わたしの家に連れてきた。
吉牛の前で話せることじゃないしね。
まして、あんなに動揺している綾香ちゃんを置いていくこともできない。
亮ちゃんに電話して迎えに来てもらうわけにもいかなさそうだし。
「じゃ、お祖母ちゃんがそう言ったのね?」
「う、うん。いっしょになって新垣の家を守れとかなんとか。家なんか、大人になったらどーでもいいし、そんなクソババアの遺言なんて関係ないっつーの!」
「そうなんだ、だったら、それでいいじゃん。だったら、無視して普通に生活してりゃいいじゃない」
「で、でもさ、気持ち悪いじゃん。法律上は結婚できる従兄が一つ屋根の下にいるなんて、あいつ、すけべで変態だからさ、どうなるか分かんないじゃん。あいつ、変な気起こして襲ってくるかもよ」
「亮ちゃんは、そんなことはしないと思うよ」
「そんなこと、言いきれないじゃん。たとえ、無くったって、もう無理! さっきまでは洗濯物別にするくらいでいけると思ってたけど。あたしのハートのキャパは、そんなに大きくない。吉牛の特盛だって無理だったんだから」
「牛丼はハートには入らないと思うよ」
「物の例えよ、胃袋に特盛は無理だし、ハートにあいつは無理なの!」
「そっか、じゃあ、仕方ないね……」
「ね、しばらくさ……お願い!」
「え、え、なに? 土下座なんかして?」
「しばらく、ここに、一子ちゃんの家に居させてくれないかなあ!?」
「え、あたしの家に?」
「ちょうど、洗濯グッズも買ったとこだし、ここに居るってなったら、あいつも安心だろうし。ね、一子ちゃん!?」
「あ……あ、うん。じゃ、しばらくはうちで預かるって、電話しとくね」
亮ちゃんに電話するまでは、ちょっとだけ半信半疑だった。なにか誤解して思い詰めてるんじゃないかって……でも、電話に出た亮ちゃんは明るく応えていたけど、明るい分、深刻さが伝わって来る。
『あ、そうか。一子のとこだったら安心だな。要るものあったら、綾香に、いや、一子でもいいから取りに来てくれ。オレ、これから、もう一度婆さんとこ行ってくるから、来るときは綾香のカギ使ってくれ』
「亮ちゃんは大丈夫? お父さんお母さんには連絡とかした?」
『親は……親の事は、婆さんのとこから帰ってきたら話しするわ。わりいな、一子まで巻き込んじまって。ソレイユ……婆さんが入ってる施設のとこらへんは干し芋が名物だから、土産に買って来るな』
「お土産なんていいから、亮ちゃんも気を付けてね」
『ああ、吉牛の特盛食っていくわ。オレは完食すっから。じゃ、綾香のことよろしくな』
詳しいことは言わない。きっと、目途が付かないことはうかつには言わないって決心なんだ。
ちょっと可哀そうだけど、気丈に立ち向かっていこうとしている幼なじみが……ううん、なんでもないよ。
時計を見たら、え? もう夕食の時間だ。
わたしも、ちょっとアタフタしている。
♡主な登場人物♡
新垣綾香 坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし
新垣亮介 坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし
夢里すぴか 坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止
桜井 薫 坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん
唐沢悦子 エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ
高階真治 亮介の親友
北村一子 亮介の幼なじみ