A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

未読日記104 「藤田喬平」

2007-10-02 23:22:28 | 書物
タイトル:藤田喬平-雅の夢とヴェニスの華-
監修:武田厚(美術評論家)
   藤田潤(ガラス作家、日本ガラス工芸協会理事長)
発行:NHK、NHKプロモーション
発行日:2007年9月19日
金額:2,300
内容:
2007年9月19日-10月1日に日本橋島屋8階ホール(以後、大阪、名古屋、石川に巡回)にて開催された<藤田喬平-雅の夢とヴェニスの華->展の展覧会図録。
藤田がガラス作家として歩み始めた1964年の初期の作品から最晩年にいたる40年あまりの活動の軌跡を追った展覧会。

収録テキスト
「藤田喬平が果たし得たこと」武田厚
「「虹彩」から「フジタノハコ」へ-戦後工芸の変貌と藤田喬平-」金子賢治
「ガラス界における藤田喬平」ヨーン・スコーウ・クリステンセン
「藤田喬平展開催にあたって」藤田潤

購入日:2007年9月25日
購入店:日本橋島屋8階ホール
購入理由:
ガラス作家藤田喬平(1921-2004)の回顧展。仕事で見ることになった展覧会だが、ガラス工芸にほとんど接していない私にとっては新鮮かつ刺激的な展覧会だった。
藤田喬平-その名前は聞いたことがある程度だった。そのため、事前に予習を兼ねて作品集や監修者である武田厚氏の著作に眼を通してみた。たしかに美しいし、ガラス工芸の歴史も概略はわかるのだが、ガラス工芸の実作品を眼にした経験が少ないため、その作品のレベルや歴史の流れがリアルに感じられない。だが、展覧会というシステムは違う。事前に見た作品集より、この展覧会はガラス工芸/造形に対して眼を見開かせられることになったからだ。
なお、この藤田展に関する感想は、別の機会に話すことがあり、今回は別の視点から述べてみたい。
私が藤田喬平という名をはっきりと記憶したのは「虹彩」(1964)という作品だった。形態は器だが、流動するガラスの溶けていくような動き、なめらなかな流体造形がマッスを作り出し、美しいガラス作品となっている。「器」としての機能から逃走するような前衛的な作品と言えばそれまでだが、しかしこれはガラスでしかできない造形であり、その存在を確固と示し得た記念碑的な作品だろう。この「虹彩」に始まる一連の流体ガラスシリーズは、今回の展覧会では出品数が少ないのだが、どれも見事な完成度を示している。私がこの「虹彩」に興味を魅かれるのは、ガラスが形になりながら、形になっていない「不定形」な形として存在していることだった。どれも未完成のようであり、崩壊、溶解していくような動きを孕み、観る者の視線はガラスに溶け出していく。後年のライフワークとなった「飾筥」シリーズは琳派の影響により装飾性が前面に展開され、そのオールオーヴァーな輝きに鳥肌が立つのだが、初期の流体ガラスシリーズにおいては「形」に制作の重点のが置かれている。
問いを変えれば「なぜ、藤田は「飾り」へと作品を展開させていったのか?」ということだ。もちろん飾筥シリーズもすばらしい。だが、初期の流体ガラスシリーズにおいて試みられた形態の実験は終りを告げ、後期においてはほとんどあのような造形は見られない。ガラス工芸における彫刻性を考える時、これは日本の近代美術・工芸の展開のひとつとしてありえたかもしれないもうひとつの「流れ」だったのかもしれないと思うのだ。
そして、「虹彩」というタイトルについても触れておきたい。「虹」。虹は見えるのに見えない。見える位置により、見え方や色彩の配列がことなったり、光の加減で薄くなったりとその存在ははかない。そう、「虹」についての形容をそのままガラスにあてはめることも可能だろう。存在しながら不確かな存在として認知されている「虹」は、まさにガラスだった。藤田にとって「虹彩」は見えながら見ることの出来ないガラスという流動するつかみ切れないガラス素材を見えるように存在させる行為そのものだった。以前、虹について考え続けていたときがある。藤田喬平のガラス作品を通して、また私は「虹」という存在について考え始めていた。