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ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

「チェロキー」

2012年05月26日 | 巡礼者の記帳
あるとき鍛冶町を抜けてプラモデルの店に向かっていたのは小学生のころである。
河川敷に自衛隊が整列して、磐井川にカーキ色のボートが浮かび、雨で増水した川面にザンブと隊員が飛び込み、両岸に渡されたロープに必死に縋っている。
ずぶ濡れにへばり付いた軍服のまま救助訓練は始まったが、ヘルメットの下の顔は洪水に濡れて大変な迫力で頑張っている。
そのとき、堤防の石段をジープが45度の傾斜でゆっくり登り降りして、増水期に恒例の水防訓練は始まっていた記憶がある。
ジープは、熱中していたプラモデルの資料によると、4輪の二つが地雷で破損してもスペアタイヤを使い、3輪のまま100キロ走れることなど、性能を極めた車体の後部にタイヤが付いているのは地雷を避けるためらしい。
当方の車は先日パンクし上着を脱いで更生したが、あのていどでビクともしないのがジープである。
皐月の陽気にロイスの道端に小判草を揺らし、ジープとエンブレムの付いた車が停まると、ひょうひょうと入ってきた長身の御仁が居た。
座頭市の番組にみる、腰に長い刀を一本差して登場するような、ただものではなさそうな御仁であるが、タンノイを聴きたいと要点を言い、どこか笑っている。
分析不能の人物に注目しているとやがて、18歳の時世田谷のホーム商会でコーヒーを喫しながらクオードESLを買った話や、もしかするとそれは当時からおぼっちゃまが大きくなったのか。
当方の年齢を知ると、生まれは2歳ほどあとでも、腕前はだいぶ先を行っているようだ。
「昼はroyce、夜は川向こうで、ふたりのおにいちゃんに遊んでもらうのも面白そうだ。一関に住もうかな」
長刀を鞘から抜いて一閃してみせると、もう一方の専門家とふたり、乗ってきた最新型のジープ右ハンドルの「チェロキー」にカーナビを打ち込んで、名物の食堂に去っていった。







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永楽銀銭

2012年05月21日 | 巡礼者の記帳
墨田スカイツリーの開業日、きょうの株価はすこし戻して8700両で始まった。
現在は1万両あれば大台と、気分も下火の雰囲気が心もとないものだ。なぜといえば他人の懐中ながら日経平均4万両の時代も、まえにあったような気がする。
御畳奉行の『鸚鵡籠中記』には、以下の記録が有る。
江戸において、銭にわかに今日上げ、純金一分につき一貫文換え、夕方少し相場下がる。これは昨日、向後銭の相場両につき四貫文より三貫九百文に相定しといい、追付京にて一銭十当の大銭仰せ付けらるの仰せ出しこれ有る故なり。[宝永5.閏正.29]
一関市内の中央を磐井川が流れるその河川敷に、さまざま年中行事が行われていた。
打上げ花火であったり、牛祭であったり、季節のうつろいを楽しむ人の姿がある。
あるとき当方が商売にいそしんでいると、母屋の方から子わっぱが飛んで来て「河川敷でゴザを敷いた二人の老体が古銭を売っている」という。
まんいち、永楽銀銭でも混じっていれば、それは16萬両である。すぐレジのかねをつかんで、これで!と買いに行かせた。
だがすべて寛永通宝であった。
ご老体達の笑顔がよかったらしい。






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パンク

2012年05月18日 | 巡礼者の記帳
青葉若葉の光のどかな山や谷を眺め、ぶらぶら走る春の343号線もまた情趣がある。
するとなにやら、ズブズビと路面で音がして、急に車が傾いたではないか。
oh!パンクしている。
タイヤのメッシュの針金が覗いているところを初めて見たが、そこまで消耗しているとは。
レコードの針もタイヤも、走る道具には寿命が有る。
購入して12年の車体は、6万キロ走ってめでたくゴールド免許証に変えていただいた強運であるが、金ケ崎の陸運局から戻る途中、平泉の有名な速度検挙坂道に差しかかったとき、前方にゆっくり黄色のロングトレーラーが走っているのが見えた。
こういうときは007モードに切り替わり、ブロフェルドの一団を警戒し追い越すかどうか迷うが、下り車線を塞いで走られると、空いている右に車は競走馬のようにせりだしてしまうものだ。
やはり黒車が脇道から飛び出してきて、前方の交差路に向けて突っ切ろうという宮城ナンバーである。
中にイケメンが2人乗っている、ゴールド免許証危機一髪。
この車が納車された昔、花泉の営業社員殿に無理をいって、透明コーテイングをダブル塗装した効き目なのか雨晒しに耐えているが、操縦性能は記憶のトロッコのように動きがパッとしない。
おかげをもって運転は慎重に、ときに素早く。
パンクの車を公道から傍の隘路を下降させて農道に降り、上着を取ってタイヤ交換にいそしんだ。
10分ほど過ぎた頃、午前中の天気の良い山麓の一軒家から様子を見る人が現れたが、手伝いのいるほどのことはなかった。
きょうは仙台からジャズを聴く御仁が現れて、そういえば角五郎の早朝五時のスーパー駐車場でも、コーヒー自販機におさつが入らないので手間取ったら、遠くから塵取と帚を持った警備員殿が掃きながら近寄ってきた。
ブロフェルドの一団は広域に活躍し、めったな油断は禁物である。グフ。
343号線のパンクの記念写真を、きょうは郊外のDP店まで取りに行った。
「75円のサービスポイントはすぐ使えます。どうされますか」とカウンターの女性が言っている。
それらの写真のなかに、最近の仕事場の様子の写っているものがあった。
棚の本のほとんどが頂いたもので、まだ読んでいないことは楽しみである。




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北上川クルーズ

2012年05月01日 | 巡礼者の記帳
日本で四番目に長い北上川は、『弓弭の泉』というところに溜まった一滴の雨から、延々250キロを勾配ゆっくり流れ下って、いつしか太平洋の石巻付近にたどりつく。
この流れの途中、県庁の盛岡城下や、賢治のイギリス海岸、義経終焉の高館など流域の古都、城柵に接し、太古の昔から一瞬の休みなく、滔々と流れてきた。
現代では、輸送トラックがハイウエイを切れ目無く走り、空に大型機が飛んでいる時代となったが、誰もふと、古代の都の傍を流れる大河をみては、百代の過客と例えた古人を回想し、できることなら百人乗りの大型平底船で、ゆっくりと景色を眺め下る風流に、釣でも楽しんでみたいものである。
かりに、木造に見せかけた鉄鋼船に強力なエンジンを積んで、要所の古都城柵に接岸しながら遊んで大河を往来できたら、サンデッキで釣糸を垂らし甲羅干し、パーテイの貸し切り、オリエント急行のような食堂船も連結しておもしろい。
芭蕉がこの船旅に詠む一句を想像する。

五月雨の 大河を分けて ふねひとつ

連休、手前に座すゆったりした紳士に、珈琲をどうぞ渡してくださいとウエスタンドア越しにさし渡すと、次の客があわてて立ち上がって受け取りにきたのは、大企業のヒエラルキーなのか仁徳であるのか。タンノイはつつがなく鳴っている。





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厚木の客

2012年04月22日 | 巡礼者の記帳
ゲートを入ると、そこはアメリカ。
にこやかな軍人達が総出で案内役になり話しかけてきて、要所で待っている女性隊員も全員満面の笑みで、売店の陳列商品はアメリカから直接運ばれたものである。
「カメラのシャッターを押しましょうか?」
英語であるが、コカコーラの缶が、茶筒のように大きい。
毎年、基地解放サービスデーは、飛行機や基地内を見物に人々が集まるお祭り日であった。
ところが、いまから65年も前の1945年8月30日は、この厚木基地から日本は大変な日になった。
敗戦の日本は、帝都の防空を一手に担っていた飛行機のプロペラをすべてはずされ、進駐軍総司令官が飛来した日である。
サングラスにパイプをくわえ、ゆうゆうとタラップを降りるマッカーサーの姿をニュースで見るが、それが厚木飛行場であった。
マッカーサー将軍は、それから昼食に向った横浜の接収ホテルのテーブルで、皿の鯨肉を一口食しただけでウッと無言でフォークを置いた。
日本人にはせいいっぱいの、いま残っているご馳走だったのだか。
翌日、厚木基地にロッキード貨物が百機ばかり飛んで来て、満載の肉や物資を下ろしていたと書かれている。
VOA放送やFENも、このとき一緒に進駐軍とやってきて、ジャズの新しい風が日本に入ってきた。
そのうえマッカーサーの子弟もアメリカに戻ると、ジャズ・ピアニストになっている。
きょうの夕刻、ROYCEの前に白い車が停まって登場したのは、どこかそつのない御仁であったが、しばらく話を聞いていると、どうもジャズを知っているようでもあり、本当は知らないようでもある。
このようなお客が、意外におもしろいことを話してノリがよい。
厚木に住んでいたことがあるとのことで、米軍基地の一般解放日のことや、いろいろな見聞を昨日のように話してくださった。
厚木飛行場は、地平が見えるように広かった記憶がある。





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ピアノソナタ『月光』

2012年04月17日 | 巡礼者の記帳
ベートーヴェンが30歳のときジュリエッタによせて作曲されたという作品14番『月光』は、はじめに緩徐楽章が弾かれる変わった曲である。
これまでの印象では、右手の三連符と左手のオクターヴのバランスが無限の難曲であり、とうとうめったにタンノイで聴くレコードがない。
テンポがゆっくりすぎると「気のきかないひと」であり早すぎては「せっかち」と思われるところが明白で、いまだめぐりあえないレコードベストワンである。
月光ソナタをせっかくなのでイラストにすると、月夜を走る蒸気機関車のようなおごそかにロマンなベートーヴェンが浮かぶ。
第二楽章になり、晴れやかなメロデイにジュリエッタの登場を思うと良いのであろうか、この楽章は女性ピアニストの演奏が良いかもしれない。
最後の三楽章は、隔てる障害の出没を曲にしているように、ウラディミール・ホロビッツの真っ直ぐな指と、あるいは直角に曲げられた強打の自在に入り組んだ表現に感心するばかりである。
やはり第一楽章は、モラベッツも良いとは思うが、グルダでもケンプでもルービンシュタインでもグールドでも、まだ先があるのではなかろうか。
先日、久しぶりに343街道を走ると、高田の海と平行のメインストリートにガソリンスタンドが開いてアッと思ったが、この343号線の山沿いの区域は、道路をときどき鹿が散歩しているのでスピードを出すものではない。
昨晩見たのは以前会ったニホンジカと違い、カモシカだった。
崖に身を寄せて車を避けている姿がなんとも賢い。





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三河湾の滑走路

2012年04月07日 | 巡礼者の記帳
『OTL-4J』フッターマン・アンプで自作スピーカーを鳴らし、音楽を楽しんでいると申される客人。
室内の様子を以前写真で拝見して、オーディオを楽しむ我々も、こんどばかりは見当がつかない。
お手上げである。
同行の御婦人も、いつも一言もないので、音の様子が何がなんだかさっぱりわからない。
彼は、これまで訪ねた全国各地の音響の風景を、気負った風もなく淡々とレポートする。
だが、自分の音は謎である。
そのうえ現実の写真で作品を拝見すると、なかなかギョッとする出来栄えではないか。
ワーグナーの雄大な楽曲の世界が、この大きな衝立のようなスピーカーの背後にふわっと浮かんだ。
タンノイロイヤルの三メートルバックロードホーンが、バイロイト祝祭劇場の楽劇構造に近い、と解釈していたが、この人物の造ったスピーカーは、新バイロイト様式の雄大な外観でワーグナーのためにあるのでは。
オーディオもスケールは音楽の本質にふれるもので、ワーグナーも、とうとう自身の作品のためにバイロイト祝祭劇場の建築を始めていた。
当方は子供時代に、音楽の三要素はリズムとメロディとハーモニーとおそわったが、しばらくオーディオをたのしむうち、どうやらダイナミズムを足して四つではないか。
このスピーカーの写真をながめていると、ワーグナーの無限旋律が浮かんでくる。
ところでその女性のヘアスタイル、ノーマン・ロックウエル調に見え、言外に雄弁である。
みちのくはそろそろ春日和。





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シルバー・ベンツの客

2012年04月05日 | 巡礼者の記帳
銀色のベンツから降りた御仁はRoyceの様子を見回すと、ソフアに座り、「左チャンネルの音が出ていませんが」と言った。
それは壁際のスペンドールを鳴らしているので、正解である。
ご自宅の神韻渺々タンノイオート・グラフは、プリとパワーとも純正『是枝アンプ』によって、床はコンクリートじか貼りに、EMT927でレコードだけを楽しんでおられるという。
「モニターゴールドの入った、英国純正のものです」
oh!
「よくぞ、そこまで」と、タンノイを聴くものはうらやましく思い、あるいはあきれ、しばらく我が事のように嬉しい気分になるものである。
御仁は、言う。
「わたしは、アンプを組み立てる趣味が有ったことから、是枝アンプを自分でハンダ組み楽しむ希望を岡山に訪問してのべますと、部品だけ送られて来ました。しばらくそれで満足して聴いておりましたが、真実は、自分の工作品と純正品に音の違いがあったのです。ひとつの例で、最初に低温ハンダした部位にさらに高温で二重にハンダするのは手間ですが、完成品の音におおきな違いが現れることをしらされました。純正の是枝アンプはこのような製造ノウハウの集合体であり、わたしは買い直すことにしました」
その是枝アンプについては、当方、南小倉の御仁の配慮をもって以前タンノイを鳴らしたことも、また気仙沼某所において聞き覚えた経験もあり、EMT927と合体した構成が、揺るぎない繊細と豪放を兼ね備えたオーケストラサウンドで聴く者を圧倒しているありさまを想像した。
このような真贋の希求意欲に優れたひとの、ご自宅で鳴るタンノイの音を推量するとき、おもわず、五味康祐さんの辛口の論評を懐かしく思い出す。
五味さんに訪問を受け、ご自宅の装置の音をコテンパンにやられた人々はすばらしい人々であった。その場に立ち会ったわけでもないのに、SS誌のページを始めに眼を通し、音が聴こえるようで、なぜかものすごく感心したことを思い出す。
タンノイの神髄を知るとは、良さと足り無さを細かに聞き分ける分別のことであるので、限られたページにあのように五味氏の筆で書かれることは、たまったものではないはずだが、相手が五味さんでは仕方がない。
御仁は、当方の計画するモニターゴールドとロイヤルの合体に、若干の危惧を述べられてお帰りになった。
モニターゴールド入りのロイヤルは吉と出るか?





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悠久のジャガー氏

2012年04月03日 | 巡礼者の記帳
赤や青の英国ジャギュアを走らせて、悠久の音楽の旅をつづけていた御仁は、御自宅に部屋を三つあつらえてそれぞれにタンノイやアルテックやコンデンサースピーカーを装着し、きままにクラシックやジャズを聴いている様子を写真に見せていただいたことがある。
傍目には、それで充分すぎるというものであろう。
ところがある時、それは非常に天気の良い午後のこと、ひょっこりROYCEに現れると窓際でロイヤルを聴き「この音は出ないね」といったそのときから、なにか新しい次元を意識されたのか、マランツ♯7やシロネアンプなどをあっさり搬入しておられたが、電話の向こうで次のように言ったのが、昨年のこと。
「おたくの丸い屋根に、コンクリ直貼りの床は、ひじょうに良いですね。窓ガラスの厚みはどのくらい?」
社交辞令は、もののふの心得である。
聴いているのが、どのみち形のない世界で、本気はいけないと昔荘子さまも言っている。
この春の芽も吹こうというとき、ざっくばらんなスタイルで夕刻現れた那須の『ジャガー』氏、数枚の写真を取り出すと、こちらに手渡して言った。
「モーツァルトのふるさとに先日行ってみましたが、丸天井にじか貼りの床ほど具合の良いものはありませんね」
御仁いわく、「側壁の張り出しは、音響をととのえるためウイーン・ゾフィエンザールをイメージしてみました。現在はアルテックA7を配置していますが、おいおいさまざま交換してみようと思います」
近隣の巧みな大工さんとめぐりあい、次々アイデアをくりだし苦労なく完成されたそうで、とうとう那須に完成した個人ホールの写真を、当方はただ言葉を失いながめた。
木の香りのなかで、オーケストラやビッグバンドが、フルボリュームで鳴り響くありさまを思い浮かべては、写真に見入って飽きなかった。





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遊古疑考

2012年04月01日 | 巡礼者の記帳
松本清張の『遊古疑考』は、最初に前方後円墳の分析から始まる。
この前方後円墳について最大のものは、一日千人が工事に従事して4年もかかる土砂の運搬量なのに、古い文献にそれが現れないと清張はいい、魏志倭人伝の卑弥呼の項に径百余歩の大きな塚を造るとあるのが貴重であるらしい。
岩手にはひとつ前方後円墳が確認されて、いまから千五百年ほどまえの紀元五世紀ころ、街道『343号線』の起点に近い水沢の南都田に、全長45メートルの前方後円墳が発見され、岩手以北で唯一の存在なので、いつか見に行ってみたいものである。
古代に前方後円墳を造る人々の集団を思い浮かべながらタンノイを聴く。
そのとき、高速道を北に進路をとって福島県から登場された御仁が、永くタンノイを気に入ってSPUで聴いていると申される。
「とくに、これが、」
と紙包の箱を開け、うやうやしく現れたのは古い時代のSPUであった。
オルトフォンSPUを使う人々は、発する音像に固体差異があり、よい音のSPUは宝物であることを知っている。
当方は、押し頂いてしばらく眺めやり、はっと気がついてすぐにお返しした。
うっかり借用し、まんいちそれでいまより良い音でも聴こえては、やっかいというものである。
春の到来を告げる一番町のハガキが、母屋のポストに入っていた。

☆「ワインのラベルを剥がす粘着シールはありませぬか」と入ってきた妙齢の女性は、大きなマスクをして眼だけ見せている。
だが当方にはすぐピーンときた。堂々たる構えは選び抜かれたオダリスクである。いくら4月1日とはいえ、大人をからかってはいかん。
何も買わずに帰っていった。




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謎の音のタンノイ

2012年03月17日 | 巡礼者の記帳
観覧車は、1日10万円の電気料で回っている。
遊園地の観覧車に乗って風景を眺めるとき、各人だいたい無邪気に、そういえば当方も二度ほど高いところまでいったことが有る。
タンノイも無邪気に、観覧車に乗っているように聴きたい。
とある弥生の雪解け道を、棋士先崎八段に風貌の似ている人物が登場した。
タンノイⅢLZを三十年聴いていると申されて、古今の洋楽とジャズを楽しまれている。
ⅢLZは同軸の直径10インチで、モニター15より小型であるが、吸音反射のバランスとエンクロージャーサイズの変化で想像を絶する音像が得られ、各所で聴いた感想をいえば、素晴らしいの一語である。
アンプを吟味すれば、さらに音に潤いと核心が同時に得られ、朗々と鳴る。
百人のオーケストラを毎日聴くむきには、モニター15インチであるが、茶室に15インチを持ち込むことはバランスが難しい。
関東からお見えになった御仁は、当方の15インチのタンノイで鳴る風景とはいかなるものか、いわば観覧車に乗ってみようと、足を運ばれた。
「ラファロが好きで六枚ほど集めⅢLZで楽しんでいますが、この部屋のラファロのベースはいったいどうなっているので」
「おやおや、この四季のコントラベースは?!!!」
「新世界のテインパニーが、こんな音でレコードに入っているとは知りませんでした」
もし、観覧車から見えたタンノイのこのような音が好きであれば、方法は有る。
いろいろな音楽が、世のさまざまの装置で鳴っているなかから、ラファロに注目されたところが面白い。
三十年タンノイを聴かれると、音楽はおよそタンノイの風景ではないのか。
タンノイロイヤルに、ヨークの15ゴールドを入れ替えるという計画はいつごろ完了するのか、と念を押されたが、新しい観覧車の風景を心待ちにされているようで、当方は謎の音にいよいよ責任を感じる。




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『ベン・ケーシー』に似ている客

2012年03月10日 | 巡礼者の記帳
いま横にタンノイを聴いている客が、♂、♀、*、†、∞の『ベン・ケーシー』に似て、当方の座る席から見えている。
白黒テレビ時代の連続ドラマで、視聴率50%という当時の人気は、ほかに桜田門の空撮にハミングのかさなる『七人の刑事』があり『コンバット』もできるだけ見ていたが、このころ貴重なテレビジョンは親が商売をやっていた店舗に一台しかなく、たまたま居合わせた客が当方の暇ぶりを心配し「二階で勉強したら」と諌めてくる。これには大いに弱った。
ベン・ケーシーは脳腫瘍患者に寄りそう白衣の人物で、めったに笑わない独特の世界を持っていたが、あるとき西部劇の配役を演じたのをみ、そうとうな違和感があった。
007のショーン・コネリーは、ジェイムス・ボンド役のイメージに染まってはと警戒し、たしかにほかでも大成したが、以後にボンドを見れないほうが惜しまれる。
「なかなか良い音です」
タンノイを聴いている客は申されて、やがて携帯の画面をプチッと開くと、(相模国分寺跡のある)海老名の畏友が現在開発中のスピーカーを見せてくださった。
三陸の大ナマコがスピーカーを咥えているような型の意外なスピーカーが、思いつくまま庭を背景に多数置かれた画像である。
「ボイスコイルに引かれて振動するコーン紙が再生する音楽は、ほんらい色があるはずもないと、左手の法則は言っています」
なにやら真理を申されて当方にご託宣するケーシーの雰囲気がすばらしい。
このお客の話す内容が、いずこかのメーカーに所属されて、慎重でいながら自信をもって、柔軟に市場を眺めているご様子であった。
そのスピーカーが発売のとき、タンノイの地位はゆらぐのか。
ご自分のマランツ♯7もパイロットランプがいま切れていると、当方のマランツ♯7を見ながらいちいち只者でないことは雄弁であった。
ナカミチのテープデッキによって鳴り始めた意外なカセットテープの音を、これは収穫、と楽しまれ、会議の時間ですと座を立った。





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コルビジェ庵のスペンドール

2012年03月06日 | 巡礼者の記帳
さらにウイング効果を考察する。
スペンドールの人気の初期型については、いまモデルチェンジの現行タイプが在るが、あえて旧型をもとめ茶室に運び入れるのも、道具立てに笑う求道の衆のてすさびである。
タンノイⅢLZでもスペンドールBCⅢでもよいが、あの有名なアルテックウイングに合体させ、オールラウンドの再生をめざせば、いかなるや。
写真は、発売前から話題沸騰の新型のようであるが、めざすところは、圧倒的重低音と、静けさを湛えたホールトーンに、立体的な前後の奥行きで鳴る迫真の音像、といえばもはやそれは夢物語の世界であろうか。
六畳の茶室にて、時間の経つのもわすれふと気がつくと、そとの庭にふきのとうの芽かみえ、梅のかおりがする春が。
コンビニ弁当を買い、車の屋根を畳んで343街道を走ってみたくなる。

抽出しのシャトリュースをおくった昔に
漢詩の返ったのは、春の夜のこと。

三嘆葡萄酒加餐 サンタンスブドウシュノカサン
玄妙仙薬倍養運 ゲンミョウノセンヤクマスマスヨウウン
春余幾許甘美刻 シュンヨイクバクゾカンビノトキ
半夜芍薬一輪宴 ハンヤシャクヤクイチリンノエン



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ウイング効果

2012年03月04日 | 巡礼者の記帳
『マーラーの千人』を、サントリーホール無人の客席にてただ一人ライブ鑑賞する。
幻想生活を夜な夜な楽しく、趣味のオーディオ人は取り組んでいる。
以前、オーケストラ最前列に本当に居眠りした失敗から、髷を結った五十万石の大名の品格胆力なければ、ひとりサントリーホールで鑑賞できるものではない。
都電が走っていた時代に五味康祐氏の取り組んだ、気宇壮大オーディオのタンノイ・オートグラフをうらやましく想像したものである。
さきごろそれが都の施設にて再び整備され、抽選でご開帳がおこなわれたという。
天候の緩んだ冬の日、水戸藩から4人の来客があった。
運転の人以外は、水戸街道と奥州街道を、ビールと音楽談義に花を咲かせ一気に北進された。
あたらしく加わった御仲間は、ラックスのCL-35Ⅱによって長い間音楽を楽しまれていることを慎重に、話される。
当方は38FDで、留まってしまったが。
「先日、五味さんの例の装置を、聴いてきました」
――いかがでしたか
「わたしも同じような装置を持っていますが、やはり、オートグラフは期待どうりの良い音でした」
――アンプはマッキントッシュの275でしたか。
「そうです。その日はオーケストラではなく小編成でしたが、すばらしい音で、整備に費やした関係者の努力が充実したものであったようです」
五味さんは、ジャズをお聴きにならなかったので、弦楽編成とピアノ、声楽などに傾注した装置のはずである。
プリアンプの12AX7球は○○を挿して有るのでは?などとさまざまに一刀齋の音を想像し飽きなかった。
オート・グラフを部屋の左右に設置して、ホールのような静寂と音圧体感を得ようとすると、室内の広さはどのくらいを要するのだろうか。
吹き飛ばされそうなオーケストラの迫力も、工夫しだいで茶室のタンノイといえども不可能ではなかろうと考え、小柄なスペンドールやⅢLZによって、地の底から湧くような重低音を体感したいものである。
そこで雄大な音像を得るウイング構造を頑丈な板で造り、ウオールナットの塗装をして衝立バッフルの効果オーケストラはいかに。





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ヴィレッジ・ヴァンガードのビル・エヴァンス

2012年02月24日 | 巡礼者の記帳
ジョン・F・ケネディが大統領になった1961年、6月のニューヨークは、ちょうど盛岡の緯度にあり湿度も上がり暖かであった。
ライブハウスのヴィレッジ・ヴァンガードでエヴァンス連続ライブが行われた最終日、記念すべき25日の日曜日に居合わせドリンクを飲んだり笑ったりした人々には、たまさかワッハッハの笑い声までリバーサイド・レコードに録音されて世界中で楽しまれ、おそらく永遠に鑑賞されることになるのであろう。
ラファロの演奏の目立ったナンバーの『サンデイ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード』と何度か聴き比べると、エヴァンスの曲の流れでカッティングされたこの『ワルツ・フォー・デビィ』の選曲に、プロデューサー、オリン・キープニュース氏の慧眼を感ずる。
『ワルツ・フォー・デビィ』というLPは、A面B面それぞれ三曲の組み合わせが、足すも引くもいらない五言絶句になっているのではないか。

春眠 暁を覚えず 処処 啼鳥を聞く 

非日常の仙境を音の流れる、この盤の最小構成はおもしろい。
ヴィレッジ・ヴァンガードの日曜日は、ほかにも繰り返し演奏された各バージョンのあることは誰も知っているが、すべてをコレクションすることも可能であり、CD盤のほうが数曲多いと慶祝に思うもよし。
さて、この二月に寒さをものともせず山形市からの途中Royceに立ち寄った青年は、ヴィレッジ・ヴァンガード連続ライブの余韻を、冷たいコンクリート壁を背に醸しているタンノイを見据えながら、レコード盤とジャケットをためつすがめつ手から離さず、盤まで引き出してしばらく居たが、
「これはオリジナルですか」
エヴァンス/ラファロ/ポール・モチアンLP録音をタンノイで聴いて、これまでとイメージが違ったらしく、むかし盛岡の学校にかよっていたころ周囲のジャズ喫茶にかよってめざめ、
「おそらく一生、自分の中心にジャズは在るのでは」
などと、とんでもないことをあっさり言っている。
まえにも話したが、あるとき訪問したお宅のソファのわきに「五味康祐-西方の音」が落ちていて、テーブルの上に『ワルツ・フォー・デビィ』の青盤があった。
小鉄MONOカッティング盤をそこで初めて聴いて思ったが、装置の違いなのかおそるべき音がして、さらにおなじUS青盤は五万両するという。
『ワルツ・フォー・デビィ』もまだまだ新しい局面がありそうだ。
むかしROYCEに遊びに来た御仁が申されるには、以前ニューヨークに行ったときのこと、気を利かせた現地の友人がヴァンガードのライヴに連れていってくださったそうであるが、
「ジャズに関心がなかったので、チョッキを着た彼のこともピンとこなかった」
どうやらエヴァンスのライブも、ほかに関心が向いていたのでは、しかたがない。






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