何杯もの水を運んできて、楓の木に登りそのてっぺんから水を注ぎ込みました。濃いシロップは薄められて、わずかに甘さが判る程度の水っぽい樹液になってしまいました。
 『今後はずうーっとこれで行く。』とマナボゾーは言いました。『もうシロップは木から直接取れないぞ。水っぽい樹液だけだ。シロップを欲しかったらバケツに何杯もの樹液を集めなきゃならん。薪を集めて火を焚かなきゃならん。石をその火の中で焼いて、木の幹をくり抜いた桶に溜めた樹液に、煮立つまで何度も何度も入れなきゃならん。わずかなシロップを取るために長い時間働くのだ。そうすればデブで怠け者にはならないし、ギッチー・マニトゥが彼等のために作ってくれたメープル・シロップをもっと有り難く思うだろう。』
 『それだけではない。樹液が取れるのは一年のうちのある期間だけと決めよう。そうすれば、狩や釣りや、苺集めや、畑を耕すことを怠けなくなるだろう。今後はずうーっとこれで行く。』とマナボゾーは言い、今も続いているのです。

㊟ ギッチー・マニトゥはThe Great Spirit、インデアンの神様。
  マナボゾーはOld man、爺ちゃん。ギッチー・マニトゥに仕え、特別な能力をもつ。
  アニシナベ族は俗にオジブェ族とかチパワ族とか呼ばれる部族の昔の名称。

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メープル・シロップの採取

メープル・シロップが取れるのはマナボゾーが決めたように一年の内の決まった時期だけです。
早春の、日中は暖かく夜は凍るほど寒い約一ヶ月余りがその時期で、この頃は芽吹きはじめる葉の先に栄養分を送ろうと木が活動を始め、樹液の流れが活発になります。そこで幹に穴を開け滴り落ちる樹液を人間が横取りするのです。
インデアンの時代にはマナボゾーが言うように木の皮のバケツを使い、それに溜めた樹液を2メートル位の長さの木を横にしてくり抜いた細長い桶に集め、熱く焼いた石を何個も入れることを気長に繰り返し煮詰めたものでした。
木の皮のバケツはアルミのバケツに変わり、木をくり抜いた桶は鉄の鍋に変わりました。それもやがて底の平らなステンレスの四角な鍋に変わり、最近では木の幹に下げるバケツは省いてビニールのチューブを幹に差込み直接小屋のステンレスの鍋まで運ぶようになっています。
一本の「砂糖楓」の木から採れる樹液は約180リッター程度で、マナボゾーが怒って薄めてしまったのですから、『水』と呼ばれることからも判るように非常に薄いものです。これを40分の1に煮詰めます。つまり一本の楓から採れるシロップは一年にたったの4.5リッター程度です。
東カナダに住む人々にとって春のこの行事は特別な意味を持つようで、各地で楓糖採取の、いささかお祭り騒ぎの行事が行われ、長い冬からの開放という喜びだけではない詩情を感じます。
最も多く採れるのはケベック州(80%)ですが、オンタリオ州(15%)やプリンス・エドワード島などマリタイム地方、米国のニュー・イングランド地方でも採れます。
ナイアガラ・フォールス付近では私営の農家の他、ボールス・フォールス自然保護区でこの行事を楽しめます。
メープル・シロップは日本語では『楓糖』ですが、最近では『メープル・シロップ』として知られるようになり、『楓糖』といっても通じなく戸惑うこともしばしば。楓なら日本にもたくさんあります。楓の木ならどの木からでもシロップを採ることが出来るので、試してみませんか?
最も糖分の多い砂糖楓の木が当然効率はいいわけですけど。

今日の写真は樹齢五百年余の砂糖楓、カンフォト・メープルです。
カンフォト家(農家)の敷地跡に今も立っていて、この種は未だに子孫を増やしています。


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エスペラントの父ザメンホフ

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