タイトル:未来をひらく福澤諭吉展
監修:前田富士男(慶應義塾大学アート・センター所長)
米山光儀(慶應義塾福澤研究センター所長)
小室正紀(慶応義塾福澤研究センター前所長)
編集:
慶應義塾、
東京国立博物館、
福岡市美術館、
大阪市立美術館、
産経新聞社
デザイン・制作:
美術出版社
垣本正哉、笠毛和人、河野素子、菅原麗
印刷:
大日本印刷
発行:
慶應義塾
発行日:2009年1月10日
定価:2500円
内容
異端と先導―文明の進歩は異端から生まれる
福澤諭吉の生涯―それは、内に秘める「異端」な思想を、勇気と気品をもって世に説き、身をもって「先導」する挑戦でした。
「「未来をひらく福澤諭吉展」に寄せて」安西祐一郎(慶応義塾長)
「福澤諭吉と現代」西村稔(京都大学 人間・環境学研究科教授)
「福澤諭吉の『文明論之概略』におけるアジア、日本およびヨーロッパ」アネッテ・シャート=ザイフェルト(デュッセルドルフ大学教授)
「家族とは何か」西沢直子(慶應義塾福澤研究センター准教授)
カタログ
総説
第1部 あゆみだす身体
第1節 福澤の身体
第2節 福澤と家族
第2部 かたりあう人間(じんかん)
第1節 新しい男女観
第2節 同志と社中
第3部 ふかめゆく智徳
第1節 知の形成と展開
第2節 慶應義塾
第4部 きりひらく実業
第1節 福澤と経済
第2節 もう一つの福澤山脈
第5部 わかちあう公
第1節 明治政府と福澤
第2節 演説
第3節 『時事新報』
第6部 ひろげゆく世界
第1節 体験する世界
第2節 アジアへのまなざし
第3節 はばたく独立自尊
第7部 たしかめる共感―福澤門下生による美術コレクション
「さまざまな福澤諭吉―福澤諭吉の読まれ方」松沢弘陽(前国際基督教大学教授)
「福澤の本質的な哲学的パラダイム」デヴィッド・A・ディルワース(ニューヨーク州立大学ストーニー・ブルック校哲学科教授)
「福澤諭吉、フランス、そして世界…今その時」クリスティアン・ガラン(トゥールーズ・ル・ミライユ大学教授)
「異端と先導」鈴木孝夫(慶應義塾大学名誉教授)
「「恋愛」のはじまりと福澤諭吉」宋恵敬(高麗大学校日本学研究センター研究員)
「「福澤山脈」、その苦き勝利」小室正紀(慶應義塾大学経済学部教授)
「『時事新報』の先導性―独立不羈」鈴木隆敏(産経新聞社顧問、慶應義塾大学大学院文学研究科(アート・マネジメント分野)非常勤講師)
「オランダ・ユトレヒトに残されていた福澤諭吉写真―Geldmuseum所蔵文久二年遺欧使節団写真アルバムについて―」谷昭佳(東京大学史料編纂所 技術専門職員)
「福澤諭吉のロシア訪問―文久遺欧使節団ロシア訪問記―」アンドリイ・ナコルチェフスキー(慶應義塾大学文学部教授)
「中国における福澤諭吉のイメージ」劉群芸(中国北京大学経済学院副教授)
「福澤諭吉における西洋とアジア」小熊英二(慶應義塾大学総合政策学部教授)
「松永安左エ門と松永コレクション」尾崎直人(福岡市美術館学芸課長)
主要参考文献
関連年譜
出品リスト
FUKUZAWA Yukichi and the Present Day [NISHIMURA Minoru]
Asia, Japan and Europe in FUKUZAWA Yukichi’s Theory of Civilization [Annette SCHAD-SEIFERT]
What is ‘FAMILY’? [NISHIZAWA Naoko]
List of Works
購入日:2009年2月7日
購入店:
東京国立博物館ミュージアムショップ
購入理由:
当初、この展覧会に行こうとは考えていなかった。福澤諭吉の『副翁自伝』を読んだことはあったが、1万円札の肖像で有名な実業家、思想家として名高い福澤諭吉の展覧会となれば、資料展示を中心に偉人伝といったイメージを形成するだけの展覧会ではないかと考えていたのだ。ところが、展覧会に行く週の木曜日の朝日新聞朝刊に美術評論家・高階修爾氏の展評が掲載されており、読後考えを変えることになった。その記事を読むと、本展では福澤門下生らによる美術コレクションが展示されているのだという。福澤本人は美術に関して発言、執筆していることはないらしいのだが、その門下生らは福澤の「国光は美術に発す」という言葉から美術作品のコレクションをしていた者が多数いるのだという。これは、こじつけと言えなくもないが、福澤諭吉と美術の関係がどのようなものだったのか外堀から考察していく視点はユニークで気になった。
さらに、この記事から思い出したのは、先月の産経新聞朝刊で福澤諭吉展のコラムが連載されていたことだ。毎回読んでいたわけではないが、強く印象に残った記事に福澤は健康法として散歩を日課としており、散歩党と称し塾生たちを引き連れ散歩していたというのだ。この「散歩党」という言葉に私は感じ入ってしまった。ただ、散歩するだけなのに「散歩党」と名づけることで、なにやら社会的存在を装うこの発想に福澤のユーモアとセンスを感じたのだ。まさか1万円札になった人が、「散歩党」なる「党首」とは知らず、散歩好きの私は親しみと喜びと覚えた。
これら2つの新聞記事から福澤諭吉展に行こうと感じたわけだが、その発端はまことに福澤諭吉らしい動機だったのかもしれない。なぜなら、福澤諭吉は『時事新報』という日刊新聞を発行していたからだ。新聞メディアを創刊した福澤諭吉の展覧会を新聞で情報を得るというのは、偶然とはいえ福澤諭吉の力を感じる。
展覧会だが、丁寧に史料・資料を構成し、じっくりと福澤の歩み、影響を紹介していく内容に、福澤諭吉という人物がリアルに生成されていく。これは、福澤の思考・思想をベースに展覧会を組み立てているため、多少関連がないと思われるような事柄でも、福澤の思考が底流に流れているため展覧会として破綻がなくまとまっているのだろう。例えば、<第6部:ひろげゆく世界 第3節:はばたく独立自尊>において、福澤の著作が世界のさまざまな国で刊行されていることから、日本、中国、トルコ、フランス、デンマーク、ポーランドなどの人々に「あなたが研究したいことは何ですか?」「気品ある人とはどんな人ですか?」などという質問を投げかける映像作品が展示されていたが、これもまた福澤の思考を現代において問う試みとして、見入ってしまった(カタログ未収録なのがもったいない)。<第7部:たしかめる共感>美術コレクションの展示では、本阿弥光悦作「黒楽茶碗 銘 七里」(江戸時代17世紀、五島美術館蔵)などすばらしい作品があり、眼が癒される。会場の都合上、展示会場が表慶館から本館へと離れてしまったのが残念だが、少ないながら充実した作品で眼を楽しませてくれる。
カタログはさすがに慶應義塾とあり、入魂の出来・ボリュームで感心する。約430ページの分厚さはなかなかない(同時に開催中の「妙心寺」展もボリューム満点の分厚さだが)。さすが研究機関である大学が編集をしているだけにテキストも充実している。展覧会場で読みそこなった文章もさまざまな論者によるテキストとともに、福澤諭吉のイメージを刷新してくれることだろう。今月のベスト展覧会。