え~、みなさまどうもこんばんは! そうだいです。
なんだかんだ言ってるうちに6月も終わっちゃいますね~。今年も半分すぎちゃいましたよ! 早いねぇ。
私の住む山形はまだ梅雨明けしてないんですが、なんかすでに猛暑日が続いております……今月すでに暑さでダウンしちゃってるんで、本格的な夏に入ってまた同じ目に遭うのはヤダな~! とにもかくにも水分補給を欠かさずに備えていきましょ。
そんなこんなで、私たちの生きている2025年はどうやら無事に夏を迎えることができそうなのでありますが、今回取り上げますのは、誰が望むでもなく勝手気ままに続けている「荒俣宏の『帝都物語』関連作品を読みつくす」企画の更新でございます。こっちはちゃんと夏、来たかな!?
現在は『帝都物語』本編シリーズを通りすぎまして、そこにセミレギュラーで登場していた風水師・黒田茂丸、その孫が主人公となっている「シム・フースイ」シリーズの諸作を読み進めているのですが、それも今回で4作目ということで、いよいよ佳境に入ってまいりました!
シム・フースイ Version 4.0『闇吹く夏』(1997年6月)
『闇吹く夏』は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第4作として角川書店から単行本の形で出版され、99年4月に角川ホラー文庫で文庫化された。文庫版の表紙絵には、ドラマ『東京龍』(1997年8月放送)にて使用された CG画が流用されている。
本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しない。
あらすじ
異常気象……1997年6月。黒く怪しい闇が、夏の到来を阻んでいた。
雨が降り続け、人々は不安をかきたてられ、東京はカビに覆われようとしていた。
時を同じくして、遥か南太平洋ではエルニーニョ現象が起こっていた。南米大陸ナスカ高原の呪術師は、渇ききった砂漠で雨乞いの儀式を開始した。その裏で密かに進行する首都移転計画の影には、暗黒の帝都建設の陰謀があった。異常気象の謎を解くため、風水師・黒田龍人は東北地方へと飛んだ。
もう、夏はこないかもしれない……
おもな登場人物
太田黒 喜作
岩手県花巻市で「羅須地人農業青年団」(会員56名)の中心人物となり、冷害対策の研究を行っている80歳代の小柄な禿頭の老人。1931年から3年間、花巻市在住の童話作家で農業指導者の宮沢賢治(1896~1933年)に師事し、農業科学を学んでいた。
太田黒 真魚(まお)
喜作の孫で、切れ長な目の美女。男勝りなきっぷの良い性格。
荻野 良雄
「羅須地人農業青年団」の団長。29歳。五分刈りで長い顔にあばたの残る、たくましい体格の青年。他の団員たちと共に太田黒喜作の弟子となり、宮沢賢治の農業理論を継承・実践している。慇懃で控えめな話し方が特徴。前歯が2本欠けているためか老けて見える。配布部数200部の機関紙『羅須地人』を編集・発行している。
イチロー
「羅須地人農業青年団」の団員。寡黙で小柄な丸顔の青年。
庄野 夕子(しょうの ゆうこ)
黒い長髪に透き通るような白い肌の美女。背が高く、ハイヒールを履くと黒田龍人と同じくらいの背丈になる。国立東京外国語大学言語文化学部中国語科に在籍中だった1982年もしくは83年に、中国返還前の香港で、かつて清帝国宮廷に仕えていた風水師・劉の運営する「香港風水研究所」に入所し、龍人や李東角と共に活動していた。現在は李と共に劉の研究所を引き継き筆頭格となっている。龍人が独自に完成させた「シム・フースイ」の原型は、もともと夕子たちと共同開発したものだった。劉が理想としていた、世を正し国を富ませる「国家風水」を標榜し、都市や国家を創造するための風水術を活動原理とする。国土庁(現・国土交通省)の依頼を受け、極秘計画に参画する田網奇鑛の地相鑑定事務所に協力する。
黒田 龍人(くろだ たつと)
本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた、切れ長な一重まぶたの目の男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のレイバンサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。
本作からジャケットのポケットに細長い革製の鞭を携行するようになり、数人の男たちを圧倒するほどの格闘能力を持つようになった。また、格闘術も1~2人の大男を倒せる程度には上達している。正座が苦手。
かつて10代を沖縄県石垣島で過ごしていたが、21歳の頃(1979もしくは80年)に、龍人の祖父・黒田茂丸と親交のあった風水師・劉の運営する香港風水研究所に入所した。しかし1985年頃にシム・フースイの原型を持って離脱・帰国していた。当時、龍人と交際していた夕子によると、愛する女性に加虐的な態度をとる性癖があり、ミヅチに対しても身体的暴行を加えるだけでなく(だが性的交渉はことごとくミヅチに拒絶される)、聞くに堪えない猥談を語り続けるセクハラも繰り返し行う。ただし、これはミヅチの心身を常に不安定な状態に置くことによって強力な霊能力を維持させ続けるためにあえて行っている処置であると本人は考えている。
有吉 ミヅチ(ありよし みづち)
黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市(架空の自治体だが北海道余市町は実在する)の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。
現在は2代目にあたる黒猫のお通(おつう)を飼っている。鬼神を捕縛する武器として、人間の女性の黒髪で編み上げたロープを携行している。その他に、龍人から護身用に与えられた革製の鞭も携行し、龍人と同じように数人の男たちを圧倒するほどの格闘能力を持っている。
田網 奇鑛(たあみ きこう)
白髪まじりの中年男。メディアでも多く取り上げられる有名な建築家だったが、5年前に起きた『ワタシ no イエ』事件(「シム・フースイ」シリーズ第1作)で自身の事業を黒田龍人につぶされて以来、龍人を強く恨み復讐の機会をうかがっていた。
本作では「地相鑑定士」の「毛綱阿弥之助(けづな あみのすけ)」と名乗り、岩手県花巻市の中心街にオフィスを構えて国土庁の極秘計画に参画し、紫色のスタンドカラースーツを着て暗躍する。敵を罠に誘い込む「八門遁甲術」を使うことができる。
モデルは、ドラマ『東京龍』を放送した NHKハイビジョンのエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』(1997年放送)にもゲスト出演していた建築家の毛綱毅曠(もづな きこう 1941~2001年)。
久保田 晃
田網の地相鑑定事務所の幹部。40歳ほどの大柄な男。
八大将軍
田網に従う8人の屈強な大男たち。全員が「八門遁甲術」を駆使することができ、常に黒革でできた菱形の防塵マスクを着けている。
おもな用語解説
地鎮(じちん)
日本で古代から陰陽師が執り行っていた、結界を張って地中に潜む鬼を封じ、人間が安全に住める場所を造成する地相術。新しい田畑や村、都などの都市を作る際に行われていた。
やませ(山背)
主に東北地方や北海道、関東地方の太平洋側で5~9月頃に吹く、冷たく湿った東もしくは北東の風(偏東風)のこと。寒流の親潮の上を吹き渡ってくるために低温であるため、やませが続くと太平洋側沿岸地域では最高気温が20℃を越えない日が多くなり、日照不足と低温による水稲を中心とする農産物の作柄不良(冷害)を招き、地域の経済活動に大きな悪影響を与える。下層雲や霧、小雨や霧雨を伴うことが多い。
本作では「闇風」という字があてられ、風水で繁栄や豊作、幸福をもたらすとされる龍脈をはね返す、分厚い壁のような邪気の大気「シャ」の一種と解釈されている。黒田龍人によれば、宮沢賢治の短編小説『風の又三郎』(没後発表)に登場する風の又三郎は「シャ」のことであるという。
風(ふう)
風水でいう世界の各方位とそれぞれの土地の特色のことで、大風や台風の際に吹く強風のことではない。古代の中国大陸では各方位に神がおり、それぞれの神の意志を四方に伝達する使者が「風」であるとされていた。それぞれの方位の特色をそこに住む人々に伝える存在であることから、「風土」、「風俗」、「風習」、「風味」、「風景」、「風格」などの語源となっている。生命エネルギーを運んでくる陽の力を持つ。
水(すい)
風水でいう陰の力の象徴。生命エネルギーを留め蓄える役割がある。物事の標準や雛型、基本であり、水の力によって土地は理想の形「局」を形成することができる。「水準」の語源となっている。風水では、尾根が充分に張り深い山ひだと谷があり龍の胴体のように起伏の多い山と、ヘビのように曲がりくねった川のある、中国の山水画に描かれるような土地が最強の局であるとされている。
地下大将軍
金星を神格化した存在で、風水用語で「太白(たいはく)」ともいう。大将軍星は、天をめぐる8柱の軍星(いくさぼし)の中でも最強とされ、陰陽道では「金神(こんじん)」と呼ばれ畏れられている。大将軍星が地上に降りると各方位を巡る遊行神となり、大将軍のいる方位を侵犯すると祟られると信じられている。地下大将軍の名の刻まれた赤い釘を「風水釘」といい(韓国では「チャンスン」と呼ばれる)、これを大地に刺すと邪気を払う能力があるが、悪用するとその土地の龍脈を断ち切り災いをもたらしてしまう。
香港風水研究所
1977年に劉が設立した、史上最古の風水師の近代的研究養成機関。18世紀の清朝から存在していた風水術の一派の教えを引き継ぐ形で創設された。原則として女性や外国人も受け入れる。
祖山(そざん)
陽の気を生み出し、土地に龍脈を送り込む聖山のこと。花巻市にとっては約40km 北北西にある岩手山(薬師岳)がそれにあたる。
朔の鬼門(さくのきもん)
宇宙の四方軸に対して地球の軸(地軸)が23.5°ずれていることから、月の始まりである「朔」の数日前(27日ごろ)の約15分間に、地球とそれを取り巻くエーテル体の宇宙空間との間に生じるわずかな隙間「空芒(くうぼう)」のこと。これこそが真の鬼門であり、風水ではここから魔物が出没して地上に現れるとされているが、逆にこの隙間に地上の災厄の原因を駆逐・封印する秘術も存在する。
テレコネクション理論
ノルウェーの気象学者ヤコブ=ビヤークネス(1897~1975年)が1961年に提唱した、地球の各地域でばらばらに発生する気象現象が、遠く離れた別の地域の気象現象と連動していると考える理論。連動の媒体となるのは、大気圧の差によって生じる気の流れ(偏西風、貿易風、ジェット気流など)と、海流の温度差から生じるエネルギーであり、南米のエルニーニョ現象が日本も含む環太平洋全体の気象に大きな影響を与えるのも、この理論で説明できる。
精霊迎え(しょうりょうむかえ)
あの世へ祖先の霊を送る送り火として行われる、宗教的な聖山で松明の炎による文字や図形を描く行事。風水思想では、聖山の中のマグマに代わるエネルギーを龍脈に注入する効果がある。京都の大文字焼きが有名。
パラカ(パリアカカ)
インカ神話において、ペルー中部高地のワロチリ地方で伝承される、創造神4柱の中の1柱。水の神で、火の創造神ワリャリョ・カルウィンチョを倒した。半人半蛇で双頭の神。天を支配し、気象を司り、風を止めて砂漠に雨を降らせると伝えられる。
……はいっ、というわけでありまして「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』の登場なのでありますが、どうやらこのシリーズ全5作の中でも、知名度においてピークとなるのがこの作品のようなんですね。
と言いますのも、この『闇吹く夏』は、それまでのシリーズ作が3作すべて角川ホラー文庫の書き下ろしだったのと違って、1997年にいったん単行本として刊行されてから99年に角川ホラー文庫で文庫化されたという経緯がありまして、それに歩調を合わせて、97年に TVドラマ化、99年にゲームソフト化という、これまたシリーズ初のメディアミックスが試みられたタイトルとなったのです。そして、この『闇吹く夏』が文庫化された99年に出た次の第5作をもってシリーズも刊行が途絶えているので、結果的に言えば今回の第4作が、いろいろとメディア露出度が最も恵まれた作品、ということになるのでした。
振り返れば、荒俣先生の『帝都物語』シリーズに関しては映画化、マンガ化、OVAアニメ化とそうとうに華々しいメディアミックスがあったわけなのですが、この「シム・フースイ」シリーズは今回の TVドラマ化とゲーム化のみということで、比較すれば若干さみしい気もするのですが、まぁ、上の情報をご覧いただいてもおわかりのように、シリーズの主人公である黒田龍人も助手のミヅチちゃんも、かなり人間性にクセのあるキャラクターなんでね……むしろ、よく NHKでドラマ化してくれたなって感じです。
さて、そういった展開がなされた『闇吹く夏』なのでありますが、単行本化と文庫化とで2年の時間差がありながらも、この「原作小説」「TVドラマ版」「ゲーム版」の3つは、全て「東京を中心に常識外の長雨が続く」という基本設定が共通しています。つまり、3つとも『闇吹く夏』というお話のバージョン違いという捉え方をして良いようなのです。そして、この3つは全てきれいに別の物語になっているのです。なんじゃこら!?
ただ、『帝都物語』シリーズという、メディアミックスとは名ばかりで実質的にメディアが違うどころか内容からしてほぼ別作品と言って良い映画作品が当たり前に横行していた惨状をすでに体験している私や賢明な読者の皆様ならば、もはやこの程度のことで動揺するようなこともないでしょう。角川書店がからむメディア化作品なら日常茶飯事ですよね!
察しますに、単行本とほぼ一緒に放送された TVドラマ版は「東京に長雨」という基本設定だけを共有した状況で小説とドラマ脚本が並行して執筆され、2年後のゲーム版もまた、サブタイトルが『帝都物語ふたたび』となっているように、小説の内容とは全く関連しない「そのころ東京では……」的な外伝として自由に制作されていたのではないでしょうか。まぁ、2年前の小説をわざわざゲーム化したってねぇ……しかも舞台、東京じゃなくて岩手県だし。
という経緯がありますので、今回はやや変則的に、「小説版」と「TVドラマ版」と「ゲーム版」とで、別々に内容に関するつれづれをつぶやいていきたいと思います。なので少々長くな……いや、長いのは通常営業か。
≪小説版に関して≫
まず荒俣先生が執筆した小説の『闇吹く夏』についてなのですが、本作はほんとに TVドラマ版ともゲーム版とも内容が全然違っているので、何かの他作品の「原作小説」にはなりえていません。ですので、そういう意味で「小説版」という表記にさせていただきます。
内容についてなのですが、実はこの小説版は3バージョンの中でも最も「東京が関係ない」お話となっており、作品の舞台はほぼ100% 岩手県花巻市となっております。
ふつう、岩手県がフィクション作品の舞台となると、かなりの高確率で「遠野」が選ばれそうなものなのですが、本作は実に堅実に「冷害にあえぐ花巻市」という、ビックリするほど地味なセレクトになっており、メガロポリス東京はもちろんのこと、シリーズ第2作『二色人の夜』の舞台となった沖縄県石垣島と比較しても、だいぶ異色なチョイスとなっております。
なので、まぁ……岩手県と同じ東北の民である私が言うのも心苦しいのですが、かなり印象の薄い作品なんですよね、この小説版って。
やませっていう自然現象が、東北地方にとってそうとうに恐ろしい災厄だということは当然知ってはいるのですが、私は日本海側の山形県の人間なので、やっぱり実際に体験する機会は無かったので実感がわかない部分は否めませんし、今までの「シム・フースイ」シリーズ諸作にあった「異常発生するカビ」とか「動き回るサンゴ岩」とか「東京都庁に埋められたチャンスンの呪い」とかいうけれん味たっぷりのオカルト要素に比べると、やけにリアルで現実的なんですよね。やませとかエルニーニョとか……
当然、本作を執筆する荒俣先生も、そこらへんのインパクトの弱さは重々承知していたのか、「黒田龍人の過去を知る元恋人・庄野夕子の登場」とか「第1作の敵キャラ田網奇鑛の復活」とか「はるか遠く南米ペルーの守護神の助っ人出演」とかいうテコ入れもどしどし取り入れてはいるのですが、やはり物語の本筋は「不作にあえぐ農家を助けんべや」という土くさいものなので……いや、それは非常に大事な内容なんですけれどもね。
ただ、古代アジアの広い地域で、国境を越えて研究・伝承されてきた風水を作品の共通テーマにしている以上、いつかこのシリーズの中で「民衆の生活を助ける風水」の理論を真正面から描く必要はあったわけなので、一見非常に地味な内容の本作を世に出すことも、荒俣先生にとっては避けるわけにはいかない必然だったのではないでしょうか。一国の帝都をマジカルに守護し、悪疫悪霊をズビズバ退治させるだけが風水じゃないってことなのよね。そういう意味で、本作をちゃんと書き切った荒俣先生は本当に誠実な方です。
そして奇しくも、私がこの記事を書いている2025年は何を隠そう、この農業の問題に関してかなり切実に差し迫った危機に瀕している年でもあるのです。1997年に本作が世に出た頃からすでに言及されていた、農家さんに降りかかる理不尽な社会の圧力をほったらかしにしておいた結果が、このざまなのです。いや~、今年この小説を読めて本当によかった。
もう一つ、この作品の中では「首都機能移転計画」という裏テーマも語られるのですが、結局は頓挫するものの、東京に代わる新首都の候補地として、この花巻市も検討されていたという驚愕の事実が後半で判明します。
でもこれについては、2011年3月の惨禍を経た現代から見ると、小説の世界ならではの夢物語、という思いがよぎりますね。事実は小説よりも奇なり……
いろいろ申しましたが、結論としては、この小説版はシリーズの中でも一番目立たない、と言わざるをえない作品になっております。いや、風水の「風」と「水」の意味とか、龍人 VS 夕子の構造に象徴される「民衆の風水」と「国家の風水」の対立とか、非常に重要なテーマも見え隠れしているのですが、いかんせん派手な見せ場がクライマックスの北上川の水龍とペルーのパラカ神とのコラボくらいしかないんですよね……渋滞の車列のテールライトを利用する作戦とか展開のアイデアは素晴らしいんですけど、オカルティックな飛躍が少ないというか。
庄野夕子の登場も面白くはなりそうだったのですが、結局ミヅチ以上のヤバい魅力を持っているわけでもない常識的な大人の女性でしたし、まさかの復活を遂げた田網先生も、なんの反省もなく相変わらずヘンなカビのまざった仏舎利を持ち込んでくるしで、せっかく前半でいろいろと提示されたおもしろ要素が、ちゃんと昇華されないままシュンとしぼんで終わっちゃった、みたいなうらみが残りました。
強いてあげれば、いつのまにかミヅチのひそみにならったかのようにムチを使って1人2人の相手はやっつけられるくらいは戦闘力が上がった龍人の成長だとか、シリーズ4作目にしてやっと主人公とヒロインの関係らしくなったラストでの2人の抱擁とかが本作の見どころではあったのですが、正直いいまして、今回取り上げる3バージョンの中で最も荒俣ワールドらしくないおとなしさがあるのも、先生ご自身が執筆したはずのこの小説版だったのでありました。
う~ん……キビシ~っ!
≪TVドラマ版に関して≫
TV ドラマシリーズ『東京龍 TOKYO DRAGON』(1997年8月放送 全4話)
NHK のハイビジョン試験放送にて1997年8月25日から4夜連続で放映されたエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』内で放送された、「シム・フースイ」シリーズ作品を原作とした1話約30分のミニドラマシリーズ。
『荒俣宏の風水で眠れない』は2部構成となっており、第1部がドラマ、第2部が風水を易しく解説したミニ講座『東京小龍』(出演・田口トモロヲ、荒俣宏、建築家の毛綱毅曠)となっていた。
本作は再編集され、1997年11月に映画『風水ニッポン 出現!東京龍 TOKYO DRAGON』(配給エースピクチャーズ)として劇場公開された。
なお、本作は映画編集版がビデオリリースされたが DVDソフト化はされていない。
おもなキャスティング(年齢はドラマ初放映当時のもの)
黒田 龍人 …… 椎名 桔平(33歳)
有吉 ミズチ …… 中山 エミリ(18歳)
庄野 夕子 …… 清水 美砂(26歳)
矢崎 昭二 …… 中尾 彬(55歳)
佐久間 …… 清水 綋治(53歳)
新井 美樹 …… さとう 珠緒(24歳)
鈴木 英夫 …… 三代目 江戸家 猫八(75歳)
サキコ …… 若松 恵(17歳)
ゼネコン役員 …… 寺田 農(54歳)
留守電の依頼客 …… 青野 武(61歳)
黒田 茂丸 …… ミッキー・カーチス(59歳)
おもなスタッフ(年齢はドラマ初放映当時のもの)
監督 …… 片岡 敬司(38歳)
脚本 …… 信本 敬子(33歳)、山永 明子(40歳)
音楽 …… 本多 俊之(40歳)
CGI スーパーバイザー …… 古賀 信明(38歳)
というわけで、お次は単行本と同時期に放送され、のちに劇場公開もされたこの TVドラマ『東京龍』についてでございます。
上にもある通り、この作品は現在は鑑賞が非常に限定された作品となっておりまして、私も有志が動画投稿サイトにあげられていた、劇場公開用に編集された VHS版を鑑賞して内容を確認いたしました。なんでビデオリリースで止まってるんだろ……別に何かしらのオトナの事情が察せられるような内容のドラマではなかったのですが。出ている俳優さんの権利関係なのかな。
お察しの通り、このドラマに登場する黒田龍人と茂丸、庄野夕子、そして有吉「ミズチ」は、原作小説に出ている同名のキャラクターとはまるで別人のような設定になっています。そりゃそうよね、原作通りの龍人とミヅチなんか1990年代でも、アダルト業界以外では映像化は困難だったでしょ……まだ当時お元気だった実相寺昭雄監督だったら、平気で映像化してたかもしんないけど。
このドラマ版における黒田龍人は、特に人間的にクセの強いこともない好青年で、「シム・フースイ」システムを使って市井の人々の生活上の悩みに応える私立探偵のような仕事をしており、庄野夕子は龍人と半同棲の関係にある有名キー局の人気お天気キャスター(風水の知識ゼロ)、有吉ミズチは沖縄の与那国島で海底ツアーのインストラクターのバイトをしている高校生となっています。ミズチはもともと東京の龍人とは縁もゆかりもなかったのですが、二色人のような強力な神の導きで東京の龍人のもとを訪ね、半分助手のような居候を決め込むこととなります。その他、龍人の祖父である黒田茂丸もドラマ版の重要なキーマンとして龍人の回想シーンの中でのみ登場するのですが、日々、どっかの山の中の滝壺近くで太極拳の鍛錬にはげむカンフーの達人みたいな人物として描かれています。そんな描写、『帝都物語』にも「シム・フースイ」シリーズにも全然なかったのに……
当然、そんな祖父の背中を見て育った龍人も、ドラマ中で激しいアクションこそないものの、考えが煮詰まった時は事務所の屋上で太極拳を行い集中力を高める習慣があるし、演じているのも脂の乗り切った椎名桔平さんなので、原作小説のイメージとはまるで違う胸板の厚い人物となっています。黒い服が好きなとこくらいしか成分が残ってない!
ただし、よくよく観てみますと、さすが荒俣宏先生が完全監修した TV番組内で放送されていたこともあってか、だいぶ省略されてはいるものの作中で風水の基本ルールはしっかりと龍人の口から説明されておるし、東京一円が異常な長雨の被害によってインフラを中心に深刻な機能不全に陥っている惨状も地味ながらちゃんと描写されています。また、本作に小説版やゲーム版のような明確な敵キャラは設定されていないのですが、かつて黒田茂丸が東京に施した風水の封印が土地開発によって破壊されて龍脈が暴走したことが長雨の原因だったことを解明した龍人が、茂丸と縁の深い与那国島の神の導きによって上京してきた霊感の強い少女ミズチと協力して龍脈を救う一大作戦を仕掛ける、という内容になっておりまして、非常に理路整然としたわかりやすい風水ファンタジードラマとなっております。ホラーではないですね、NHK 制作のドラマらしくぜんっぜん怖くなかったです。
上のように、ドラマに登場する有吉ミズチは、ミヅチというよりはシリーズ第2作『二色人の夜』のゲストヒロインだった少女サヨのキャラ設定を色濃く踏襲しており、ドラマの夕子も同作の東京から来た OLくみ子のように明るい性格のポジティブな女性となっています。ミズチの故郷が『二色人の夜』の石垣島でなく与那国島に変わっているのは、与那国島沖にある海底遺跡と噂される地形のミステリーをドラマに取り入れたためですね。遺跡じゃないらしいけど。
ただし、もちろんミズチを演じる中山エミリさんが『二色人の夜』のサヨのように悲惨きわまりない霊感体験をするところなんか映像化できるわけがないので、荒ぶる神に襲われる描写もビックリするほどマイルドなものになっています。ミズチが与那国島の実家で「タマ」という名前の猫を飼っているのは、原作小説へのオマージュでしょうか……さすがに「お通」という名前にするのは今どきの女の子っぽくなかったか。
こういう内容なので、小説版にあったような龍人とミヅチ、夕子の複雑な人格設定や愛憎関係などはあるべくもないのですが、地味な作りながらも中尾彬さんや清水綋治、猫八師匠にさとう珠緒さんといった通ごのみで適材適所なキャスティングが非常に手堅く、クライマックスでの CG作画で描写された雨龍の姿も1990年代後半の TVドラマとしてはかなり健闘している方で、制作年代が近い映画『帝都物語外伝』のように観て損をするたぐいの作品でないことは間違いありません。いや、あの映画にも負けちゃう作品なんて、そうそうないけどね。
本当に、いま鑑賞が簡単なソフト商品になっていないのが不思議でしょうがないくらいにウェルメイドな作品ではあるのですが、確かにあえてリリースし直すほど派手な出来のドラマでもないので、事実上の封印状態にあるのもやむをえないことかと思えてしまいます。
あ~、こういう目立たない作品も掘り起こされるくらいに、日本の景気も良くなんねぇかなぁ~!
≪ゲーム版に関して≫
プレイステーション用ゲームソフト『闇吹く夏 帝都物語ふたたび』(1999年4月リリース ビー・ファクトリー)
「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』(1997年6月刊)を原作としたホラーアクションアドベンチャーゲーム。
黒田龍人のほか、『帝都物語』の重要人物・キャラクターも登場する。現在使用されていない地下鉄駅(千代田区の東京地下鉄道・万世橋駅跡がモデル)や無人の地下街など、知られざる東京の風景を再現したステージも設定されている。
あらすじ
世界的異常気象が東京にも押し寄せる1999年、7月。
大学生の木村ヒロシは、偶然に拾ったコンピュータプログラムを起動させたことから、恐ろしい事件に巻き込まれる。
狂い始めた東京の風水の謎とは? 「表」と「裏」の2つのステージを行き来しながら謎を解き明かし、風水を正すべく木村は立ち上がった……
登場する怪異
・首無し武者 ・付喪神「鉄入道」 ・魍魎「骸火」 ・妖怪「火車」 ・妖怪「びしゃがつく」 ・寺本洋子の霊 ・神内の式神 ・魍魎「濡蟲」 ・妖怪「わいら」 ・妖怪「木霊」 ・木霊学天則 ・妖怪「がしゃどくろ」
アニメパートのキャスティング(年齢はゲームソフトリリース当時のもの)
木村 ヒロシ …… うえだ ゆうじ(31歳)
首守 美和 …… 川崎 恵理子(26歳)
陰陽師・神内 …… 岡野 浩介(29歳)
黒田 龍人 …… 古沢 融(36歳)
寺本 秀造 / 龍岡 皇紀 …… 茶風林(37歳)
おもなスタッフ(年齢はゲームソフトリリース当時のもの)
監督・脚本 …… やすみ 哲夫(45歳)
キャラクターデザイン …… 末吉 裕一郎(37歳)
音楽 …… 野沢 秀行(サザンオールスターズ 44歳)、TAKA( TAM TAM ?歳)
最後に、99年にリリースされたゲーム版についてなのですが、これは『闇吹く夏』というタイトルを持ちつつも、小説版とはまるで違った内容となっております。
小説版での黒田龍人は、基本的に岩手の花巻市に出張しているので東京にはいなかったのですが、このゲーム版はその穴を埋めるかのように、主人公(ゲームのプレイヤー)が、東京圏の長雨の原因を探るために遠方に出かけた龍人と「シム・フースイ」システムのオンライン機能を通して連絡を取りながら、東京の東西南北の聖地をめぐって「帝都東京の大怨霊」の謎に迫るという内容になっております。ただし、龍人が出張しているのは海を渡った韓国なので、小説版とゲーム版とが完全にリンクしているわけでは決してありません。
おぉ~、久しぶりのお出ましですね、帝都東京の大怨霊サマ!!
そうなんです、このゲーム版はサブタイトル『帝都物語ふたたび』の看板にたがわず、小説の「シム・フースイ」シリーズのどれよりも濃厚に『帝都物語』の内容を継承した物語になっており、さすがに魔人・加藤保憲こそ出てはこないものの、マサカド公はもちろんのこと、『帝都物語』本編での地下鉄開発作戦に殉じて爆破・廃棄された、あの人造ロボット「学天則」が、妖怪・木霊に侵食された形で復活して強豪敵キャラになるという、ファン狂喜のゲスト出演もあるのです。マニアック~!!
それにしても、『ウルトラセブン』の改造パンドンとか『ゴジラ VS キングギドラ』のメカキングギドラみたいに、いったん敗退した生身の怪獣が一部をメカ化して復活するという流れは昔からよく聞くのですが、その逆でもともとメカだったものが半分くらい植物化して復活するという展開にはたまげましたね。みごとな発想の転換!
内容はアドベンチャーゲームらしく、東京に東西南北4ヶ所ある霊的スポットを主人公がめぐり、龍人の助言を得たり謎の陰陽師・神内の妨害やサポート(こいつがベジータみたいに複雑な立ち位置なんだ!)を受けながら将門の霊を鎮めるというわかりやすい流れになっております。ここでの東京圏の長雨の原因は、魔人・加藤の帝都壊滅計画のひそみにならって将門の怨霊を暴走させようとする、韓国を拠点とする風水秘密結社のもたらした災厄のひとつとなっており、ドラマ版ほど深刻に描写されてはいません。
まぁ、単純明快なゲームらしく、作中に登場するオカルト要素は風水というよりも若者に大人気な「陰陽師」や「妖怪」をモチーフとした呪術結界や敵キャラが多い、典型的なホラーものとなっているのですが、魔人・加藤とは直接の関係はないものの、登場する妖怪たちのデザインがことごとくパイプがついたり車輪がついたりと、半分以上メカメカしいものになっているので、このゲームの6年後に公開された映画『妖怪大戦争』(監督・三池崇史)で復活した加藤が錬成・使役していた付喪神「機怪」(こちらのデザインはあの韮沢靖サマ!!)に先行したものになっているのが興味深いです。びしゃがつくとかわいらとか、妖怪のチョイスも実にシブくていいですね!
≪まとめ≫
いや~今回も長くなってしまいすみません!!
以上、『闇吹く夏』にまつわる3バージョンをざっとおさらいしてみたわけなのですが、お話として一番わかりやすくまとまっているのは TVドラマ版、『帝都物語』ファンに嬉しいのはゲーム版ということでありまして、最も地味で目立たない出来なのは荒俣先生おんみずからが執筆した小説版……という結果とあいなりました。なんじゃぁ、こりゃあ!!
いや、内容的にいちばん風水をまじめに扱ってるのは小説版なんですけど、ね。
荒俣先生、せっかくの TVドラマ化とゲーム化がついてくるタイミングだったのに、よりによってど~してシリーズ中随一に地味な内容にしちゃったんだろうか……ミヅチもゲストヒロインも大してひどい目に遭わないし、かなり「らしくない」内容なんですよね。先生、さすがに丸くなっちゃったのか? これも時代の流れなんでしょうか。
でも、今回の小説版のラストで、しじゅうツンケンしていた龍人とミヅチの関係も大きな転換を迎えたのかもしんないし、ついにこのシリーズも、事実上の最終作である次作に向けて大きく動いたのかも知れませんね!
さぁ、泣いても笑っても、次回の第5作で「シム・フースイ」シリーズはおしまいです!
ここまでやっちゃったんですから、固唾をのんでその終幕を見届けることにいたしましょう!!
……おもしろいといいな……
なんだかんだ言ってるうちに6月も終わっちゃいますね~。今年も半分すぎちゃいましたよ! 早いねぇ。
私の住む山形はまだ梅雨明けしてないんですが、なんかすでに猛暑日が続いております……今月すでに暑さでダウンしちゃってるんで、本格的な夏に入ってまた同じ目に遭うのはヤダな~! とにもかくにも水分補給を欠かさずに備えていきましょ。
そんなこんなで、私たちの生きている2025年はどうやら無事に夏を迎えることができそうなのでありますが、今回取り上げますのは、誰が望むでもなく勝手気ままに続けている「荒俣宏の『帝都物語』関連作品を読みつくす」企画の更新でございます。こっちはちゃんと夏、来たかな!?
現在は『帝都物語』本編シリーズを通りすぎまして、そこにセミレギュラーで登場していた風水師・黒田茂丸、その孫が主人公となっている「シム・フースイ」シリーズの諸作を読み進めているのですが、それも今回で4作目ということで、いよいよ佳境に入ってまいりました!
シム・フースイ Version 4.0『闇吹く夏』(1997年6月)
『闇吹く夏』は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第4作として角川書店から単行本の形で出版され、99年4月に角川ホラー文庫で文庫化された。文庫版の表紙絵には、ドラマ『東京龍』(1997年8月放送)にて使用された CG画が流用されている。
本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しない。
あらすじ
異常気象……1997年6月。黒く怪しい闇が、夏の到来を阻んでいた。
雨が降り続け、人々は不安をかきたてられ、東京はカビに覆われようとしていた。
時を同じくして、遥か南太平洋ではエルニーニョ現象が起こっていた。南米大陸ナスカ高原の呪術師は、渇ききった砂漠で雨乞いの儀式を開始した。その裏で密かに進行する首都移転計画の影には、暗黒の帝都建設の陰謀があった。異常気象の謎を解くため、風水師・黒田龍人は東北地方へと飛んだ。
もう、夏はこないかもしれない……
おもな登場人物
太田黒 喜作
岩手県花巻市で「羅須地人農業青年団」(会員56名)の中心人物となり、冷害対策の研究を行っている80歳代の小柄な禿頭の老人。1931年から3年間、花巻市在住の童話作家で農業指導者の宮沢賢治(1896~1933年)に師事し、農業科学を学んでいた。
太田黒 真魚(まお)
喜作の孫で、切れ長な目の美女。男勝りなきっぷの良い性格。
荻野 良雄
「羅須地人農業青年団」の団長。29歳。五分刈りで長い顔にあばたの残る、たくましい体格の青年。他の団員たちと共に太田黒喜作の弟子となり、宮沢賢治の農業理論を継承・実践している。慇懃で控えめな話し方が特徴。前歯が2本欠けているためか老けて見える。配布部数200部の機関紙『羅須地人』を編集・発行している。
イチロー
「羅須地人農業青年団」の団員。寡黙で小柄な丸顔の青年。
庄野 夕子(しょうの ゆうこ)
黒い長髪に透き通るような白い肌の美女。背が高く、ハイヒールを履くと黒田龍人と同じくらいの背丈になる。国立東京外国語大学言語文化学部中国語科に在籍中だった1982年もしくは83年に、中国返還前の香港で、かつて清帝国宮廷に仕えていた風水師・劉の運営する「香港風水研究所」に入所し、龍人や李東角と共に活動していた。現在は李と共に劉の研究所を引き継き筆頭格となっている。龍人が独自に完成させた「シム・フースイ」の原型は、もともと夕子たちと共同開発したものだった。劉が理想としていた、世を正し国を富ませる「国家風水」を標榜し、都市や国家を創造するための風水術を活動原理とする。国土庁(現・国土交通省)の依頼を受け、極秘計画に参画する田網奇鑛の地相鑑定事務所に協力する。
黒田 龍人(くろだ たつと)
本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた、切れ長な一重まぶたの目の男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のレイバンサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。
本作からジャケットのポケットに細長い革製の鞭を携行するようになり、数人の男たちを圧倒するほどの格闘能力を持つようになった。また、格闘術も1~2人の大男を倒せる程度には上達している。正座が苦手。
かつて10代を沖縄県石垣島で過ごしていたが、21歳の頃(1979もしくは80年)に、龍人の祖父・黒田茂丸と親交のあった風水師・劉の運営する香港風水研究所に入所した。しかし1985年頃にシム・フースイの原型を持って離脱・帰国していた。当時、龍人と交際していた夕子によると、愛する女性に加虐的な態度をとる性癖があり、ミヅチに対しても身体的暴行を加えるだけでなく(だが性的交渉はことごとくミヅチに拒絶される)、聞くに堪えない猥談を語り続けるセクハラも繰り返し行う。ただし、これはミヅチの心身を常に不安定な状態に置くことによって強力な霊能力を維持させ続けるためにあえて行っている処置であると本人は考えている。
有吉 ミヅチ(ありよし みづち)
黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市(架空の自治体だが北海道余市町は実在する)の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。
現在は2代目にあたる黒猫のお通(おつう)を飼っている。鬼神を捕縛する武器として、人間の女性の黒髪で編み上げたロープを携行している。その他に、龍人から護身用に与えられた革製の鞭も携行し、龍人と同じように数人の男たちを圧倒するほどの格闘能力を持っている。
田網 奇鑛(たあみ きこう)
白髪まじりの中年男。メディアでも多く取り上げられる有名な建築家だったが、5年前に起きた『ワタシ no イエ』事件(「シム・フースイ」シリーズ第1作)で自身の事業を黒田龍人につぶされて以来、龍人を強く恨み復讐の機会をうかがっていた。
本作では「地相鑑定士」の「毛綱阿弥之助(けづな あみのすけ)」と名乗り、岩手県花巻市の中心街にオフィスを構えて国土庁の極秘計画に参画し、紫色のスタンドカラースーツを着て暗躍する。敵を罠に誘い込む「八門遁甲術」を使うことができる。
モデルは、ドラマ『東京龍』を放送した NHKハイビジョンのエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』(1997年放送)にもゲスト出演していた建築家の毛綱毅曠(もづな きこう 1941~2001年)。
久保田 晃
田網の地相鑑定事務所の幹部。40歳ほどの大柄な男。
八大将軍
田網に従う8人の屈強な大男たち。全員が「八門遁甲術」を駆使することができ、常に黒革でできた菱形の防塵マスクを着けている。
おもな用語解説
地鎮(じちん)
日本で古代から陰陽師が執り行っていた、結界を張って地中に潜む鬼を封じ、人間が安全に住める場所を造成する地相術。新しい田畑や村、都などの都市を作る際に行われていた。
やませ(山背)
主に東北地方や北海道、関東地方の太平洋側で5~9月頃に吹く、冷たく湿った東もしくは北東の風(偏東風)のこと。寒流の親潮の上を吹き渡ってくるために低温であるため、やませが続くと太平洋側沿岸地域では最高気温が20℃を越えない日が多くなり、日照不足と低温による水稲を中心とする農産物の作柄不良(冷害)を招き、地域の経済活動に大きな悪影響を与える。下層雲や霧、小雨や霧雨を伴うことが多い。
本作では「闇風」という字があてられ、風水で繁栄や豊作、幸福をもたらすとされる龍脈をはね返す、分厚い壁のような邪気の大気「シャ」の一種と解釈されている。黒田龍人によれば、宮沢賢治の短編小説『風の又三郎』(没後発表)に登場する風の又三郎は「シャ」のことであるという。
風(ふう)
風水でいう世界の各方位とそれぞれの土地の特色のことで、大風や台風の際に吹く強風のことではない。古代の中国大陸では各方位に神がおり、それぞれの神の意志を四方に伝達する使者が「風」であるとされていた。それぞれの方位の特色をそこに住む人々に伝える存在であることから、「風土」、「風俗」、「風習」、「風味」、「風景」、「風格」などの語源となっている。生命エネルギーを運んでくる陽の力を持つ。
水(すい)
風水でいう陰の力の象徴。生命エネルギーを留め蓄える役割がある。物事の標準や雛型、基本であり、水の力によって土地は理想の形「局」を形成することができる。「水準」の語源となっている。風水では、尾根が充分に張り深い山ひだと谷があり龍の胴体のように起伏の多い山と、ヘビのように曲がりくねった川のある、中国の山水画に描かれるような土地が最強の局であるとされている。
地下大将軍
金星を神格化した存在で、風水用語で「太白(たいはく)」ともいう。大将軍星は、天をめぐる8柱の軍星(いくさぼし)の中でも最強とされ、陰陽道では「金神(こんじん)」と呼ばれ畏れられている。大将軍星が地上に降りると各方位を巡る遊行神となり、大将軍のいる方位を侵犯すると祟られると信じられている。地下大将軍の名の刻まれた赤い釘を「風水釘」といい(韓国では「チャンスン」と呼ばれる)、これを大地に刺すと邪気を払う能力があるが、悪用するとその土地の龍脈を断ち切り災いをもたらしてしまう。
香港風水研究所
1977年に劉が設立した、史上最古の風水師の近代的研究養成機関。18世紀の清朝から存在していた風水術の一派の教えを引き継ぐ形で創設された。原則として女性や外国人も受け入れる。
祖山(そざん)
陽の気を生み出し、土地に龍脈を送り込む聖山のこと。花巻市にとっては約40km 北北西にある岩手山(薬師岳)がそれにあたる。
朔の鬼門(さくのきもん)
宇宙の四方軸に対して地球の軸(地軸)が23.5°ずれていることから、月の始まりである「朔」の数日前(27日ごろ)の約15分間に、地球とそれを取り巻くエーテル体の宇宙空間との間に生じるわずかな隙間「空芒(くうぼう)」のこと。これこそが真の鬼門であり、風水ではここから魔物が出没して地上に現れるとされているが、逆にこの隙間に地上の災厄の原因を駆逐・封印する秘術も存在する。
テレコネクション理論
ノルウェーの気象学者ヤコブ=ビヤークネス(1897~1975年)が1961年に提唱した、地球の各地域でばらばらに発生する気象現象が、遠く離れた別の地域の気象現象と連動していると考える理論。連動の媒体となるのは、大気圧の差によって生じる気の流れ(偏西風、貿易風、ジェット気流など)と、海流の温度差から生じるエネルギーであり、南米のエルニーニョ現象が日本も含む環太平洋全体の気象に大きな影響を与えるのも、この理論で説明できる。
精霊迎え(しょうりょうむかえ)
あの世へ祖先の霊を送る送り火として行われる、宗教的な聖山で松明の炎による文字や図形を描く行事。風水思想では、聖山の中のマグマに代わるエネルギーを龍脈に注入する効果がある。京都の大文字焼きが有名。
パラカ(パリアカカ)
インカ神話において、ペルー中部高地のワロチリ地方で伝承される、創造神4柱の中の1柱。水の神で、火の創造神ワリャリョ・カルウィンチョを倒した。半人半蛇で双頭の神。天を支配し、気象を司り、風を止めて砂漠に雨を降らせると伝えられる。
……はいっ、というわけでありまして「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』の登場なのでありますが、どうやらこのシリーズ全5作の中でも、知名度においてピークとなるのがこの作品のようなんですね。
と言いますのも、この『闇吹く夏』は、それまでのシリーズ作が3作すべて角川ホラー文庫の書き下ろしだったのと違って、1997年にいったん単行本として刊行されてから99年に角川ホラー文庫で文庫化されたという経緯がありまして、それに歩調を合わせて、97年に TVドラマ化、99年にゲームソフト化という、これまたシリーズ初のメディアミックスが試みられたタイトルとなったのです。そして、この『闇吹く夏』が文庫化された99年に出た次の第5作をもってシリーズも刊行が途絶えているので、結果的に言えば今回の第4作が、いろいろとメディア露出度が最も恵まれた作品、ということになるのでした。
振り返れば、荒俣先生の『帝都物語』シリーズに関しては映画化、マンガ化、OVAアニメ化とそうとうに華々しいメディアミックスがあったわけなのですが、この「シム・フースイ」シリーズは今回の TVドラマ化とゲーム化のみということで、比較すれば若干さみしい気もするのですが、まぁ、上の情報をご覧いただいてもおわかりのように、シリーズの主人公である黒田龍人も助手のミヅチちゃんも、かなり人間性にクセのあるキャラクターなんでね……むしろ、よく NHKでドラマ化してくれたなって感じです。
さて、そういった展開がなされた『闇吹く夏』なのでありますが、単行本化と文庫化とで2年の時間差がありながらも、この「原作小説」「TVドラマ版」「ゲーム版」の3つは、全て「東京を中心に常識外の長雨が続く」という基本設定が共通しています。つまり、3つとも『闇吹く夏』というお話のバージョン違いという捉え方をして良いようなのです。そして、この3つは全てきれいに別の物語になっているのです。なんじゃこら!?
ただ、『帝都物語』シリーズという、メディアミックスとは名ばかりで実質的にメディアが違うどころか内容からしてほぼ別作品と言って良い映画作品が当たり前に横行していた惨状をすでに体験している私や賢明な読者の皆様ならば、もはやこの程度のことで動揺するようなこともないでしょう。角川書店がからむメディア化作品なら日常茶飯事ですよね!
察しますに、単行本とほぼ一緒に放送された TVドラマ版は「東京に長雨」という基本設定だけを共有した状況で小説とドラマ脚本が並行して執筆され、2年後のゲーム版もまた、サブタイトルが『帝都物語ふたたび』となっているように、小説の内容とは全く関連しない「そのころ東京では……」的な外伝として自由に制作されていたのではないでしょうか。まぁ、2年前の小説をわざわざゲーム化したってねぇ……しかも舞台、東京じゃなくて岩手県だし。
という経緯がありますので、今回はやや変則的に、「小説版」と「TVドラマ版」と「ゲーム版」とで、別々に内容に関するつれづれをつぶやいていきたいと思います。なので少々長くな……いや、長いのは通常営業か。
≪小説版に関して≫
まず荒俣先生が執筆した小説の『闇吹く夏』についてなのですが、本作はほんとに TVドラマ版ともゲーム版とも内容が全然違っているので、何かの他作品の「原作小説」にはなりえていません。ですので、そういう意味で「小説版」という表記にさせていただきます。
内容についてなのですが、実はこの小説版は3バージョンの中でも最も「東京が関係ない」お話となっており、作品の舞台はほぼ100% 岩手県花巻市となっております。
ふつう、岩手県がフィクション作品の舞台となると、かなりの高確率で「遠野」が選ばれそうなものなのですが、本作は実に堅実に「冷害にあえぐ花巻市」という、ビックリするほど地味なセレクトになっており、メガロポリス東京はもちろんのこと、シリーズ第2作『二色人の夜』の舞台となった沖縄県石垣島と比較しても、だいぶ異色なチョイスとなっております。
なので、まぁ……岩手県と同じ東北の民である私が言うのも心苦しいのですが、かなり印象の薄い作品なんですよね、この小説版って。
やませっていう自然現象が、東北地方にとってそうとうに恐ろしい災厄だということは当然知ってはいるのですが、私は日本海側の山形県の人間なので、やっぱり実際に体験する機会は無かったので実感がわかない部分は否めませんし、今までの「シム・フースイ」シリーズ諸作にあった「異常発生するカビ」とか「動き回るサンゴ岩」とか「東京都庁に埋められたチャンスンの呪い」とかいうけれん味たっぷりのオカルト要素に比べると、やけにリアルで現実的なんですよね。やませとかエルニーニョとか……
当然、本作を執筆する荒俣先生も、そこらへんのインパクトの弱さは重々承知していたのか、「黒田龍人の過去を知る元恋人・庄野夕子の登場」とか「第1作の敵キャラ田網奇鑛の復活」とか「はるか遠く南米ペルーの守護神の助っ人出演」とかいうテコ入れもどしどし取り入れてはいるのですが、やはり物語の本筋は「不作にあえぐ農家を助けんべや」という土くさいものなので……いや、それは非常に大事な内容なんですけれどもね。
ただ、古代アジアの広い地域で、国境を越えて研究・伝承されてきた風水を作品の共通テーマにしている以上、いつかこのシリーズの中で「民衆の生活を助ける風水」の理論を真正面から描く必要はあったわけなので、一見非常に地味な内容の本作を世に出すことも、荒俣先生にとっては避けるわけにはいかない必然だったのではないでしょうか。一国の帝都をマジカルに守護し、悪疫悪霊をズビズバ退治させるだけが風水じゃないってことなのよね。そういう意味で、本作をちゃんと書き切った荒俣先生は本当に誠実な方です。
そして奇しくも、私がこの記事を書いている2025年は何を隠そう、この農業の問題に関してかなり切実に差し迫った危機に瀕している年でもあるのです。1997年に本作が世に出た頃からすでに言及されていた、農家さんに降りかかる理不尽な社会の圧力をほったらかしにしておいた結果が、このざまなのです。いや~、今年この小説を読めて本当によかった。
もう一つ、この作品の中では「首都機能移転計画」という裏テーマも語られるのですが、結局は頓挫するものの、東京に代わる新首都の候補地として、この花巻市も検討されていたという驚愕の事実が後半で判明します。
でもこれについては、2011年3月の惨禍を経た現代から見ると、小説の世界ならではの夢物語、という思いがよぎりますね。事実は小説よりも奇なり……
いろいろ申しましたが、結論としては、この小説版はシリーズの中でも一番目立たない、と言わざるをえない作品になっております。いや、風水の「風」と「水」の意味とか、龍人 VS 夕子の構造に象徴される「民衆の風水」と「国家の風水」の対立とか、非常に重要なテーマも見え隠れしているのですが、いかんせん派手な見せ場がクライマックスの北上川の水龍とペルーのパラカ神とのコラボくらいしかないんですよね……渋滞の車列のテールライトを利用する作戦とか展開のアイデアは素晴らしいんですけど、オカルティックな飛躍が少ないというか。
庄野夕子の登場も面白くはなりそうだったのですが、結局ミヅチ以上のヤバい魅力を持っているわけでもない常識的な大人の女性でしたし、まさかの復活を遂げた田網先生も、なんの反省もなく相変わらずヘンなカビのまざった仏舎利を持ち込んでくるしで、せっかく前半でいろいろと提示されたおもしろ要素が、ちゃんと昇華されないままシュンとしぼんで終わっちゃった、みたいなうらみが残りました。
強いてあげれば、いつのまにかミヅチのひそみにならったかのようにムチを使って1人2人の相手はやっつけられるくらいは戦闘力が上がった龍人の成長だとか、シリーズ4作目にしてやっと主人公とヒロインの関係らしくなったラストでの2人の抱擁とかが本作の見どころではあったのですが、正直いいまして、今回取り上げる3バージョンの中で最も荒俣ワールドらしくないおとなしさがあるのも、先生ご自身が執筆したはずのこの小説版だったのでありました。
う~ん……キビシ~っ!
≪TVドラマ版に関して≫
TV ドラマシリーズ『東京龍 TOKYO DRAGON』(1997年8月放送 全4話)
NHK のハイビジョン試験放送にて1997年8月25日から4夜連続で放映されたエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』内で放送された、「シム・フースイ」シリーズ作品を原作とした1話約30分のミニドラマシリーズ。
『荒俣宏の風水で眠れない』は2部構成となっており、第1部がドラマ、第2部が風水を易しく解説したミニ講座『東京小龍』(出演・田口トモロヲ、荒俣宏、建築家の毛綱毅曠)となっていた。
本作は再編集され、1997年11月に映画『風水ニッポン 出現!東京龍 TOKYO DRAGON』(配給エースピクチャーズ)として劇場公開された。
なお、本作は映画編集版がビデオリリースされたが DVDソフト化はされていない。
おもなキャスティング(年齢はドラマ初放映当時のもの)
黒田 龍人 …… 椎名 桔平(33歳)
有吉 ミズチ …… 中山 エミリ(18歳)
庄野 夕子 …… 清水 美砂(26歳)
矢崎 昭二 …… 中尾 彬(55歳)
佐久間 …… 清水 綋治(53歳)
新井 美樹 …… さとう 珠緒(24歳)
鈴木 英夫 …… 三代目 江戸家 猫八(75歳)
サキコ …… 若松 恵(17歳)
ゼネコン役員 …… 寺田 農(54歳)
留守電の依頼客 …… 青野 武(61歳)
黒田 茂丸 …… ミッキー・カーチス(59歳)
おもなスタッフ(年齢はドラマ初放映当時のもの)
監督 …… 片岡 敬司(38歳)
脚本 …… 信本 敬子(33歳)、山永 明子(40歳)
音楽 …… 本多 俊之(40歳)
CGI スーパーバイザー …… 古賀 信明(38歳)
というわけで、お次は単行本と同時期に放送され、のちに劇場公開もされたこの TVドラマ『東京龍』についてでございます。
上にもある通り、この作品は現在は鑑賞が非常に限定された作品となっておりまして、私も有志が動画投稿サイトにあげられていた、劇場公開用に編集された VHS版を鑑賞して内容を確認いたしました。なんでビデオリリースで止まってるんだろ……別に何かしらのオトナの事情が察せられるような内容のドラマではなかったのですが。出ている俳優さんの権利関係なのかな。
お察しの通り、このドラマに登場する黒田龍人と茂丸、庄野夕子、そして有吉「ミズチ」は、原作小説に出ている同名のキャラクターとはまるで別人のような設定になっています。そりゃそうよね、原作通りの龍人とミヅチなんか1990年代でも、アダルト業界以外では映像化は困難だったでしょ……まだ当時お元気だった実相寺昭雄監督だったら、平気で映像化してたかもしんないけど。
このドラマ版における黒田龍人は、特に人間的にクセの強いこともない好青年で、「シム・フースイ」システムを使って市井の人々の生活上の悩みに応える私立探偵のような仕事をしており、庄野夕子は龍人と半同棲の関係にある有名キー局の人気お天気キャスター(風水の知識ゼロ)、有吉ミズチは沖縄の与那国島で海底ツアーのインストラクターのバイトをしている高校生となっています。ミズチはもともと東京の龍人とは縁もゆかりもなかったのですが、二色人のような強力な神の導きで東京の龍人のもとを訪ね、半分助手のような居候を決め込むこととなります。その他、龍人の祖父である黒田茂丸もドラマ版の重要なキーマンとして龍人の回想シーンの中でのみ登場するのですが、日々、どっかの山の中の滝壺近くで太極拳の鍛錬にはげむカンフーの達人みたいな人物として描かれています。そんな描写、『帝都物語』にも「シム・フースイ」シリーズにも全然なかったのに……
当然、そんな祖父の背中を見て育った龍人も、ドラマ中で激しいアクションこそないものの、考えが煮詰まった時は事務所の屋上で太極拳を行い集中力を高める習慣があるし、演じているのも脂の乗り切った椎名桔平さんなので、原作小説のイメージとはまるで違う胸板の厚い人物となっています。黒い服が好きなとこくらいしか成分が残ってない!
ただし、よくよく観てみますと、さすが荒俣宏先生が完全監修した TV番組内で放送されていたこともあってか、だいぶ省略されてはいるものの作中で風水の基本ルールはしっかりと龍人の口から説明されておるし、東京一円が異常な長雨の被害によってインフラを中心に深刻な機能不全に陥っている惨状も地味ながらちゃんと描写されています。また、本作に小説版やゲーム版のような明確な敵キャラは設定されていないのですが、かつて黒田茂丸が東京に施した風水の封印が土地開発によって破壊されて龍脈が暴走したことが長雨の原因だったことを解明した龍人が、茂丸と縁の深い与那国島の神の導きによって上京してきた霊感の強い少女ミズチと協力して龍脈を救う一大作戦を仕掛ける、という内容になっておりまして、非常に理路整然としたわかりやすい風水ファンタジードラマとなっております。ホラーではないですね、NHK 制作のドラマらしくぜんっぜん怖くなかったです。
上のように、ドラマに登場する有吉ミズチは、ミヅチというよりはシリーズ第2作『二色人の夜』のゲストヒロインだった少女サヨのキャラ設定を色濃く踏襲しており、ドラマの夕子も同作の東京から来た OLくみ子のように明るい性格のポジティブな女性となっています。ミズチの故郷が『二色人の夜』の石垣島でなく与那国島に変わっているのは、与那国島沖にある海底遺跡と噂される地形のミステリーをドラマに取り入れたためですね。遺跡じゃないらしいけど。
ただし、もちろんミズチを演じる中山エミリさんが『二色人の夜』のサヨのように悲惨きわまりない霊感体験をするところなんか映像化できるわけがないので、荒ぶる神に襲われる描写もビックリするほどマイルドなものになっています。ミズチが与那国島の実家で「タマ」という名前の猫を飼っているのは、原作小説へのオマージュでしょうか……さすがに「お通」という名前にするのは今どきの女の子っぽくなかったか。
こういう内容なので、小説版にあったような龍人とミヅチ、夕子の複雑な人格設定や愛憎関係などはあるべくもないのですが、地味な作りながらも中尾彬さんや清水綋治、猫八師匠にさとう珠緒さんといった通ごのみで適材適所なキャスティングが非常に手堅く、クライマックスでの CG作画で描写された雨龍の姿も1990年代後半の TVドラマとしてはかなり健闘している方で、制作年代が近い映画『帝都物語外伝』のように観て損をするたぐいの作品でないことは間違いありません。いや、あの映画にも負けちゃう作品なんて、そうそうないけどね。
本当に、いま鑑賞が簡単なソフト商品になっていないのが不思議でしょうがないくらいにウェルメイドな作品ではあるのですが、確かにあえてリリースし直すほど派手な出来のドラマでもないので、事実上の封印状態にあるのもやむをえないことかと思えてしまいます。
あ~、こういう目立たない作品も掘り起こされるくらいに、日本の景気も良くなんねぇかなぁ~!
≪ゲーム版に関して≫
プレイステーション用ゲームソフト『闇吹く夏 帝都物語ふたたび』(1999年4月リリース ビー・ファクトリー)
「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』(1997年6月刊)を原作としたホラーアクションアドベンチャーゲーム。
黒田龍人のほか、『帝都物語』の重要人物・キャラクターも登場する。現在使用されていない地下鉄駅(千代田区の東京地下鉄道・万世橋駅跡がモデル)や無人の地下街など、知られざる東京の風景を再現したステージも設定されている。
あらすじ
世界的異常気象が東京にも押し寄せる1999年、7月。
大学生の木村ヒロシは、偶然に拾ったコンピュータプログラムを起動させたことから、恐ろしい事件に巻き込まれる。
狂い始めた東京の風水の謎とは? 「表」と「裏」の2つのステージを行き来しながら謎を解き明かし、風水を正すべく木村は立ち上がった……
登場する怪異
・首無し武者 ・付喪神「鉄入道」 ・魍魎「骸火」 ・妖怪「火車」 ・妖怪「びしゃがつく」 ・寺本洋子の霊 ・神内の式神 ・魍魎「濡蟲」 ・妖怪「わいら」 ・妖怪「木霊」 ・木霊学天則 ・妖怪「がしゃどくろ」
アニメパートのキャスティング(年齢はゲームソフトリリース当時のもの)
木村 ヒロシ …… うえだ ゆうじ(31歳)
首守 美和 …… 川崎 恵理子(26歳)
陰陽師・神内 …… 岡野 浩介(29歳)
黒田 龍人 …… 古沢 融(36歳)
寺本 秀造 / 龍岡 皇紀 …… 茶風林(37歳)
おもなスタッフ(年齢はゲームソフトリリース当時のもの)
監督・脚本 …… やすみ 哲夫(45歳)
キャラクターデザイン …… 末吉 裕一郎(37歳)
音楽 …… 野沢 秀行(サザンオールスターズ 44歳)、TAKA( TAM TAM ?歳)
最後に、99年にリリースされたゲーム版についてなのですが、これは『闇吹く夏』というタイトルを持ちつつも、小説版とはまるで違った内容となっております。
小説版での黒田龍人は、基本的に岩手の花巻市に出張しているので東京にはいなかったのですが、このゲーム版はその穴を埋めるかのように、主人公(ゲームのプレイヤー)が、東京圏の長雨の原因を探るために遠方に出かけた龍人と「シム・フースイ」システムのオンライン機能を通して連絡を取りながら、東京の東西南北の聖地をめぐって「帝都東京の大怨霊」の謎に迫るという内容になっております。ただし、龍人が出張しているのは海を渡った韓国なので、小説版とゲーム版とが完全にリンクしているわけでは決してありません。
おぉ~、久しぶりのお出ましですね、帝都東京の大怨霊サマ!!
そうなんです、このゲーム版はサブタイトル『帝都物語ふたたび』の看板にたがわず、小説の「シム・フースイ」シリーズのどれよりも濃厚に『帝都物語』の内容を継承した物語になっており、さすがに魔人・加藤保憲こそ出てはこないものの、マサカド公はもちろんのこと、『帝都物語』本編での地下鉄開発作戦に殉じて爆破・廃棄された、あの人造ロボット「学天則」が、妖怪・木霊に侵食された形で復活して強豪敵キャラになるという、ファン狂喜のゲスト出演もあるのです。マニアック~!!
それにしても、『ウルトラセブン』の改造パンドンとか『ゴジラ VS キングギドラ』のメカキングギドラみたいに、いったん敗退した生身の怪獣が一部をメカ化して復活するという流れは昔からよく聞くのですが、その逆でもともとメカだったものが半分くらい植物化して復活するという展開にはたまげましたね。みごとな発想の転換!
内容はアドベンチャーゲームらしく、東京に東西南北4ヶ所ある霊的スポットを主人公がめぐり、龍人の助言を得たり謎の陰陽師・神内の妨害やサポート(こいつがベジータみたいに複雑な立ち位置なんだ!)を受けながら将門の霊を鎮めるというわかりやすい流れになっております。ここでの東京圏の長雨の原因は、魔人・加藤の帝都壊滅計画のひそみにならって将門の怨霊を暴走させようとする、韓国を拠点とする風水秘密結社のもたらした災厄のひとつとなっており、ドラマ版ほど深刻に描写されてはいません。
まぁ、単純明快なゲームらしく、作中に登場するオカルト要素は風水というよりも若者に大人気な「陰陽師」や「妖怪」をモチーフとした呪術結界や敵キャラが多い、典型的なホラーものとなっているのですが、魔人・加藤とは直接の関係はないものの、登場する妖怪たちのデザインがことごとくパイプがついたり車輪がついたりと、半分以上メカメカしいものになっているので、このゲームの6年後に公開された映画『妖怪大戦争』(監督・三池崇史)で復活した加藤が錬成・使役していた付喪神「機怪」(こちらのデザインはあの韮沢靖サマ!!)に先行したものになっているのが興味深いです。びしゃがつくとかわいらとか、妖怪のチョイスも実にシブくていいですね!
≪まとめ≫
いや~今回も長くなってしまいすみません!!
以上、『闇吹く夏』にまつわる3バージョンをざっとおさらいしてみたわけなのですが、お話として一番わかりやすくまとまっているのは TVドラマ版、『帝都物語』ファンに嬉しいのはゲーム版ということでありまして、最も地味で目立たない出来なのは荒俣先生おんみずからが執筆した小説版……という結果とあいなりました。なんじゃぁ、こりゃあ!!
いや、内容的にいちばん風水をまじめに扱ってるのは小説版なんですけど、ね。
荒俣先生、せっかくの TVドラマ化とゲーム化がついてくるタイミングだったのに、よりによってど~してシリーズ中随一に地味な内容にしちゃったんだろうか……ミヅチもゲストヒロインも大してひどい目に遭わないし、かなり「らしくない」内容なんですよね。先生、さすがに丸くなっちゃったのか? これも時代の流れなんでしょうか。
でも、今回の小説版のラストで、しじゅうツンケンしていた龍人とミヅチの関係も大きな転換を迎えたのかもしんないし、ついにこのシリーズも、事実上の最終作である次作に向けて大きく動いたのかも知れませんね!
さぁ、泣いても笑っても、次回の第5作で「シム・フースイ」シリーズはおしまいです!
ここまでやっちゃったんですから、固唾をのんでその終幕を見届けることにいたしましょう!!
……おもしろいといいな……
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