ただの付き人とは思うな。
八重の付き人を始めた日に兄の裕一に言われた言葉である。
八重の付き人を始めた日に兄の裕一に言われた言葉である。
真一の告白を断るために、とっさに出たでたらめアルバイトだが、裕子はやり通そうと決心していた。演劇部のコンクール審査にケチをつけたことで、狭いながらも高校演劇の中の有名人になってしまった裕子である。フンドシの紐は締めている。
八重は、その日台本を間違えて持って帰ってしまった。
なんと、すでに収録の終わった分の台本を持って帰ってしまっていたのである。
「え、うそ。これだと思ってた!」
さすがの八重も青くなった。スタジオに入ってセットが台本と違うので、ようやく気付いたのである。
「ヒロ、あんたがしっかりしてないからでしょ!!」
いつものように付き人に当たり散らす八重だったが、当然ながら八重に同情するような者はスタジオには一人もいなかった。
「マネージャーさんにあたってもしかたないでしょ。ヒロちゃんは、ちゃんと今日の台本持ってるじゃないの」
ベテラン女優の、八千草瞳がたしなめた。八重は、ときどき台本を忘れてしまうので、八重の付き人は、必ず予備の台本を持っている。
責任の所在は明らかだった。しかし、八重を冷やかに見ているだけではすまない。このままでは収録ができない。
「カンペ用意しましょうか?」
チーフADのニイチャンが言った。
「だめ、そんなので演れるような軽い役じゃないわよ。台詞も長いし」
八千草が言下に却下した。
スタジオが、シーンとした。
「あの、あたしがプロンプターやりましょうか?」
裕子は、思い切って言ってみた。
「でも、台本持って入られたんじゃ、フレームに入っちゃうよ」
ディレクターが、ため息交じりに言った。
「八重さんの台詞は、アンダーやれるくらい頭に入ってます。場面にあったエキストラの衣装着せてもらったら務まると思います」
放送局と言うのは小回りが利くものである。ディレクターやカメラ、美術さんまで入って40分足らずで対策を講じた。
その収録で、裕子は、まさの八面六臂であった。喫茶店のウェイトレス、近所のオバサン、女子高生、果ては犬の着ぐるみ(さすがに全身は写さないが)ゴミ箱のゴミ、カメラさんのクレーンにも上った。
「ふん、ヒロも少しは役に立つんだ」
八重にしては、最大の賛辞ではあった。
「きみ、プロンプ慣れしてるね」
これはディレクター。あたりまえである。裕子は、ついこないだまで、演劇部の何でも屋さんであったのだ。
「あなた、服のサイズ八重ちゃんといっしょなのね」
これは衣装さんの感想。これが回りまわって、裕子の災厄になるが、裕子も八重も、スタジオのだれも気づいてはいなかった。
――バイトがんばれよな。休憩中とか帰りとか、少しでも会えないかなあ――
お気楽な真一から、メールが入っていた。
――そんな、生半可なもんじゃねーっつーの!――
そう返事を打ちながら、真一とのメールのやり取りが日常になってきたことには気づかない裕子だった。
八重は、その日台本を間違えて持って帰ってしまった。
なんと、すでに収録の終わった分の台本を持って帰ってしまっていたのである。
「え、うそ。これだと思ってた!」
さすがの八重も青くなった。スタジオに入ってセットが台本と違うので、ようやく気付いたのである。
「ヒロ、あんたがしっかりしてないからでしょ!!」
いつものように付き人に当たり散らす八重だったが、当然ながら八重に同情するような者はスタジオには一人もいなかった。
「マネージャーさんにあたってもしかたないでしょ。ヒロちゃんは、ちゃんと今日の台本持ってるじゃないの」
ベテラン女優の、八千草瞳がたしなめた。八重は、ときどき台本を忘れてしまうので、八重の付き人は、必ず予備の台本を持っている。
責任の所在は明らかだった。しかし、八重を冷やかに見ているだけではすまない。このままでは収録ができない。
「カンペ用意しましょうか?」
チーフADのニイチャンが言った。
「だめ、そんなので演れるような軽い役じゃないわよ。台詞も長いし」
八千草が言下に却下した。
スタジオが、シーンとした。
「あの、あたしがプロンプターやりましょうか?」
裕子は、思い切って言ってみた。
「でも、台本持って入られたんじゃ、フレームに入っちゃうよ」
ディレクターが、ため息交じりに言った。
「八重さんの台詞は、アンダーやれるくらい頭に入ってます。場面にあったエキストラの衣装着せてもらったら務まると思います」
放送局と言うのは小回りが利くものである。ディレクターやカメラ、美術さんまで入って40分足らずで対策を講じた。
その収録で、裕子は、まさの八面六臂であった。喫茶店のウェイトレス、近所のオバサン、女子高生、果ては犬の着ぐるみ(さすがに全身は写さないが)ゴミ箱のゴミ、カメラさんのクレーンにも上った。
「ふん、ヒロも少しは役に立つんだ」
八重にしては、最大の賛辞ではあった。
「きみ、プロンプ慣れしてるね」
これはディレクター。あたりまえである。裕子は、ついこないだまで、演劇部の何でも屋さんであったのだ。
「あなた、服のサイズ八重ちゃんといっしょなのね」
これは衣装さんの感想。これが回りまわって、裕子の災厄になるが、裕子も八重も、スタジオのだれも気づいてはいなかった。
――バイトがんばれよな。休憩中とか帰りとか、少しでも会えないかなあ――
お気楽な真一から、メールが入っていた。
――そんな、生半可なもんじゃねーっつーの!――
そう返事を打ちながら、真一とのメールのやり取りが日常になってきたことには気づかない裕子だった。