A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 350 永遠に来ないバス

2016-08-27 23:33:52 | ことば
朝、バスを待っていた
つつじが咲いている
都営バスはなかなか来ないのだ
三人、四人と待つひとが増えていく
五月のバスはなかなか来ないのだ
首をかなたへ一様に折り曲げて
四人、五人、八時二〇分
するとようやくやってくるだろう
橋の向こうからみどりのきれはしが
どんどんふくらんでバスになって走ってくる
待ち続けたきつい目をほっとほどいて
五人、六人が停留所へ寄る
六人、七人、首をたれて乗車する
待ち続けたものが来ることは不思議だ
来ないものを待つことがわたしの仕事だから
乗車したあとにふと気がつくのだ
歩み寄らずに乗り遅れた女が
停留所で、まだ一人、待っているだろう
橋の向こうからせり上がってくる
それは、いつか、希望のようなものだった
泥のついたスカートが風にまくれあがり
見送るうちに日は曇ったり晴れたり
そして今日の朝も空へ向かって
埃っぽい町の煙突はのび
そこからひきさかれて
ただ、明るい次の駅へ
わたしたちが
おとなしく
はこばれていく


小池昌代『小池昌代詩集 (現代詩文庫)』思潮社、2003年、42-43頁。

私もまた一人で待ち続けている。