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女流パイロット列伝~セシリア・アラゴン「空飛ぶサイエンティスト」

2015-06-04 | 飛行家列伝

今まで何人かの女流パイロットについてお話してきました。

その中には、ヴァレリー・アンドレのように、軍医としての活動のために
ヘリコプターの操縦をしていたようなインテリ女性や、
自らが自社化粧品の「イメージガール」として飛んだジャッキー・コクランのような
「商売上手」な女性、あるいは、映画界に誘われて女優をしていたルース・エルダー
このような、飛ぶだけが目的でないパイロットが何人もいたわけですが、
それらの人々と、今日お話しするセシリア・アラゴンが一線を画しているのは、
彼女が航空ショーを単独で開けるくらいの実力を持ったパイロットでありながら、
それとは全く別に、科学者であり大学教授の顔を持っている、

「正しい意味での二足のわらじ」

を履いた女性であることでしょう。


まずは、このyoutubeを見てください」。

 
Cecilia Aragon, aerobatic pilot

改めて見ると、アクロバット・パイロットというのはなにより、
三半規管の出来が違うんではないか、とまずそこに感心してしまいますね。


彼女の肩書は

コンピュータサイエンティスト

大学教授

曲芸飛行パイロットでチャンピオン

どれもそう簡単にはなれない「選ばれた人」の職業でしょう。
(真中は、まあ、大学のレベルに応じていろいろですが)


ちなみに彼女が行うアクロバティックエアショーのパンフレットによると、

セシリア・アラゴンは、今日最も熟練の曲芸飛行パイロットの一人である。
全米アクロバットチームのメンバーに二回なっており、1993年には全米選手権のチャンピオン、
(女性だけの大会ではない)1994年にもカリフォルニアのチャンピオンになっている。
1990年以来プロの曲芸パイロットとして活動しているが、全米、そしてヨーロッパで、
今まで週百万人の観客の前で彼女はスタント飛行を行ってきた。
そして、その飛行時間5000時間に、一度も事故を起こしたことがない。

ちなみに、アクロバティック競技について説明している
ウィキペディアの英語ページを見つけました。よろしければ・・・・。


航空の黎明期には、何度も説明したように「初の女性」というタイトルで
有名になる女流飛行家がほとんどでした。
「男性パイロットの操縦する飛行機に乗っていた」というだけで、
「初の大西洋横断に成功!」などt華々しく持ち上げてもらえた時代には、
ほとんどが「女性では」とそのタイトルにつけられていたのです。
アメリア・イアハートですら男女関係なく「初めて」のタイトルはごくわずか、
というのが女流飛行家の限界を物語っていました。

しかし、彼女は、女性であることが全く考慮されない選手権で
並み居る男性パイロットを抑えてチャンピオンになり、その後も
曲芸飛行の一人者として、今日もショウを行っているのです。

続いてショウのパンフレットから。


セシリアの駆る特別仕様のセイバーが滑走路に向かって急降下するときに
たてる轟音は、ショウの最初からあなたの心をわしづかみにするでしょう。
垂直S字に離陸し信じられないパワーを発揮するセイバーの駆動も必見です!


この「垂直S字離陸」というのは原文では「vertical S right on takeoff」
となっていて、VTOL機でもないセイバーが垂直離陸するというのが全くイメージできませんでした。

たぶん、離陸するなりらせんを描くように上昇していくという意味ではないかと思うのですが。

セシリアはまったく息つく間もなく、極限のテクニックを駆使し、セイバーを操ります。
まさに目もくらむ速さで行う急降下と急上昇の繰り返しの連続には興奮せずにはいられません。
彼女の行うマニューバ(固定翼機の機動)には、

【テイルスライド】 
垂直上昇姿勢から空中に静止、そのまま元の経路を上向き姿勢のままバックし
後ろ向きにU字を描いた後、垂直降下する。

【ナイフエッジ】
90度バンクした姿勢での水平直進飛行、水平飛行を維持するため機首はやや上に向ける

その他、ローリングサークル、スナップロール、ロンセビアク、ネガティブGなどなど、
このほかにもたくさんが盛り込まれています。


これ、観てみたいですね。

さて、このように曲芸飛行の世界ではトップに君臨しているセシリアですが、
少なくとも1985年まで、コンピューターに張り付いている

高所恐怖症の

恥ずかしがり屋の女性が、こんな道を選ぶとはだれも想像だにしていませんでした。

「大きくなったら、科学者かアーティスト、どちらになろうかと悩んでいたの。
パイロットなるなんて、まったく考えもしていなかったわ

彼女はインディアナ州に生まれ、カリフォルニア工科大学を卒業後、
U.C.バークレーでコンピュータサイエンスを学び、プログラマ―として働くため
サンフランシスコのベイエリアに住んでいるとき、転機が訪れます。

彼女の同僚が、ある日、パイパー・アーチャーに乗ることを誘ってきたのでした。
小さな飛行機は危険だから怖い、とその誘いを断っていたのですが、
ある日ふと考えを変えて、乗ってみることにしたのです。

「わたしはそのとき天国にいたわ」

彼女は回想します。

「そしてこう言ったの。これがわたしの夢だったんだ。これだったんだ、って」

その足で彼女はレッスンを申し込み、多い時で週80~100時間のレッスン代のために 
二つの仕事を掛け持ちしていたこともあったそうです。

ということは休みの週には一日一番多い日で14時間乗っていた?ってことですか。
朝6時から初めても終わったら夜8時・・・。
まあ、ベイエリアは夏は9時まで明るいから可能だとは思いますが。


彼女は現在、アクロバティックも学べる自身の飛行スクールをバークレーに持っています。 

ちなみにそのレッスン代ですが、

ストール/スピン安全コース・・・・・2.5時間講義、1.5時間飛行・・・・・675ドル

乱気流からの回復コース、落下傘降下含む・・・・・飛行3時間・・・・・1395ドル

曲芸飛行コース・・・・17時間講義、10時間飛行・・・・・・・・・・・・4195ドル


ちなみに最後のコースは、インメルマンターンを含む「十種マニューバーセット」で、
パラシュートのお手入れも教えてもらえるお得なコース。
すべてこれ、セシリア・アラゴン先生が直接指導します。

 まあ、これを見ても分かるように、こんな特殊なことを学ぶのですから、当然
レッスン代は非常に高額につくわけですね。

かつて彼女が週100時間のレッスンにいったいいくら払ったのか、知りたいものです。



これだけの飛行家としての活動は、しかし彼女の生活の「一部」でしかありません。

コンピュータサイエンティストとしての実績も錚々たるもので、彼女は
ライムンド・ザイテル教授との共同開発で、ツリープ理論構築
乱択アルゴリズムを使用した平衡2分探索木の1つ)の発表により、
Presidential Early Career Award for Scientists and Engineers (PECASE)
という科学者が非常に早いキャリアのうちに出した業績に対して与えられる
最高の殊勲賞を授与されています。

そして、現在はシアトルのワシントン大学で教授として、
ユーザー中心設計(Human Centered Design)と、エンジニアリングの講座を担当。


しかし、こんな超激務&危険な仕事を兼務して、なおかつ事故一つ起こさず今までやってきた、
ということそのものが、彼女を評価するにもっとも賞賛すべき点ではないでしょうか。

とはいえ、これだけ多忙に自分の「夢」を追いかけているのだから、
きっと家庭生活などは
崩壊していたりして・・・、と世間は意地悪なことを考えるものです。
恥ずかしながらわたくしも、冒頭youtubeでは女の子しか出てこなかったので、
「うーん、やっぱり離婚しているのか」と思っていたら、HPによると、
彼女にはデイブという夫がいて、ダイアナという娘、ケニスという息子までいることが判明。


何もかも手に入れることのできる女性って、いるものなんですね。