A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 351 東北沢

2016-08-28 23:26:36 | ことば
その駅に止まると
「急行待ちのため、少々停車します」
とアナウンスが流れた

扉があき
外の叢から
たくさんの虫の声が響いてきた

ずっと前から鳴いていたのだろう
車内は虫の声いっぱいに満ちて
そのところどころに人の声がまざった

秋が近い
次の駅をおもうように次の季節をおもうと
やがていっせいに扉が閉まり
電車はゆっくりとうごきだす
小田急線・東北沢という小さな駅を

ひとも荷物も気配も会話も
なにもかもが止まっていたあのひととき
ただ、虫の声だけが
先の方へいった
次の駅、次々の駅まで、ずっと先まで

いつか
速さに振り落とされてしまうまえに
詩を書きたい、とわたしはおもった

時に停泊したことばをためて
虫の声の行く方へ
行く方へ導かれ


小池昌代『小池昌代詩集 (現代詩文庫)』思潮社、2003年、94-95頁。


「次の駅をおもうように次の季節をおもう」とは、すばらしい言葉だ。
では、私はいまいくつ目の駅だろうか。
動いているというよりは、急行待ちのため、停車してるのかもしれない。