※ 戦場イラクからのメール ※
『パレスチナ・ストール』を首にかけたWattan(渡辺修孝)、登場。
Wattan ……三月一日。報告が遅れてしまったことをお詫びします。国際電話を掛けようと試みたのですが、回線が混み合っていてなかなか通じなかったので結局、コンタクトはイラクに着いて、このメールからとなりました。アンマンから国境まではその日正午近くに着いたのですが、バクダッドに行くバスはないというので、仕方なくタクシーを拾って行くことにしました。
Wattan、運転手のカシームと握手する。
カシーム (無表情に)私はイラク人、名前はカシーム。正直者。ボッタくらない。
Wattan ドライバーは英語がまったく話せず、私も片言のアラビア語で何とかコミュニケーションを図ってようやく意思の疎通ができました。
車上の二人。
上空をヘリコプターが何機も通過する。
Wattan (指さし)アメリカ?
カシーム アメリカ。
Wattan あんなの撃ち落してやりたい。
カシーム (初めて顔に満面の笑みを浮かべる)……。バグダッドまで40キロ。(無愛想に戻り)この先アメリカのチェックポイントがある。暗くなると連中は、走ってくる車のライトめがけて見境なく撃ってくる。危ない。ラマディに弟の家がある。そこに泊ろう。
二人、弟の家に入る。
Wattan 弟の家に着いて驚いたのは、タクシードライバーの弟の家にしてはずいぶんと立派な造りの家だったからです。ちゃんとした庭付きの一軒家で玄関を入ると絨毯敷きのロビーがあってソファーが並んでいます。
カシーム 頭が痛い。(ソファーにうずくまってしまう)
Wattan カシームは一日中働き詰めでへとへとに疲れ切っているようでした。アスピリンを常用しています。
弟の子供たち、小さな女の子二人が部屋の奥のドアからちょこっと顔を出し、覗いて話に聞き入っている。
カシーム 大人の話だ。子供はあっちに行ってなさい。
外から突然、くぐもったような爆発音が数発。
すぐに短い自動小銃の発射音。
子どもたちは平然としていいる。
Wattan (驚いて外を気にする)
カシーム (笑いながら平然と)毎度のことだ、問題ない。
米軍のヘリが飛び交う音が引っ切り無しに続く。
二人、再び車上に。
Wattan 翌朝、旧イラク軍駐屯地の前を通りました。荒れ果てた建物と鉄くずが敷地内に散らばっているだけのさんさんたる状態です。表に掲げられている部隊章は、彼のキーホルダーについている楯型のマークと同じでした。(カシームに)ここは君がいた部隊だろ?
カシーム (苦笑い)そうだね。
Wattan 暮らしぶりはどう。
カシーム どいつもこいつもお金の話ばっかりさ。今じゃ元軍人だからってなんにもなんない。(どこに不満をぶつけたら良いのか解らない様子で)赤の他人に右へ行け、左へ行けと言われるまま、ロバのように従う毎日だ。お祈りだけは忘れないようにしている。君の無事も祈るよ。
二人、別れる。
Wattan 無事入国しました。私が泊まっているのは、テレビ局跡地前の安ホテル。テレビ局は戦争中バンカーバスター弾の攻撃を受け、劣化ウランの被害が噂されていますが、毎日何人もの人が平気で出入りしています。
若い係員が行く手を遮ろうとする。
Wattan 劣化ウラン弾使用の問題を調査中なので写真をとらせて欲しい。広島、長崎と同じ問題だ!
若い係員 お前は日本人だから入れてやる。アメリキーヤ(白人)は入れない。フセイン・グッド。アメリカ・ノーグッド。
Wattan 最近、まわりによく咳をする人はいないか?
若い係員 いるよ。(咳をする)
Wattan (見て)屋上から地下室までミサイルが突き抜けています。一番下の穴はもう既にかなり時間がたっているので水が溜まっています。すぐ隣には民家があり、住民が家畜を飼って生活しています。かく言う私も、向かいのホテルに宿泊していたのでチョット心配です。日本に帰ったら尿検査を受ける必要があるかも知れません。
遠い爆発音。
Wattan、歩いて、
Wattan 三月三日。イスラム教シーア派「アシュラ」の犠牲祭。朝早くに聖地カルバラとカドミーヤのモスクでかなり大きな爆発がありました。
緊張感ある巡礼の人々の群れ。
神経を逆なでするように騒々しい爆音を響かせつつ米軍ヘリコプターが警戒のために何度も上空を旋回する。
Wattan ティグリス河の向こう岸には米軍の戦車2台が砲身をこちらに向けていました。
(写真を撮ろうとする)
巡礼者1 ちょっと。
巡礼者2 (小声で)この先は、カメラを持った外国人は立ち入るととても危険だ。みんな気が立ってるから米軍と一緒にイラクを占領している日本人が来ていると知られたら、例えジャーナリストでも何をされるか判らない。
Wattan 印象的だったのは、シーア派もスンニ派もおたがいイスラムの兄弟として労わり合っていたことです。一部メディアで報じられているような宗派間のいがみ合いなど、「爆弾テロ」が起きた直後の非常事態だというのに、微塵も感じることはありませんでした。
巡礼者1 テロリストたちはイランから来た。この国の人間じゃない。
巡礼者2 やったのはパキスタン人。『アル・ジャジーラ』もそう言ってる。
Wattan、人々から離れて、
Wattan 私はここに何をしに来たのだろう。私は「米兵・自衛官人権ホットラインから派遣され、「在イラク自衛隊監視センター」のメンバーとしてこの国に来た。フセイン時代から、米英軍が行っているイラク空爆に疑問を持っていた。そこへ自衛隊も行ってしまった。行ってしまったからしようがないではなく、なんとか引っ張り戻すようなことに関わりたいと思った。少しはカンパもあったが、働いて貯金を貯め、アパートを引き払った。……三月七日早朝、バグダッドを出発。南下してサマワ市内に入った。
Wattan、新しい場所で、
Wattan そこは地図を見て考えていたよりも、ずっと大きな街でした。住民のほとんどはシーア派で、フセイン政権時にはほとんどその恩恵にあずかれない人々でした。商店街のメインストリートは占領軍景気なのか物資が数多く並び、一見活気にあふれているかに見えます。でも実はごく限られた大地主・族長たちが儲けているだけなのです。喫茶店のパーラーでは、毎日何人ものいい年をした男たちが椅子に座り、チャイを飲みながら駄弁っています。彼らは失業者なのです。
Wattan、到着した感じ。
Wattan 自衛隊の駐屯する『マァスカリ・ジェシー・ヤバニーエ(日本軍駐屯地)』は市外地から思ったより遠く、クルマで三、四十分かかるところにあります。自衛隊は土の表面を掘り返し整地しているようでした。記者会見は毎日午後四時頃から一時間くらい行われます。第一次先遣隊長の佐藤一佐にインタビューしました。
佐藤一佐、自衛隊員、現れる。
Wattan サマワ市内に住んでいるイラク人を雇っているんですか。
佐藤一佐 サマワ在住のイラク人かクウェート人を雇っています。
Wattan 自衛隊駐屯地の地主との交渉は進みましたか。土地を追われた小作人や失業者の問題は?
佐藤一佐 ……。
Wattan 大本営発表を鵜呑みにしても仕方がないので警備についている陸曹クラスの隊員に質問しました。……どこから来たの。ご家族は。
自衛隊員 旭川の部隊です。家族は、妻と5歳と2歳の子供二人。
Wattan 奥さんはイラク行きに賛成してくれた?
自衛隊員 ええ。「それが仕事だから」って。
Wattan 宿営地の浄水設備で給水できる水の量はどのくらい?
自衛隊員 よく分からないけど、ほとんど自分たち(宿営地)で使い切ってしまう量しか出来ないんじゃないですか。
Wattan そうだよね。サマワにもともとある浄水場(を)見学したんだけど、白くて真新しいタンクローリーに日の丸が付いてて驚いたんだ。日本が提供した給水車なんだね。市内じゃみんな自衛隊が浄水してくれたものだと勘違いして感謝してたよ。
自衛隊員 ……。
Wattan 劣化ウランは心配じゃない?
自衛隊員 (一瞬心配そうに表情を曇らせながらすぐに笑顔を作りなおして)いいえ、まったく気にしていません。
Wattan そりゃ私だってあと数ヶ月いるつもりですから条件としては同じか! あっ、こっちの方がいろんなところに取材に行ってるからヤバイかも。
佐藤一佐 宿営地での暮らしに問題はありません。
自衛隊員 飯も悪くないですよ。初めはコンバットレーションばかりでしたが、今はご飯も炊いて食べてます。
Wattan 刺身なんか恋しいでしょう。
自衛隊員 いやー、そりゃあもう食べたいですよ。
Wattan お酒は飲んでますか。
佐藤一佐 いえ、アルコールは禁止です。
Wattan なぜです。
佐藤一佐 イスラム教国だから飲酒は禁止です。
Wattan 皆さん日本人だし勤務終了後宿舎内での飲酒なら問題ないんじゃない。
佐藤一佐 ……。
Wattan 酔っ払って本音を言ったりケンカになったりするとまずいわけですか。
佐藤一佐 ……。
Wattan 『サマワ母子病院』では、自衛隊が納品した医療機材を見ましたよ。
佐藤一佐 ええ。
Wattan 赤ちゃんの保育器に日の丸のステッカー貼ることないんじゃないですか。
自衛隊員 ……。
Wattan 抗生物質、あんな分量じゃ全然足りないでしょ。一週間で使い切っちゃいますよ。
佐藤一佐 他にも色々支給の必要な物資がありますから。
Wattan 文房具配ってましたけど、この国の子どもたち、もともと文房具買ったことなんてないんです。今まではフセインが全児童に鉛筆を与えてました。
佐藤一佐 ……。
Wattan (自衛隊員に)何かおみやげは手に入れましたか。
自衛隊員 ……まだです。
Wattan これなんかどうです。現在廃止されているサダム紙幣。二五〇ディナール。
自衛隊員 へえ。(珍しそうに見る)
Wattan この国のお金、見たことないんですか?
自衛隊員 ……。
Wattan イラクに来ても任務以外のことは出来ないし、部隊内には情報統制が敷かれてて、外部と遮断された生活なんですね。
自衛隊員 我々は仕事に来ていますので、ほかのことは知る必要がありません。
Wattan ……報道陣の前に出てくる幹部・陸曹たちは、一定の広報教育を受けていると思いました。必ずしもすべての隊員たちがこのように笑顔で受け応えの出来る者たちではないことを元自衛官である私は知っています。ただ、例え「教育」された対応であっても彼らの笑顔は、まだ「殺人」を犯していない人間の素顔そのままでした。イラクに来て私がそれまで見たアメリカ・イギリス・オランダ軍の兵士たちとの決定的な違いはそこにあったのです。
自衛隊員たち、去る。
Wattan 私はサマワで、攻撃の被害を受けた家族を取材しました。
サマワの一家、家の主が語る。
家の主 百名くらいのオランダ兵が夜中に、まったく関係ない私らをバース党のパルチザンと決めつけ、自動小銃を乱射しながら押し入り、抗議する男たちを殴り、地面に伏せさせ制圧した。泣き続ける子供たちを放り投げ、助けを求めようとしたこの子(女性)は足を撃ち抜かれた。オランダ兵は家の中をしらみつぶしに探索し破壊した。米軍は戦闘ヘリ三台で応援に来ていたよ。
Wattan 家の跡地には手榴弾やロケットランチャーが使われた跡も残っていました。死者がでなかったことを幸運と言っていいのでしょうか。……この「事件」は、マスメディアに報道されていません。
家の主 兄弟はみんな逮捕されて、どこの刑務所にいるかわからない。こんな事は国際法に違反しているんじゃないか。アメリカの占領政策は間違ってる。
Wattan あなたがたは、日本の軍隊に出て行って欲しいですか?
一同それぞれ「ラー」、「ラー」、「ラー」(いいえ)と答える。
家の主 「ナーム」(はい)。
一家、去る。
Wattan ……市内に戻ってみると、自衛隊の給水タンクの塔がまるで『サマワを支配する巨大なモンスター』のように、不気味にそびえ立っていました。
Wattan、失業者たちに囲まれる。
Wattan 三月一七日。サマワ警察署前で失業者によるデモがあると聞いたので行ってみました。イラク統治委員会はCPA・連合国暫定当局の指示を受け、旧バース党関係者を公職追放しました。そのため多くの役人や軍人が職を失うことになったのです。
失業者A 数日前も二千人でデモをやったが、市役所は二十ドルくれただけだ。
失業者B 日本政府は約束したのに自衛隊は仕事をくれない。日本企業はまだか。いつ来るんだ?
失業者C 四日前、自衛隊の宿営地に子供を連れて仕事を貰いに行ったが、将校が出て来て『ここには仕事はない』と言って追い返された。どうしてくれる!
周囲の雰囲気が段々とエスカレートしてくる。
失業者D 私は元フェダイーン・サダムで勤務していたアリ・ベクドーシュです。何でもしますから雇ってください。
失業者E ジュベイユ・ムクタール。七人家族で娘が三人います。末の娘が病気で治療費が必要なんです。貿易省に勤めていました。日本の企業に紹介してください。
周囲に集まっている人々が、さらに自己アピールを続ける。
失業者A 何をしている。どんどん書け! ノートに名前を書け。
Wattan 『約束を守らない日本』から来た人間が目の前にいるのですから、当然不満の矛先は私に向けられます。
失業者B 日本人、イラクから出て行け!
失業者C 出て行け!
失業者D マネー、マネー、マネーを出せばいいんだよ!
Wattan、逃げるように去る。
Wattan 三月二十日。サマワ市内ティグリス川北岸、劣化ウラン汚染地域とされている旧イラク 軍高射砲陣地跡に行ってみました。市街地からわずか十五分。大きな高射砲が二基、青空に 向けて砲身を突き立てたまま朽ち果てようとしています。すぐ近くには民家が何軒も建ち並 んでいます。
Wattan、しゃがんでみる。
サッカーボールを持ったり自転車に乗ったりした近所の子供たちが遊びに来る。
Wattan そこはイラクで見慣れた、ごく普通の瓦礫の山に見えました。子どもたちには格好の遊び場です。(子どもたちに)「ここから離れて」「よそで遊びなさい」
子供たち、去る。
Wattan ……近くの雑草を見たら案の定でした。植物の生態に異常が見られました。多くの雑草 は、茎がまっすぐにならないで、横にグニャッと波型にのびています。明らかに土壌が汚染 されている証拠です。
子供たちは遊ぶために戻ってくる。
Wattan ここは駄目だって。
子どもたち ……。
Wattan 私は、自分が子供の頃、何度大人に注意されても旧い工場跡を遊び場にしていたことを思い出しました。子供には大人のようなしがらみも拘りもありません。アメリカ兵とも笑顔で話します。この子たちは幾ら追い払ってもどうせまたこの場所で遊んでいるでしょう。
Wattan、歩く。
五人の地主たちが迎える。
Wattan 三月二三日。自衛隊宿営地の地主さんたちに会いました。
地主1 ……。(握手する)
Wattan 日本の報道では、「サマワ宿営地の土地契約問題は既に地主との交渉で年間土地使用料二八〇〇万円を支払うことで話がまとまっている」そうですが。
地主2 契約は交わしてない。
地主3 口約束。
Wattan 契約を交わしたマルサード・ハーシム・モハメッド氏は確かに地主の一人ですが、その他にまだ地主は五人存在します。……金額は合意に達しましたか。
地主1 ……。(かぶりを振る)
地主2 交渉中だ。
地主4 日本政府は支払い金額に応じない。
地主5 けち。
地主3 自衛隊の幹部は言っていた。「土地を収用したら宿営地を造るが、いつまでもこの土地にいる訳ではない。その跡にはサマワ市民が働ける商店や娯楽施設、道路なども造るつもりだ」
地主4 だから工事を許した……。
地主2 信用できない。
地主5 嘘つき。
地主たち、去る。
自衛官がWattanの行く手を遮る。
Wattan 私は再三宿営地に通っているにもかかわらず、防衛庁発行の「記者証」が無いという理由で、この日から第1ゲートより中に入れてもらえなくなりました。
Wattan、歩く。
Wattan 三月二五日。バグダッドに帰ってメールを書いています。ここしばらくCPA本部やメディアの駐在するホテルに爆弾テロが行われるなど、緊迫した状況が続いていました。しかし今は平静を取り戻しています。
G、新聞片手に来る。
G 三月二十六日、小泉首相は新年度予算の成立を受け記者会見。日本を標的にしたテロの可能性についてこんなこと言ってます。「どの地域でもテロは起こる可能性はある。国民の皆さんも日頃から外出する際にも心構えというか、ご自身の注意はもちろん、社会全体を自分たちで守るという認識を持ってほしい。地域住民のボランティア的な活動が犯罪を抑止している面がある。不審な物を見て見ぬふりをせずに、おかしい点があれば注意する対応が必要だ」ってこれ、「何かあっても国民のせい。せいぜい隣組を復活しろ」ってことじゃない。イラク派遣の自衛隊にテロが起きた場合の総理としての責任については「その時考える」 んだって。
G、英字新聞を引っ張り出し、
G あのね、みんなイラクのことばかり目がいってるみたいだけど、ちょうどこの日、米国政府は沖縄県宜野湾市の米海兵隊普天間飛行場の移設問題で、名護市辺野古沖での代替施設建設計画の見直しを日本政府に非公式に打診してるって明らかになったの。なのに日本政府は見直しに消極的なんだって。去年の十一月、ラムズフェルドが沖縄訪問したでしょ。
ラムズフェルドらしき人 (出現し)上空から基地を視察したが、市街地の中心にある普天間飛行場の安全面、移設計画の遅れに懸念を表明する。辺野古沖への移設を急いでほしい。
日本政府高官らしき人 (出現し)環境影響調査などがあり、すぐに動かすことはできない。
ラムズフェルド 下地島空港への移転や嘉手納基地への統合って無理なの。
日本政府高官 辺野古沖の話を進めながら、別な可能性の検討はあり得ない。
ラムズフェルド そもそも県や名護市は移設条件に「十五年だけ」って使用期限切ってるじゃない。困るよ。代替施設完成に十年かかるし。九六年のSACO最終報告は「五年から七年以内に普天間飛行場返還」のはずでしょ。もう過ぎちゃったよ。
日本政府高官 枠組みの見直しはしません。
G 日本政府はそんなに辺野古沖のサンゴ礁潰して空港つくりたいわけ?アメリカの方が柔軟に見えるのって、どうよ?
Gと入替わりにカウンター越しに椅子に座る若い娘、スージー。
Wattan 4月1日。「好きです……」だってさ! 行きつけのインターネットカフェに勤めている女の子に告白されてしまいました! 春先になると、生き物はどうしてこうも異性を意識 しはじめるのでしょうか? いつものようにお店に入ると受付オペレーターの女の子スージーが、片言の英語とアラビア語で尋ねてきます。
スージー はい、ワッタン、スィーエースィー、ヤァニー、How to say I love you エヒキヤバン?
Wattan 私は正直に、それは「好きです」って言うことを教えてあげました。
スージー ……。
スージー、カウンター越しにすくっと立ち上がり、Wattanの目をじっと見詰め、照れたようにはにかむ。
スージー ワッタン……。
Wattan はい。
スージー スキデス……。
Wattan サ、サンキュ!
軽く握手した後、Wattan、ボーッとしたままパソコンに向かって座り、しばらくその余韻に浸っている。
Wattan 思いがけず告白されてしまった余韻に浸った後、はっと我に返って、あることに気がつきました。「今日は、四月一日だ」「どうせまた、エイプリル・フールでからかってんだろ!」 じつのところ、私は四月一日ともなると、毎年ひとに騙されています。私はこのインターネットカフェには毎日通っていて、店長とも懇意にしています。そうだ、きっとスージーは店長とグルに違いない。
Wattan、帰り間際のかんじで支払いに立つ。
大いに照れるスージー。
Wattan わかってるよ! エイプリル・フールだろ。
スージー 何、それ?
Wattan ……あ、しまった!
店長、来る。
Wattan 「エイプリル・フール」って知らないの。
店長 「エイプリル・フール」
スージー 「エイプリル・フール」
Wattan (頷く)
店長 知らない。
スージー 知らない。
店長 (店内を見回して)みんな知らないよね?
Wattan えっ、イラクではエイプリル・フールを誰も知らない。……というか、そういった習慣すらなかったのです。
スージー ワッタン……。
Wattan 『バレンタインデー』知ってる?
店長 知らない。
スージー 知らない。
Wattan 『ホワイトデー』は?
店長 知らない。
スージー 知らない。
Wattan (頷く)
スージー ……。(微笑む)
Wattan (微笑むしかない)これも二十年以上続いたサダム政権の功罪のひとつでしょうか? 西側諸国の文化から切り離された閉鎖環境にあっては、社会的に公然と認められた『遊び感覚』といったものすら無かったのでしょう。などと、まるで他人事のようなコメントを書いているけど、「私はこの先どうすればいいのでしょうか?」困ったものです。ファルージャでは、アメリカ兵や傭兵たちが火焙りになって惨殺されているというのに、こんな浮かれた報告で皆さんどうもすみません。……とりあえず、『ホワイトデー』には彼女に何かプレゼントをしようかな?
G (再び現れ新聞広げている)つけあがってるんじゃない。
Wattan ……。
G アメリカ。農務長官が 「BSE問題で建設的な対話をしない日本の反応に失望」だって。ちゃんと検査してない牛肉、送ろうとしてるほうがヘンだって、なんでわかんないのよ。
G、去る。
Wattan 四月七日。にわかに慌ただしくなってきました。幾つもの都市で掃討作戦が行なわれています。ファルージャなどで四百人以上の住民が殺され、モスクも破壊されたようです。シーア派組織ムクタダール派による反米抗議デモは一気に激しさを増し、全国的な反米闘争に発展しました。ムクタダール派の拠点サドル・シティー、米軍からはゲリラの隠れ家といわれていた場所です。
Wattan、歩く。
周囲に人々が増えてくる。
Wattan 周辺は米軍に包囲されています。戦車の数が圧倒的に増えました。イラク警察も道路に検問を敷いています。いつでも街を封鎖できる態勢が整いつつあるようです。……スラムに近いところで住民たちの反米集会に出くわしました。皆、手に手に銃やナイフを持って気勢を挙げているではありませんか。
彼らの矛先は、今度はWattanに。
ある人 おまえは誰だ。
Wattan 日本の大衆運動から取材に来た。
別な人 よし、写真を撮れ。話を聞け。
ある青年が壇上に立つ。
ある青年 我々はイラクの何処においても米兵を殺すことができる。なぜならイラク全土に、我々の同志と軍隊が存在する。ここはムスリムの国だ。
また別な青年 我々は強靭だ! 我が軍は二日前、九人の米兵を殺し、車を奪い破壊した。見ろ、あれがその車だ! 燃えているだろう!
ある青年 二日前、米軍は二人の子供を撃ち殺した。
駆けつけた青年 (着くや否や)たった今、ナジャフでシスターニ師が、我々ムクタダール派と共闘する声明を出したぞぉー。
みんな一斉に「おぉー」とすごい勢いの歓声が広がる。
Wattan 穏健派のシスターニ派と徹底したゲリラ戦による反米闘争を叫ぶムクタダール派との共闘はありえるのでしょうか。
ある青年 米軍がファルージャから撤退したぞ!
再び、「おぉー」という歓声。
Wattan こうした情報は主催者側が住民を鼓舞し集会を盛り上げるため流した、実際の状況とかけ離れた架空の『優勢情報』でした。まるで旧日本軍の「大本営発表」ミニチュア版です。
また別な青年 サドル・シティーはパレスチナ・キャンプとは違う。我々は米軍に包囲されているが孤立していない。我々には三千万イラク人民の味方がいる!
別な人 (Wattanを引っ張り出し)おまえは日本のメディアだろう。なんで日本はこの国に軍隊を送ってくるんだ! ヒロシマ、ナガサキを忘れたか。アメリカは日本の敵だろう。
Wattan 敵対する以外の方法もあると思うんです。これ以上犠牲を増やさないために考えを広げる必要がある……。
別な人 何を言っているのかさっぱりわからん。
Wattan 落ち着いて話しましょう。できれば英語の方がありがたいのですが。……can you speak English?
ある人 英語を喋るな!
ある青年 ここはアラブだ、アラビア語で喋れ!(激しい勢いで捲くし立てる)
また別な青年 喋れないならとっとと帰れ!(捲くし立てる)
ある青年 「日本人帰れ」
別な人 「日本人帰れ」
また別な青年 「日本人帰れ」
「日本人帰れ」コールの中でショックを受け、しゃがむWattan。
Wattan ショックでした。イラクの人たちは基本的には親日だったはずです。サマワでも日本人への絶望を感じましたが、ここまでの敵意は初めてです。
Wattan、ゆっくりと起きあがる。
銃声の単発音、機関砲と思われる連射音が聴こえてくる。
戦車が走る重低音と金属音……。
Wattan 四月八日。バグダッド市内では夕方以降、米軍の動きが慌ただしくなっています。……報道によると、サマワの自衛隊宿営地に『手製と思われる迫撃弾』が撃ち込まれたそうです。その翌日、4月9日、とんでもないニュースが入ってきました。日本人ボランティアの高遠菜穂子さんと日本人ジャーナリストら計3名が誘拐されたと『アル・ジャジーラ』から報じられたのです。
安田純平、現れる。
安田 三人が拉致されたのは、ヨルダンからタクシーでバグダッドに向かう途中のファルージャ付近。「スンニ三角地帯」でも特に反米意識の強いところだ。
Wattan 犯行声明は出ている?
安田 犯行グループは三日以内の自衛隊撤退を要求、従わなければ殺害するって。
G (現れ)「三人の無事救出に全力を挙げる。日本でできることは最大限する」って小泉は言うけど、「撤退する理由がない」「テロリストの卑劣な脅しに乗ってはいけない」って、これ、つまり見殺しにしても仕方がないってことでしょ。チェイニー副大統領曰く「自衛隊はイラクから撤退すべきでない」。大きなお世話。福田官房長官のお父さんはダッカ事件で「人命は地球より重い」って超法規的措置で赤軍派を釈放したけど、今は「時代が違う」んだって。
安田 三人はいったん別のグループに拘束されたあと、その先のガルアで武装組織『サラーヤ・ムジャヒディン』に引き渡された。
Wattan ニュースだけでは不明な点があるので、私は、日本から来ているジャーナリストで現在アパートに同居している安田純平さんと、できる限り調査してみることにしました。安田さんは元新聞記者、イラク戦争開戦時には「人間の盾」となりバグダッド南部の浄水場に滞在、戦局をレポートした人です。……サドル・シティーに行くと、金曜礼拝のためモスクに二万人近くが集まっていました。
人々に囲まれ、ムハンメッドに身体検査を受けるWattan、安田。
安田 ムハンメッド・アリ・アブダッラー。マフディ軍兵士。
ムハンメッド 我々はムスリムであり、武器を持たない民間人を誘拐したり殺したりはしない。
Wattan 誰がやったと思います?
ムハンメッド スンニの仕業だろう。
Wattan スンニ派の拠点の一つアザミーヤ。前に来たときに比べると、私たち日本人を見る眼が一様に不審者を見るようなものに変わっていました。
別な人々の群れの中からアルベル、出てくる。
アルベル 日本と我々は、今まで良いフレンドシップを結んでいた。しかし、日本の軍隊がイラクに来て復興支援するといっても、結局アメリカの旗の下でしかなかった。日本では大騒ぎをしているようだが、いまファルージャでは四百の命が失われ、六百人が負傷している。日 本人三人の命は大勢のイラクの命よりもエクペンスィブなのか?
Wattan 誘拐した犯人の見当はつきますか?
アルベル ムスリムではない。イスラエルかアメリカの情報機関だろう。『サラーヤ・ムジャヒディン』などという組織は聞いたこともない。
Wattan、安田、歩く。
少年たちの姿。
安田 ……ここはチグリス河沿いのアブ・ノアース通り。ストリート・チルドレンの多い地域だ。
Wattan 道端にたむろしていた少年たちがティッシュ・ボックスを売っていた。
売り子の少年たちの中にはペットボトルを手にした者もいる。
少年A ……ナオコが誘拐されたんだって。
少年B ナオコ・キーフ?
Wattan ナオコ、マーク・ムシケラ。
安田 ナオコを知ってるの?
少年A ナオコは食べ物や靴をくれたりして面倒を見てくれた。事件を聞いて驚いたけど、この問題はもう終わったんだろ?
安田 それはシンナーか。ナオコが戻ってきたら、怒るぞ。
少年A 違う。
安田 怒っても知らないぞ。
少年 (ペットボトルを投げ捨てる)
少年たち、駆け去る。
響いていた爆破音が段々と近くで聞こえるようになってくる。
銃声も時々近くで「タァーン」「ズドンッ」などと激しく響く。
歩いてきて、疲れ切った様子で地べたに座り込む若者、男。
安田 ファルージャから来たんですか。
若者 (力無く)アメリカは戦闘機の攻撃を再開した。七百人以上が殺された。家族はどこに行ったかわからない。モスクに行ってみるしかない。
男 バグダッドに向かい歩き出したとたん銃撃を受けた。目の前で若い夫婦と赤ん坊が撃たれた。(怒り)十時間かけて歩いてきた。アメリカ兵は道を歩いてると狙撃してくる。家に隠れると爆撃する。わかるか。家がなくなったから来たんだ。俺たちは子供から老人までみんなアメリカと闘う用意がある。
蹲っている、G。
G 死んだお祖父ちゃんに訊いたことがある。「戦争はどうして悪いことなの?」。「おまえは どう思う?」。……「たくさんの人が命をなくしてしまうから」。私がそう言うとお祖父ちゃんは頷き、しばらく黙りこんだ。そして言った。「そうだね。だけど命の他に、もっと大事なものをなくしてしまうんだ」と言った。……命よりも大事なもの、それはなんだろう。
Wattan バグダッドの日本大使館に行っても居留守を使っているのかイラクの警備スタッフしか応答しない。日本政府は情報収集をイラクやアメリカに「丸投げしている」という印象を持ちました。
G 高遠さんのホームページの掲示板には、批判や中傷の書き込みが圧倒的に多く、連絡用に機能できなくなったため、閉鎖したという。
書き込みA 「こんな時期に民間人がイラク行ったらいかんよ」
書き込みB 「自業自得。リスクは承知の上で行ったんでしょ」
G 十一月に日本人外交官が殺されたときとずいぶん違うと思わない?
安田 日本政府は「退避勧告を出しているのを無視して行ったのだから自己責任だ」と言ってるんだって。 自衛隊の撤退を求めた三人の家族に対するバッシングも激しいみたい。
Wattan ……行こうか。
安田 ……ええ。
Wattan 四月十四日。私たちは馴染みの通訳に連絡しました。
通訳、来る。
通訳 危険すぎる。街にはとても入れない。
Wattan もちろん中には入らない。手前の道路上でも良いから、避難してくる住民のコメントがとれればいい。
安田 アブグレイブまでならどう?
通訳 ……。(頷く)
安田 ファルージャには行きたいと思っていました。現地人スタッフ以外、市内にはほとんど入れていないからです。戦闘の激しさそのものより、現地住民に受け入れられないことが問題です。これまでにアジア系も含めて十六ヶ国・五十人が拘束されています。
運転手も加わり、四人は車上の人となる。
『パレスチナ・ストール』を首にかけたWattan(渡辺修孝)、登場。
Wattan ……三月一日。報告が遅れてしまったことをお詫びします。国際電話を掛けようと試みたのですが、回線が混み合っていてなかなか通じなかったので結局、コンタクトはイラクに着いて、このメールからとなりました。アンマンから国境まではその日正午近くに着いたのですが、バクダッドに行くバスはないというので、仕方なくタクシーを拾って行くことにしました。
Wattan、運転手のカシームと握手する。
カシーム (無表情に)私はイラク人、名前はカシーム。正直者。ボッタくらない。
Wattan ドライバーは英語がまったく話せず、私も片言のアラビア語で何とかコミュニケーションを図ってようやく意思の疎通ができました。
車上の二人。
上空をヘリコプターが何機も通過する。
Wattan (指さし)アメリカ?
カシーム アメリカ。
Wattan あんなの撃ち落してやりたい。
カシーム (初めて顔に満面の笑みを浮かべる)……。バグダッドまで40キロ。(無愛想に戻り)この先アメリカのチェックポイントがある。暗くなると連中は、走ってくる車のライトめがけて見境なく撃ってくる。危ない。ラマディに弟の家がある。そこに泊ろう。
二人、弟の家に入る。
Wattan 弟の家に着いて驚いたのは、タクシードライバーの弟の家にしてはずいぶんと立派な造りの家だったからです。ちゃんとした庭付きの一軒家で玄関を入ると絨毯敷きのロビーがあってソファーが並んでいます。
カシーム 頭が痛い。(ソファーにうずくまってしまう)
Wattan カシームは一日中働き詰めでへとへとに疲れ切っているようでした。アスピリンを常用しています。
弟の子供たち、小さな女の子二人が部屋の奥のドアからちょこっと顔を出し、覗いて話に聞き入っている。
カシーム 大人の話だ。子供はあっちに行ってなさい。
外から突然、くぐもったような爆発音が数発。
すぐに短い自動小銃の発射音。
子どもたちは平然としていいる。
Wattan (驚いて外を気にする)
カシーム (笑いながら平然と)毎度のことだ、問題ない。
米軍のヘリが飛び交う音が引っ切り無しに続く。
二人、再び車上に。
Wattan 翌朝、旧イラク軍駐屯地の前を通りました。荒れ果てた建物と鉄くずが敷地内に散らばっているだけのさんさんたる状態です。表に掲げられている部隊章は、彼のキーホルダーについている楯型のマークと同じでした。(カシームに)ここは君がいた部隊だろ?
カシーム (苦笑い)そうだね。
Wattan 暮らしぶりはどう。
カシーム どいつもこいつもお金の話ばっかりさ。今じゃ元軍人だからってなんにもなんない。(どこに不満をぶつけたら良いのか解らない様子で)赤の他人に右へ行け、左へ行けと言われるまま、ロバのように従う毎日だ。お祈りだけは忘れないようにしている。君の無事も祈るよ。
二人、別れる。
Wattan 無事入国しました。私が泊まっているのは、テレビ局跡地前の安ホテル。テレビ局は戦争中バンカーバスター弾の攻撃を受け、劣化ウランの被害が噂されていますが、毎日何人もの人が平気で出入りしています。
若い係員が行く手を遮ろうとする。
Wattan 劣化ウラン弾使用の問題を調査中なので写真をとらせて欲しい。広島、長崎と同じ問題だ!
若い係員 お前は日本人だから入れてやる。アメリキーヤ(白人)は入れない。フセイン・グッド。アメリカ・ノーグッド。
Wattan 最近、まわりによく咳をする人はいないか?
若い係員 いるよ。(咳をする)
Wattan (見て)屋上から地下室までミサイルが突き抜けています。一番下の穴はもう既にかなり時間がたっているので水が溜まっています。すぐ隣には民家があり、住民が家畜を飼って生活しています。かく言う私も、向かいのホテルに宿泊していたのでチョット心配です。日本に帰ったら尿検査を受ける必要があるかも知れません。
遠い爆発音。
Wattan、歩いて、
Wattan 三月三日。イスラム教シーア派「アシュラ」の犠牲祭。朝早くに聖地カルバラとカドミーヤのモスクでかなり大きな爆発がありました。
緊張感ある巡礼の人々の群れ。
神経を逆なでするように騒々しい爆音を響かせつつ米軍ヘリコプターが警戒のために何度も上空を旋回する。
Wattan ティグリス河の向こう岸には米軍の戦車2台が砲身をこちらに向けていました。
(写真を撮ろうとする)
巡礼者1 ちょっと。
巡礼者2 (小声で)この先は、カメラを持った外国人は立ち入るととても危険だ。みんな気が立ってるから米軍と一緒にイラクを占領している日本人が来ていると知られたら、例えジャーナリストでも何をされるか判らない。
Wattan 印象的だったのは、シーア派もスンニ派もおたがいイスラムの兄弟として労わり合っていたことです。一部メディアで報じられているような宗派間のいがみ合いなど、「爆弾テロ」が起きた直後の非常事態だというのに、微塵も感じることはありませんでした。
巡礼者1 テロリストたちはイランから来た。この国の人間じゃない。
巡礼者2 やったのはパキスタン人。『アル・ジャジーラ』もそう言ってる。
Wattan、人々から離れて、
Wattan 私はここに何をしに来たのだろう。私は「米兵・自衛官人権ホットラインから派遣され、「在イラク自衛隊監視センター」のメンバーとしてこの国に来た。フセイン時代から、米英軍が行っているイラク空爆に疑問を持っていた。そこへ自衛隊も行ってしまった。行ってしまったからしようがないではなく、なんとか引っ張り戻すようなことに関わりたいと思った。少しはカンパもあったが、働いて貯金を貯め、アパートを引き払った。……三月七日早朝、バグダッドを出発。南下してサマワ市内に入った。
Wattan、新しい場所で、
Wattan そこは地図を見て考えていたよりも、ずっと大きな街でした。住民のほとんどはシーア派で、フセイン政権時にはほとんどその恩恵にあずかれない人々でした。商店街のメインストリートは占領軍景気なのか物資が数多く並び、一見活気にあふれているかに見えます。でも実はごく限られた大地主・族長たちが儲けているだけなのです。喫茶店のパーラーでは、毎日何人ものいい年をした男たちが椅子に座り、チャイを飲みながら駄弁っています。彼らは失業者なのです。
Wattan、到着した感じ。
Wattan 自衛隊の駐屯する『マァスカリ・ジェシー・ヤバニーエ(日本軍駐屯地)』は市外地から思ったより遠く、クルマで三、四十分かかるところにあります。自衛隊は土の表面を掘り返し整地しているようでした。記者会見は毎日午後四時頃から一時間くらい行われます。第一次先遣隊長の佐藤一佐にインタビューしました。
佐藤一佐、自衛隊員、現れる。
Wattan サマワ市内に住んでいるイラク人を雇っているんですか。
佐藤一佐 サマワ在住のイラク人かクウェート人を雇っています。
Wattan 自衛隊駐屯地の地主との交渉は進みましたか。土地を追われた小作人や失業者の問題は?
佐藤一佐 ……。
Wattan 大本営発表を鵜呑みにしても仕方がないので警備についている陸曹クラスの隊員に質問しました。……どこから来たの。ご家族は。
自衛隊員 旭川の部隊です。家族は、妻と5歳と2歳の子供二人。
Wattan 奥さんはイラク行きに賛成してくれた?
自衛隊員 ええ。「それが仕事だから」って。
Wattan 宿営地の浄水設備で給水できる水の量はどのくらい?
自衛隊員 よく分からないけど、ほとんど自分たち(宿営地)で使い切ってしまう量しか出来ないんじゃないですか。
Wattan そうだよね。サマワにもともとある浄水場(を)見学したんだけど、白くて真新しいタンクローリーに日の丸が付いてて驚いたんだ。日本が提供した給水車なんだね。市内じゃみんな自衛隊が浄水してくれたものだと勘違いして感謝してたよ。
自衛隊員 ……。
Wattan 劣化ウランは心配じゃない?
自衛隊員 (一瞬心配そうに表情を曇らせながらすぐに笑顔を作りなおして)いいえ、まったく気にしていません。
Wattan そりゃ私だってあと数ヶ月いるつもりですから条件としては同じか! あっ、こっちの方がいろんなところに取材に行ってるからヤバイかも。
佐藤一佐 宿営地での暮らしに問題はありません。
自衛隊員 飯も悪くないですよ。初めはコンバットレーションばかりでしたが、今はご飯も炊いて食べてます。
Wattan 刺身なんか恋しいでしょう。
自衛隊員 いやー、そりゃあもう食べたいですよ。
Wattan お酒は飲んでますか。
佐藤一佐 いえ、アルコールは禁止です。
Wattan なぜです。
佐藤一佐 イスラム教国だから飲酒は禁止です。
Wattan 皆さん日本人だし勤務終了後宿舎内での飲酒なら問題ないんじゃない。
佐藤一佐 ……。
Wattan 酔っ払って本音を言ったりケンカになったりするとまずいわけですか。
佐藤一佐 ……。
Wattan 『サマワ母子病院』では、自衛隊が納品した医療機材を見ましたよ。
佐藤一佐 ええ。
Wattan 赤ちゃんの保育器に日の丸のステッカー貼ることないんじゃないですか。
自衛隊員 ……。
Wattan 抗生物質、あんな分量じゃ全然足りないでしょ。一週間で使い切っちゃいますよ。
佐藤一佐 他にも色々支給の必要な物資がありますから。
Wattan 文房具配ってましたけど、この国の子どもたち、もともと文房具買ったことなんてないんです。今まではフセインが全児童に鉛筆を与えてました。
佐藤一佐 ……。
Wattan (自衛隊員に)何かおみやげは手に入れましたか。
自衛隊員 ……まだです。
Wattan これなんかどうです。現在廃止されているサダム紙幣。二五〇ディナール。
自衛隊員 へえ。(珍しそうに見る)
Wattan この国のお金、見たことないんですか?
自衛隊員 ……。
Wattan イラクに来ても任務以外のことは出来ないし、部隊内には情報統制が敷かれてて、外部と遮断された生活なんですね。
自衛隊員 我々は仕事に来ていますので、ほかのことは知る必要がありません。
Wattan ……報道陣の前に出てくる幹部・陸曹たちは、一定の広報教育を受けていると思いました。必ずしもすべての隊員たちがこのように笑顔で受け応えの出来る者たちではないことを元自衛官である私は知っています。ただ、例え「教育」された対応であっても彼らの笑顔は、まだ「殺人」を犯していない人間の素顔そのままでした。イラクに来て私がそれまで見たアメリカ・イギリス・オランダ軍の兵士たちとの決定的な違いはそこにあったのです。
自衛隊員たち、去る。
Wattan 私はサマワで、攻撃の被害を受けた家族を取材しました。
サマワの一家、家の主が語る。
家の主 百名くらいのオランダ兵が夜中に、まったく関係ない私らをバース党のパルチザンと決めつけ、自動小銃を乱射しながら押し入り、抗議する男たちを殴り、地面に伏せさせ制圧した。泣き続ける子供たちを放り投げ、助けを求めようとしたこの子(女性)は足を撃ち抜かれた。オランダ兵は家の中をしらみつぶしに探索し破壊した。米軍は戦闘ヘリ三台で応援に来ていたよ。
Wattan 家の跡地には手榴弾やロケットランチャーが使われた跡も残っていました。死者がでなかったことを幸運と言っていいのでしょうか。……この「事件」は、マスメディアに報道されていません。
家の主 兄弟はみんな逮捕されて、どこの刑務所にいるかわからない。こんな事は国際法に違反しているんじゃないか。アメリカの占領政策は間違ってる。
Wattan あなたがたは、日本の軍隊に出て行って欲しいですか?
一同それぞれ「ラー」、「ラー」、「ラー」(いいえ)と答える。
家の主 「ナーム」(はい)。
一家、去る。
Wattan ……市内に戻ってみると、自衛隊の給水タンクの塔がまるで『サマワを支配する巨大なモンスター』のように、不気味にそびえ立っていました。
Wattan、失業者たちに囲まれる。
Wattan 三月一七日。サマワ警察署前で失業者によるデモがあると聞いたので行ってみました。イラク統治委員会はCPA・連合国暫定当局の指示を受け、旧バース党関係者を公職追放しました。そのため多くの役人や軍人が職を失うことになったのです。
失業者A 数日前も二千人でデモをやったが、市役所は二十ドルくれただけだ。
失業者B 日本政府は約束したのに自衛隊は仕事をくれない。日本企業はまだか。いつ来るんだ?
失業者C 四日前、自衛隊の宿営地に子供を連れて仕事を貰いに行ったが、将校が出て来て『ここには仕事はない』と言って追い返された。どうしてくれる!
周囲の雰囲気が段々とエスカレートしてくる。
失業者D 私は元フェダイーン・サダムで勤務していたアリ・ベクドーシュです。何でもしますから雇ってください。
失業者E ジュベイユ・ムクタール。七人家族で娘が三人います。末の娘が病気で治療費が必要なんです。貿易省に勤めていました。日本の企業に紹介してください。
周囲に集まっている人々が、さらに自己アピールを続ける。
失業者A 何をしている。どんどん書け! ノートに名前を書け。
Wattan 『約束を守らない日本』から来た人間が目の前にいるのですから、当然不満の矛先は私に向けられます。
失業者B 日本人、イラクから出て行け!
失業者C 出て行け!
失業者D マネー、マネー、マネーを出せばいいんだよ!
Wattan、逃げるように去る。
Wattan 三月二十日。サマワ市内ティグリス川北岸、劣化ウラン汚染地域とされている旧イラク 軍高射砲陣地跡に行ってみました。市街地からわずか十五分。大きな高射砲が二基、青空に 向けて砲身を突き立てたまま朽ち果てようとしています。すぐ近くには民家が何軒も建ち並 んでいます。
Wattan、しゃがんでみる。
サッカーボールを持ったり自転車に乗ったりした近所の子供たちが遊びに来る。
Wattan そこはイラクで見慣れた、ごく普通の瓦礫の山に見えました。子どもたちには格好の遊び場です。(子どもたちに)「ここから離れて」「よそで遊びなさい」
子供たち、去る。
Wattan ……近くの雑草を見たら案の定でした。植物の生態に異常が見られました。多くの雑草 は、茎がまっすぐにならないで、横にグニャッと波型にのびています。明らかに土壌が汚染 されている証拠です。
子供たちは遊ぶために戻ってくる。
Wattan ここは駄目だって。
子どもたち ……。
Wattan 私は、自分が子供の頃、何度大人に注意されても旧い工場跡を遊び場にしていたことを思い出しました。子供には大人のようなしがらみも拘りもありません。アメリカ兵とも笑顔で話します。この子たちは幾ら追い払ってもどうせまたこの場所で遊んでいるでしょう。
Wattan、歩く。
五人の地主たちが迎える。
Wattan 三月二三日。自衛隊宿営地の地主さんたちに会いました。
地主1 ……。(握手する)
Wattan 日本の報道では、「サマワ宿営地の土地契約問題は既に地主との交渉で年間土地使用料二八〇〇万円を支払うことで話がまとまっている」そうですが。
地主2 契約は交わしてない。
地主3 口約束。
Wattan 契約を交わしたマルサード・ハーシム・モハメッド氏は確かに地主の一人ですが、その他にまだ地主は五人存在します。……金額は合意に達しましたか。
地主1 ……。(かぶりを振る)
地主2 交渉中だ。
地主4 日本政府は支払い金額に応じない。
地主5 けち。
地主3 自衛隊の幹部は言っていた。「土地を収用したら宿営地を造るが、いつまでもこの土地にいる訳ではない。その跡にはサマワ市民が働ける商店や娯楽施設、道路なども造るつもりだ」
地主4 だから工事を許した……。
地主2 信用できない。
地主5 嘘つき。
地主たち、去る。
自衛官がWattanの行く手を遮る。
Wattan 私は再三宿営地に通っているにもかかわらず、防衛庁発行の「記者証」が無いという理由で、この日から第1ゲートより中に入れてもらえなくなりました。
Wattan、歩く。
Wattan 三月二五日。バグダッドに帰ってメールを書いています。ここしばらくCPA本部やメディアの駐在するホテルに爆弾テロが行われるなど、緊迫した状況が続いていました。しかし今は平静を取り戻しています。
G、新聞片手に来る。
G 三月二十六日、小泉首相は新年度予算の成立を受け記者会見。日本を標的にしたテロの可能性についてこんなこと言ってます。「どの地域でもテロは起こる可能性はある。国民の皆さんも日頃から外出する際にも心構えというか、ご自身の注意はもちろん、社会全体を自分たちで守るという認識を持ってほしい。地域住民のボランティア的な活動が犯罪を抑止している面がある。不審な物を見て見ぬふりをせずに、おかしい点があれば注意する対応が必要だ」ってこれ、「何かあっても国民のせい。せいぜい隣組を復活しろ」ってことじゃない。イラク派遣の自衛隊にテロが起きた場合の総理としての責任については「その時考える」 んだって。
G、英字新聞を引っ張り出し、
G あのね、みんなイラクのことばかり目がいってるみたいだけど、ちょうどこの日、米国政府は沖縄県宜野湾市の米海兵隊普天間飛行場の移設問題で、名護市辺野古沖での代替施設建設計画の見直しを日本政府に非公式に打診してるって明らかになったの。なのに日本政府は見直しに消極的なんだって。去年の十一月、ラムズフェルドが沖縄訪問したでしょ。
ラムズフェルドらしき人 (出現し)上空から基地を視察したが、市街地の中心にある普天間飛行場の安全面、移設計画の遅れに懸念を表明する。辺野古沖への移設を急いでほしい。
日本政府高官らしき人 (出現し)環境影響調査などがあり、すぐに動かすことはできない。
ラムズフェルド 下地島空港への移転や嘉手納基地への統合って無理なの。
日本政府高官 辺野古沖の話を進めながら、別な可能性の検討はあり得ない。
ラムズフェルド そもそも県や名護市は移設条件に「十五年だけ」って使用期限切ってるじゃない。困るよ。代替施設完成に十年かかるし。九六年のSACO最終報告は「五年から七年以内に普天間飛行場返還」のはずでしょ。もう過ぎちゃったよ。
日本政府高官 枠組みの見直しはしません。
G 日本政府はそんなに辺野古沖のサンゴ礁潰して空港つくりたいわけ?アメリカの方が柔軟に見えるのって、どうよ?
Gと入替わりにカウンター越しに椅子に座る若い娘、スージー。
Wattan 4月1日。「好きです……」だってさ! 行きつけのインターネットカフェに勤めている女の子に告白されてしまいました! 春先になると、生き物はどうしてこうも異性を意識 しはじめるのでしょうか? いつものようにお店に入ると受付オペレーターの女の子スージーが、片言の英語とアラビア語で尋ねてきます。
スージー はい、ワッタン、スィーエースィー、ヤァニー、How to say I love you エヒキヤバン?
Wattan 私は正直に、それは「好きです」って言うことを教えてあげました。
スージー ……。
スージー、カウンター越しにすくっと立ち上がり、Wattanの目をじっと見詰め、照れたようにはにかむ。
スージー ワッタン……。
Wattan はい。
スージー スキデス……。
Wattan サ、サンキュ!
軽く握手した後、Wattan、ボーッとしたままパソコンに向かって座り、しばらくその余韻に浸っている。
Wattan 思いがけず告白されてしまった余韻に浸った後、はっと我に返って、あることに気がつきました。「今日は、四月一日だ」「どうせまた、エイプリル・フールでからかってんだろ!」 じつのところ、私は四月一日ともなると、毎年ひとに騙されています。私はこのインターネットカフェには毎日通っていて、店長とも懇意にしています。そうだ、きっとスージーは店長とグルに違いない。
Wattan、帰り間際のかんじで支払いに立つ。
大いに照れるスージー。
Wattan わかってるよ! エイプリル・フールだろ。
スージー 何、それ?
Wattan ……あ、しまった!
店長、来る。
Wattan 「エイプリル・フール」って知らないの。
店長 「エイプリル・フール」
スージー 「エイプリル・フール」
Wattan (頷く)
店長 知らない。
スージー 知らない。
店長 (店内を見回して)みんな知らないよね?
Wattan えっ、イラクではエイプリル・フールを誰も知らない。……というか、そういった習慣すらなかったのです。
スージー ワッタン……。
Wattan 『バレンタインデー』知ってる?
店長 知らない。
スージー 知らない。
Wattan 『ホワイトデー』は?
店長 知らない。
スージー 知らない。
Wattan (頷く)
スージー ……。(微笑む)
Wattan (微笑むしかない)これも二十年以上続いたサダム政権の功罪のひとつでしょうか? 西側諸国の文化から切り離された閉鎖環境にあっては、社会的に公然と認められた『遊び感覚』といったものすら無かったのでしょう。などと、まるで他人事のようなコメントを書いているけど、「私はこの先どうすればいいのでしょうか?」困ったものです。ファルージャでは、アメリカ兵や傭兵たちが火焙りになって惨殺されているというのに、こんな浮かれた報告で皆さんどうもすみません。……とりあえず、『ホワイトデー』には彼女に何かプレゼントをしようかな?
G (再び現れ新聞広げている)つけあがってるんじゃない。
Wattan ……。
G アメリカ。農務長官が 「BSE問題で建設的な対話をしない日本の反応に失望」だって。ちゃんと検査してない牛肉、送ろうとしてるほうがヘンだって、なんでわかんないのよ。
G、去る。
Wattan 四月七日。にわかに慌ただしくなってきました。幾つもの都市で掃討作戦が行なわれています。ファルージャなどで四百人以上の住民が殺され、モスクも破壊されたようです。シーア派組織ムクタダール派による反米抗議デモは一気に激しさを増し、全国的な反米闘争に発展しました。ムクタダール派の拠点サドル・シティー、米軍からはゲリラの隠れ家といわれていた場所です。
Wattan、歩く。
周囲に人々が増えてくる。
Wattan 周辺は米軍に包囲されています。戦車の数が圧倒的に増えました。イラク警察も道路に検問を敷いています。いつでも街を封鎖できる態勢が整いつつあるようです。……スラムに近いところで住民たちの反米集会に出くわしました。皆、手に手に銃やナイフを持って気勢を挙げているではありませんか。
彼らの矛先は、今度はWattanに。
ある人 おまえは誰だ。
Wattan 日本の大衆運動から取材に来た。
別な人 よし、写真を撮れ。話を聞け。
ある青年が壇上に立つ。
ある青年 我々はイラクの何処においても米兵を殺すことができる。なぜならイラク全土に、我々の同志と軍隊が存在する。ここはムスリムの国だ。
また別な青年 我々は強靭だ! 我が軍は二日前、九人の米兵を殺し、車を奪い破壊した。見ろ、あれがその車だ! 燃えているだろう!
ある青年 二日前、米軍は二人の子供を撃ち殺した。
駆けつけた青年 (着くや否や)たった今、ナジャフでシスターニ師が、我々ムクタダール派と共闘する声明を出したぞぉー。
みんな一斉に「おぉー」とすごい勢いの歓声が広がる。
Wattan 穏健派のシスターニ派と徹底したゲリラ戦による反米闘争を叫ぶムクタダール派との共闘はありえるのでしょうか。
ある青年 米軍がファルージャから撤退したぞ!
再び、「おぉー」という歓声。
Wattan こうした情報は主催者側が住民を鼓舞し集会を盛り上げるため流した、実際の状況とかけ離れた架空の『優勢情報』でした。まるで旧日本軍の「大本営発表」ミニチュア版です。
また別な青年 サドル・シティーはパレスチナ・キャンプとは違う。我々は米軍に包囲されているが孤立していない。我々には三千万イラク人民の味方がいる!
別な人 (Wattanを引っ張り出し)おまえは日本のメディアだろう。なんで日本はこの国に軍隊を送ってくるんだ! ヒロシマ、ナガサキを忘れたか。アメリカは日本の敵だろう。
Wattan 敵対する以外の方法もあると思うんです。これ以上犠牲を増やさないために考えを広げる必要がある……。
別な人 何を言っているのかさっぱりわからん。
Wattan 落ち着いて話しましょう。できれば英語の方がありがたいのですが。……can you speak English?
ある人 英語を喋るな!
ある青年 ここはアラブだ、アラビア語で喋れ!(激しい勢いで捲くし立てる)
また別な青年 喋れないならとっとと帰れ!(捲くし立てる)
ある青年 「日本人帰れ」
別な人 「日本人帰れ」
また別な青年 「日本人帰れ」
「日本人帰れ」コールの中でショックを受け、しゃがむWattan。
Wattan ショックでした。イラクの人たちは基本的には親日だったはずです。サマワでも日本人への絶望を感じましたが、ここまでの敵意は初めてです。
Wattan、ゆっくりと起きあがる。
銃声の単発音、機関砲と思われる連射音が聴こえてくる。
戦車が走る重低音と金属音……。
Wattan 四月八日。バグダッド市内では夕方以降、米軍の動きが慌ただしくなっています。……報道によると、サマワの自衛隊宿営地に『手製と思われる迫撃弾』が撃ち込まれたそうです。その翌日、4月9日、とんでもないニュースが入ってきました。日本人ボランティアの高遠菜穂子さんと日本人ジャーナリストら計3名が誘拐されたと『アル・ジャジーラ』から報じられたのです。
安田純平、現れる。
安田 三人が拉致されたのは、ヨルダンからタクシーでバグダッドに向かう途中のファルージャ付近。「スンニ三角地帯」でも特に反米意識の強いところだ。
Wattan 犯行声明は出ている?
安田 犯行グループは三日以内の自衛隊撤退を要求、従わなければ殺害するって。
G (現れ)「三人の無事救出に全力を挙げる。日本でできることは最大限する」って小泉は言うけど、「撤退する理由がない」「テロリストの卑劣な脅しに乗ってはいけない」って、これ、つまり見殺しにしても仕方がないってことでしょ。チェイニー副大統領曰く「自衛隊はイラクから撤退すべきでない」。大きなお世話。福田官房長官のお父さんはダッカ事件で「人命は地球より重い」って超法規的措置で赤軍派を釈放したけど、今は「時代が違う」んだって。
安田 三人はいったん別のグループに拘束されたあと、その先のガルアで武装組織『サラーヤ・ムジャヒディン』に引き渡された。
Wattan ニュースだけでは不明な点があるので、私は、日本から来ているジャーナリストで現在アパートに同居している安田純平さんと、できる限り調査してみることにしました。安田さんは元新聞記者、イラク戦争開戦時には「人間の盾」となりバグダッド南部の浄水場に滞在、戦局をレポートした人です。……サドル・シティーに行くと、金曜礼拝のためモスクに二万人近くが集まっていました。
人々に囲まれ、ムハンメッドに身体検査を受けるWattan、安田。
安田 ムハンメッド・アリ・アブダッラー。マフディ軍兵士。
ムハンメッド 我々はムスリムであり、武器を持たない民間人を誘拐したり殺したりはしない。
Wattan 誰がやったと思います?
ムハンメッド スンニの仕業だろう。
Wattan スンニ派の拠点の一つアザミーヤ。前に来たときに比べると、私たち日本人を見る眼が一様に不審者を見るようなものに変わっていました。
別な人々の群れの中からアルベル、出てくる。
アルベル 日本と我々は、今まで良いフレンドシップを結んでいた。しかし、日本の軍隊がイラクに来て復興支援するといっても、結局アメリカの旗の下でしかなかった。日本では大騒ぎをしているようだが、いまファルージャでは四百の命が失われ、六百人が負傷している。日 本人三人の命は大勢のイラクの命よりもエクペンスィブなのか?
Wattan 誘拐した犯人の見当はつきますか?
アルベル ムスリムではない。イスラエルかアメリカの情報機関だろう。『サラーヤ・ムジャヒディン』などという組織は聞いたこともない。
Wattan、安田、歩く。
少年たちの姿。
安田 ……ここはチグリス河沿いのアブ・ノアース通り。ストリート・チルドレンの多い地域だ。
Wattan 道端にたむろしていた少年たちがティッシュ・ボックスを売っていた。
売り子の少年たちの中にはペットボトルを手にした者もいる。
少年A ……ナオコが誘拐されたんだって。
少年B ナオコ・キーフ?
Wattan ナオコ、マーク・ムシケラ。
安田 ナオコを知ってるの?
少年A ナオコは食べ物や靴をくれたりして面倒を見てくれた。事件を聞いて驚いたけど、この問題はもう終わったんだろ?
安田 それはシンナーか。ナオコが戻ってきたら、怒るぞ。
少年A 違う。
安田 怒っても知らないぞ。
少年 (ペットボトルを投げ捨てる)
少年たち、駆け去る。
響いていた爆破音が段々と近くで聞こえるようになってくる。
銃声も時々近くで「タァーン」「ズドンッ」などと激しく響く。
歩いてきて、疲れ切った様子で地べたに座り込む若者、男。
安田 ファルージャから来たんですか。
若者 (力無く)アメリカは戦闘機の攻撃を再開した。七百人以上が殺された。家族はどこに行ったかわからない。モスクに行ってみるしかない。
男 バグダッドに向かい歩き出したとたん銃撃を受けた。目の前で若い夫婦と赤ん坊が撃たれた。(怒り)十時間かけて歩いてきた。アメリカ兵は道を歩いてると狙撃してくる。家に隠れると爆撃する。わかるか。家がなくなったから来たんだ。俺たちは子供から老人までみんなアメリカと闘う用意がある。
蹲っている、G。
G 死んだお祖父ちゃんに訊いたことがある。「戦争はどうして悪いことなの?」。「おまえは どう思う?」。……「たくさんの人が命をなくしてしまうから」。私がそう言うとお祖父ちゃんは頷き、しばらく黙りこんだ。そして言った。「そうだね。だけど命の他に、もっと大事なものをなくしてしまうんだ」と言った。……命よりも大事なもの、それはなんだろう。
Wattan バグダッドの日本大使館に行っても居留守を使っているのかイラクの警備スタッフしか応答しない。日本政府は情報収集をイラクやアメリカに「丸投げしている」という印象を持ちました。
G 高遠さんのホームページの掲示板には、批判や中傷の書き込みが圧倒的に多く、連絡用に機能できなくなったため、閉鎖したという。
書き込みA 「こんな時期に民間人がイラク行ったらいかんよ」
書き込みB 「自業自得。リスクは承知の上で行ったんでしょ」
G 十一月に日本人外交官が殺されたときとずいぶん違うと思わない?
安田 日本政府は「退避勧告を出しているのを無視して行ったのだから自己責任だ」と言ってるんだって。 自衛隊の撤退を求めた三人の家族に対するバッシングも激しいみたい。
Wattan ……行こうか。
安田 ……ええ。
Wattan 四月十四日。私たちは馴染みの通訳に連絡しました。
通訳、来る。
通訳 危険すぎる。街にはとても入れない。
Wattan もちろん中には入らない。手前の道路上でも良いから、避難してくる住民のコメントがとれればいい。
安田 アブグレイブまでならどう?
通訳 ……。(頷く)
安田 ファルージャには行きたいと思っていました。現地人スタッフ以外、市内にはほとんど入れていないからです。戦闘の激しさそのものより、現地住民に受け入れられないことが問題です。これまでにアジア系も含めて十六ヶ国・五十人が拘束されています。
運転手も加わり、四人は車上の人となる。
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