ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

DON'T CRY OUT LOUD~あの日泣いていたあなたに

2013-02-18 | つれづれなるままに

またまた今週は岡山にいます。
今宿泊しているのは倉敷の風致地区にある「倉敷国際ホテル」。
週末なので外は観光客でごった返していますが、
われわれは昼までの用事を済ませてホテルに引き上げました。

昨日あったことをご報告します。

昨日、朝一番の新幹線で岡山へ。
4時間の列車旅は少々きついですが、岡山空港から目的地までは
非常に不便と言うことなので新幹線にしました。



車窓からの富士山。
寒い割に雪が少ない気がするのですが、こんなものですか?

この新幹線の車内でちょっとした事件がありました。
新神戸停車後、洗面所にいくためにデッキにいったところ、
若い女性が身も世もあらぬ様子で号泣しているのです。
傍らにはおばちゃんが立って、彼女の訴えを聞いている模様。

こんなときに黙って見過ごすことのできないエリス中尉、
何事かと立ち止まった瞬間、彼女はわたしが理由を尋ねる前に

「あの、この新幹線次いつ降りられるんですかっ」
「11時55分に岡山ですけど・・・・」

「新神戸で降りられなかったんです!」

彼女はそういうと、また泣き叫び始めました。
どうやらお手洗いに行っているあいだに新神戸を過ぎて、
出てきたらもう降りられなくなっていたというっところでしょうか。

「新幹線に乗ったの初めてだったんです!」

おばちゃんもわたしもつい彼女の訴えに耳を貸してしまった、
というか立ち止まったとたん彼女に縋られたようになってしまい、

「あ、そうですか。じゃ岡山で降りて乗り換えるしかないですね」

とすたすた行ってしまうことなどとてもできないような気がしました。
文章で書けば、「泣いていた」「号泣」「パニック」そんな感じですが、
実際には彼女の様子はとてもそんな生易しいものではなく、
「見も世もなく」というのが最もぴったりしていました。

「おぅおぅお駅員さん呼んでくれますかああああでも、きっと呼んでも
うぇうぇだめですよねえええおんおおんおお~~ふげっふげっ」

と音をそのまま描写したらこれが一番正確です。
駅員じゃなくて車掌だろ、と突っ込むのを控えて数秒観察すると、
彼女は携帯を握りしめているのですが、新神戸で会うはずだった、
あるいは予定先に連絡をすることより、まわりの人間に窮状を訴えるのに必死。

わたしは生まれてこの方こんなに人が逆上している様子を初めて見た気がします。
さっきから彼女に捕まっていた気のよさそうなおばちゃんも、
最初こそ同情していたのでしょうが、あまりにも彼女の錯乱ぶりが激しいので
どん引きというか閉口してしまった様子で、薄笑いを浮かべて
「仕方ないわねえ」などと言い出している始末。

その時のおばちゃんの頭上には
「そんなことくらいでこんなに泣き叫ぶか?」
というフキダシがありありと見て取れました。

わたしが、
「車掌さんがもし来たら、まず、岡山発新神戸の一番早い下りを調べてもらいなさい。
到着してから一番早い下りにすぐ乗り換えるんです。
新神戸に着く時間がわかれば先方にそれを連絡して対処してはどうですか」

というと、彼女はうなずいて、一瞬納得したかに思われました。
泣いてもどうにもならないことで泣くな、とこれが自分の娘なら言うところですが、
(わたしは息子にもよく『文句を言ってもどうにもならないなら言うな』と注意する)
「落ち着きなさい」
などと言われていきなり落ち着けるような娘なら、そもそもこんな大騒ぎしないだろう、
と思い、それ以上要らないことを言って彼女がこれ以上「泣きモード」に突入しないよう、
その場を可及的速やかに立ち去りました。

すると彼女のそばに立っていたおばちゃんが解放されたような顔でトイレに入りました。
おばちゃんはどうやら彼女につかまってトイレも行かせてもらえなかった模様。
もちろん、これはおばちゃんが善人であるということを意味しています。

席に戻って、わたしの少し前にデッキに行って戻っていた息子に
「デッキで泣いてる女の人がいたけど知ってる?」と聞くと
「ああ、さっきからいたよ」

そのとき誰かが通ったのでデッキの自動ドアが開き、
彼女の咆哮がデッキ内に響き渡りました。
何人かは後ろに首をめぐらせ「なんだなんだ」と言う顔をしています。
わたしもちらっと振り向くと、デッキの床に彼女がなんと脚を八の字にぺたりと座り込んで
泣き叫びながら電話をしている様子が目に入りました。

わたしのアドバイスは彼女を冷静にすることはできなかったようです。

「うーん・・・少しパニクりすぎかな」
「俺ああいう女の人嫌い」
「そんなこと言うんじゃないの」
「映画でもきゃあきゃあ泣く女の人いるじゃん、ああいうのうざい」
「うん・・・まあねえ・・・」

息子は、昔映画に登場するそういう「泣き女」のような女の人でなく、
ターミネーターの「サラ・コナー」みたいなお母さんがいいんだ、
と言ったことがあります。そのとき

「強い女の人でないといやだ。サラコナーとか、ママとか」

・・・・orz

わたしは彼の目から見るとサラコナーと同列か。
どのような意味合いにおいてサラコナーと同類に認定されたのかは、
しょせん彼が子供だったので深く追求しないまま終わりましたが。

その後戸が開くたびに「えっえっえっ」とか「おおおおおーん」とか、
彼女の一向に衰えぬ泣き声が聞こえていましたが、
しばらくたつとそれは消え、岡山でわれわれが降りるときには、
デッキにもホームにもその姿は見られませんでした。

車掌さんが適切な指示をして、一番エスカレーターに近い降り口まで
移動したのかもしれません。

それにしても、彼女の大騒ぎに立ち止まり、事情を聞いてあげていたのは
わたしとそのおばちゃんだけで、騒ぎの間通りかかった何人もの男性は
「なんだろう」と目を向けはするものの、決して干渉しようとしませんでした。

その一部始終を見て思ったのは、彼女が自分の困難を自分で解決することを
今までのその人生で―子供のころから―全くしてこなかったのだろうな、
ということと、たとえば電車に乗り遅れたり大事なものを失くしたり、といった
「命にかかわることでもなんでもない」ことでこんな大騒ぎする人間は、
いざ本当に大事に直面した時どうなってしまうんだろう、と言うことでした。

「新幹線に乗ったのが初めてだった」
という言葉からもその見かけからも彼女の人生経験が浅いことを抜きにしても、
ここまで錯乱するというのは間違いなく彼女の「資質」でしかありません。

車内の男性が一様に彼女にかかわることを避けていたのも
「あまり近づいたり、妙に頼られたりしない方が無難な女性だな」
と本能的に(?)察知していたからでしょうか。
彼女は小柄で可愛らしいタイプで、おそらく男性の多くは平時であれば
「守ってあげたい」
というような保護本能を刺激されて近づき、お付き合いに至るのでしょう。
(今回ももしかしたら待ち合わせの相手は男性だったのかもしれませんが)

しかしもしその付き合いの過程で何か事が起こったとき、今回のような
感情の爆発をほかでもない自分一人にぶつけられた相手の男性が
「いちいちこんなに大騒ぎするような女とはとてもやっていけない」
などと引いてしまうようなことになりはしないか、などと思ってしまいました。

息子のような嗜好の男性ならずとも、結婚してその人生の過程上、
何かあるたびに彼女のように「錯乱する人」が母親であり妻では
とても一緒にその困難を乗り切れない、と冷静に考える男性は多いでしょう。


今現在、それらがすべて済んだことになり、もし、もしもですよ。
昨日のことを彼女がけろっとして笑って語っているとしたら、わたしは彼女に言いたい。

「泣いてもどうにもならないことで泣くな。明日になれば笑えるのなら泣くな」

BGMには・・・この曲を。
「あなたしか見えない」という全く関係のない歌詞がついて、
日本でもかなり流行った曲ですが、この原題は
「声を出して泣くな」です。
サビからどうぞ。

Don't cry cut loud 
Just keep it inside
And learn how to hide your feelings
Fly high and proud and if you should fall
Remember you almost had it all

大きな声で泣かないで
自分の中に抑えて つらい気持ちを隠すことを学びなさい
誇りを持って高く飛翔しなさい
もし落ち込んでしまったとしても
覚えておいて あなたはもうほとんど全てを手に入れているんだから