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日記に…なるかしらん

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説『帝都物語』6 『百鬼夜行篇』&『未来宮篇』

2025年04月19日 20時00分04秒 | すきな小説
≪過去記事の『帝都物語』第1・23・45・1112・6巻は、こちらで~っす。≫

『帝都物語7 百鬼夜行篇』(1986年10月)&『帝都物語8 未来宮篇』(1987年2月)
 角川書店カドカワノベルズから書き下ろし刊行された。

あらすじ
 昭和三十五(1960)年4月。「安保反対」のシュプレヒコールがこだまする東京。学生運動を統率する者たちは「国際反戦デー」に多角的武装蜂起を決行することを画策し、海外から謎の超能力者ドルジェフを招聘した。
 一方、自衛隊将校となった魔人・加藤保憲は、小説家の三島由紀夫を特別訓練生として鍛え、祖国防衛隊を結成する。しかし、三島は加藤の行動が帝都壊滅への布石であることを知り、魔人に敢然と挑む!


おもな登場人物
≪百鬼夜行篇≫
平岡 公威(1925~70年)
 小説家・三島由紀夫。辰宮雪子の助けを借りて、自分に取り憑いた怨霊を祓うが、その際に見た霊視に興味を持つ。後に自衛隊に体験入隊した時に加藤保憲と再会し、加藤の影響下で祖国防衛隊隊長となり、全学連などと対峙する。

加藤 保憲(かとう やすのり)
 明治時代初頭から昭和七十三(1998)年にかけて、帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
 長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。秘術「屍解仙」を用いて転生したこともある。さまざまな形態の鬼神「式神」を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。
 太平洋戦争の終結後は保安隊(のちの自衛隊)に所属し、二佐(中佐)として調査学校の教官を務めながらも再びの帝都崩壊をたくらむ。式神を操りながら平岡公威に近づき、全学連などの学生運動と対決し、その動乱を崩壊の足がかりにしようとする。

目方 恵子(めかた けいこ)
 福島県にある、平将門を祀る相馬俤神社の宮司の娘。加藤保憲に闘いを挑んだが敗れ、加藤によって満州国へと連れ去られたが、再び日本へ戻った。新宿区新小川町の大曲にある江戸川アパートメントに住み、将門の霊を守護するためにドルジェフと対決する。1894年か95年生まれ。

辰宮 雪子(たつみや ゆきこ)
 由佳里の娘。母から強い霊能力を受け継ぎ、そのために加藤に狙われる。
 母・由佳理亡き後は目方恵子を母と呼び、平岡公威と深く関わる。1915年8月生まれ。

紅蜘蛛
 新宿三丁目の酒場「紫」で女装し、辰宮雪子や三島由紀夫と親しくする。自称「三島を邪霊から護る半陰陽の守護天使」。本名も年齢も不詳だが、本名のイニシャルは「 K」であると語っている。

角川 源義(かどかわ げんよし 1917~75年)
 角川書店初代社長。国学院で折口信夫に学んだ新進の国文学徒であったが、敗戦直後の荒廃に際し、日本文化を守り抜く決意をもって28歳で角川書店を創業する。学者、俳人としても名を成し、西行法師や柳田国男に深く傾倒した。

セルゲイ=ドルジェフ
 アルメニア出身の民族解放運動リーダー。「スーフィー(イスラム神秘主義者)の悪魔」の異名を持つ。チベットの山岳寺院で第三の眼の修行に励み、モンゴルのゴビ砂漠でスーフィー秘術を学ぶ。灰色の瞳を金色に輝かせる邪視を用いて、イランの首都テヘランや東南アジアを中心に民族解放闘争に暗躍する稀代の超能力者。全学連に協力するために来日し、加藤や恵子と壮絶な闘いを繰り広げる。極度に肥満した巨漢で頭髪や眉毛はなく、常に車椅子で移動する。外見は50歳程だが年齢不詳で、一説には1969年の時点で120歳(1849年生まれ)であるといわれる。

房子・イトー
 全学連の元闘士でドルジェフの側近。本名不明。イランの首都テヘランでドルジェフの元にいたが、昔の同志たちの呼びかけによりドルジェフと共に帰国する。1969年の時点で30歳前後。日本人とは違う抑揚で日本語を話す。日本では「ローザ」という偽名を使用する。

森田 必勝(1945~70年)
 三島由紀夫が率いる祖国防衛隊の学生長。

辻 政信(つじ まさのぶ 1902~61年以降消息不明)
 旧・大日本帝国陸軍大佐。本草学に精通している。戦後、東南アジアに長く潜伏していたが、昭和二十三(1948)年に帰国して国会議員となる。岸信介首相の命により再び東南アジアへ潜入し、謎の人物ドルジェフと対面する。

市岡 仁
 江戸川アパートで同居する兄の影響を受けて、学生運動に参加する。1947年か48年生まれ。

市岡(兄)
 東京大学の大学生。江戸川アパートの目方恵子の隣の部屋に弟の仁と共に住み、学生運動に参加する。後に出版会社に勤め、角川源義らとも面識を持つ。

滝田
 全学連闘士時代の房子の同志。市岡仁の所属する全学連中核派のリーダー。顎髭を生やして眼鏡をかけている。「滝田」は活動時に使用する偽名で、本名は不明。

井上 正弘
 京都大学一年生。東京の砂川町(現・立川市)で発生した砂川闘争(1955~69年)に参加するために上京し、江戸川アパートの市岡兄弟を頼る。

石橋 湛山(いしばし たんざん 1884~1973年)
 鳩山一郎の後に内閣総理大臣に就任するが、加藤保憲の陰謀により毒を盛られ、健康を害して退陣を余儀なくされる。

中島 莞爾
 辰宮雪子のかつての恋人で、二・二六事件に関わった大日本帝国陸軍の青年将校。事件後に処刑されるが、怨霊となって平岡公威に取り憑く。

平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
 平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。

≪未来宮篇≫
大沢 美千代
 1970年生まれ。長野県の山村から目方恵子によって帝都東京に呼び寄せられた、三島由紀夫の転生。東京の托銀事務センターに勤めるかたわら、恵子のもとで魔人・加藤保憲と対決すべく、恵子の後継者として巫女になる修行をおこなう。

団 宗治(1947年~)
 托銀事務センターの電算室次長。仕事の片手間に世紀末風オカルト小説を執筆する。幸田露伴と三島由紀夫を心の師と仰ぎ、魔術と文学に深い興味を抱く。目方恵子とは20年来の親友で協力者である。コンピュータ技術を駆使して「前生回帰実験」を行い、大沢美千代に前世の記憶を取り戻させようとする。大沢美千代と協力して、加藤の放つ水虎や式神と対決する。身長185cm。自宅の水槽でトビハゼや、ウミサボテン、ミノガイ、ヒカリキンメダイといった発光生物を飼っている。

岡田 英明(1948年~)
 SF小説家で翻訳家の鏡明(かがみ あきら)。電通東京本社に勤務するかたわら、作家やロックミュージック評論家として活動する。団宗治の20年来の親友。身長が190cm 以上あり、大柄な団よりもさらに大きい。

藤森 照信(ふじもり てるのぶ 1946年~)
 帝都東京に残された役に立たないもの、不思議なもの、怪建築、廃墟の類を調査し、地図化する路上観察学会の建築史家。鳴滝から4億円の資金提供を受け、東京湾から関東大震災で崩壊した銀座の赤レンガの引き上げ作業を行う。団宗治の親友。

鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
 東京帝国大学理学士。1881年か82年生まれ。移住先の鹿児島県坊津の海底から沈没船の財宝を引き揚げて巨万の富を築き、太平洋戦争後に帝都東京に戻る。現在は100歳を超える老齢であるが、全財産を投じて、自邸のおよそ100m ×200m もの広大な地下空間に、関東大震災前の銀座の赤レンガ街を復元しようとする。

鳴滝 二美子(なるたき ふみこ)
 鳴滝純一の養女。1969年生まれ。1976年に純一の養女となる。多大な犠牲を出すこともいとわず野望を推し進める養父に心を痛める。

滝本 誠(たきもと まこと 1949年~)
 1992年に活動を停止した出版社マガジンハウスのニュージャーナリズム雑誌『鳩か?』の元副編集長で、団の友人のジャーナリスト。夜な夜な、高性能無音モーター付き自転車を駆って通行人を襲撃する暴走族「サイクラー」として活動している。身長180cm 以上。
 ※実際の出版社マガジンハウスはもちろん2025年現在も健在で(『 an・an』や『 BRUTUS』などで有名)、『鳩か?』の元ネタの雑誌『鳩よ!』は2002年まで発行されていた。

五島 政人
 托銀事務センターの電算室課長で、次長の団宗治の部下。顧客情報ファイルの検索システムの異常を団に報告する。

チズコ
 マガジンハウスの編集部員で滝本の部下。ショートカットに丸メガネの小柄な女性。ピンク色のドライスーツを着て紫色の口紅を塗り、滝本と共に「サイクラー」として暴走行為を行っている。

益田 兼利(1913~73年)
 陸上自衛隊東部方面総監。陸将(中将クラス)。1970年11月25日に三島由紀夫や森田必勝ら「楯の会」が起こした、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地のクーデター未遂事件で人質となってしまい、三島と森田の自決に立ち会うこととなる。

吉松 秀信(1920~?年)
 陸上自衛隊幕僚防衛副長。一佐(大佐クラス)。三島らのクーデター決起に遭遇し、三島の要求書を受け取り説得を試みる。


おもな魔術解説
八陣遁甲(はちじんとんこう)の図陣
 中国大陸で発明された、陰陽二気の流れに応じて身を隠したり災難を避けたりするための方位魔術「奇門遁甲術」に含まれ、古代中国の名将・諸葛亮公明(181~234年)が編み出したものといわれる。天の九星、地の八卦に助けを借り「八門遁甲」ともいわれる各方位への出入り口「門」のうち、どれが吉でどれが凶なのかを知ることができる。巨大な岩石を一定の形式に陣立てして、迷路のようになった内部に敵を誘い込み、自分の行方をくらましたり敵を誘い込み混乱させる罠に利用された。

蟲毒(こどく)
 蟲術や、短く「蟲」ともいう。中国大陸で発達し、日本でも平安時代ごろまでに盛んに用いられた、相手に生物の霊を憑かせる呪殺術。ヘビ、サソリ、虫など魔力あるいは毒のある生き物から特別な方法で魔のエキスを採取し、これを呪う相手に服用させたり、持たせたりすることで発動する。古代の日本ではしばしば蟲毒の禁止令が出されるほど流行した。

烏玉(うぎょく)
 カラスの目玉のこと。中国大陸では、これを干して粉末にし服用すると、亡霊や鬼が見えるようになると信じられた。

邪視
 英語で「 evil eye」という。古代人は、悪意のある邪悪な目に睨まれると、その悪意の魔力が実際に害をなすと信じた。西洋の幻獣「バジリスク」は、ひと睨みで人間や他の動物たちを殺すことができたとされる。邪視に対抗する手段には、ギリシア神話の魔女ゴルゴン退治のように鏡などで邪視を反射させるか、目立つものや見極めが難しいもの、極度に見にくいもの(九字を切る、ドーマンセーマン、籠目の図法など)を出して邪視を逸らせるかの2通りがある。日本では、博物学者の南方熊楠が邪視と邪視破りの研究を行った。

紅茶占い
 西洋に伝わる占い。日本では「茶柱が立つと縁起がいい」と言われるが、西洋の場合は紅茶かすの残り具合から図形や文字を読み取り、占いの手がかりとする。

第三の眼
 仏教のチベット密教に伝わる特別な能力。修行を積んだ僧は、頭上や額に盛り上がりができたり、脳内に光が通過するようになり、2つの眼の他に神秘的な視覚を獲得する。これを第三の眼という。かつてロブサン=ランパ(1910~81年)というイギリス人のチベット行者が第三の眼を喧伝し、日本でも著作が翻訳された。

水虎(すいこ)
 日本で一般に「河童」と呼ばれる妖怪に似ている。しかし、河童は日本の妖怪だが、水虎は古代中国で伝承されていた。3、4歳の子どものような背丈で、矢で射ても突き刺さらない硬い甲羅を持っている。脛が長く牙が鋭い。常に水中に身をひそめ、水辺に来た人間や家畜を襲って命を奪う。
 『未来宮篇』では、平安時代の大陰陽師・安倍晴明の式神十二神将の子孫である水の妖怪とされ、古くから江戸の水域に生息していたが、1987年から東京の地下に設置された密閉式ダストシュートシステムを通じて違法に投棄される人間の死体を喰らうために、東京湾に出没するようになった。

月下儀式
 古代中国には月にまつわる俗信が多くあり、日本にも伝わっている。月の中にウサギが住むという伝承も、その一例である。中国では他に、三本足のヒキガエルが住んでいるという伝承もある。月は、縁結びの神である「月老」(または結璘)とも関係があり、月老は目に見えぬ赤い糸を用いて、結婚するべく生まれてきた男女の縁を結ぶという。


 ……いや~、いよいよ、『帝都物語』という大河ドラマも佳境に入ってきましたね!

 それにしましても、のっけから水を差すようで申し訳ないのですが、1995年に発行されて現在に至る角川文庫の合本新装版は、全12巻が半分の6巻にまとめられて入手しやすいし、なんてったって田島昭宇さんのカバーイラストがカッコよくもありグロくもありエロくもありでとってもよろしいわけなのですが、やはりこうやって読んでいきますと、ちょっとペアリングに無理がある感も否めません。
 前回までもちょいちょい言ってはきましたが、『帝都物語』の正編10巻の完成後に出た番外編2作『ウォーズ篇』と『大東亜篇』を、時系列順にということで中途に差しはさんでしまうのは、物語のリズムとしては若干の違和感があります。この2篇では加藤保憲がほぼヒーローのような役割を担っているので、これを入れると太平洋戦争中の加藤の動向ははっきりするのですが、ブラックコーヒーに角砂糖を2コといった感じで、加藤のワルさがにぶってしまうのです。これを良いと見るのか悪いと見るのか……加藤保憲という昭和生まれ屈指の名キャラクターが好きな人であれば好きな人であるほど、非常に狂おしい問題ですね! でも、こういうふうに個性のふり幅でファンをやきもきさせてしまうのって、ゴジラとか仮面ライダー級にインパクトの絶大な存在にしか許されない振舞いですから。加藤はなんと、1983年の雑誌連載での誕生からわずか数年でその域に達してしまったわけです。ほんとすごい! 荒俣先生の筆霊の威力は当然としましても……神さま仏さま嶋田久作サマ!!

 それで今回とり扱う2篇なのですが、これは別に番外編どうこうは関係ないのですが、これもこれで2篇を1冊にまとめちゃうのはどうかな……と感じてしまうチグハグさが目立ってしまうのです。時系列的には順番通りなんですけど。

 要するにこの『百鬼夜行篇』と『未来宮篇』って、小説のジャンルがぜんぜん違うんですよ。『百鬼夜行篇』はこれまでの諸篇同様に伝奇時代小説なのですが、第8巻にあたる『未来宮篇』から最終第10巻まで、『帝都物語』はいきなり近未来 SF小説にフォームチェンジしてしまうのです! こいつぁびっくりですわ!!

 具体的に見ますと、この『帝都物語』は明治四十(1907)年の帝都東京から物語が始まるわけなのですが、『百鬼夜行篇』は昭和三十一(1956)~四十四(1969)年の戦後復興期の東京を舞台とします。
 この『百鬼夜行篇』は、加藤や北一輝やトマーゾといった明確な悪役のポジションに「目からビーム!」の新外国人ドルジェフこそ登板しているものの、その一方で全共闘や新安保、国際テロリストの女傑に三島由紀夫と盾の会といった感じで、正史を元にしたパートが文字通り「事実は小説よりも奇なり」といった感じでバンバン読者を幻惑してくるので、長い『帝都物語』の中でも、ちょっと類似する空気の見られない「鬼っ子」のように特異な存在となっております。地味な市井の描写が結構多くてドキュメント性が強いんですよね。ドルジェフみたいな飛び道具感満載のキャラがいるのに、三島由紀夫というそうとうに強烈な個性が、それを喰いまくる勢いで異彩を放っているのです。ま、そのくらいの逸材でなければ、以降のキーマンにはなりえないですよね。
 ちなみに、『百鬼夜行篇』の中でも特にインパクトの強い、「え、今なんの時間?」的な不気味な空気が流れる挿話「三島と加藤のスパイ訓練電車旅」のところなのですが、これ、実際に三島由紀夫と盾の会の自衛隊側からの強力な指導者となっていた山本舜勝(きよかつ 1919~2001年)陸将補が行っていた変装訓練をほぼ忠実に加藤にだけ置き換えて再現しているようです。『百鬼夜行篇』のクライマックスの舞台となった。昭和四十三(1968)年10月21日の「新宿騒乱事件」でも、山本陸将補の指導で三島と盾の会が変装してほんとに現場に潜入していたのだとか……カトーは実在した!?

 ところがそういった『百鬼夜行篇』が、ドルジェフと鬼ババ恵子の地獄のような画ヅラのビーム合戦の末に終わりまして、その次の『未来宮篇』はといいますと、荒俣先生がこの『帝都物語』を発表していたリアルタイムの昭和五十八~六十二年を完全スルーして跳び越え、なんと「昭和六十九年」の東京からスタートするのです。ろろ、六十九年!?

 言うまでもなく、私たちが生きている世界線の日本では昭和は六十四年で終わっており、無理やり解釈すれば昭和六十九年こと1994年は「平成六年」であるわけなのですが、この『未来宮篇』から、『帝都物語』は「昭和が終わっていない架空の未来」を舞台とした SF小説として進行していきます。この、「昭和が終わっていない」というところも物語の重要なポイントとなっているのがニクいですねぇ! 昭和を無理やり終わらせないようにしている闇の勢力が混在しているという……陛下、いい迷惑!

 昨今のアニメ好き(特に高年齢層)のハートを見事にわしづかみにしている『機動戦士ガンダム ジークアクス』でも、「ある時点から世界が正史からズレていく」という分岐点が大きなキーワードとなっているのですが、この『帝都物語』の場合は、どうやら自然災害の規模の違いが最初の分岐点となっているようです。
 すなはち、『帝都物語』の世界でも、現実の日本と同じように昭和六十一(1986)年11月、東京湾の南にある伊豆大島の三原山が噴火を起こすのですが、史実では11月21日を最後に噴火活動は終息し、避難者も伊豆大島の1万人余りが東京都と静岡県に約1ヶ月間避難するにとどまったものの、『帝都物語』のほうでは、災害規模はそれどころじゃないとんでもないことになっております。

 なんと『未来宮篇』の世界では、三原山の噴火を契機として昭和六十四(1989)年までに三宅島、八丈島、そして長野・群馬県境の浅間山までもが噴火を起こし、さらには伊豆半島と房総半島で直下型地震が群発したために200万人もの避難民が東京に流入するというムチャクチャな状況に陥ります。現実の200倍の災害規模! 現実の方の世界に生きててよかった……こっちは1989年に三原山からゴジラが出てくるくらいで済んだもんね。
 こういう事態を受けて東京都と政府は、昭和六十六(1991)年に「第一次開放」として二十三区内の体育館と公共施設を、「第二次開放」として政府所管の遊休施設を、翌六十七(1992)年に「第三次開放」として都内数万ヶ所の公私を問わない巨大建築物を、10年間の期限付きで避難民の仮設居住地として開放します。これによって大きな神社仏閣、図書館、高層ビル、ホテルの3階以上の全客室に生活空間が密集するというものすごいことになります。作中で描写されているだけでも、団宗治たちが勤務する拓銀事務センタービルの6階以上や築地本願寺大本殿、果ては国会議事堂までもが仮設住宅地に!
 その他、東京湾沿岸の埋め立て地にも約30万人もの避難民が移住することとなり、元々の東京都民は中央区の晴海地域を「租界A 」、築地地域を「租界B 」と呼び、そこに住む避難民を「新都民」と呼ぶようになったというのです。

 いや~、この情報ディティールの細かさよ。これがあーた、全共闘とか三島由紀夫のあれやこれやがあった『百鬼夜行篇』が終わった数ページ後にドバドバッと出てくるんですぜ!? 同じ一冊の本にするの、ムリっしょ!

 こういう惨状なものですから、またたく間に人口が200万人も増加した東京は治安も急激に悪くなり、バイク並みのスピードを出せる電動機付自転車で暴走する「サイクラー」という暴徒が夜な夜な跳梁する世紀末無法都市に変貌してしまいます。まるでほぼ同時期に大ヒットした大友克洋のマンガ『 AKIRA』(1982~90年連載 映画版は1988年公開)みたいなケイオスシティになっちゃったわけなのですが、暴走するのが自転車なところが、そこはかとなく荒俣先生っぽいですよね。
 ただ、『未来宮篇』の冒頭で、東京湾にそそり立つ鉄組みの櫓から噴き上がる海上バーナーの炎が燃え上がる描写は、『 AKIRA』よりもむしろ1982年公開の SF映画の金字塔『ブレードランナー』(監督リドリー=スコット)の中で、タイレル社本社ビルの周辺でボーボー燃えるバーナーのイメージを強く意識しているような気がします。いずれにせよ、1980年代は洋の東西を問わず「世紀末」を舞台とした SFものの花盛りだったわけですな。

 いや~……こんな状況になっちゃうと、「加藤保憲、いる?」みたいな東京の勝手に崩壊感が目立ってくるわけなのですが、そこはわざわざ苦労して屍解仙にまでなっちゃった加藤なもんですから、今さら後戻りもできない哀しさまぎれに、東京湾の海底に眠る「海龍」を覚醒させて関東大震災いらいの決定的な東京大震災を引き起こし、帝都を今度こそ再起不能な状態にまで壊滅させようと暗躍するのでした。これもう、やけのやんぱち八つ当たりですよね。

 ただ、こうなってしまうと平将門の怨霊だドーマンセーマンだとさんざん言ってきたオカルト要素が、三原山噴火に象徴されるような「現実の災害」の圧倒的なリアリティに駆逐されてしまうような気もするのですが、さすがは荒俣先生といいますか、この『未来宮篇』ではそれらの SF的設定はあくまでも背景描写にとどめておき、本筋にドンッとすえてくるのはやっぱり、加藤なみの異常な執念で100歳を超えても生き延び、東京の自邸の地下に「大正時代の銀座通りの復元パノラマ」を再現して辰宮由佳理の亡霊を無理やり召喚するという奇策に出た鳴滝純一と、目方恵子に「三島由紀夫の転生」であると見いだされた女性・大沢美千代の物語なのです。ここにきても、オカルト成分の補強を忘れないバランス感覚はさすが……いや、バランスをはかる計量器なんてとっくに爆散してますか。

 荒俣先生、ひどいです。まさかあの可哀そうすぎるヒロインこと由佳理さんを、『百鬼夜行篇』1回ぶん休ませただけでまた駆り出すとは! 由佳理さん死んでるんですよ!? 兄貴はもうちゃっかり成仏しおおせちゃってるのに……ひどすぎる! しかも、『百鬼夜行篇』で辰宮雪子さんも、しれっと恵子を「お母さん」って呼んでんだもんね。実の母に冷たすぎでしょ! 一緒にみゃーみゃーネコの声真似した仲じゃないか!!

 でも、ひどいと言うのならば、『百鬼夜行篇』のクライマックスで唐突に物語から「卒業」することになってしまった雪子さんも、由佳理さんとは別の意味でひどい扱いですよね。ロマンもそっけもないモブのようなご最期……次の『未来宮篇』で鳴滝二美子が雪子の転生らしいと言われていることからも、おそらく雪子さんご本人の再登板はありえなさそうなので、あまりにもあっけない退場の仕方だと思います。ドルジェフのバカー!!

 やっぱりここでも『帝都物語』の面白さはぶっちぎりで保証付きなのですが、勢いに任せて枝葉末節は豪快にスルーしていく荒俣先生の筆致は意気軒高のようですね。このスピードに乗り切れないキャラは、辰宮雪子クラスでも振り落としてくゼ!みたいなバイオレンスさがたまりません。

 だってさぁ、『百鬼夜行篇』でいい味だしてた市岡仁なんか、見比べてみたら『未来宮篇』の主人公チームにいる団・岡田・藤森・滝本らへんとほぼ同年代じゃないっすか。並みの作家さんだったら、ここまで育てたんだから絶対に『未来宮篇』でも再登場させるじゃん? でも荒俣先生はしないんだよなぁ! きれいさっぱり忘れたかのようにご卒業です。市岡兄弟以上にミステリアスなキャラになってたイトー房子とか紅蜘蛛なんかも、『百鬼夜行篇』のみの登場であとはハイサヨナラなんだもんね! もったいなさすぎでしょ!!

 この豪快さ。やっぱり、荒俣先生って、みみっちぃ損得勘定にあくせくするふつうの人間とはまるで格が違うんでしょうね。水木しげる先生の非妖怪マンガの名作『大人物』を思い出しちゃった。ンゴー!!
 紅蜘蛛なんか、モデルはどこからどう見たってあの、本当に三島由紀夫とも親交が深かったという、「だまれ小僧☆」のあのお方でしょ? それを1回こっきりのチョイ役にとどめるとは……とんでもない采配だ。
 それにしてもこう見てみると、昭和時代に実在したご先達の方々の個性のなんと濃いことか! 私たちもコンプラに引っかからない程度にがんばらなきゃね!!

 こうして次回にはいよいよ、現実の1980~90年代でもそうとうにヤバかったあのお方をゲスト枠にすえつつ、加藤の野望を敢然と迎えうつ美千代ら正義の特攻チームがついに結成、そして加藤にとって最大の障壁となる魔青年も唐突に出現! 100年に近い東京の時をつづってきた『帝都物語』、泣いても笑っても堂々完結のクライマックス2篇の登場でございます!!
 さぁ、盛り上がってまいりました! ホント、この物語はなんだかんだ言ってもテンションが上がってくばっかで一向に下がらないのがすばらしいです。途中で振り落とされてリタイアされる読者の方が少なくないのもよくわかりますが、これを笑って楽しめる側にいられて良かったと思いますよ……しみじみ。

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