A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

【ご案内】In Studies vol.3 「建築の感覚 〜サイズ・居心地・距離〜」

2016-09-30 23:28:01 | お知らせ
今月は建築がテーマですが、「居心地」や「居場所」という建築の感覚についてお話しできればと考えています。
どうぞお気軽にお越しください。


In Studies vol.3 「建築の感覚 〜サイズ・居心地・距離〜」
ファシリテーター:林葵衣
■日時:2016年10月7日(金)19:00~
■場所:共同スタジオ ink 2F
京都市中京区猪熊通り三条上ル姉猪熊町325番地2
http://studio-ink.tumblr.com/
■参加費:無料・要予約(約8名程度)
■予約・お問合せ
メッセージをお送りいただくか、下記のアドレスまでご連絡ください。
hayashiaoi@hotmail.co.jp(林)

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みなさんの好きな、居心地の良い建物、なぜかいつも足を運んでしまう空間など、お気に入りの建築を教えてください。
アパートで一人暮らしをしてみて思うことは、その建物に住んでいる人との距離でした。
昔は一つ屋根の下で家族3人で暮らしていたのに、今では顔も名前も知らない人々と、壁一枚隔てて住んでいます。
建築がもたらすこの距離とはなんだろう。
興味を持ったのはそんな些細なことからでした。
建築は面白いアトラクションです。
教会は、聖歌隊の歌を効果的に響かせるための音響建築であるときいたことがあります。
コンサートホールは、ど真ん中が1番音の響きがいいそうで、特等席が存在します。
展覧会を行う美術館やギャラリーは、作品を引き立たせる為に壁を真っ白にしたり、かと思えばその建築自体の構造を生かし、内装にあえて何も手を加えないギャラリーも存在します。
私の住んでいるアパートではおそらく隣で見知らぬ誰かが今日も、距離は最も近いのに、まったく別次元で生活を営んでいます。
人がそこで生活をし続ける限り、生きる痕跡がダイレクトに残り、変わり続けていく建築という入れ物に興味を持ちました。
みなさんの好きな建築、居心地の良い建物、なぜかいつも足を運んでしまう空間を教えてください。
建築空間が作りだす人との距離感や影響について考えてみたいと思います。
(林葵衣)

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建築の感覚
平田剛志

衣食住のうち、衣食は自分で作ることが可能だが、建築物を自分の手で作ることはほとんどない。現実に家を建てるとすれば、一生ものの買物である。
それゆえに私たちにとって建築とは、「見る」ものである。建築は人の手によってつくられ、自身の身体を空間に置き、鑑賞、観察、発見することである。赤瀬川原平の超芸術トマソンや路上観察学会の試みは、「無用建築」の発見であった。
だが、実際に住宅、アトリエ場所を探すとなると、「無用」ではいけない。服を買うときには自分のサイズに合ったものを着るし、食事も自分の舌、好みに合う料理を選び、つくる。ならば、建築はどうだろうか。私たちは自分にジャストフィットする建築に住んだり、働いたり、居心地のいい空間に身を置いているだろうか。世界には、住宅と職場以外にもレストランやカフェ、劇場や美術館、書店、デパート、学校、病院、駅、空港などたくさんの建築空間があるが、これらの空間に自分の感覚や身体のサイズは合っているだろうか。私の生きる建築空間のサイズとはなんだろうか。私たちは生まれてからこれまでさまざまな建築物のなかで生きてきたが、自身の建築感覚はどのような建築よって育まれ、何を好んできたのだろうか。これを機に考えてみたい。

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■参加要項
自分の好きな建築(美術館、ギャラリー、博物館、マンション、団地、公園、カフェなど人の手が入っている建物であれば何でもかまいません)を、3つ程度選び、以下の理由を教えてください。
・いつごろ訪れたのか
・何を目的に見に行ったのか(フラリと寄ったなどもOK)
・その建築とどう関わったか
・ご用意があれば、資料(何年築、建物の名前、住所、写真、パンフレットなど)詳細のわかるもの)をお持ちください。
・自分はこういった建築家が好きだ、などを語っていただくのもOKです!

memorandum 371 あいまい

2016-09-29 23:20:49 | ことば
 人間の本体はあいまいである。世の中は本当は優柔不断に満ちている。たまに何か小さな一つが切り出されて、たまに何か小さな決断があるにしても、それはほんの氷山の一角であり、本体はじっと優柔不断に沈んでいる。
赤瀬川原平『優柔不断術』筑摩書房(ちくま文庫)、2005年、255頁。


優柔不断に沈んだ毎日である。。。

memorandum 370 こそく

2016-09-28 23:09:46 | ことば
 つまり貧乏性には「うまいこと考えた」という要素が含まれているもので、そこのところで発明工夫の精神と重なっている。ただその上に「こそくな手段」という形が含まれており、その「こそくな」という小ささ、弱さが貧乏性の特質である。
赤瀬川原平『優柔不断術』筑摩書房(ちくま文庫)、2005年、163頁。

これまで私は「こそくな手段」ばかり考えてきた気がする。


未読日記1227 『かくれた次元』

2016-09-27 23:50:44 | 書物
タイトル:かくれた次元
タイトル別名:The hidden dimension
著者:エドワード・ホール
訳者:日高敏隆, 佐藤信行
発行:東京 : みすず書房
発行日:2009.9第33刷(1970.10第1刷)
形態:viii, 270, 14p, 図版 [16] p ; 20cm
注記:文献: 巻末p1-14
内容:
 今日の世界では、われわれは、多くの情報源からのデータに圧倒され、さまざまの文化に接触し、世界中いたるところで人びとにインヴォルヴされてゆく。それとともに、世界全体とのかかわりが失われているという意識もしだいに強くなっている。
 本書は、人間の生存やコミュニケーション・建築・都市計画といった今日的課項とふかく結びついている“空間”利用の視点から人間と文化のかくれた構造を捉え、大量のしかも急速に変化する情報を、ひとつの統合へと導く指標を提供するものである。
 ホールは、二つのアプローチを試みる。一つは生物学的な面からである。視覚・聴覚・嗅覚・筋覚・温覚の空間に対する鋭敏な反応。混みあいのストレスから自殺的行為や共食いといった異常な行動にかられるシカやネズミの例をあげ、空間が生物にとっていかに重要な意味をもつかを示す。人間と他の動物との裂け目は、人びとの考えているほど大きくはない。われわれは、人間の人間たるところがその動物的本性に根ざしていることを忘れがちである。
 もう一つは文化へのアプローチである。英米人・フランス人・ドイツ人・アラブ人・日本人などの、私的・公的な空間への知覚に関して多くの興味ぶかい観察を示し、体験の構造がそれぞれの文化にふかく型どられ、微妙に異なる意味をもつことを示す。それはまた疎外や誤解の源でもあるのだ。
 このユニークな把握は、人間に人間を紹介しなおす大きな助けとなり、急速に自然にとってかわり新しい文化的次元を創り出しつつあるわれわれに、新鮮な刺激と示唆をあたえてやまない。

目次
日本版への序
まえがき

第一章 コミュニケーションとしての文化

第二章 動物における距離の調節
動物におけるスペーシングの機構(逃走距離・臨界距離・接触性動物と非接触性動物・個体距離・社会距離)/人口調節/トゲウオの連鎖/マルサスの再検討/ジェームズ島での大量死/捕食と人口

第三章 動物における混みあいと社会行動
カルフーンの実験(実験のデザイン・シンクの発達・求愛とセックス・巣づくり・子の保育・なわばりと社会組織・シンクの生理的結果・攻撃行動・軽度のシンク・カルフーンの実験の要約)/混みあいの生化学(外分泌学・糖銀行モデル・副腎とストレス・ストレスの効用)

第四章 空間の知覚――遠距離受容器 目・耳・鼻
視覚空間と聴覚空間/嗅覚空間(嗅覚の化学的基礎・人間の嗅覚)

第五章 空間の知覚――近接受容器 皮膚と筋肉
オフィスにおけるかくれたゾーン/温度空間/触覚的空間

第六章 視覚的空間
総合としての視覚/見える機構/立体視

第七章 近くへの手掛りとしての美術
現代の諸文化の対照/知覚の歴史としての美術

第八章 空間のことば
知覚への鍵としての文学

第九章 空間の人類学――組織化のモデル
固定相空間/半固定相空間/非公式空間

第十章 人間における距離
空間の力動性/密接距離/個体距離/社会距離/公衆距離/距離はなぜ「四つ」か?

第十一章 通文化的関連におけるプロクセミックス――ドイツ人・イギリス人・フランス人
ドイツ人(ドイツ人と侵害・「プライベートな圏」・空間の秩序)/イギリス人(電話の用い方・隣人・寝室は誰の部屋か・話し声の大小・目の行動)/フランス人(家庭と家族・開いた空間のフランス的使用・星型と格子型)

第十二章 通文化的関連におけるプロクセミックス――日本とアラブ圏
日本(混んでいるというのはどの程度からか・日本人の空間観念、「間」を含む空間)/アラブの世界(公共の場での行動・プライバシーの観念・アラブ人の個体距離・向いあうこと、あわないこと・インヴォルヴメント・囲みこまれた空間についての感情・境界)

第十三章 都市と文化
制御の必要/心理学と建築/病理学と過密人口/単一時的時間および多元時的時間/自動車症候群/包括的共同体建築/未来の都市計画の趣意書

第十四章 プロクセミックスと人間の未来
形対機能、内容対構造/人間の生物学的な過去/解答の必要/文化をぬぎすてることはできない

付録 遠近法の13のヴァラエティーに関するジェームズ・ギブスンの論文の摘要
訳者あとがき
文献

購入日:2016年9月27日
購入店:日本の古本屋
購入理由:
 In Studies vol.3 「建築の感覚 〜サイズ・居心地・距離〜」のための参考文献として購入。
ファシリテーターの林葵衣さんからこのテーマを頂いたとき、「居心地」や「距離」という言葉が引っかかっていた。建築本を探しても、それらしい本はなく、結局たどりついたのが本書とレイ・オルデンバーグの『サードプレイス』だった。
 本書は大学のとき、授業で英文のテキストを読んだことがあったが、それ以来ご無沙汰していた。この機会に再読したい。


memorandum 369 貧乏

2016-09-26 23:10:28 | ことば
 貧乏というのは金がないだけでなく、物もないこと。そして関係もないこと。
 関係がないというのは、たとえばいよいよダメだというとき、あそこに行けば何とか少しは借りられるという関係、それが一切なくなっていること。

赤瀬川原平『優柔不断術』筑摩書房(ちくま文庫)、2005年、143頁。


「貧乏」とは「金」や「物」がないだけでなく、「関係」もないことだとすれば、いまの私は「貧乏」である。いよいよダメだ。

未読日記1226 『紫水晶の思い出』

2016-09-25 20:59:22 | 書物
タイトル:Amethyst Remembrance : Emily Dickinson's poems
タイトル別名:紫水晶の思い出 : ディキンスン詩集
著者:Emily Dickinson
編注者:山川瑞明、武田雅子、下村伸子
発行:東京 : 弓書房
発行日:1990.4
形態:vi, 92 p. ; 19cm
注記:Japanese title on colophon: 紫水晶の思い出 : ディキンスン詩集
内容:
はしがき





Letters
To T. W. Higginson (25 April 1862)
T. W. Higginson to his wife (16 August 1870)
To Louise and Frances Norcross (May 1886)
参考文献・略語表
Notes
Emily Dickinson 主要年表

購入日:2016年9月25日
購入店:Amazon.co.jp
購入理由:
 寺脇扶美 個展「紫水晶からの往復書簡」テキストのための参考文献として購入。
アマゾンの購入ページでは言語が日本語になっていたが、届いてページを開いたら、本文は英語の原詩だった。


memorandum 368 「優」

2016-09-24 21:47:43 | ことば
 優柔不断はそんなに恥ずかしいことなのか。そんなにいけないことなのか。それならなぜ優柔不断という言葉の頭に、
「優」
という字がついているのか。

赤瀬川原平『優柔不断術』筑摩書房(ちくま文庫)、2005年、128-129頁。



「優」は優秀、優良の「優」の意味なのに、「優柔」となると悪い意味に転じる。
優しさ、柔らかさだけでは、「優」にはならないということなのか。
でも、と赤瀬川さんは言うだろう。
「優柔」はかつて成績表に「優」の字をもらったことのない私にとって数少ない「優」の字なのである。
もっとも「優柔」以外にも私の人生は恥ずかしいことだらけだが。

未読日記1225 『奈良・町家の芸術祭 はならぁと公式ガイドブック 2016』

2016-09-23 23:17:02 | 書物
タイトル:奈良・町家の芸術祭 はならぁと公式ガイドブック 2016
編集長:飯村有加
ガイドブック編集:小山豊、砂川みほ子(とほんの編集室)
執筆:本岡祥、もりきあや
校正:浦野聡、小林征子、小松祐美、堀恵未香、吉川賢
Webサイト編集:小山豊、サトウアヤコ
デザイン:南賢一(NOY DESIGN
イラスト:南賢一、南夏希
写真:長谷川朋也
販促:砂川昌広(とほんの編集室)
発行:奈良 : 奈良・町家の芸術祭HANARART実行委員会
発行日:2016.9
形態:63p ; 21cm
内容:
ようこそ、はならぁとへ もくじ
はならぁと2016インフォメーション 開催地+スケジュール+アクセス情報
こあ 高取土佐町並み
 「カラスが怖れるものを人間は怖れない。人間が愛するものをカラスは怖れない。カラスが民衆に変わるとき人間は革命に変わる。」遠藤水城
ぷらす 今井町
あらうんど 八木札の辻
あらうんど 吉野町国栖
高取町・橿原市・吉野町 てくてく&ドライブモデルコース
『はならぁと』をやや深めに楽しめるかもしれないQ&A
祭りのあとに あの空き家がこうなった
巻末ふろく ぼくもわたしもレッツはならぁと!
 まちがいさがしぬりえ+へのへのおめん+町家ペーパークラフト
ご協賛企業
景品当たる!スタンプラリー応募はがき

頂いた日:2016年9月23日
 発行元よりご恵贈いただきました。どうもありがとうございます。今年も「はならぁと」の季節がやってきた。
ガイドブックとしては問題ないのだが、付録など遊びの要素が付け足しに思えてしまう。この芸術祭の対象は「家族向け」なんだろうか。


memorandum 367 不断の優柔

2016-09-22 23:17:38 | ことば
 不断の決意という言葉がある。まあ固い決意という意味だろうが、優柔不断というのも、実は不断の優柔ということではないだろうか。ものごとに対して不断の優柔をもって挑む。これはかなりの意志の強さを必要とする。というより腹の強さを必要とするものだと思う。そういう腹さえあれば、多少の論理の綻びなんて、いかほどのものであろうか。
赤瀬川原平『優柔不断術』筑摩書房(ちくま文庫)、2005年、120頁。

「優柔不断」の言葉を「不断の優柔」と前後逆にするだけで、意志が表されることに驚愕した。

memorandum 366 腹に関わる術

2016-09-21 23:36:01 | ことば
 優柔不断術といえば、それは腹に関わる術である。ものごとの含み幅の問題である。腹がなければとてもこの術は使えない。頭がすぐキレて、ブレーカーがすぐ落ちるようであれば、電気の容量を上げなければいけない。契約をし直す必要がある。まず腹を鍛えて、腹に飲み込んだり、腹をくくったり、据えたり、割ったり、そうやって腹の手応えをつかむこと。考えるのはもちろん頭の脳みそであるが、その脳みそを支える座蒲団としての腹を用意する。頭のクッションというか、サスペンションというか、ショックアブソーバーというか、そのあるなしで頭のキレというのが現実の局面で違ってくる。これを腹式思考という。
赤瀬川原平『優柔不断術』筑摩書房(ちくま文庫)、2005年、119頁。

優柔不断をここまで言語化、論理化していることに瞠目する。優柔不断術は、腹式呼吸ならぬ腹式思考であった。私も腹を鍛えよう。