かつてのひまな野球人の記

野球が好きだった医者が書きたいことを書き散らすブログ。今は保健センター教員をしつつ神経内科医と研究者もやっています。

バイト中にふと思う

2007年08月26日 18時57分58秒 | 一般
今日も暑い中採点をしていた。担当科目は数学なので、記述問題の採点ともなれば様々な答案が見られるわけだが、色々時になることがある。今回ならず毎度毎度感じていることなのだが、いい機会なのでその一端なりとも書いてみよう。もっとも、世の大学受験生が見ることはまずないだろうから自分の覚え書き程度になってしまうが、本職ではないのでまあそのくらいがちょうどいいだろう。
まず、答案は「読んでもらう」ものである。過程を書けというのは、計算を書けというのではなく自分がどう考えたかを伝えて欲しいという意味である。つまり、なんでこういう数がでてきて、どうしてこういう計算をしたのかを教えて欲しいというのが採点者側からのお願いなわけで、そこで突然式の羅列を持ってこられると何をしたいのか理解に苦しむことがままある。書いている本人にしてみれば当然と思うことも読み手に通じないなんていうのは、数学だけでなくその先に進んでもあることで、論文などはまさにそうである。なので、書いている本人が丁寧すぎると思うくらいでちょうどいいのではないかと思う。模試についてくる解答をそのまま一言一句過たずに書き写せばそれが出題者の望んだ解答である。解答の書き方はある種パターンが決まっているので、いくつかの模試の解答を参考にすればきっとそれなりのものができてくる。それもまた技術である。
残念なことに、誤答ほどくしゃくしゃに書いてある頻度は多い気がする。誤答を救済するためにも必要なのに、計算だけ書いてあってしかも間違っていたのではこちらとしても救いようがない。数学という科目はちょっとした間違いで一気に得点に差がついてしまうので、サルベージのためにもぜひ書いてもらいたいものである。
漢字の間違いは個人的には減点したいが、当局からのお達しもあるし国語の試験ではないので訂正する程度にとどめている。せめて問題文中の漢字くらい正確に書いて欲しい。「確率」を「確立」と書くのはよくあるパターンである。
あと、解答を出した後に少し時間を割いて欲しい。ちょっと考えればおかしいと誰でも気付くような答を出して、それで終わりにされるとこっちも終わりである。確率を答えるのに答が1より大きかったり、sinやcosの値が-2などになっているのはどう考えてもおかしい。
意外に多いのが書き写すところでのミス。行を変えた途端に文字が抜けたりべき乗の数が抜けたりして、勝手に自滅するのは採点するこちらとしても非常に心苦しい。わかっているのに、ほとんど得点にならないというのはとても悲しい。ぜひとも実力を正当に評価させて欲しい。
以上、とあるパートタイム採点者の述懐であった。