国立感染症研究所感染症情報センターが、2009年5月20日に「2009年5月19日現在の神戸市における新型インフルエンザの臨床像(暫定報告)」という報告書を出しています。
患者の大半は入院を要する臨床状況ではなかった。5月19日現在、人工換気を行う対象者は無く、また、死亡例も発生していない。臨床的な観点から大半は直ぐに退院となり、自宅における健康観察を行う対象となっている。5月19日現在、長期的な予後については不明だが、現時点までの状況では、季節性のインフルエンザと臨床像において類似しており、全例を入院させる医学的必要性はないことが示唆される。
この報告から読み取れることは、「新型インフルエンザ(豚由来インフルエンザA/H1N1)」は、「季節性のインフルエンザと臨床像において類似して」いて、その「毒性は弱い」ということです。「新型インフルエンザ」という言葉が新聞・テレビで踊っています。しかし、「新型インフルエンザ」は本来「強い毒性を持った」「鳥インフルエンザ」を想定していた言葉ではなかったでしょうか。今回のインフルエンザが「新型“new”」であることには間違いありませんが、言葉は使い古されることによってその「威力」を失っていきます。「警告“alert”」を与えるべきときに、その言葉に力がなくなってるとしたら、重大な結果を招きます。
羊飼いの少年が、退屈なので、「狼が出た!」と嘘をついて騒ぐと、大人たちは騙されて武器を持って集まるが、狼はいない。これが面白く、少年は繰り返し嘘をつく。やがて、本当に狼が現れるが、その時は大人たちは信用せず、誰も助けには集まらなかった。そのため、彼が面倒を見ていた羊はすべて狼に食べられてしまう。イソップ寓話の『オオカミ少年(The Boy Who Cried Wolf、The Shepherd Boy and the Wolf)』のあらすじです。
平成21年4月28日健感発0428003号厚生労働省健康局長通知の「新型インフルエンザに係る対応について」です。この決断は、当然正しかったと思われます。ウイルスの実態の解明を待っていては、後手に回ってしまいます。
今般、メキシコや米国等において、豚インフルエンザ(H1N1)の感染が多数発生していましたが、本日、WHOにおいて、継続的に人から人への感染がみられる状態になったとして、インフルエンザのパンデミック警報レベルをフェーズ4に引き上げる宣言が行われました。
こうした事態を受け、新型インフルエンザのまん延を防止するとともに、健康被害を最小限にとどめるため、今般メキシコや米国等で確認された豚インフルエンザ(H1N1)を、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)第6条第7項に規定する新型インフルエンザ等感染症として位置づけたところです。
また、我が国においては、内閣総理大臣を本部長とした新型インフルエンザ対策本部を設置し、「新型インフルエンザ対策行動計画」及び「新型インフルエンザ対策ガイドライン」(以下「行動計画等」という。)に基づいた万全の対策を、政府一丸となって講じていくこととなりました。
世界保健機関(WHO)は、“Disease Outbreak News”(疾病発生報告)を出しています。それによると、今回のインフルエンザはまず“Influenza-like illness”(インフルエンザ様疾患)という表現で現れます。(2009年4月24日)
Influenza-like illness in the United States and Mexico(24 April 2009)
The United States Government has reported seven confirmed human cases of Swine Influenza A/H1N1 in the USA (five in California and two in Texas) and nine suspect cases. All seven confirmed cases had mild Influenza-Like Illness (ILI), with only one requiring brief hospitalization. No deaths have been reported.
次は、インフルエンザウイルスによる疾患であることが確認されると、その由来から“Swine influenza”(豚インフルエンザ)とい表現に変わります。(2009年4月25日)
Swine influenza - Statement by WHO Director-General, Dr Margaret Chan(25 April 2009)
The current situation constitutes a public health emergency of international concern. However, more information is needed before a decision could be made concerning the appropriateness of the current alert level.
このインフルエンザがA型のH1N1という遺伝子の型であることが確認されると、“influenza A/H1N1”(インフルエンザA/H1N1)という表現になっていきます。(2009年4月29日)
Influenza A(H1N1) - update 5(29 April 2009)
The situation continues to evolve rapidly. As of 18:00 GMT, 29 April 2009, nine countries have officially reported 148 cases of swine influenza A/H1N1 infection. The United States Government has reported 91 laboratory confirmed human cases, with one death. Mexico has reported 26 confirmed human cases of infection including seven deaths.
やがて、今回のインフルエンザが毒性の弱いものであることが判明してきますから、この時点で少なくとも「新型インフルエンザ」という表現を止めて、「インフルエンザA」という表現や「Aメキシコ型」という表現に変えるべきだったと思われます。「新型インフルエンザ」という表現が磨耗しないうちにいまからでも厚生労働省が率先して使用を止めるべきでしょう。
インフルエンザウイルスは、変異します。次の報告は「2009年5月19日現在の神戸市における新型インフルエンザの臨床像(暫定報告)」からですが、今回の「インフルエンザA」の稀に現れる「入院を必要とする」症例を知る上で、重要と思われます。
1例のみ、入院を継続することが合理的であると考えられた患者があった。その患者の状況について症例報告として以下に述べる。
症例: 20歳代の女性。5月16日夕方より頻回の下痢と38℃台の発熱出現、咳(-)、鼻水(-)、咽頭痛(-)、頭痛(+)、下腹部痛(++)、関節痛(+)、悪心(-)、全身倦怠感(+)、にて入院となる。現症として咽頭は軽度発赤しており、下腹部に圧痛がある以外には著変を認めない。この日の検査データとしては、末梢血で白血球 5100/mm3、血小板 17.0 x 104/μl、CRP 9.2mg/dl、咽頭拭い液あるいは鼻汁にて行われたインフルエンザ迅速検査A(-)B(-)、RT-PCRにてインフルエンザA(H1N1swine)陽性であった。タミフル、ブスコパンを処方され、輸液が行われた。5月19日現在、依然入院中だが、臨床症状は徐々に改善している。腹痛の原因については精査中である。
※ 「現症」とは、患者の現在示している状態、特に症状。
※ 「著変」とは、著しい症状の変化
※ 「輸液」とは、栄養や水分などを点滴することによって補充すること。例えば、下痢などによって、体の中から水分やナトリウム・カリウムなどの電解質が失われた(脱水)状態の時に行われる(「電解質輸液」)。何らかの理由で口から食事や水分が摂れない時も行われる(「栄養輸液」)。
※ 「RT-PCR(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction、Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)法」は、RNAしかもっていないウイルスの感染を証明する場合に用いられる。RNAを鋳型に逆転写を行い、生成されたcDNA(complementary DNA、相補的DNA)に対してPCR(ポリメラーゼ連鎖反応、DNAを増幅するための手法)を行う。
(この項 健人のパパ)
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