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小さな村の小さな歴史館の裏には小さな歴史公園がありました。
校舎の中には人の気配が。。。まさか幽霊達ではあるまい。
子供達が歴史の勉強をしていたのです。
元来の赤レンガの校舎を火災で失いその後1859年に出来たのがこの校舎で石灰石で出来ています。1948年まで使っていたということですが、今は子供達に歴史を教えるプログラムが続けられているようです。恐らくクラス全体が特定の時間にここにやってきて古きよき時代を学ぶのでしょう。
手に手に竹馬を持って子供達が出てきました。竹馬と言うのは日本語ですが、竹は一切使っていません。
指導する先生(写真2、太い木の陰に半分隠れている)も、その助手と思しき若い女性達も当時の服装らしい装いでした。
写真3.は1815年頃ペンシルヴァニァから他のメノナイト達とここに移住したジェーカップ・フライと言う人の家。故郷ドイツの伝統的なデザインをもとに建てられています。
写真4.は巨大なリンゴ汁絞り器で、フライさんが使っていたもの。大きさから言っても商売で大量生産だったことが判ります。
写真5.は幌馬車ですが、複製で、もとの移住者到着200年を記念し、1996年5人の男性が本物そっくりに作り寄付したものです。
写真6.郵便馬車。1952年まで30年間週に六日ジョルダン周辺の郵便物の配達に走っていたもの。毎日15kmの走行距離だったそうです。丁寧に修復されたオリジナルです。
私が夫と訪ねたときはこの歴史公園に気付かなかったし、又知らなかったのですがその時訪ねたワイナリーのお見せがあるところは小振りなショッピングセンターとも言える一本の通りで、シャレたブティックやレストランがあります。おしゃれな服装のご夫人達がアンティックショップを覘いていました。
レストランの値段などから言っても遠くまで出掛けるのは億劫だが一寸贅沢を楽しみたい近隣の人たちの憩いの場所かと思いました。