≪前回の第1・2巻は、こちら!≫
『帝都物語3 大震災(カタストロフィ)篇』(1986年1月)&『帝都物語4 龍動篇』(1986年2月)
角川書店カドカワノベルズから書き下ろし刊行された。
あらすじ
大正十二(1923)年9月1日。
平将門の怨霊を呼び覚まし、帝都東京の崩壊をたくらむ魔人・加藤保憲は妖術を操り、関東地方に大地震を引き起こした。だが将門の怨霊は完全には覚醒せず、震災後、後藤新平の放射状都市計画と渋沢栄一らによる地下都市計画を元にした壮大な帝都復興計画が開始される。
しかし、加藤は天体を利用して、帝都の完全崩壊を画策していた! 将門の末裔である巫女・目方恵子はこの危機を察知し、風水師・黒田茂丸と共に、加藤の野望を阻止せんと立ち上がる。
おもな登場人物
加藤 保憲(かとう やすのり)
帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。大日本帝国陸軍中尉。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。秘術「屍解仙」を用いて転生したこともある。鳥型、犬型の「式神」や鬼型の「十二神将」など、さまざまな形態の鬼神を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。
辰宮 洋一郎(たつみや よういちろう)
大蔵省官吏。帝都東京の改造計画に加わり、明治時代末期から大正時代にかけての歴史の奔流を目撃する。1881年か82年生まれ。大東京復興院事務官。
辰宮 由佳理(たつみや ゆかり)
洋一郎の妹。平将門の依代となる程に強力な霊能力者であり、加藤や北一輝に狙われる。1888年か89年生まれ。
強度のヒステリー症状ないしは霊能体質を有するために、奇怪な事件に巻き込まれる。精神を病んで森田正馬医師の治療を受ける。
辰宮 雪子(たつみや ゆきこ)
由佳里の娘。母から強い霊能力を受け継ぎ、そのために魔人・加藤の次なる陰謀の的となる。1915年8月生まれ。
目方 恵子(めかた けいこ)
旧・磐城国の相馬中村藩の地に社を護り、平将門を祖先として祀る俤(おもかげ)神社の宮司の娘。1927年の時点で32歳(1894年か95年生まれ)。
鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
東京帝国大学理学士。洋一郎の旧友。1881年か82年生まれ。怪事に巻き込まれた辰宮由佳理を助けようとするが、妹の変事に無関心な兄・洋一郎と対立する。
渋沢 栄一(しぶさわ えいいち 1840~1931年)
明治時代の日本を代表する実業家で、第一国立銀行初代頭取を務めるなど金融体制の設立にも尽力した自由競争経済設立の指導者。子爵。
帝都東京を物理的、霊的に防衛された新都市にしようと秘密会議を開く。
後藤 新平(1857~1929年)
内務大臣、前東京市長、子爵。関東大震災後に大東京復興院総裁として手腕を発揮する。
泉 鏡花(1873~1939年)
小説家。明治・大正・昭和の三代にわたり唯美的文学世界を形成し「異才」と謳われた。「神楽坂七不思議」の一人として目方恵子を支える。
早川 徳次(はやかわ のりつぐ 1881~1942年)
山梨県出身の実業家。大阪~和歌山間の高野山登山鉄道を再建し、イギリスに倣い東洋初の地下高速鉄道敷設の情熱に燃える。
西村 真琴(1883~1956年)
北海道帝国大学生物学教授で人造人間の発明・研究家。帝都東京の地下鉄工事にロボットの活用を提案する。「学天則」という東洋哲理を信奉する奇人。
今 和次郎(1888~1973年)
青森県弘前市出身の民俗学者。考現学(モデルノロジオ)に基づいて帝都東京の人々の動向調査を行い、寺田や早川らに刺激を与える。「銀座三奇人」の一人。
クラウス
キリスト教プロテスタント派の慈善団体・救世軍に籍を置き、東京府荏原郡松沢村(現在の世田谷区西北部)で精神病患者の治療にあたる、ドイツ人の伝道医師。辰宮由佳理・雪子母娘の治療に携わる。
黒田 茂丸
二宮尊徳を祖と仰ぐ結社「報徳社」の一員。「尊徳仕法」という経済論を提唱し、地相占術を心得、龍脈を探る力を持つ「風水師」と呼ばれる。
天野 順吉
三鷹天文台に勤務する天文学者。北斗七星の形が歪んで見える異常現象を寺田寅彦に報告する。
平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。
おもな魔術解説
風水
古代中国の地相占術。宋帝国時代(960~1279年)にほぼ体系化され、朝鮮、台湾、ベトナム、日本などにも広まり、日本では「家相学」や「墓相学」といわれた。その名の通りに、自然の生命エネルギーの流路である「地脈」あるいは「龍脈」を、風と水の流れや山川の地形から発見し、建築物や墓などの形をそれに調和させ、さらに地磁気や方位を魔術的に加えたもので、自然の力を最大限に活かして生者と死者とが平和に住み分けられる都市を創造する総合土木技術。21世紀現在も、生態学(エコロジー)の観点から脚光を浴び続けている。
狐狗狸(こっくり)
一般に「こっくりさん」と呼ばれ、明治二十年代(1887~96年)に日本に流入した西洋の心霊術「テーブルターニング」に起源を持つといわれる。日露戦争(1904~05年)をはじめとして、世情が不安に陥るたびに流行したが、こっくりさんのように入神状態になり霊の導きを得る儀式は、同種のものが中国や日本にもすでに存在しており、それがテーブルターニングに習合したものともいえる。
龍脈(りゅうみゃく)
風水で使用される用語。大地の生命力を龍にたとえたもの。弧を描く場合が多く、東洋の景観美の原点となっている。この龍脈の流れを妨げたり方向を変えたりすると、その土地は衰退するといわれた。清帝国時代末期に欧米列強が中国大陸に進出し、直線的な鉄道や幹線道路を敷設する土木工事を行った際、地元民は龍脈が断たれると激しく抵抗したという。
観音力(かんのんりき)
小説家の泉鏡花が好んで用いた言葉。荒々しい鬼神の男性的な魔力に対して、魔を祓い人々を救済する慈悲深い女性的な魔力を称したもの。
護法童子(ごほうどうじ)
単に「護法」ともいう。「式神」が陰陽師に使役される魔物であるのに対し、仏教の密教系の高僧や山伏・修験者系統の道士に使役される神霊。通常は童子の姿をしているが、超自然的な力を発揮する怪物の姿で現れることも多いとされる。
十二神将(じゅうにしんしょう)
日本史上最大の陰陽師・安倍晴明(921~1005年)が使役していた式神たちのこと。晴明の妻が彼らを気味悪がったため、晴明が自身の邸宅に近い京・一条堀川の「戻橋」の下に置いて必要時に召喚していたという説話は、『源平盛衰記』などでも有名である。
作中の加藤保憲も、使役する式神たちを「十二神将」と呼び、東京の市ヶ谷大橋の下に潜伏させている。加藤の十二神将は身長1m 弱のオレンジ色の小鬼の姿をしており、爪や牙などによる攻撃力が高いが流水には入ることができない。加藤は十二神将の他にも、巨大な黒い犬の姿をした魔物を使役している。
孔雀明王経(くじゃくみょうおうきょう)
害悪を流す毒蛇さえも喰らう聖鳥・孔雀の仏神「孔雀明王」に関わる聖典。この経を念じて孔雀明王の法力を召喚する修法を「孔雀経法」という。日本史上に名高い修験密教系の魔術師である役小角(634~701年)や弘法大師空海(774~835年)らが、雨乞い・厄除け・護国のためにこの孔雀経法を行った。尋常を超えた大願の成就をねがう時は、この呪法が最大の効果を発揮するといわれる。
花会(チーハ)
元来は19世紀半ばから中国大陸で流行した賭博ゲームで、麻雀の成立にも影響を与えたといわれる。ルールは単純で、三十六種の札から親が抜き出す一枚を事前に予想して金銭を賭けるものだったが、そのためにどの札が引かれるのかを予知する呪術もまた広く流行した。これが転じて、トランプ占いのようなものとなった。花会は、明治・大正時代の日本でも賭博として大流行した。
百魔を祓う燈明
百の魔を祓う呪符が書きつけられた中国製のランタン。中国では、文字の呪力を重視し、紙に漢字を書いた霊符を焼いて灰にして服用したり、柱に貼りつけたりして使用していた。
永遠の満月の方程式
フランスの数学者ジョゼフ・ルイ=ラグランジュ(1736~1813年)が作成した方程式。18~19世紀の西洋科学は神秘主義に強く接近していた。
ラグランジュは、月のような衛星や微小惑星が永遠に停止しているように見える地点を求めるための五次方程式と、正三角形解と直線解の「ラグランジュの特殊解」を発見した。それによると、太陽・地球・月が一直線に並び、地球と月との距離が太陽と地球との距離(約1億496万km)の1/100(約149万6千km)になった時に、月の動きが永遠にとまってしまうという試算が導き出せる。しかしそのためには、月が現在の地球との距離(約38万4千km)の約4倍離れなければならない。
フラウンホーファー線の曇り
イギリスの小説家アーサー=コナン・ドイルの有名な SF小説『 The Poison Belt(毒ガス帯)』(1913年発表)に登場する、地球破滅の予兆現象。フラウンホーファー線とは、太陽光を分光器にかけた際に連続スペクトルの中に現れる黒い線のことで、太陽光が地球の大気中の気体などに吸収されて発生する。したがって、地球付近に巨大彗星や星雲が接近すると、吸収の度合いが変化してフラウンホーファー線に曇りなどの変異が生じることとなる。
映画化・アニメ化・マンガ化作品
映画『帝都物語』(1988年1月公開 135分 エクゼ)
原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』の映画化作品。日本初の本格的ハイビジョン VFX映画。加藤保憲の役に、当時小劇場俳優で庭師として生計を立てていた嶋田久作が抜擢された。登場する人造ロボット「学天則」の開発者・西村真琴の役を、真琴の実子の西村晃が演じている。 監督・実相寺昭雄、脚本・林海象、製作総指揮・一瀬隆重、特殊美術・池谷仙克、画コンテ・樋口真嗣、特殊メイク・原口智生、コンセプチュアル・デザインH=R=ギーガー。音楽・石井眞木。製作費10億円、配給収入10億5千万円。
OVAアニメ版『帝都物語』(1991年リリース 全4巻 マッドハウス)
原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』のアニメ化作品。加藤保憲の声は実写版と同じく嶋田久作が担当した。脚本・遠藤明範、キャラクターデザイン・摩砂雪、シリーズ監督・りんたろう。作画スタッフには鶴巻和哉、樋口真嗣、前田真宏、庵野秀明らが参加していた。
コミカライズ版
川口敬『帝都物語』(1987~88年 小学館『ビッグコミックスピリッツ』にて連載)
映画『帝都物語』公開に合わせての連載で、原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』をマンガ化している。未単行本化。
藤原カムイ『帝都物語 Babylon Tokyo 』(1988年 角川書店)
映画『帝都物語』公開に合わせての刊行で、原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』をマンガ化している。
……というわけでありまして、『帝都物語』序盤のヤマ場となる「魔人・加藤 VS スーパー巫女・目方恵子」の激突でございます! きたきた~。
この『龍動篇』は、まんま映画版やアニメ版の『帝都物語』のクライマックスともなっておりますので、おそらくいちばん多くの人に知られている『帝都物語』のイメージが、ここまでの流れになるのではないでしょうか。その後はもちろん映画第2作の『帝都大戦』が続くわけなのですが、メディアミックスの規模で言えばやっぱりこの第1作を超えることはなかったでしょう。
思えば、この『帝都物語』の超先輩ともいえる日本幻想文学の最高峰『南総里見八犬伝』だって、だいたい世間一般に知られているのは前半の八犬士が集合するくだりくらいまでですし、やっぱり長い物語の最後まで有名ってわけにはいかないんでしょう。現代でも『ワンピース』とか、そうなんじゃないでしょうか。犬江親兵衛が京の都にいくあたりが一番好きって人、そんなにはいないよね……『忠臣蔵』はその稀有な例外なのでしょうが、あれはあれで中盤がキビシイし。
それはともかく、この『龍動篇』にいたるまでの約20年間の流れは辰宮兄妹や目方恵子と加藤の因縁をめぐる物語の構造が非常に引き締まっており、確かに映画のようなひとまとまりにするにはもってこいなブロックになっています。関東大震災を超えてさらにスケールアップした加藤の「月をぶっ飛ばして北斗七星をいじめて帝都壊滅」大作戦も、ちょっと何言ってるのかわからないけどすばらしいですね。おお! ことばの意味はわからんが、とにかくすごい自信だ!!
インターリュード的な番外篇も含めて12巻ある『帝都物語』ではあるのですが、早くもこの第4巻の段階で、加藤の魔術のレベルが地球を軽く超えちゃってるというギアの上げ方が頭おかしすぎていいですよね。これから一体、残り8巻分もどう盛り上げていくつもりなのかな……!?
ただまぁ、これは『帝都物語』唯一無二の味でもあるので一概に批判するわけにもいかないのですが、加藤の野望を阻止するための正義側のやり方が非常に現代的な価値観を超越したものになっていまして、辰宮兄妹は妹の体内に加藤の呪念が侵入することを防ぐために兄貴があんなことをしでかしちゃうし、目方恵子も「観音力」という独特の攻め方で加藤の怨念を鎮める(?)決死の策に打って出るので、当時から、こういった終盤の展開に不満をおぼえる方も多かったのではないでしょうか。ちょっとね、女性陣と幸田露伴先生が苦労しすぎなんですよ、ここまで!
そらまぁ、ヤマトタケルのために荒波に身投げして窮地を救うオトタチバナとか、柳田国男先生の『妹の力』を例に挙げるまでもなく、日本で昔っからある難局打開・怨霊調伏の最終手段はヒロインの自己犠牲であるわけなのですが、これを、よりにもよってマッチョなヒーロー大活躍な西洋ファンタジー隆盛はなはだしい1980年代に復活させてみせたことこそが、小説『帝都物語』の意義なのではないでしょうか。
でも……それが映画になった時に大方の観衆に支持されのかと言うと……まだ早すぎたんじゃないっすかね。さすがにそこらへんに危機感をおぼえたのか、映画版では護法童子のデザインをギーガーさんにお願いして、なんか未来的でメカメカしいクリーチャー(のちの機怪につながる? 韮沢さーん!!)にして無理矢理に盛り上げていましたが、やっぱり付け焼刃感はいなめず……21世紀の今から観ると、ふつうにルンバみたいでかわいいし。
あと、前回にも行ったようなキャラクター設定の改変で、映画版では兄貴の洋一郎もかろうじて命賭けてるくらいの貢献度で加藤に立ち向かってはいたのですが、そこらへんの苦労が原作小説では一切ないので、あの最終手段に出るまで内心の苦悩はあったにしても、やっぱり洋一郎の人でなし感はぬぐい切れないというのが、『龍動篇』までの読了後のスッキリしなさにつながっています。結局、由佳理も雪子もバッドエンドもいいとこな状況になっちゃってるし……
それでもわずかな救いなのは、恵子が生存しているらしいことと、恵子の偉業を理解している人物が、少なくとも帝都に2人はいることでしょうか。でも、この2人も恵子くらいに苦労して加藤に対峙しているとは言えないのでありまして。だからって、むさいおじさんが恵子と同じ方法で加藤に迫ったとしても、加藤も困惑するだけでしょうし……一周まわって、2020年代の今だったら一部界隈に受け入れられるかもしれませんけどね。これが今話題のマヴってやつか。
結局、キリはいいにしても『龍動篇』は次巻への引っぱりの意味も込めてあえて未消化感を残した締めくくりになっていますので、これを映画としての大団円に持ってこざるを得なかった映画版の悲劇は、公開される前から決まっていた宿命だったのでしょう。21世紀の今みたいに「3部作構成」とかのパッケージを前提にできる時代でもなかったし。そのためには『スターウォーズ』くらいに超絶ヒットしなきゃねぇ。
こういった、原作小説を読んでみてわかる『帝都物語』の難しさみたいなものを拾いあげてみますと、4巻分もの展開をギューギューに詰め込んで、サイキックウォーズあり関東大震災あり学天則地下特攻作戦ありという波乱万丈さで乗り切ろうとしたとしても、やはり物語の根本にある、西洋的な論理では絶対に解釈できないアクの強さをまぎらわすことはできなかった、ということなのでしょう。
おそらく、当時の映画業界の強引さを考えてみれば、辰宮由佳理や目方恵子の役割を大幅に削減し、もっと男衆に活躍の場を分け与えて『コナン・ザ・グレート』みたいな娯楽映画に捻じ曲げられる恐れもあったのかも知れませんが、そこをぐっと押さえて原作準拠で通そうとした実相寺監督の判断は、興行的には成功につながらなかったとしても、評価されるべき英断だったのではないでしょうか。
にしたって、カットこそしなかったにしても、辰宮兄妹の間に何があって、加藤と恵子の対決の行方がどうなったのかを具体的に描かなかった……のか描けなかったのかはわかりませんが、直接的に映像にせず、な~んかモヤっとした描写にとどめざるをえなかったのは、映画としては致命的でしたよね。とにかく難しい小説なんだな、『帝都物語』って!
なんにせよ、映画だけを見てよくわかんなかった方は、絶対に小説を読んでみてください。説明はちゃんとされてるから! でも、その説明を聞いて納得できるのかどうかは、また別の話ですが。
ま、ま、いずれにしましても、見どころが盛りだくさんな『帝都物語』の明治・大正・昭和一ケタ篇はかくのごとく終結し、まだかろうじて生身の人間である加藤は、いったん日本列島を離れることとなりました。再び訪れる捲土重来のチャンスを待ち望みながら……
いちおう、ここからは映画『帝都大戦』の内容に相当する昭和戦前・戦中へと時代が切り換わっていくのですが、ここからがまた、原作小説とメディア化作品とでイコールではない複雑な関係になっていくんですよね! これに比べれば、映画版『帝都物語』の、原作に対してなんと優等生なことか。
実際、高校生時代の私も、この後の合本新装版でいう「第参番」を読んで混乱しまくっちゃったんですよ。『帝都大戦』とじぇんじぇん関係ないじゃ~ん!みたいな。それでも中途半端に登場人物がリンクしてるってのが、逆にいっそうタチが悪い。
そういった記憶もありますので、いや、だからこそ! まっさらな気持ちになってまた一から読み直すのが楽しみでなりません。
さぁ、中国大陸に潜伏することとなった加藤は、激動のアジア情勢の水面下で、いかような次の手を打とうとするのでありましょうか!? そして、加藤と共に姿を消した目方恵子はどうなってしまったのか? 心身ともにボロボロとなった辰宮由佳理と、大いなる可能性を秘めし忌み子・雪子の運命やいかに?
『帝都物語』サーガは、まだ始まったばかり! カトーは、まだ来るぞォー!! 歯ぁ磨けよ!
そんな感じで、まったじっかい~。
~超蛇足~
高校生当時、私は『帝都物語』の腹中虫のくだりと加藤 VS 恵子の最終対決のくだりを読んで、かなりエロいぞこれ!と脳を焼かれた記憶がありました。ま、腹中虫がエロいのは映画版もそうなのですが。
それで今回、喜び勇んで読み直してみたのですが……うん、ふつう。当然っちゃ当然なのですが、官能小説じゃあるまいし、そんなに踏み込んだ描写も無かったので、「あぁ、ハイティーンだった頃のおれは、この程度でウキウキワクワクしてたんだよなぁ。」と、感慨にふけってしまいました。
それが今はどうだい、あんなんでもこんなんでも物足りないナなどとほざくスレっぷりの中年になりやがって……
バッキャロー! もう一度あの頃の、山川草木にエロさを見いだしていたハングリーなおのれを呼び覚ませ!!
ぜいたくは敵だ!! スマホ禁止! 保健体育の教科書の再読1万回ぃいい!!
『帝都物語3 大震災(カタストロフィ)篇』(1986年1月)&『帝都物語4 龍動篇』(1986年2月)
角川書店カドカワノベルズから書き下ろし刊行された。
あらすじ
大正十二(1923)年9月1日。
平将門の怨霊を呼び覚まし、帝都東京の崩壊をたくらむ魔人・加藤保憲は妖術を操り、関東地方に大地震を引き起こした。だが将門の怨霊は完全には覚醒せず、震災後、後藤新平の放射状都市計画と渋沢栄一らによる地下都市計画を元にした壮大な帝都復興計画が開始される。
しかし、加藤は天体を利用して、帝都の完全崩壊を画策していた! 将門の末裔である巫女・目方恵子はこの危機を察知し、風水師・黒田茂丸と共に、加藤の野望を阻止せんと立ち上がる。
おもな登場人物
加藤 保憲(かとう やすのり)
帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。大日本帝国陸軍中尉。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。秘術「屍解仙」を用いて転生したこともある。鳥型、犬型の「式神」や鬼型の「十二神将」など、さまざまな形態の鬼神を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。
辰宮 洋一郎(たつみや よういちろう)
大蔵省官吏。帝都東京の改造計画に加わり、明治時代末期から大正時代にかけての歴史の奔流を目撃する。1881年か82年生まれ。大東京復興院事務官。
辰宮 由佳理(たつみや ゆかり)
洋一郎の妹。平将門の依代となる程に強力な霊能力者であり、加藤や北一輝に狙われる。1888年か89年生まれ。
強度のヒステリー症状ないしは霊能体質を有するために、奇怪な事件に巻き込まれる。精神を病んで森田正馬医師の治療を受ける。
辰宮 雪子(たつみや ゆきこ)
由佳里の娘。母から強い霊能力を受け継ぎ、そのために魔人・加藤の次なる陰謀の的となる。1915年8月生まれ。
目方 恵子(めかた けいこ)
旧・磐城国の相馬中村藩の地に社を護り、平将門を祖先として祀る俤(おもかげ)神社の宮司の娘。1927年の時点で32歳(1894年か95年生まれ)。
鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
東京帝国大学理学士。洋一郎の旧友。1881年か82年生まれ。怪事に巻き込まれた辰宮由佳理を助けようとするが、妹の変事に無関心な兄・洋一郎と対立する。
渋沢 栄一(しぶさわ えいいち 1840~1931年)
明治時代の日本を代表する実業家で、第一国立銀行初代頭取を務めるなど金融体制の設立にも尽力した自由競争経済設立の指導者。子爵。
帝都東京を物理的、霊的に防衛された新都市にしようと秘密会議を開く。
後藤 新平(1857~1929年)
内務大臣、前東京市長、子爵。関東大震災後に大東京復興院総裁として手腕を発揮する。
泉 鏡花(1873~1939年)
小説家。明治・大正・昭和の三代にわたり唯美的文学世界を形成し「異才」と謳われた。「神楽坂七不思議」の一人として目方恵子を支える。
早川 徳次(はやかわ のりつぐ 1881~1942年)
山梨県出身の実業家。大阪~和歌山間の高野山登山鉄道を再建し、イギリスに倣い東洋初の地下高速鉄道敷設の情熱に燃える。
西村 真琴(1883~1956年)
北海道帝国大学生物学教授で人造人間の発明・研究家。帝都東京の地下鉄工事にロボットの活用を提案する。「学天則」という東洋哲理を信奉する奇人。
今 和次郎(1888~1973年)
青森県弘前市出身の民俗学者。考現学(モデルノロジオ)に基づいて帝都東京の人々の動向調査を行い、寺田や早川らに刺激を与える。「銀座三奇人」の一人。
クラウス
キリスト教プロテスタント派の慈善団体・救世軍に籍を置き、東京府荏原郡松沢村(現在の世田谷区西北部)で精神病患者の治療にあたる、ドイツ人の伝道医師。辰宮由佳理・雪子母娘の治療に携わる。
黒田 茂丸
二宮尊徳を祖と仰ぐ結社「報徳社」の一員。「尊徳仕法」という経済論を提唱し、地相占術を心得、龍脈を探る力を持つ「風水師」と呼ばれる。
天野 順吉
三鷹天文台に勤務する天文学者。北斗七星の形が歪んで見える異常現象を寺田寅彦に報告する。
平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。
おもな魔術解説
風水
古代中国の地相占術。宋帝国時代(960~1279年)にほぼ体系化され、朝鮮、台湾、ベトナム、日本などにも広まり、日本では「家相学」や「墓相学」といわれた。その名の通りに、自然の生命エネルギーの流路である「地脈」あるいは「龍脈」を、風と水の流れや山川の地形から発見し、建築物や墓などの形をそれに調和させ、さらに地磁気や方位を魔術的に加えたもので、自然の力を最大限に活かして生者と死者とが平和に住み分けられる都市を創造する総合土木技術。21世紀現在も、生態学(エコロジー)の観点から脚光を浴び続けている。
狐狗狸(こっくり)
一般に「こっくりさん」と呼ばれ、明治二十年代(1887~96年)に日本に流入した西洋の心霊術「テーブルターニング」に起源を持つといわれる。日露戦争(1904~05年)をはじめとして、世情が不安に陥るたびに流行したが、こっくりさんのように入神状態になり霊の導きを得る儀式は、同種のものが中国や日本にもすでに存在しており、それがテーブルターニングに習合したものともいえる。
龍脈(りゅうみゃく)
風水で使用される用語。大地の生命力を龍にたとえたもの。弧を描く場合が多く、東洋の景観美の原点となっている。この龍脈の流れを妨げたり方向を変えたりすると、その土地は衰退するといわれた。清帝国時代末期に欧米列強が中国大陸に進出し、直線的な鉄道や幹線道路を敷設する土木工事を行った際、地元民は龍脈が断たれると激しく抵抗したという。
観音力(かんのんりき)
小説家の泉鏡花が好んで用いた言葉。荒々しい鬼神の男性的な魔力に対して、魔を祓い人々を救済する慈悲深い女性的な魔力を称したもの。
護法童子(ごほうどうじ)
単に「護法」ともいう。「式神」が陰陽師に使役される魔物であるのに対し、仏教の密教系の高僧や山伏・修験者系統の道士に使役される神霊。通常は童子の姿をしているが、超自然的な力を発揮する怪物の姿で現れることも多いとされる。
十二神将(じゅうにしんしょう)
日本史上最大の陰陽師・安倍晴明(921~1005年)が使役していた式神たちのこと。晴明の妻が彼らを気味悪がったため、晴明が自身の邸宅に近い京・一条堀川の「戻橋」の下に置いて必要時に召喚していたという説話は、『源平盛衰記』などでも有名である。
作中の加藤保憲も、使役する式神たちを「十二神将」と呼び、東京の市ヶ谷大橋の下に潜伏させている。加藤の十二神将は身長1m 弱のオレンジ色の小鬼の姿をしており、爪や牙などによる攻撃力が高いが流水には入ることができない。加藤は十二神将の他にも、巨大な黒い犬の姿をした魔物を使役している。
孔雀明王経(くじゃくみょうおうきょう)
害悪を流す毒蛇さえも喰らう聖鳥・孔雀の仏神「孔雀明王」に関わる聖典。この経を念じて孔雀明王の法力を召喚する修法を「孔雀経法」という。日本史上に名高い修験密教系の魔術師である役小角(634~701年)や弘法大師空海(774~835年)らが、雨乞い・厄除け・護国のためにこの孔雀経法を行った。尋常を超えた大願の成就をねがう時は、この呪法が最大の効果を発揮するといわれる。
花会(チーハ)
元来は19世紀半ばから中国大陸で流行した賭博ゲームで、麻雀の成立にも影響を与えたといわれる。ルールは単純で、三十六種の札から親が抜き出す一枚を事前に予想して金銭を賭けるものだったが、そのためにどの札が引かれるのかを予知する呪術もまた広く流行した。これが転じて、トランプ占いのようなものとなった。花会は、明治・大正時代の日本でも賭博として大流行した。
百魔を祓う燈明
百の魔を祓う呪符が書きつけられた中国製のランタン。中国では、文字の呪力を重視し、紙に漢字を書いた霊符を焼いて灰にして服用したり、柱に貼りつけたりして使用していた。
永遠の満月の方程式
フランスの数学者ジョゼフ・ルイ=ラグランジュ(1736~1813年)が作成した方程式。18~19世紀の西洋科学は神秘主義に強く接近していた。
ラグランジュは、月のような衛星や微小惑星が永遠に停止しているように見える地点を求めるための五次方程式と、正三角形解と直線解の「ラグランジュの特殊解」を発見した。それによると、太陽・地球・月が一直線に並び、地球と月との距離が太陽と地球との距離(約1億496万km)の1/100(約149万6千km)になった時に、月の動きが永遠にとまってしまうという試算が導き出せる。しかしそのためには、月が現在の地球との距離(約38万4千km)の約4倍離れなければならない。
フラウンホーファー線の曇り
イギリスの小説家アーサー=コナン・ドイルの有名な SF小説『 The Poison Belt(毒ガス帯)』(1913年発表)に登場する、地球破滅の予兆現象。フラウンホーファー線とは、太陽光を分光器にかけた際に連続スペクトルの中に現れる黒い線のことで、太陽光が地球の大気中の気体などに吸収されて発生する。したがって、地球付近に巨大彗星や星雲が接近すると、吸収の度合いが変化してフラウンホーファー線に曇りなどの変異が生じることとなる。
映画化・アニメ化・マンガ化作品
映画『帝都物語』(1988年1月公開 135分 エクゼ)
原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』の映画化作品。日本初の本格的ハイビジョン VFX映画。加藤保憲の役に、当時小劇場俳優で庭師として生計を立てていた嶋田久作が抜擢された。登場する人造ロボット「学天則」の開発者・西村真琴の役を、真琴の実子の西村晃が演じている。 監督・実相寺昭雄、脚本・林海象、製作総指揮・一瀬隆重、特殊美術・池谷仙克、画コンテ・樋口真嗣、特殊メイク・原口智生、コンセプチュアル・デザインH=R=ギーガー。音楽・石井眞木。製作費10億円、配給収入10億5千万円。
OVAアニメ版『帝都物語』(1991年リリース 全4巻 マッドハウス)
原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』のアニメ化作品。加藤保憲の声は実写版と同じく嶋田久作が担当した。脚本・遠藤明範、キャラクターデザイン・摩砂雪、シリーズ監督・りんたろう。作画スタッフには鶴巻和哉、樋口真嗣、前田真宏、庵野秀明らが参加していた。
コミカライズ版
川口敬『帝都物語』(1987~88年 小学館『ビッグコミックスピリッツ』にて連載)
映画『帝都物語』公開に合わせての連載で、原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』をマンガ化している。未単行本化。
藤原カムイ『帝都物語 Babylon Tokyo 』(1988年 角川書店)
映画『帝都物語』公開に合わせての刊行で、原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』をマンガ化している。
……というわけでありまして、『帝都物語』序盤のヤマ場となる「魔人・加藤 VS スーパー巫女・目方恵子」の激突でございます! きたきた~。
この『龍動篇』は、まんま映画版やアニメ版の『帝都物語』のクライマックスともなっておりますので、おそらくいちばん多くの人に知られている『帝都物語』のイメージが、ここまでの流れになるのではないでしょうか。その後はもちろん映画第2作の『帝都大戦』が続くわけなのですが、メディアミックスの規模で言えばやっぱりこの第1作を超えることはなかったでしょう。
思えば、この『帝都物語』の超先輩ともいえる日本幻想文学の最高峰『南総里見八犬伝』だって、だいたい世間一般に知られているのは前半の八犬士が集合するくだりくらいまでですし、やっぱり長い物語の最後まで有名ってわけにはいかないんでしょう。現代でも『ワンピース』とか、そうなんじゃないでしょうか。犬江親兵衛が京の都にいくあたりが一番好きって人、そんなにはいないよね……『忠臣蔵』はその稀有な例外なのでしょうが、あれはあれで中盤がキビシイし。
それはともかく、この『龍動篇』にいたるまでの約20年間の流れは辰宮兄妹や目方恵子と加藤の因縁をめぐる物語の構造が非常に引き締まっており、確かに映画のようなひとまとまりにするにはもってこいなブロックになっています。関東大震災を超えてさらにスケールアップした加藤の「月をぶっ飛ばして北斗七星をいじめて帝都壊滅」大作戦も、ちょっと何言ってるのかわからないけどすばらしいですね。おお! ことばの意味はわからんが、とにかくすごい自信だ!!
インターリュード的な番外篇も含めて12巻ある『帝都物語』ではあるのですが、早くもこの第4巻の段階で、加藤の魔術のレベルが地球を軽く超えちゃってるというギアの上げ方が頭おかしすぎていいですよね。これから一体、残り8巻分もどう盛り上げていくつもりなのかな……!?
ただまぁ、これは『帝都物語』唯一無二の味でもあるので一概に批判するわけにもいかないのですが、加藤の野望を阻止するための正義側のやり方が非常に現代的な価値観を超越したものになっていまして、辰宮兄妹は妹の体内に加藤の呪念が侵入することを防ぐために兄貴があんなことをしでかしちゃうし、目方恵子も「観音力」という独特の攻め方で加藤の怨念を鎮める(?)決死の策に打って出るので、当時から、こういった終盤の展開に不満をおぼえる方も多かったのではないでしょうか。ちょっとね、女性陣と幸田露伴先生が苦労しすぎなんですよ、ここまで!
そらまぁ、ヤマトタケルのために荒波に身投げして窮地を救うオトタチバナとか、柳田国男先生の『妹の力』を例に挙げるまでもなく、日本で昔っからある難局打開・怨霊調伏の最終手段はヒロインの自己犠牲であるわけなのですが、これを、よりにもよってマッチョなヒーロー大活躍な西洋ファンタジー隆盛はなはだしい1980年代に復活させてみせたことこそが、小説『帝都物語』の意義なのではないでしょうか。
でも……それが映画になった時に大方の観衆に支持されのかと言うと……まだ早すぎたんじゃないっすかね。さすがにそこらへんに危機感をおぼえたのか、映画版では護法童子のデザインをギーガーさんにお願いして、なんか未来的でメカメカしいクリーチャー(のちの機怪につながる? 韮沢さーん!!)にして無理矢理に盛り上げていましたが、やっぱり付け焼刃感はいなめず……21世紀の今から観ると、ふつうにルンバみたいでかわいいし。
あと、前回にも行ったようなキャラクター設定の改変で、映画版では兄貴の洋一郎もかろうじて命賭けてるくらいの貢献度で加藤に立ち向かってはいたのですが、そこらへんの苦労が原作小説では一切ないので、あの最終手段に出るまで内心の苦悩はあったにしても、やっぱり洋一郎の人でなし感はぬぐい切れないというのが、『龍動篇』までの読了後のスッキリしなさにつながっています。結局、由佳理も雪子もバッドエンドもいいとこな状況になっちゃってるし……
それでもわずかな救いなのは、恵子が生存しているらしいことと、恵子の偉業を理解している人物が、少なくとも帝都に2人はいることでしょうか。でも、この2人も恵子くらいに苦労して加藤に対峙しているとは言えないのでありまして。だからって、むさいおじさんが恵子と同じ方法で加藤に迫ったとしても、加藤も困惑するだけでしょうし……一周まわって、2020年代の今だったら一部界隈に受け入れられるかもしれませんけどね。これが今話題のマヴってやつか。
結局、キリはいいにしても『龍動篇』は次巻への引っぱりの意味も込めてあえて未消化感を残した締めくくりになっていますので、これを映画としての大団円に持ってこざるを得なかった映画版の悲劇は、公開される前から決まっていた宿命だったのでしょう。21世紀の今みたいに「3部作構成」とかのパッケージを前提にできる時代でもなかったし。そのためには『スターウォーズ』くらいに超絶ヒットしなきゃねぇ。
こういった、原作小説を読んでみてわかる『帝都物語』の難しさみたいなものを拾いあげてみますと、4巻分もの展開をギューギューに詰め込んで、サイキックウォーズあり関東大震災あり学天則地下特攻作戦ありという波乱万丈さで乗り切ろうとしたとしても、やはり物語の根本にある、西洋的な論理では絶対に解釈できないアクの強さをまぎらわすことはできなかった、ということなのでしょう。
おそらく、当時の映画業界の強引さを考えてみれば、辰宮由佳理や目方恵子の役割を大幅に削減し、もっと男衆に活躍の場を分け与えて『コナン・ザ・グレート』みたいな娯楽映画に捻じ曲げられる恐れもあったのかも知れませんが、そこをぐっと押さえて原作準拠で通そうとした実相寺監督の判断は、興行的には成功につながらなかったとしても、評価されるべき英断だったのではないでしょうか。
にしたって、カットこそしなかったにしても、辰宮兄妹の間に何があって、加藤と恵子の対決の行方がどうなったのかを具体的に描かなかった……のか描けなかったのかはわかりませんが、直接的に映像にせず、な~んかモヤっとした描写にとどめざるをえなかったのは、映画としては致命的でしたよね。とにかく難しい小説なんだな、『帝都物語』って!
なんにせよ、映画だけを見てよくわかんなかった方は、絶対に小説を読んでみてください。説明はちゃんとされてるから! でも、その説明を聞いて納得できるのかどうかは、また別の話ですが。
ま、ま、いずれにしましても、見どころが盛りだくさんな『帝都物語』の明治・大正・昭和一ケタ篇はかくのごとく終結し、まだかろうじて生身の人間である加藤は、いったん日本列島を離れることとなりました。再び訪れる捲土重来のチャンスを待ち望みながら……
いちおう、ここからは映画『帝都大戦』の内容に相当する昭和戦前・戦中へと時代が切り換わっていくのですが、ここからがまた、原作小説とメディア化作品とでイコールではない複雑な関係になっていくんですよね! これに比べれば、映画版『帝都物語』の、原作に対してなんと優等生なことか。
実際、高校生時代の私も、この後の合本新装版でいう「第参番」を読んで混乱しまくっちゃったんですよ。『帝都大戦』とじぇんじぇん関係ないじゃ~ん!みたいな。それでも中途半端に登場人物がリンクしてるってのが、逆にいっそうタチが悪い。
そういった記憶もありますので、いや、だからこそ! まっさらな気持ちになってまた一から読み直すのが楽しみでなりません。
さぁ、中国大陸に潜伏することとなった加藤は、激動のアジア情勢の水面下で、いかような次の手を打とうとするのでありましょうか!? そして、加藤と共に姿を消した目方恵子はどうなってしまったのか? 心身ともにボロボロとなった辰宮由佳理と、大いなる可能性を秘めし忌み子・雪子の運命やいかに?
『帝都物語』サーガは、まだ始まったばかり! カトーは、まだ来るぞォー!! 歯ぁ磨けよ!
そんな感じで、まったじっかい~。
~超蛇足~
高校生当時、私は『帝都物語』の腹中虫のくだりと加藤 VS 恵子の最終対決のくだりを読んで、かなりエロいぞこれ!と脳を焼かれた記憶がありました。ま、腹中虫がエロいのは映画版もそうなのですが。
それで今回、喜び勇んで読み直してみたのですが……うん、ふつう。当然っちゃ当然なのですが、官能小説じゃあるまいし、そんなに踏み込んだ描写も無かったので、「あぁ、ハイティーンだった頃のおれは、この程度でウキウキワクワクしてたんだよなぁ。」と、感慨にふけってしまいました。
それが今はどうだい、あんなんでもこんなんでも物足りないナなどとほざくスレっぷりの中年になりやがって……
バッキャロー! もう一度あの頃の、山川草木にエロさを見いだしていたハングリーなおのれを呼び覚ませ!!
ぜいたくは敵だ!! スマホ禁止! 保健体育の教科書の再読1万回ぃいい!!