魔人の鉞

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イスラーム 政教一致の不幸

2014-01-16 20:27:51 | 宗教

イスラムの成立を解説した 「イスラーム教 異端と正統の思想史」 (菊地達也)
を読んでみました。

イスラム教はムハンマド (マホメット) が神から啓示を受けた預言者としてマッカ (メッカ) で布教を
始めた (614) とされています。しかし当初は典籍はなく、その死後数百年をかけて徐々に整備されて
いったようです。
ムハンマドが迫害を避けてマディーナ (メジナ) に移住 (ヒジュラ、622) してからは、戦えば勝つという
神がかり的 !? な勢いで勢力を拡大。8年後にマッカを征服し、たちまちにアラビア半島を統一して
しまいます。
ムハンマドが死んだあと、アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーの4代のカリフが相継いで即位
し、スンナ派はこの4代の正統カリフ時代を理想の時代としています。
しかしウマルはキリスト教徒に暗殺され、ウスマーンは反乱軍に殺害されてしまいます。4代目のアリー
はムハンマドの娘婿で、本来ムハンマドのすぐ後にカリフに就くべきであったのを先の3人が簒奪した
のだというのがシーア派の主張です。
しかしアリーも、後のウマイヤ朝の始祖ムアーウィヤと和平したことを非難する原理主義者 (昔からいた
んですね) に暗殺されてしまいます。4人のうち2人が敵との戦いではなく内輪もめで死んでしまった
わけで、どうも理想とは言えない感じです。

なおスンナ派はシーア派に対抗して多数派が後から教義を確立したということです。
簡単に言えば、政教一致の教団において、教義というよりも後継者争いで教派が分かれていった面が
大きいようです。

イスラームは迫害されたのは草創期の数年間だけで、ヒジュラ以降はほぼ勝ち組でしたから、神権と
政権が一体で社会ができています。社会と個人生活のすべてが神に律せられなければならないのです。
ここがキリスト教との大きな違いで、イエスは政権を持っていなかったので 「神のものは神に、皇帝の
ものは皇帝に」 という政教分離の言葉を残しました。これが後世に世俗化のきっかけを与えるわけです
が、イスラームにはそれがありません。まったく不幸なことです。イスラーム社会がルネサンスを迎える
日はどのようにしてやってくるのでしょうか。原理主義では無理のようです。

キリスト教は律法よりも救済に力点が掛かっていますが、アブラハムの系統はなぜ嫉妬深く戦好きで
傲慢にも盲目的服従を強いる 「神」 という理不尽なものを崇拝するのか、私には分かりません。
キリスト教よりも後に成立したイスラームがなぜこんなに頑ななのでしょうか。ヒトがまだか弱く、自然
に立ち向かうすべもなかった太古の迷妄がまだ色濃く残っているということなのでしょうか。

と思っていると、借りてきた本の中に 「ヒトはなぜ神を信じるのか」 (ジェシー・ベリング) というのが
ありました。無神論的心理科学者という氏の分析をこれから読んでみることにします。

コメント
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