goo blog サービス終了のお知らせ 

ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

エヴァンスの『ダニー・ボーイ』

2012年02月22日 | 巡礼者の記帳
これ以下はないくらいベースもドラムスも控えめに黙って、この曲の始めからおわりまでエヴァンスの静かな旋律は奏されている。
シェリーマンやM・パドウイックではない面々とでも、はたしてこの曲の演奏は、どうなのか。
このトリオのアイルランド民謡に、巨大な期待感が星雲の中に空いた穴のように残って、演奏は終わった。
おおげさに願望を言うと、キープニュース氏ではないが休憩時間にそっと近寄って、ベースもドラムスもこの曲にもうちょっと音符の多いところを女王は聴きたがっている、とか言って、むりやりお願いしたい。
レコードでは次の曲にうつりシェリーマンらしい切れ味鋭いブラシの音になるが、『ダニー・ボーイ』では無理かと、旋律の構成を思い出してみる。
もう一度聴いてみると、エヴァンスのピアノがタンノイの空間に大きな音像で叙情的に響いて、M・パドウイックが次の間にズイーンと低く唸ると、シェリーマンが小さく固いカキーンという音を鳴らす。やっぱりこれでよいのか、テーマはエムパシーである。
お客に、カフェオレのペットボトルをいただいた。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『サンバレロ』のマリア・トレード

2012年02月19日 | 巡礼者の記帳
『サンバレロ』はしみじみとタンノイから響いている。
ルイス・ボンファのギターに、予想外のヴォカリーズのアンニュイな低いサウンドが流れ、ゲッツのサクスとからんで黄金比を構成し、つい耳を取られるそれはマリア・トレードが唄っている。
そのとき、Royceに気立て良ろしい雰囲気の女性が登場した。
当方は、きょうは極寒でもあり喫茶を婉曲に断ると、続いて入ってきた男性があきらめて車に戻った。
さて女性は、よほどのタンノイ・フアンであるのか、寒くてもかまわないと申されている。
ドアのロックをはずし、次の間にお通しした。
「そのツートラ、サンパチのオープンデッキを聴いてみたい」
好奇心のご要望はもっともである。
何曲かレコードを替えると、すこしもさわがず珈琲を喫してタンノイに耳を預け、お二人はなつかしい日々の音楽生活を回想しておられる。
おや、こんどはそこに巨大なタイヤを履いたゲレンデ・バーゲンが停車し、みるとパラゴンの御仁である。
お話を伺っていると、どうやらボザークのコンサートグランドB-411システムを脳裏にうかべて話しておられるらしく、そぞろで楽しげな様子が地上1メートルほどに浮いている。
本腰で搬入を話されており、当方もぜひいちど最高に調整された大型ボザークの音を聴いてみたいものであるが、御仁の館は343街道ではなかったか。
343街道に、もうしばらくすると太宰府天満宮から運ばれた梅の花の咲くころだ。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

髭狸卿の登場

2012年01月10日 | 巡礼者の記帳
数年ぶりの髭狸卿がおみえになったので、しばし回線を外遊した。
時節柄、歌舞音曲も控えめの空即是色。

http://wetprofessor.blog115.fc2.com/blog-date-201112.html






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『南回帰線』の客

2011年11月26日 | 巡礼者の記帳
並べてある本を、両手一杯に広げるとおよそ75冊である。
そこに上から下まで大量に有る書籍の背表紙には傾向が隠れている。
この11月の中頃お見えになった人物は、寒い店内でも平気ですと電話の向こうで申されるので、まあそれならとご一緒にタンノイを聴いた。
その客人のデジカメのバッテリーが回復すると、先日『メグ』に行った画面を見せてくださった。
こちらの壁に飾って有る額縁の、手紙の話になって、
「ほほう、すると、南回帰線の作家のものですか」と、手裏剣を飛ばしてきた。
その内容については、以前英語に堪能なお客が登場したとき、「ここに書かれて有るのはいったいどんな内容です?」と、暗に翻訳を頼んだものであるが、その客いわく、これは専門用語が多く、わからない、とイミシンに言った。
H・ミラー氏の専門用語とは!?
日本語訳の違う『南回帰線』を何種類かながめていると、ニューヨークの情景描写が、どうもセロニアス・モンクの『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』であった。
『先だって、ぼくはニュー・ヨークの街を歩いていた。なつかしいブロードウェイ。日が暮れて、空は、ルー・ド・バビロンのパゴダの天井に張られた金箔を思わせる燦然たる青色だった。それはちょうど、機械がかちかちと動き出すあの時刻だった。ぼくはその時、我々が始めて出会った場所のちょうど真下を通りかかった。ぼくはしばらく足を停めて、窓にともった赤い灯を見上げた。音楽が昔と同じように――軽快に、熱っぽく、魅惑的に、流れていた。』
南回帰線のほぼ終章で、主人公が過去を回想している部分である。
『先ごろ、わたしはニューヨークの街を歩いていた。昔なつかしいブロードウェイをだ。それは夜で、空はルー・ド・バビロンの『パゴダ館』で映写機がカチャカチャとまわりだすとき、金色の天井が青く染まるような、そんな東洋風の青さだった。ちょうどわたしは、彼女とはじめて出会った場所の真下を通りかかっていた。わたしはちょっとそこに足をとめ、窓の赤い灯を見上げた。昔と同じように、音楽が鳴り響いていた――軽快に、刺激的に、魅惑的に。』
さまざまな放浪のおわりに、自身がこれから書く本のことを考えているところであろうか。
『さほど遠くない昔、私はニューヨークの街を歩いていた。なつかしいブロードウェイ。夜で、空はベビーローン通りのパゴダの天井をいろどる金色のような青、東洋風な青であった。私はちょうど、私たちがはじめて会った場所の下を通りかかった。私は、しばらくそこで足をとめ、窓の中の赤い灯を見上げた。音楽が、昔と同じように、軽快に、魅惑的に流れていた。』
このように違う翻訳を何冊もだいぶ大昔にKG氏からいただいたことを思い出したが、ジャズの好きな我々が、つい売場の棚に見逃されてあるレコードにほっておけず手を伸ばしたように、あるいは、楽団の違う演奏を楽しむことと似ているのかもしれない。
二十代の初め、人に連れられていちどだけ訪問した茅葺屋根の非常に古めかしいお宅があって、四畳半ほどの書斎に通された。
三方の書棚に押し包まれるような中に当時めずらしいカラーテレビが本の隙間に有り、地方で受信できる番組は少ないが、スイッチが入ると、評論家が難しい対談している画面が映し出された。
五分ほど見ていたうえ、その家の御仁は言う。
「いま彼はこう言いましたが、正しくは○○と言いたかったのですね」
もっともな修正をすると電源は切られ、無口な灰色のブラウン管に戻っていた。
「そうだ、良いものが有る」
と立ち上がり、別室から小さなガラス瓶とビスケットを皿に乗せてくると、
「いただきものです」
おもむろに瓶の蓋を開け、スプーンで黒い粒状の濡れて光るものを掬いビスケットに塗って、どうぞと皿の上に置いた。
はじめて見る、キャビアというチョウザメの卵は、生まれて初めての形容しがたい塩味でビスケットとしばらく舌の上に残っていたが、そのときが世界三大珍味のひとつを初めて知ったときである。
「上等のものは、もっと灰色です」
と説明があると、なんとなく我々の反応を聞かなくてもわかっていますという感じて難しい可笑しそうな表情になり、それからしばらくヘンリー・ミラーの話題があって、航空便で届く手紙の様子や、アナイス・ニンの話があったような気がするが、それまで一切無言の当方はガラスケースに納まっている模型のことが気になって、その日ただひとつのこちらの発言に、
「あれは学徒動員のとき、工場でこしらえていた疾風という戦闘機です」
その部屋に通されたのはそれきりであったが、書棚のふちという縁に、格言のような短章の書かれた短冊が貼られて、棚に並んでいる書物の背表紙のほとんどは、古色蒼然とした謹厳な表題ばかりであった記憶がある。
後年になって、H・ミラーの手紙の一部を開店の祝いにとわざわざコピーしてくださって、あのときの三大珍味とは、キャビアでなかったのかもしれない。
DENONの真空管プリアンプを、棚に飾って時々スイッチに触ると、はたしてタンノイから、どのような音楽が聴こえてくるのか、夢想する秋である。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タンノイGRFの客

2011年11月20日 | 巡礼者の記帳
レコード盤の回転を見て、外側のミゾは早く、内側はゆっくり回っていると気がつく人はスルドイ。
これで内と外では3倍以上の音質差があらわれる。
CDのように、リモコンで曲順を選択できるわけもなく、ミゾの途中の曲を指で操って聴くことも息を止めてなおむずかしい。
だが、茶室においてポットの湯で茶を喫することより、まずチンチンと平蜘蛛の湯釜へ備長炭をおこし、きょうの出来栄えを心に描いて楽しむのも良いのであるからしかたがない。
ピアノ演奏に技術をもっていたリストが、演壇で鍵盤を叩きながら、曲の途中でサッと観客席を振り向くと「これからが凄いからね」と合図した話を、いったいどう受け止めたらよいのか。
そのようなことを思い出して笑いながら湯釜の温度を眺めていると、もう音楽はすでに始まっているのではないか。窓の外に鳥の声が聞こえる。
つまり、レコードはめんどうではあるが、非常に楽しいものなのであった。
このレコード演奏における現代の平蜘蛛の茶釜とは、おそらく『トーレンス・リファレンス』のことである。
交響曲4番を最初に聴いたあの頃、テレビ画面ではカシアス・クレイがボクシングに華麗なフットワークをみせ、白いシューズに赤いリボンを結んで『蝶のように舞い、蜂のように刺す』とリングに踊っていたとき、ちょうど部屋で鳴っていた4番にイメージがかさなって聴こえた。
シューマンはこのべートーヴェン4番のことを『北欧の2巨人に挟まれて立つギリシャの乙女』と言っていたが、このように空中をただよう音楽のことを、番号で4番や5番といったり、なにか短い形容詞をあてては、アームの先のカートリッジが黒いビニール盤に掘られたミゾを揺れながら音楽を読み取っていく。
片面に詰め込んで2曲で売られたレコードと、1曲を外周のみにカッテイングしてゆとりをもって作られた音のよい盤があって、吟味し一喜一憂することもまた茶室のならいであった。
3番『英雄』
4番『北欧の2巨人に挟まれて立つギリシャの乙女、または蝶のように舞い蜂のように刺す』
5番『運命』
6番『田園』
7番『舞踏の神化』
8番『ボタンをはずしたベートーヴェン』
9番『合唱』
このように聴いていくと40年前に或る評論家が「ベートーヴェンは百年後には誰も聴かなくなる」、と言ったことを思い出して、自分はまだ聴いているが、レコード盤はそろそろ前世紀の遺物になりつつあることに笑う。
スピーカー装置も、アイポッドが世に現れ出て、昔は九番の合唱ともなればオーケストラと合唱団の数百人のスケールを自宅に再現するために願望としてオートグラフのような大型スピーカーをぜひ置いてみたいと願い、設置したあかつきの情景にひそかに興奮する。
そのとき関が丘の哲人がROYCEに入ってきた。
みると同行の御仁がおられて、一本差しか二本差しかすぐにわからないが同級会のために関東から来関したひとであるという。
「部屋にタンノイGRFを置いて聴いている申し分のない人です」と、ご紹介があった。
『葵の印籠』をさげてきたその御仁は、Royceのタンノイを見やると、にっこりした。
その席の隣には、横浜からお見えになったJBLの御仁もおられたが、室内の形勢はこれで五分である。
GRFスピーカーを鳴らす御仁は、ご自宅のサウンドと比べていま聴くことができるので、茶釜の湯の味も何倍か濃かったはずであるが、いつかご自宅の写真を拝見させていただいて、室内に爆発している緻密にして華麗な茶釜の湯加減をあれこれ想像してみたい。
外は、一瞬の暖気から、冬に向かいつつあった。










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ST.THOMAS

2011年10月02日 | 巡礼者の記帳
白のマツダ車から降り立った御仁は、以前にも見覚えのある秋田の人である。
2つのカメラクラブに籍を置いて御仁は、カメラとレンズ一式を手に車高低く迅速な車で各地を席巻されてきた。
前項の横手市から北西の方角に進路を取ると、100キロ先の日本海に突き出るように男鹿半島はあり、地図上で弓なりにきれいに反った海岸の深部に、県庁の置かれる『秋田市』があり、そこに住いがあるという。
飛鳥時代からこの地に国府機能を振るった『出羽の柵』は、そのとき諸国から選ばれた1300戸の移住があったと記録に残り、いまは秋田小町の華やかな人口32万の大都会となっていた。
「200ボルトを引いてみました」
オーディオ装置に電源まで気を配る者に、専用電柱まで特注した有名人もいる至高の世界であるが、いざ行動となると、認可の要する障壁分野である。
この御仁の室内に、静かに増えるCDの山にハッと気のついたご夫人は、いぶかしく視線を向けるときもあるそうで、しかし
「どうも、こちらが留守のときに、何かを聴いている様子です」
当方のアンプリファイアーについて、常時通電したままなのか、お尋ねがあった。
それで思い出すのは千葉の大先生のことで、奥方がこちらに漏らされた話に、主人が出版社から帰宅して、
「きょう電源、落とした?」
部屋の掃除で壁のコンセントを拝借したことが、音の変化に発覚したスゴ耳なのか。
それほどでもない当方は、まいにち遮断していることを、そういえば誰にも黙っている。
最近『Zoot』がよいとあれこれ触手をのばしておられるそうで、
「最後に、ロリンズのモノラル盤のST.THOMASをお願いしたいものです」
あのまばたきのない角形の眼光の先に広がっている太いパイプから、ズートとはことなった直截な野太いテナーサクスがタンノイから放射されると、ご自宅の音や、さまざまの記憶の原風景が一瞬にフラッシュ・バックして、御仁の脳裏にひらめいた。
秋田の金売り吉次の隠し金山の脇を通って、いつか日本海をながめに道の駅を縫って走ってみたい。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『明るい表道りで』

2011年09月25日 | 巡礼者の記帳
ピアノの2つの白鍵に挟まれた1本の黒鍵のことであるが、本当はここに音程の違う2本が並んで在るはずのものを平均律の手法は、まとめてしまったらしい。
あるとき音楽の先生が試験のあとで、もう一人と教室の前に出て歌うように言い、デュオで自慢のノドを披瀝することになった。
だがどうしたことか歌ってみると、楽譜では同じ音符を歌っているのに、全然ハモらないことに驚いた。
其奴も、さぞかし驚いたはずであるが、聞いていた者もぼうぜんとし、ピアノ伴奏した先生も予想外の結果にあきれて下を向いていた。
オクターブもちがえばまあ護摩かせるが、ほんとうの「不協和音」はまさに在る。
マイルスとコルトレーンは、彼らに同じ黒鍵のキーがロリンズは違うと言っているような気がしてならない。
『明るい表道りで』を、ロリンズとステットとガレスピーが同じ音符を同時に吹くというので注目していた前半は、きわどく非常に興味深くノリもすばらしい。
この3人は、なぜならパワーがどうしてもソリストである。
バスを3台、並べて3人4脚に結わえつけていっせいに走らせるようなダイナミズムを思いついたのは、ヴァーヴレコード社長のノーマングランツであった。
このレコード会社は、そういう意味でも興味深い豪華をやってのけるが、手ごろな装置で深く堪能するには、普通に3人のうちの1人が吹いてくれるのが良い。
サイドをRブライアントとTブライアントとCバーシップが堅める『エターナル・トライアングル』は、ちょっと前にテレビで見た百メートル世界陸上で一斉にブンブン快速に蹴走るありさまに、途中からガレスピーも走りながら吹いて割り込んでくるのがジャズである。
その日、ROYCEの客がサウンドの結果に満足されたのか、
「自分も板を組んでウエストミンスターを造ってみたい」
と申されている。
さりげなく言っているが、満足を言うあたらしい表現に、おや、と思った。
その人物を良く見ると、NHKの名物プロデューサーそっくりの御仁であるが、当方にロイヤルとヨークの音の違いを説明させて、面接の試験官のように
「それではどうも言っている意味がわかりませんぞ」
などと、くいさがってくるではないか。
おそらく妥協なく本気で造るつもりなのかもしれない。
もう一人の客人も
「あのナカミチ700デッキの音を聴いてみたいものです」
などと経験の深いところを申されて、
考えよ旅人
汝もまた岩間からしみ出た
みずたまにすぎない
と西脇順三郎氏の言うように、お二人の最終的音響装置の部屋の情景が、しばらく思い描けなかった秋である。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大宮の客

2011年09月01日 | 巡礼者の記帳
夜長月の闇をついて音もなく黒塗りのバンがROYCEに入ってきた。
窓の半分をフイルムで目隠しされている、シカゴ・Jazzのお歴々が好む車である。
静かに姿を現した温泉とジャズの好きな大宮の御仁は、
「30年ぶりに、漱石の『草枕』を読んでみました」
と申されて、エバンス・トリオを楽しんだ。
スコット・ラファロの妹嬢が最近、追憶の書籍を記して、それによると、衝突した木はその後も現地に成長していること。ラファロの運転に乗った記憶に、ちょっと速すぎ、ではないかと描いてあるとも。
クラシックの世界で最速の男は、hifiカラヤンで、自家用ジェット機を運転しヨーロッパを移動していたが、当方も人並みに、周囲に誰も居ないのをさいわいまとまったスピードを東北高速道で実験してみたことが無いわけではない。
自分の車の意外な性能に陶酔しかけたとき、隣りの車線を音もなく白いロールス・ロイスがスーッと走り抜けて去ったので、気が済んでいまは普通の速度である。
温泉の御仁は、どうやらご婦人のために薬効をもとめて各地を散策しているうち、ご自身も温泉長者になったらしい。
いまでは当方も、温泉と聞くと憧れを抱く気分であるが、子供のころは親が造った銭湯に毎日真昼から入浴を迫られて、本当に往生した。
こちらが遊びたい盛りに立ちふさがったのは『いさみ湯』といって、一番風呂に行かされるとよく見かける人物に、若い森繁久弥に似た人がいた。
和服にカンカン帽にステッキのいでたちで現れる無言の人であったが、当方をみると、なぜか、湯気で曇ったメガネの奥からにこにこ笑った。
あのように天真爛漫に笑いかける御仁には、どうもその後の人生でほかに会うことはなかったし、自分も、他人にあのように笑いかけた記憶がほとんど無いのが、思えば不思議である。
ズートのサクスが鳴り止んだとき、大宮の御仁は、マクリーンがレネと日本公演にやってきたライブに駆けつけての記憶を、
「そこでレフト・アローンを奏ったこともアアアと思いますが、拍手がどっと沸くのも、一考です」
せっかくトーレンスに針を載せたというのに、「それだけはご勘弁を」と走ってきた、人のよさそうな御仁を思いだしたが、あれは絶対、コルトレーンが始まったら阻止する、と決めてあるのだと思う方が自然である。
ジャズが風に乗っている一団というものをみて、ビールを振る舞うのを忘れてしまったことを、思いだした。









コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

JBL-4348の客

2011年07月23日 | 巡礼者の記帳
一関の観光地厳美渓に、この地方のあらゆる人文博品を網羅蒐集している博物館があって、きょうポストに畏れ多くも『三賢人』の事績ポスターと招待券が届いていた。
半世期前の記憶で、小学生の当方が登校路の途中から坂道をそれ、林の小川の流れる小道を行くと、透明な緑の風景が朝の木漏れ日に彩られて広がっていた。
遠くに屋敷のようなものがかすかにあり、植栽に遮られ人の影もない。鬱蒼とした静かな大木の林が小川に沿って、小鳥やトンボが群れている秘境のようなところをいつも気に入って通ったことを思い出した。
後日、中里町に歴史的賢人の宗家の屋敷があるときいたとき、境界にそって見た風景を思いだしたが、子供の視界とそれはいまも同じに見えるのであろうか。
そうこうしていると、
「ちょっとお茶をいただけますか」
という声が関が丘の哲人そっくりの御仁が、ご家族でお見えになった。
駅から歩いてきたと申されて、そうですか、それではまあどうぞ、とドアを通したら、
「ああ、これタンノイを聴きたいのです」
ということであって、連日の地震ではあるが、せっかくなので電源を入れてみた。
タンノイはこれまで畏友がオペラを聴いているので、聴き知っているそうであるが、ご自身はJBL4348という最新の大型システムによってジャズを楽しまれている。
そこまでの御仁なら、そうとうな経験を積まれた剣客にちがいない。
「横田基地がそういえば遠くないのに、ジャズ喫茶はなぜか少ないですね」
と奥方が申されて、先日の、朝顔の姫君に似た令嬢があくまでほのかに微笑した。
しばらく何曲か傾聴しておられたが、エバンスのことに触れたので、ビレッジ・ヴァンガードの円盤を聴いていただいた。
「ウーム、ここのワルツ・フォー・デビィが、これまで聴いた一番でしょう」
と、御仁はあっさり音の出来栄えを感心されて申されると、オーケストラもさぞかしとタンノイスピーカーを眺めやって、七月の一時を楽しんでお帰りになった。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タンノイ・コーナーヨークの客

2011年07月11日 | 巡礼者の記帳
コーナータイプのスピーカーは、モノラル再生の時代に洋室の部屋の角に1台を置いて、部屋全体に壁から反射させ雄大な音響効果を楽しむ。
箱の背後が、角にぴったりの3角形になっている、手のかかった高価なものである。
ステレオ時代になって二台を部屋に置くときに音響効果がどうであるのか、という以前に二つのコーナーを部屋に所有していなければならないのが、オートグラフも同様の悩ましさである。
その点をさいしょから二台の使用を前提にした、折り曲げバックロード付きのウエストミンスターは、四角型でコーナーにとらわれず設置できる。
ところで、オートグラフは、コーナーに置かないとどうにもならない音なのか?以前からそれに興味を持っていた当方は、某所において壁から離して普通に置かれている音を聴いたことがある。
うーむ、これは良い。
すこし痩せ型ではあるが、とんでもなく奥行きと立体感のある、聴かなければ良かった音である。しばらくその音の記憶に悩まされた。
柳腰の楊貴妃のような、そして時には堂々とした、いつまでも聴いていたいジャズが奥深く立体音象を広げて鳴っている。
まったく聴いたことのないジャズ世界ではあるが、タンノイを聴く人なら、もはや抜け出せなくなるのではないか。けしからん。
ROYCEの部屋の音とも違うタンノイが聴こえたが、それはあきらかに半分は部屋の音で、さらにはマークレビンソン・アンプの音である。
長野からお見えになった山岳写真家と申される御仁は、ご自宅にコーナーヨークを置いて、山岳写真を堪能されながらタンノイを聴いている、めっぽうの使い手である。
royceの音を、はじめはロイヤルの音に思って聴いておられたが、ご自宅と同じヨークの38センチゴールドの音と解ると、姿勢をすこし前に傾斜されて、おかしい、と申されている。
これまでサクスの音を喧しく思っておられたが、この音なら問題なく美しいそうで、ズートの同じレコードを秋葉駅の乗り換えで購入して聴き比べる決心をされ、手帳を取り出された。タンノイで、誰のサクスでも本当はこのうえなく非常に良く鳴る。
タンノイの好きな人の耳の周波数に合った音で、ピアノもシンバルもやっぱりタンノイらしく英国的に。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

滋賀県の客

2011年06月01日 | 巡礼者の記帳
以前にもお見えになった静かな客は、沈思黙考しつつタンノイの刀の切っ先を躱している。
帰るころになって意外なご職業の当面する深遠な困惑を話してくださった。
御仁の暮らす滋賀県は、芭蕉が奥の細道の旅を終えてすぐ移り住んだ『幻住庵』のあるところだが。
Bの磐井橋そばの宿に芭蕉が二泊したとき、一関東山一帯の川辺で生産されていた『みちのく紙』という京の殿上人も愛用の文具を買い求め、それを四つ折にして『奥のほそ道』をしたためたのではないかと、異才菅江真澄は『はしわの若葉』に書いている。
当方は、滋賀の幻住庵で芭蕉が文机に広げている、一関から大切に持ち帰ったみちのく紙の情景を想像した。
以前にも思ったが、奥の細道という冊子のいきさつが教科書にでも載れば、これからの観光客はみやげにあらそって、書をたしなみ作句に堪能な友人に、このみちのく紙を買い求めることになるであろう。
経蔵のそばの堂で一手に専売すると、これからあの御仁も経を読む暇もなくなるか、母屋で心配を言ったら、まったく反応が無い。
おっと、福岡の二進法の取締役からみやげのめんたいこが、残り少なく当方の箸を待っている。
店の外に出てみると、滋賀の客の乗ってきたクルマは『ルノー・トゥインゴ』と言って、魔術師ゴルディーニのチューンナップによる豆戦車のようなパワーが、乗り心地とスピードで周囲を圧倒するのが意外である。
この御仁、そっくりだ。
あっというまに、四号線のかなたに走り去った。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

朝顔の姫君

2011年05月04日 | 巡礼者の記帳
5月の風薫る連休に登場された客人は、アウディのドアから姿を現すと、堂々として朝起きてまだヒゲを剃っていないざっくばらんの感じが似合っている。
もう一方の女性は、ジャズにあわせて都会的に会話をつむぎ、吉祥寺喫茶にて「トロンボーンを吹いてみたい人?」と言われ「ハーイ」と手を挙げました、とジャジーなライフスタイルのあらゆる業務にひたむきな、源氏物語で捜せば『朝顔の姫君』の範疇にTaxonomyではなるのかと想像した。
それにしても、お二人の関係は、どうも謎めいていたなあ。
いや、どうでもよいじゃないのとタンノイのむこうでD・ゴードン氏が言っているのも、もっともではあるが。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春一番

2011年04月22日 | 巡礼者の記帳
春一番の強風の翌日、余震の隙を突いて、電話が鳴った。
受話器の向こうに聞こえたのは、四弦を操る記憶のベーシスト荘司氏の声である。
「いま御市の手前のパーキングエリアに居ますが、店を開けておられるならちょっと高速をおりて珈琲をいただこうかと思います」
テレビ画面に見る谷啓氏と、どこか似ているやわらかな表情を思い出した。
震災のこの時期にこそ、普段当たり前に浸ったジャズの気分が懐しい。
四月のツアーを、仙台、三沢、三戸、大館、大仙、酒田のロードマップにめぐるそうであるが、
「ご無事の建物を拝見して、ことほぎたいものです」
と電話はご親切に申されている。
当方は、脳裏にアイデアが灯った。
DUOの奏する『虹の彼方に』をお願いすれば、眼前にライブ演奏が、幕臣松平公の大広間気分で現れるのか。
錆びた金庫は頑として開かないが、このさいやむをえない。
まもなく店内に入ったお二人は、室内を見回してうなずくと、このあいだの演奏音響が録音スタジオのように響きがよかった記憶を、無言のカリスマ中川氏ときょうもちょっと奏してみたいと申されたのが、好都合である。
さっそく譜面台が組まれ、楽器がケースから現れるのを見ながら、ご自宅の住居も地震が強烈で、ご婦人よりもべースのケースを抱いて避難したところが問題ではあるが、その大切なウッド・ベースがセットされ、いよいよブビビル、ブッビビン、と4月の薄花色の空気に流れ出した。
荘司氏独特の弦を操る指さばきがクリヤーな音を響かせ、左手のフレームと一体に連動する指が、プフとかブピとか弦に触れて鳴るのが、メロディーにことのほか抑揚を与え録音に聞こえない豪華さである。
しばらく地を這い時に軽やかに飴色のウッドベースから響きが流れていくのを聴いたが、
その一瞬の隙をついてカリスマ中川氏は、サクスのバオ!としたメロディの開始を、アサガオ開口部の先端にご自身が立っているような切実な音の切っ先を響かせて、もし大勢の観客が、節分の仏閣の演台の周囲に参集していれば、すかさずドッ!とありがたい気分でスタンディング・オべ ーションが沸くところである。
だが、英国式には、延喜式のように静かに感動を溜めて、長く味わうのがタンノイだ。
冗談の優れた荘司氏は、
「タンノイのなにゆえかは、およそ記述で承知しましたので、一年後にでも感想を披瀝してくだされば」と合いの手も流石である。
当方は、1曲が終わった流れを遮ってめったにねだってはならないリクエスト、『オーバー・ジ・レインボウ』をずうずうしく希望した。
「ああ、その曲なら、有名なジャズナンバーですから、いきましょう、我々は、レパートリィも千曲以上、たいてい大丈夫です」
と申されると、楽譜をちょっと捲る様子に、むかし某所で見たコルトレーンのナンバーを代わりに演したマルサリス氏が、楽譜をめくる様子と、腰をかがめ譜面を片手で広げる角度が堂々としてなぜかそっくりである。
『虹の彼方に』の演奏については、ジャズ好きならパウエルやティータムやペッパーやゲッツなど、いろいろな音色で脳裏に彷彿とされることであろう。
だが、この日、ベースとサクスで、余震の間隙をついて繰り広げられた演奏は、当方にとって松平公の日記の気分まで斟酌できたところが音響的にもリアルで、望外の喜びとなった。
それは、殿様おそるべしの世界である。
ご自分の演奏に、あまり手放しで虹の彼方に行かれてもこまると思われたか荘司氏は、一言、わすれずに付け加えたのが聞こえた。
「オーバーザレインボーもよろしいですが、最初の『ウッドストーリー』はわたしの作曲です」

☆ タンノイ以外のライブ観賞は、今回のみ特例。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

峠の4月

2011年04月02日 | 巡礼者の記帳
テーブルの上の2つのSPU-Aは、外見に差は無いが、聴いてみると倍払ってもこれはと思う楽器の存在感や音楽のふてぶてしさに違いが聴こえる。
同じ原稿を読んで、つい耳を奪って聴かせてしまうあのアナウンサーのようである。
カートリッジのコイルやダンパー構造に手を加えることのできる人は稀であるから、買ったものはしかたがないけれど、同じ値段とは、なんてこっちゃ。
いまあるものの、良い音の個体を大切に使おうと、針先の掃除はコップに入れた熱湯に綿棒を少々浸して針先を正方向にクルッと擦る。
一眼レフから35ミリレンズをはずして、ルーペ代わりに見ると、レンズの中に戦車の砲塔のような大きさで、砲身の先に尖ったダイヤモンドが、ピカッと見える。
ノン・プロブレムであったこれまでが、地震で暗転したのはRoyceだけではなかろうが、音の出なくなったトーレンス226を遠巻きにして何日もそのままにしていた。
あっ!
外からは見えないがアームの下コネクターからソケットが抜け落ちただけで、丈夫なダイアモンドはさんざんバウンドした苦難に耐え、いつもの音が出た。
これに懲りて、アームホールドは余震の間は紐で縛り、そこまで?とは思うが、当方は、オスマントルコのサルタンではないので、ウチワで風を起こす係も雇えず、すべてをこのようにけなげにやっている。
気を取り直してルーレット盤の『Sarah Slightly Classical』をかけると、アーン、2曲目で突然地震がおこって、これがロシアン・ルーレットであったのか。
賢い人は、非常時のいまどきジャズを鳴らさない。
松平大和守日記によれば、非常に芝居好きの殿様であったから、地位をはばかって自ら町中に外出して観劇できなかったので、側近を堺町の芝居小屋にやって新作上映の歌舞伎を見に行かせ、内容の報告が来るのをこのうえない楽しみとしていた。
これなら、針も痛まない、豪華なまた聴き。
時にはその我慢もたまりかねて、役者を城に招いて自らの目の前でさわりを演じさせている。
当時の新作歌舞伎といえば、現代では封切り映画のことであるが、むかし当方がお世話になっていた会社に、沖縄から来ているアルバイト人で、なんといったら良いか、部屋に遊びに来ると、彼らの言う本土に渡ってこれまで経験した視点で、おもしろい感想をいろいろと話してくれるのだが、とくに映画の解説が異常にうまかった。
あとで、それではと映画を見ると、話で聴いた方がおもしろいこのような人物も居るので、お殿様も堪能していたはずである。
先日の震災の被害状況を再び話に来られた国語の先生は、百科を読みこなし、スパイ小説ではいろいろあるがジャッカルの日、映画になったイアンフレミングのことをいい、30年も前の映画館の『シベールの日曜日』のけしからん村人を、印象的に話しておられた。
いまあれを見てどう思うかわからないが、青春の印象は強く、映画館で三度見た知人もそういえば居て、当方の趣味では『ぼくの叔父さんの休暇』も良い。
そのうえ音楽の先生も再び奥方とみえ、今回の震災で教え子にあたる音楽の先生の学校が被災して、自分の部屋もタンノイがひっくり返ったのに、かの様子を心配されていた。
ところでこの人物は、そのような教え子を持つ年齢にとても見えないので、思わず聞き返してしまったが、詐称外見といえる明るい人である。そういえば奥方様も。
最初に登場されたときのことを憶えているが、教則にしている演奏がロイヤルでどのように聴こえるか知りたいと持参のマーチングバンドを当方も聴いてびっくり、イーストマン吹奏楽団のものであった。
この小またが切れ上がっている、いなせな演奏には、水戸の音楽の先生もかってメモされていたが、一度聴いたらほかの指揮が、あれっと感じるビートの効いた指揮棒がすばらしい。
この『フェネル』氏という人物の指揮が、風神のようである。
気分の安まらないこの時期にあって、峠を越えて4月は続いて行く。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

peterson THE TRIO

2011年03月22日 | 巡礼者の記帳
連日のように頻繁に地震がおきていると、レコードにSPUを乗せることはひとつの決心である。
ところがこのあいだ、シカゴのロンドンハウスでオスカー・ピーターソンがライブをしている2曲目の一瞬の静寂に、遠くのカウンターで電話のコールが聞こえるところがレコードのハイライトであるところ、ぴったりその電話の鳴りに合わせて、この日ただ一回の地震がブルブルとやってきたのには、へェ!と思った。
地震にも、ご意向やスイングがあるというのか。
そのとき、Royceの外で赤色灯がクルクルと点滅している。
見ると、黒と白の上下に塗り分けられた業務車両が停車して、公務に従事する二人が円盤のついた棒を持って路上で忙しく立ち働いているではないか。脇道から出て右折しようとロングノーズの先端を伸ばした乗用車の鼻先に、出会いがしらの自転車のご婦人が激しく体当たりを敢行したようである。
救急車が次第に近くなってくるのを聞きながら、むかし、ズボッとRoyceに乗り入れたパトカーから制服の御仁が店内に入って来たことを思い出した。
「きのう矢沢永吉のコンサートに行ってきました。ワインを1本お願いします」
矢沢氏と布袋氏のエレキベースのデュオがハモったかライブの雰囲気をただよわせて楽しそうである。
外の助手席に、相方の御仁が困ったように下を向いて待機していたが、どの世界でも仲間の趣味に理解をもつことはチームの絆で大切だ。
そういえば隣の末広町に、欽ちゃんの相方の二郎さんそっくりの人がいてビールを届けていた頃、めずらしく店の前を通った。
「おでかけですか」声をかけると
「グフッ。いま、宮城からの連絡で、尾行中」
と50メートル先に視線を合わせたまま返事があったのは本当だろうか。からだをヒラメのように斜めに忍び足で、初めて仕事を知ったことだった。
そのとき電話が鳴って、那須の御用邸と同じ標高の赤いジャガーのAB氏の邸宅から、震災の様子を問い合わせるご婦人の声があった。
たしかソプラノ・プリマとうかがったことがある電話のさきの声は、ミッドレンジだけ鳴っているタンノイのように普段の会話の落ち着いた声が意外だ。
マリア・カラスについて職業的レベルのご感想をお尋ねしたところ、たいへん興味深いお答えのあったことが記憶にある、さすがの人である。
ご主人が電話を代わって、那須のオーディオ・ルームを襲った地震の様子をおききすることができた。
以前、写真で見せていただいた新築の部屋のコーネッタの情景をこちらは想像していると、意外にも、マーラーはかってないほど最高に鳴っているが、なぜかジャズがセンターから外れてしまったと申されて、こんどはコンクリートの床にじか張りのオーディオルームをアーチ型の屋根で建設したいと申されている。
窓も大きく取って、ガラスは何ミリの厚さが良いか、これまで所持されているアルテックAー7や、ご近所で鳴っているというJBL4343も考慮され、30畳くらいのプランを楽しく検討されている姿が那須にあった。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする