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日記に…なるかしらん

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説『帝都物語』4 『魔王篇』&『戦争篇』

2025年04月03日 20時35分12秒 | すきな小説
≪過去記事の『帝都物語』第1・23・4巻も、おヒマならばぜひ!≫

『帝都物語5 魔王篇』(1986年3月)&『帝都物語11 戦争(ウォーズ)篇』(1988年1月)
 『5 魔王篇』は角川書店カドカワノベルズ、『11 戦争篇』は角川書店角川文庫から書き下ろし刊行された。
 『帝都物語』の『11 戦争篇』と『12 大東亜篇』は、『10 復活篇』(1987年7月刊行)をもって物語がいったん完結した後に、時系列を遡って外伝的作品として発表された。

あらすじ
 昭和十(1935)年。 
 平将門の怨霊との闘いに敗れ、魔人・加藤保憲は中国大陸の満州へと去った。だが、加藤の数々の秘術により帝都東京の風水は脆弱となり、国内外から新たなる魔人たちの胎動を促すこととなる。その一人は、思想家・北一輝。血気にはやる大日本陸軍の青年将校らを背後から巧みに操り、特異な霊力で「昭和維新」を断行せんとしていた。そしてもう一人は、世界制覇を狙う海外のメソニック協会のトマーゾ。彼は「世界の眼(オクルス・ムンディ)」という究極の力を有し、混迷を極める帝都に恐るべき破壊工作を仕掛けてゆく。


おもな登場人物
≪魔王編≫
辰宮 雪子(たつみや ゆきこ)
 由佳里の娘。母から強い霊能力を受け継ぎ、そのために加藤に狙われる。
 品川のカフェで女給として働くが、二・二六事件に深く関わることとなる。1915年8月生まれ。

中島 莞爾(なかじま かんじ 1912~36年)
 大日本帝国陸軍工兵少尉。雪子と恋仲になるも、北一輝に傾倒して二・二六事件に参加する。

鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
 東京帝国大学理学士。洋一郎の旧友。1881年か82年生まれ。怪事に巻き込まれた辰宮由佳理を助けようとするが、妹の変事に無関心な兄・洋一郎と対立する。

幸田 露伴(こうだ ろはん 1867~1947年)
 本名・成行。小説家で、明治時代最大の東洋神秘研究家。膨大な魔術知識を駆使して魔人加藤と戦い、追い詰める。
 『一国の首都』と題した長大な東京改造計画論を持ち、後年には寺田寅彦とも親交があった。

北 一輝(きた いっき 1883~1937年)
 国家社会主義を掲げる思想家・社会運動家。『日本改造法案大綱』を発表し革命を目論むがシャーマンでもある。二・二六事件を背後から操り、革命を阻害する大怨霊・平将門を倒すべく暗躍する。

北 すず子
 一輝の妻。霊媒体質を持っており、一輝の神降ろしの祈祷によって召喚された神霊を自らに憑りつかせて、霊告を啓示する役割を担う。

寺田 寅彦(てらだ とらひこ 1878~1935年)
 東京帝国大学の物理学者。渋沢栄一の秘密会議に出席して加藤と出会い、迫りくる帝都東京滅亡の危機を必死で食い止めようとする。
 日本を代表する超博物学者でもあり、大文豪・夏目漱石の一番弟子。物理学者でありながらも超自然や怪異への限りない興味を抱き続けた。

辰宮 洋一郎(たつみや よういちろう)
 雪子の伯父(で……)。大蔵省官吏。帝都東京の改造計画に加わり、明治時代末期から大正時代にかけての歴史の奔流を目撃する。1881年か82年生まれ。大蔵大臣・高橋是清の秘書官を務めている。

辰宮 由佳理(たつみや ゆかり)
 洋一郎の妹。平将門の依代となる程に強力な霊能力者であり、強度のヒステリー症状ないしは霊能体質を有するために、奇怪な事件に巻き込まれる。1888年か89年生まれ。

高橋 是清(たかはし これきよ 1854~1936年)
 大蔵大臣。五・一五事件以来、暴走を続ける大日本帝国軍部に対抗する。

石原 莞爾(いしわら かんじ 1889~1949年)
 大日本帝国陸軍大佐。陸軍参謀本部作戦課長。『世界最終戦論』を掲げ、北一輝と同じ法華経オカルティストでありながらも、二・二六事件にて立場の違いから北と対立する。

甘粕 正彦(あまかす まさひこ 1891~1945年)
 元・憲兵大尉。関東大震災の際に無政府主義者の大杉栄を暗殺した、世にいう「甘粕事件」の首謀者。満洲国警察庁長官であり、満州国の都・新京で映画会社の理事長も務めている。東条英機の子飼いの部下であり、加藤やトマーゾと関わり満州国で暗躍する。

トマーゾ
 帝都東京の支配を目論むメソニック協会日本支部を牛耳る、130歳を超える謎のイタリア人。高齢ゆえに目も耳も口も不自由だが、特殊な力を持つ宝石「世界の眼(オクルス・ムンディ)」で補っている。大谷光瑞の呪殺計画を妨害する。髪の毛を意のままに操ることができる。

本吉 嶺山(もとよし れいざん 1883~1958年)
 霊媒師。「天空さん」と称する霊が憑依する。
 洋一郎の依頼により、由佳理を北一輝の魔手から救おうと助力する。

緒方 竹虎(1888~1956年)
 東京朝日新聞社主筆・常務取締役。寺田寅彦とは知己の中で、二・二六事件では栗原中尉らの襲撃を受ける。

西田 税(みつぎ 1901~37年)
 大日本帝国陸軍予備役。北一輝の思想に共鳴し、皇道派青年将校たちを扇動し二・二六事件を影から主導する。

村中 孝次(たかじ 1903~37年)
 元・大日本帝国陸軍歩兵大尉。北一輝を信奉する「皇道派」の国家社会主義者で、同志の磯部浅一と共に1934年にクーデター未遂事件「陸軍士官学校事件」を首謀し、発覚後に免官された。のちに二・二六事件の中心人物となる。

磯部 浅一(あさいち 1905~37年)
 元・大日本帝国陸軍一等主計。北一輝を信奉する「皇道派」の国家社会主義者で、同志の村中孝次と共に1934年にクーデター未遂事件「陸軍士官学校事件」を首謀し、発覚後に免官された。のちに二・二六事件の中心人物となる。

野中 四郎(1903~36年)
 大日本帝国陸軍歩兵大尉。北一輝と皇道派青年将校の計画に参加し、二・二六事件の実行部隊のリーダーとなる。

栗原 安秀(1908~36年)
 大日本帝国陸軍歩兵中尉。北一輝と皇道派青年将校の思想に賛同し、二・二六事件では岡田啓介総理大臣の首相官邸襲撃や東京朝日新聞社占拠を指揮する。

中橋 基明(1907~36年)
 大日本帝国陸軍歩兵中尉。同期の栗原安秀に賛同し、二・二六事件では高橋是清の私邸を襲撃する。

アルブレヒト=ハウスホーファー(1903~45年)
 ドイツ帝国陸軍少将で地政学者の権威カール・エルンスト=ハウスホーファーの長男。
 ナチス・ドイツ政権の外交参謀として世界各国で活躍する。ドイツと大日本帝国による太平洋戦略の折衝のために来日するが、その一方で失踪中の加藤保憲にも関心を寄せる。

門間 健太郎(かどま けんたろう 1895~1944年)
 大日本帝国陸軍歩兵少尉。宮城守衛隊司令官。二・二六事件では、宮城占拠を目論む中橋中尉に疑念を抱く。

馬奈木 敬信(まなき たかのぶ 1894~1979年)
 大日本帝国陸軍歩兵中佐。参謀本部ドイツ班に所属して作戦課長・石原莞爾の腹心として活動するが、ソヴィエト連邦のスパイ・リヒャルト=ゾルゲの暗躍を許してしまう。

平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
 平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。

≪ウォーズ編≫
大谷 光瑞(おおたに こうずい 1876~1948年)
 仏教浄土真宗本願寺派第二十二世法主。小磯国昭内閣顧問。日本の仏教界と神道界を総動員した加持祈祷によるアメリカ・イギリス・ソヴィエト連邦の首脳陣の呪殺を画策し、太平洋戦争の戦局を覆そうとする。身長180cm の大柄な人物。

中村 雄昴(なかむら ゆうこう)
 大谷光瑞に仕える僧形の美青年。辰宮雪子と出会ったことから、光瑞の計画を妨害するトマーゾの存在を突きとめる。15歳。

小笠原 真教(おがさわら しんぎょう)
 築地本願寺別院の僧。大谷光瑞の側近として、東京・府中に建設された鉄塔の秘密計画に関わる。30歳代後半。

加藤 保憲(かとう やすのり)
 明治時代初頭から昭和七十三(1998)年にかけて、帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
 長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身長180cm 前後という身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。秘術「屍解仙」を用いて転生したこともある。さまざまな形態の鬼神「式神」を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。
 平将門の怨霊との闘いに敗れ、目方恵子を伴って中国大陸の満州国へ渡り、馬賊の首領となってソヴィエト連邦との国境付近で活動する。

目方 恵子(めかた けいこ)
 福島県にある相馬俤神社の宮司の娘。帝都東京の大地霊である平将門に仕える巫女として加藤保憲に闘いを挑んだが敗れ、加藤によって満州国へと連れ去られた。1894年か95年生まれ。

島村 義正
 朝日新聞社・撮影班の撮影技師。銀座大空襲の惨状の撮影中に、最上階から砲撃するビルを発見し、大砲を装備したビルの謎に迫るべく調査を開始する。

佐野技師長
 東京・府中に建設された高さ61m、地下30m の巨大鉄塔の工事責任者。

李 香蘭(リー・シャンラン 1920~2014年)
 本名・山口淑子。中国の奉天近郊で日本人向けの中国語教師をしていた日本人の家に生まれたが、中国人歌手として活躍し、満州帝国で甘粕正彦が理事長を務める満州映画協会(満映)の専属女優となり映画スターに昇りつめる。甘粕の寵愛を受けている。

君子
 中国・奉天から満州帝国にやってきて甘粕の愛妾となっている日本人芸者。


おもな魔術解説
霊告(れいこく)
 北一輝のような行者が、法華経を読誦(どくじゅ)しながらトランス状態に陥り、神や狐狸の霊、死霊などを自分もしくは他人の肉体に降ろし、この神降ろしの術によって、降りた霊から予言や忠告、霊界の情報を得ること。これを「霊告を受ける」という。大本教では、降霊術によって信者に取り憑いた霊を祓う修法を、出口王仁三郎や浅野和三郎らが体得していた。

お筆先
 霊力を持つ人間に降霊現象が起きた時に現れる様々な怪現象の中で、突如手が勝手に動き出して文章をつづる現象のこと。大本教の出口ナオは、膨大な量のお筆先を残したことで有名である。西洋でも、これを「自動書記(オートマティック・ライティング)」と呼び、霊告を得るための有力な方法としている。20世紀には、シュルレアリスムの詩人アンドレ=ブルトンがこの自動書記を文学に応用して話題を呼んだ。これは、無意識状態で手が動くままに文章をつづる実験的創作法である。

神字(かむな)
 江戸時代ごろから注目を浴びた、日本の神聖文字(ヒエログリフ)。国学者・平田篤胤らが『古事記』以前の古い日本語文字を研究して世に広めた。これら超古代の日本語文字には、霊力やオカルティックな真理の啓示が含まれるといわれるが、全て偽書とされている。

法華経呪術
 あらゆる仏教経典の中でも最高峰といわれる法華経。法華経を修すれば土や石ころまで成仏できるといわれる。その法華経の本義を、さらに七文字に集約した呪文が「南無妙法蓮華経」である。この七文字を唱えればどのような邪霊でも打ち払えるとされる。また、霊を呼び寄せる時にも極めて強力なパワーを発揮する。雨を降らせたり、元帝国の侵攻を祈りで防いだりした日蓮上人は、北一輝と並んで有名な法華経オカルティストだった。

反魂香(はんごんこう)
 中国の多くの書物に登場する神霊薬。魂をこの世に呼び戻し、死者をよみがえらせる力があると信じられた。例えば12世紀の宋帝国時代の記録書『続博物志』には、漢帝国の第7代皇帝・武帝の時代の有名な魔術師・東方朔(紀元前154~紀元前93年)の語るところとして、中央アジアの遊牧民族国家・月氏国の大使が漢帝国に献上した不思議な香が、当時流行していた疫病で死んだ人々を、たちまちのうちによみがえらせたという。武帝がこの香を使って、寵愛した李夫人の霊を呼び返そうとした逸話は有名である。

調伏(ちょうぶく)
 諸悪を征服する祈祷をあげる行者は、身・口・意の三業(さんごう)を調和させて調伏の経を読誦する。三業を調和させるということは、身体と口(言葉)および意志を一点に集中させ、決して乱れることなく読経祈祷に専心することである。読誦する経は、国家鎮護をおびやかす怨敵調伏の場合は「護国三部経」が選ばれることが多い。護国三部経とは、『法華経』、『金光明最勝王経』、『仁王般若経』のことである。鎌倉時代には、仏教によって国家を鎮護することが寺院の重要な務めであった。元帝国の襲来の際に、日蓮上人が護国のために祈祷した『立正安国論』は、調伏に関する代表的な文献である。古くは平将門の反乱に際しても、全国各地の寺院で調伏祈祷が行われたという。
 この他にも、調伏には特定の個人を呪殺する行為も含まれる。その場合、一般的には山伏(修験者)が護摩壇を築き、不動明王に呪詛の願いを立てる。願いが聞き届けられると、護摩壇に燃える炎の後ろに青い姿の不動明王が姿を現し、また不動明王に仕える八大童子も出現して、呪う相手を捕らえて罰するという。

反閇(へんばい)
 悪を祓い、福を呼び込む陰陽道の儀式。古代、貴人の外出の際には必ず陰陽師が立ち、貴人の踏む土を浄めた。反閇の儀式は、いわゆる足踏み(ステップ)であり、相撲の力士が行う四股も、この流れに属する。反閇の種類には「三足」、「五足」、「九足」などがあり、この魔術的ステップを踏む際には特定の呪文を口にする。例えば九足の場合は「臨兵闘者皆陣列在前」の九字を唱える。五足の場合は「天武博亡烈」となる。悪い方角を踏み破る呪法であり、江戸時代に徳川将軍家が出御する前にも必ず反閇の儀式が行われたという。


映画化・マンガ化作品
映画『帝都大戦』(1989年9月公開 107分 エクゼ)
 原作小説『戦争編』を原作とするが、登場人物の設定も物語の内容も大幅に変更されている(大谷光瑞や魔人トマーゾが登場しない、辰宮雪子と中村雄昴の年齢設定が違う、辰宮由佳理が死亡しているなど)。
 監督は当初、香港映画界の藍乃才が務める予定だったが直前に降板したため、前作『帝都物語』でエグゼクティブ・プロデューサーを務めた一瀬隆重が製作総指揮と監督を兼任した。脚本・植岡喜晴、音楽・上野耕路、特殊効果スクリーミング・マッド・ジョージ、特殊メイク・原口智生。配給収入3.5億円。

コミカライズ版
高橋葉介『帝都物語 TOKIO WARS 』(1989年 角川書店)
 映画『帝都大戦』公開に合わせての刊行で、原作小説の『魔王篇』と『戦争篇』をマンガ化している。


 ……いや~、ついにきました、『帝都物語』の昭和篇!
 今回、私的には中学生時代ぶりの再読ということで、そうとうワクワクしながら読み直したのですが、やはり物語の面白さといいますかヤバさといいますか、ムチャクチャなストーリーをテンションと勢いで突っ走らせていくパワープレイには、改めてうならされるものがありました。
 非常に面白い! でも、人さまには絶対に勧めたくない!! なんでかって、こんなお話を勧めたら常識を疑われるから!!

 『帝都物語』は、言うまでもなく実在の都市である東京を主な舞台にしているということで、明治時代以来の「史実」を踏まえつつ、そこに小説オリジナルの登場人物や「秘史」的な魔術大戦を織り込むという手法で物語の構成を重層的で強固なものにしている一大サーガとなっています。

 そのスタイルはもう、関東大震災を大きな転換点にしていた前巻までの「明治・大正篇」ですでに確立されていたわけなのですが、太平洋戦争への路程もほの見えてきた昭和十年から始まる今回の『魔王篇』&『ウォーズ篇』でも、実在した歴史上の偉人をドカドカ物語に入れてくる剛腕は健在どころか、ますますギアを上げているわけなのです。

 ところが……ちょっと今回の2篇は、いささか「風呂敷を大きく広げ過ぎた」ようなきらいがあるような気がします。荒俣先生、ちょいムリしすぎなのでは!?

 具体的にいいますと、『魔王篇』では思想家の北一輝、『ウォーズ篇』では宗教家(というのもバカバカしい超権威)の大谷光瑞が、物語の大きなキーマンとして大活躍するのですが、ど~にもそれぞれ、その立ち居振る舞いに腑に落ちない点が目立つのです。

 『魔王篇』の北一輝については、まずは、その発言に一貫性がないところが気になります。
 『魔王篇』の前半で一輝は、辰宮由佳理の肉体を依り代に召喚した平将門の怨霊を相手にして「きさまら地霊を、おれの呪力によって永久に封じこめてくれよう」とかまし、なんと「平将門を力づくで黙らせる」という、あの加藤保憲でさえついぞ口にしなかったムチャクチャな「てめーをブッつぶす」宣言をしてしまうのです。ヒエ~そんなこと言っていいんですか一輝さん!? やんちゃすぎ……全盛期の窪塚洋介かお前は。

 ところが、史実通りに二・二六事件が勃発した後半、『帝都物語』ではクーデターを起こした青年将校たちを裏で操る黒幕と設定されている一輝は、クーデターによる日本崩壊を後押しするために将門の怨霊と再び対峙するのですが、そこで『北斗の拳』のラオウみたいな姿で顕現した将門サマの駆る黒王号みたいな巨馬の後ろ足で、文字通りぱっか~んと一蹴されてしまうのです。なんちゅう口バッカくん!!
 その際に一輝は、将門の想像以上の霊力に呆然としつつ、このように悔しがります。「な・ぜ・だ……関東に自由の天地を実現させようとして討たれた将門が、その遺志を継ぐ北一輝の革命に、なぜ敵対するのだ……?」と。

 当たり前だバカー!! 百歩譲って目的が同じだとしても、ついさっきまで「永久に封じこめる」とか言ってたじゃねぇか! それで悪感情もたない怨霊なんか、地球上のどこにいるんだって話ですよ。
 人間、世の中をうまく生きていこうとするのならば、「言い方」というものが、ある意味で言いたい内容以上に大切になるという哲理は良く知っておくべきです……「言いたいことはわかるが、お前のその言い方が気に入らない。」という動機で賛同を得られないという風景は、日常そこらじゅうにゴロゴロしてますよ。

 このように、『魔王篇』の北一輝はとにかくハイテンション一辺倒なばかりで、言動に一貫性がありません。その挙句、作中での最期の描写が「電話ブッチ切られ」という情けないにも程のあるものなので、とてもじゃないですが、あの加藤保憲の大陸亡命という休憩タイムをフォローできる「魔王」になっているとは言えない小物っぷりに堕ちているのです。魔王は魔王でも、子どもの命一つとるのに5分近くかかって四苦八苦してるシューベルトの『魔王』程度でしょ、こんなの。

 その一方で、『ウォーズ篇』の大谷光瑞はどうなのかと言いますと、こちらはそもそも人選に疑問符がつきまくると言いますか、連合国側各国の首脳陣を日本伝統の呪法「加持祈祷」で呪殺するという発想は、いかにも敗戦瀬戸際な藁にもすがりたい末期感があっていいのですが、その肝心カナメの祈祷経典『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』の祈祷主が、なんでよりにもよって浄土真宗本願寺派のお坊さんなんやねんという話なのです。これ、ほんとムチャクチャ!!

 私も、別に仏教に詳しい訳でもないしお坊さんでもないのですが、そんなにわかの私にでもわかるごとく、『金光明最勝王経』は4世紀にインドで成立した後に5世紀に中国に、遅くとも8世紀までに日本に伝来しており、インド発祥のありがたい諸天善神のみなさま(帝釈天とか四天王とか)が日本を守護してくれるよう祈る内容で、南都六宗や天台宗、真言宗といった密教系の仏教宗派の聖典となっています。それに対して大谷光瑞が法主を務めていた浄土真宗本願寺派は、それらよりも遥かに後代の13世紀初期に親鸞上人が創始した「鎌倉新仏教」のひとつであり、本尊とするのは阿弥陀さまなのです。
 これ……同じ仏教でも、祈る対象も宗教の目的もぜんっぜんちがいます。少なくとも加持祈祷は、大谷光瑞さんが「日本代表です」みたいな顔をしてやる宗教儀式じゃないですよ。これには召喚された不動明王サマも苦笑い。「呼ばれて飛び出て……誰?お前。」って感じですよね。

 例えが適当かどうかわからないのですが、これはつまり、西野七瀬さんとか生駒里奈さんが紅白歌合戦で堂々と『 LOVEマシーン』とか『恋愛レボリューション21』を唄うようなもので、もはや一部界隈で血みどろの内戦が勃発してもおかしくない致命的な解釈間違いだと思います。本家をさしおいて何してくれとんねんという話なんですね。物騒すぎ……

 いったい、あそこまで博覧強記な荒俣宏先生が、どうしてこのようなムチャクチャな人選を強行してしまったのか、まことに理解に苦しむものではあるのですが、無理を承知で好意的に弁護するのならば、やはり「仏教の一大宗派の最高指導者にして伯爵にして世界を股にかける探検家にして大正天皇の義理の兄(妻が貞明皇后の姉)」という、おいしいにも程のある属性モリモリの大人物を『帝都物語』に出さないわけにはいかなかったということと、奈良や比叡山・高野山の本場の皆様と違って東京に縁の深い人物だったということから、このお人を「宗教界の大谷翔平」として登板させずにはいられなかったという苦渋の決断があったのだと思います。オタ~ニサ~ン!! 当時は江川卓とか落合博満か。

 ……とまぁこんな感じで、『魔王篇』と『ウォーズ篇』は、文章の勢いがすごいので面白く読めてはしまうのですが、いかんせん個性のありまくる登場人物たちがクセ強すぎて、読み終えたあとに「なにこれ?」という当惑感が残ってしまうヘンな番外編的ポジションとなっているのです。

 こうなってしまった理由というのは、こりゃもう言うまでもなく「加藤保憲の不在」! この一言に尽きるかと思います。

 もちろん、さすがに『帝都物語』の大看板ともいえる加藤を長編2作にわたってベンチ入りさせることは無茶と考えたのか、荒俣先生は『ウォーズ篇』のクライマックスで、オリキャラの敵ラスボスこと魔人トマーゾを倒す切り札として加藤を一時帰国させるのですが、ここでの加藤は完全に「お前に東京は滅ぼさせない……東京を滅ぼすのはこの俺だゼ!」という、のちの「ベジータ理論」の先取りをした理屈で「たまにイイことをするヒールキャラ」としてしか機能していません。満州に帰らずにそのまんま大空襲のどさくさにまぎれて東京ぶっ壊せばよかったのに……でも、ここで加藤がトマーゾ討滅後にすぐ満州に帰っちゃった理由については、次なる『大東亜篇』をお読みください、ということで。

 こんな感じでありまして、今回取り上げました2篇は、長い『帝都物語』サーガの中でも加藤保憲がほとんど活躍しない「箸休め」的な異色の存在となっております。それぞれ、北一輝と大谷光瑞&魔人トマーゾというインパクト絶大な名キャラクターが出てはいるのですが、やはりメインは加藤ということで、あくまでも「加藤のいぬ間に洗濯」的な期間限定でちょっとだけの出番となっているのが、なんとも哀しいです。

 特に北一輝にいたっては、『ウォーズ篇』の後半に加藤がトマーゾについて「たぶん、この怪物(トマーゾ)を倒せるのは自分をおいてほかにない。」と決意し、重い腰を上げて約20年ぶりにはるばる満州から東京にやって来るわけなのですが、これは暗に「北一輝……だれだっけ?」という格の違いを如実に示しているのです。無惨なりィ!

 なかなか、これまでの加藤保憲出ずっぱりの過去巻と比較すると不思議な味わいのあるパートではあるのですが、少しスレた魔性の魅力のあるヒロイン・辰宮雪子の悲恋が二・二六事件の雪景色を背景に実にしっとりと描かれるロマンスや、辰宮洋一郎のあわれな最期もドラマティックな、『帝都物語』に不可欠な挿話ですので、読まないのは損だと思います。面白さは間違いないですよ!

 いや~、1990年代のオカルト系バラエティ番組で、TVタレントとしての荒俣先生をたくさん見てきた身としては、あのボヨ~ンとした外見がどうしても先に立ってしまうのですが、小説家としての荒俣先生って、勢いと感覚でズビズバ作品を書いていく、そうとうに情熱的なラテン系作家さんだったんですかねぇ。若さ大爆発だね~!!

 さぁ、この2巻ぶんで充分に休息をとった魔人・加藤保憲の、次なる一手はいかようなものとなるのか!? ますます目が離せない一大オカルト絵巻の続きは、また次回のココロだ~っと。


≪蛇足であります≫
 今回のパートを語る上で無視するわけにはいかないのが、この『ウォーズ篇』を原作とするというていで制作・公開された実写スペクタクル映画『帝都大戦』の存在です。
 この映画に関しては、すでに我が『長岡京エイリアン』でも、なんと15年前というはるか昔に記事にしたことがあったのですが、昨今の「原作を尊重していないように見える二次作品のアレンジ」問題がかすんでしまうような、小説版との乖離が見られます。っていうか、共通点を探す方が難しいわ!!

 いや~だって、『ウォーズ篇』は加藤保憲もろくに出てこないし、雪子と中村雄昴の恋愛イベントなんか発生するわけがねぇし(雪子からの好意くらいはある)、いっぽうの『帝都大戦』はというと、トマーゾなんかどこにもいないし、大谷光瑞が別の架空の高僧(演・丹波哲郎)にすり替わってるし、日本が呪殺するのもルーズベルト大統領とはまるで正反対のヒトラー総統だしで、これまたムチャクチャきわまりない変更が加えられているのです。ちなみに『帝都大戦』の冒頭では、なぜか東京で死亡している加藤が戦死者たちの怨念を吸収して真の魔人として復活するらしき描写があるので、映画としての前作『帝都物語』ともつながっていない齟齬がみられます。なんかもう、のっけからゴジラとか『13日の金曜日』の殺人鬼ジェイソンみたいな説明不要の災害級モンスターになってるんですよね。

 『帝都大戦』の公開当時、原作者の荒俣先生は Wikipediaの記事によると「原作を読んだ人は怒らないで欲しい」とコメントしていたそうなのですが、ここで話が変にこじれてきちゃうのは、「読んだ人が怒るほど原作がいいわけでもない」というところなのです。
 いや、面白いですよ!? 『ウォーズ篇』だって確かに面白くはあるのですが、いくら物語の舞台が太平洋戦争中の日本だったのだとしても、さすがに「怨敵ルーズベルトが死んだぞ! ヤッター!!」で終わる映画が1980年代の日本で全国公開されていいのかというと、ね……
 映画化に際しては、制作スタッフの方々のごくごくまっとうな判断が働いたのではなかろうかと思われます。ましてや、その呪殺に当たるのが実在する宗教団体の実在した法主さまでいいはずがないでしょ。中村雄昴だって、原作小説だとカルト信者まるだしな危険なかほりただよう美少年だし……いや、ヤバすぎるよこの小説!!

 映画『帝都大戦』は、言うまでもなく2020年代現在の日本では地上波でノーカット放送することはほぼ不可能で、カットしたらしたでたぶん本編時間107分中20分くらいしか放送できないという、とんでもなくデンジャラスなしろものではあるのですが、それとは全く別の方向性で、小説『ウォーズ篇』もまた、実にアブないものなのでしたとさ……


 んも~、「大丈夫、病院は襲わないのっ☆」なんて名シーン、小説のどこにもないよ!! いや~、『帝都大戦』も、やっぱすげぇわ。

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