ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

My 600 lbs- Life 「リアリティ番組の現実」〜アメリカのTV番組

2021-03-06 | アメリカ

アメリカの超肥満減量番組、「My 600lbs-Life」、後半です。

ヨウナン・ナウザラダン博士はイランのテヘラン大学医学部で博士号を取りました。
肥満と腹腔鏡検査の専門医です。

博士が肥満者に行う胃バイパス手術などの外科処置は大変危険なもので、
だからこそ博士は手術前に患者に自力で可能な限り体重を下げることを要求するのですが、
それでも何件かの医療訴訟が起こされたことがあります。

● 術後1年で死亡した女性患者の家族から、リスクについて説明がなかった

●術後亡くなった男性患者の遺族から、患者の重症度を適切に診断できなかったとして

●麻酔医がチューブで結腸に穴を開けたとして

●腹壁形成術を失敗し、痛みを伴う腹部の変形が起こったとして

●72歳の女性が、ステンレス鋼のコネクタとチューブを彼女の中に残したと主張

しかしこれらはいずれも最終的に告訴取下げとなっており、情報を見る限り
ナウザラダン博士が医療過誤で法律的に罰せられた過去はありません。

さて、脚部が異常に肥大してしまい、炎症を起こしてしまっている
トレイシーさんに、ナウザラダン博士はさらなる減量を命じました。

生活、とくに食生活の立て直しが急務なので、彼女には番組から
栄養士が派遣され、生活指導が行われました。

病院にいる間、炎症でたいへんな状態の脚部に手当てを受けます。

メディカルディレクターということなので、患部を診察する医師でしょうかね。

問題の脚部の治療について方針を決めるドクターです。
とにかく目標は、患部の「水分を除去すること」。
炎症を起こすようなリスクをできるだけ取り除くことです。

 

最後の診察の時、彼女の体重は471パウンド(213kg)でしたが、
ナウザラダン博士はあと30パウンド減らさなくては手術に適応しない、
といわれていたのです。

というわけで、439パウンド。
ねらったようにギリギリ30パウンドの減量にこぎつけました。

やったねトレイシー、手術ができるよ!

「心配だし不安」

といいながら、彼女の表情は晴れやかです。

どんなことになっても今までの惨めさから比べれば悪くなどなりようがない、
と信じているかのようです。

彼女が最初にナウザラダン博士のクリニックにきてから1年が経っていました。
手術に至るまでに、減らした体重は200パウンド(90キロ)。

もちろんこんなところが目標ではありませんが、彼女はこれが
自分の「新しい人生」への道につながるポイントであると知っています。

ただ、いかに腕のいいと評判の医師も、神様ではないので、
当然失敗するかもしれないということです。

そして手術開始。
普通ナウザラダン博士は患者に対し腸バイパス手術を施しますが、
彼女の場合はどうやら違うようです。

こちら手術の間その成功を祈り続ける夫のアンソニーさん。

「大きな塊を完全に取り除いたぞ」

これは・・・どこの大きな塊なんでしょうか。
脚ですね。

 

「巨大な塊」とおっしゃいますがたったの4.5キロしかありません。
彼女の体重全体からは微々たるものです。

しかし、ナウザラダン博士の博士のとった方法は、彼女の体重が集中していた場所から
余分な脂肪を取り除き負荷を減らすことで、リンパ浮腫の腫れを減少させ、
そのことが結果的に体重そのものを落としていくというものでした。

そして術後退院の日がやってきました。

つまり、彼女が受けたのは大きな肉の塊を物理的に取り除く手術だけで、
「上半身は普通」の彼女には腸バイパス手術は行われませんでした。

患部を取り除き、生活改善をすればとりあえず最悪は避けられる、
とナウザラダン博士は判断したということでしょうか。

この時点で彼女の体重は388パウンド(176kg)。
最初からトータルで99キログラムを減らしました。

脂肪切除とダイエットでこれだけ減ったのですから、
この時点ではまあまあの成功ということなのでしょうか。

しかし彼女にとってこれは大きな変化をもたらしました。
なんと、車の助手席に座れるようになったのです。

荷物のようにトランクで運送されることはもうありません。

二人はヒューストンからの帰り道、このようなところにやってきました。
オハイオまでは大陸を縦断することになるので、これはおそらく
無理をしてテキサス州の海岸に寄った(寄らされた)のではないかと思われます。

「わたしは多くの人生を無駄にしてきました。
もう一秒でもそうしたくありません。
人生を楽しみたい。アンソニーと家族と一緒に。

このプロセスそのものがわたしたちにとって大変なストレスであり、
わたしとアンソニーの関係は、少しの間、難しくなったのは事実です。

でも手術以来、彼はわたしのためにすべてを犠牲にする必要もなくなり、
そのことがわたしたちを新しい方向に成長させ始めているような気がします。

それで、わたしはもう一度未来に、そしてわたしたち二人に興奮しています。
そのためにこの旅を続けることになんの躊躇いもありません」

「わたしのための未来にワクワクしているわ」

というトレイシーさんと彼女を支える夫が海岸にたたずみ互いを抱き寄せて
番組は終わります。

めでだしめでたし、といいたいところですが、しかし、わたしには
彼女の、というより彼らの今後について懸念を感じずにいられません。
優しいことは優しいけれど、彼女が望むことを彼女に必要なことより優先させて
何も考えずに与え続けてきたこと。

彼が今後彼女の食生活を改善させていくような知恵を持った男性かというと、
残念ながらあまりそんなふうには見えないのが問題です。

トレイシーさんも、誰が見ても深刻な状態にいる自分のことを
正常性バイアスからたいしたことはないということにしてしまい、
ナウザラダン博士の言いつけを嘘までついてごまかし、

「こんなにがんばっているのになぜ減らないんでしょう」

などというような自分への甘さというか脆さが、物理的に取り除いた体重に
安心してしまい、元の木阿弥となってしまうのが目に見えるようです。

 

彼女がこの手術を行ったのは2019年ごろのことだそうですが、
番組によってその後がフォローされていないかを検索してみたところ、
大変残念なことがわかりました。

彼女が手術の甲斐もなくまた元に戻ってしまったのかって?

じつはそうではないのです。


彼女は番組スタッフによるフォローアップとしてではなく、
「番組の裏を告発する人」としてインタビューを受けていました。

結論から言うと、トレーシーはいまだにリンパ浮腫に苦しんでいます。
わたしは驚いてしまったのですが、手術によって切除した脂肪の塊は「ひとつだけ」だったのです。
せめて両足公平に施術すべきだと思うのはわたしだけはないでしょう。

術前のダイエットとこの5キロの塊を切除したことによって脚は少し小さくなり
彼女は以前よりも体を動かすことができるようになり、それには感謝していますが、
彼女自身はもう少し他のやり方があったのではと考えずにいられないそうです。

不思議なことにナウザラダン博士は

「皮膚を除去した後は痛みがないはずだ」

と言い放ったそうですが、そんなはずないでしょう。
事実、彼女曰く、それは今までに経験した中で最悪の痛みだったそうです。

 

トレーシーマシューズ

彼女の「暴露」によると、出演者は1,500ドルの「タレントフィー」を受け取ります。
治療の関係でヒューストンに引っ越す要がある場合、番組からは2,500ドルの手当が出ます。

しかし、これらのフィーは、出演したエピソードがテレビで放映されるまで
支払われないので、それまでにかかる経費は全て持ち出しとなるのだそうです。

「オハイオからテキサスに移動中、部屋を確保しなければならないと言われたので
予約をしましたが、初日はそのホテルの近くに到着しなかったので
ホテル代を無駄にした上、別のホテルをこれも自費で取りました。

ヒューストンに着くまでに、所持金は13ドルになってしまい、
食料品や他のすべてを手に入れるのに苦労しました。

車はヒューストンに着いた数日後に故障しましたが、
もちろん補償はなく、撮影が終わったら、一部を請求できただけでした」

トレーシーはまた、ショーの再放送についての長年の神話を暴きました。
たいていこれらのショーは何年にもわたって再現なく再放送されますが、
出演者にはこれに対し報酬はまったく支払われません。

次にわたしもこれにはびっくりしてしまったのですが、
番組制作はほとんどの医療費を払ってくれないのだそうです。

支払いが番組から行われるのはナウザラダン博士の手術に対してだけで、
トレーシーは2万ドル以上を自分で支払っています。

移動費、ホテル代、家賃、それらは全て自分で賄わなければなりません。

出演者が財政的に不安定な状況に置かれれば、それだけドラマが生まれる、
というのがどうやらプロデューサーの意図するところのようです。

「ドラマ(困難)が増えれば評価も上がる」

といったところでしょうか。

こういったリアリティ番組が主張するのは全て「現実」ではないことは
誰でも知っているし、現実にこの番組を訴える出演者は
引きもきらない、と言うレベルで次々と現れています。

それにも関わらず、劇的に痩せた人たちには「ファン」がつくなど、
この番組が悪評にも関わらず人気があるのも事実です。

出演者には大変失礼ですが、尋常ならぬ太り方をした人間の体は、
それだけで人々の興味を引くのに十分であり、昔は堂々と行われていた
「フリークショー」のような位置づけがされているといえます。

そのために番組は、出演者のシャワーシーンを必ず取り入れます。

トレーシーによると、

「数分間のシャワーシーンのために、わたしは1時間以上撮影されていました。
それはわたしの人生でも最悪の経験だったといえます。

誰が裸になってシャワーを浴びるのを知らない男に撮影されたいと思いますか」

 

歴代の出演者の中には番組を訴えたり、減量がうまくいかずに自殺したり、
出演後(これは撮影のせいではありませんが)肥満による疾患で亡くなってしまったり、
とかくネガティブな「怨念」がまとわりついているような印象もありますが、
それでもトレーシーは彼女の全体的な経験を振り返り、
悪い面も良かった面もあった、と率直に語っています。

少なくとも彼女はベッドの上だけの生活から歩き出すことができました。
つまり、苦痛を耐え忍ぶだけの価値はあったと信じているのです。

「ショーに参加するのはとても大変でしたが、わたしの出演が
少なくともひとりくらいの誰かを救うことができたと信じたい。

体重が5〜700ポンドの人生なんて惨めで意味がありません。
そう、自分の身体を世界に曝して人生の物語を伝えるのは辛いことですが、
最終的に得られる結果はそれだけの価値があると思います。

ショーに出演した非常に多くの人々が新しい人生を送っています。
彼らには自由が戻ってくるのです。
一日中ベッドに閉じ込められる代わりに、自分の行きたい場所に行って
何かをすることができるのはとても素晴らしいことなのです」


自分の弱さと怠惰から堕ちるところまで堕ちてしまうような人々は、
リアリティショーという毒にも薬にもなりうる劇薬の力を借りないと、
ダイナミックな人生の切り替えができない、というのも悲しい現実なのです。