7月11日(土)、12日(日)と後志管内古平町の琴平神社で、恒例の火渡りが行われました。その前の週には隣町の積丹町美国でも火渡りが実施されたことが、北海道新聞の地方版に載っておりました。土曜日に写友と古平の火渡りを撮影に行ってきました。
八王子に勤務していた折には、3月に行われる高尾山の火渡りを、二度見ております。高尾山の場合は、大量の松の枝や木札が燃やされ、残り灰の上を修験者や一般の参詣人がはだしで渡るものでした。
一方、こちらの場合は、鉋屑を燃やし、その中を祭りの関係者が駆け抜けるのです。最初に、神輿の先導役を勤めた天狗(猿田彦)が、一本歯の高下駄で周囲を何度も回ります。太鼓と笛で囃し立てます。ころあいを見計らって一気に渡ります。それが標題の画像です。
渡りきると、再度ころあいを見計らって火の中を戻っていきます。観衆から大きな拍手が沸き起こります。次いで、赤と緑の獅子舞が同様に火の中を渡ります。それが下の画像です。
その後、各町内を代表する神輿が境内に入り、若い衆に担がれた神輿の火渡りが始まります。一旦渡ったみこしは急旋回して再度火の中を渡って戻っていきます。渡る都度、観衆からは大きなため息と拍手が沸き起こります。
以下に、二基の神輿について、火の中を入ってくる場面と、戻っていく場面を上げておきます。上段の二画像は、赤い法被のグループです。下の二画像は、白い法被のグループです。
燃えさかる火の中をくぐって、よく火傷をしないものだと思いました。予め水をかぶっているわけではなさそうです。水を被ると、衣服が肌に密着しますので、見た目で分かります。また一旦渡った後も水桶が事前に用意されておりましたが使っておりませんでした。渡りきった後は、足元にパチパチと火の粉が残り、ぶすぶすと煙が出ておりました。
八王子に勤務していた折には、3月に行われる高尾山の火渡りを、二度見ております。高尾山の場合は、大量の松の枝や木札が燃やされ、残り灰の上を修験者や一般の参詣人がはだしで渡るものでした。
一方、こちらの場合は、鉋屑を燃やし、その中を祭りの関係者が駆け抜けるのです。最初に、神輿の先導役を勤めた天狗(猿田彦)が、一本歯の高下駄で周囲を何度も回ります。太鼓と笛で囃し立てます。ころあいを見計らって一気に渡ります。それが標題の画像です。
渡りきると、再度ころあいを見計らって火の中を戻っていきます。観衆から大きな拍手が沸き起こります。次いで、赤と緑の獅子舞が同様に火の中を渡ります。それが下の画像です。
その後、各町内を代表する神輿が境内に入り、若い衆に担がれた神輿の火渡りが始まります。一旦渡ったみこしは急旋回して再度火の中を渡って戻っていきます。渡る都度、観衆からは大きなため息と拍手が沸き起こります。
以下に、二基の神輿について、火の中を入ってくる場面と、戻っていく場面を上げておきます。上段の二画像は、赤い法被のグループです。下の二画像は、白い法被のグループです。
燃えさかる火の中をくぐって、よく火傷をしないものだと思いました。予め水をかぶっているわけではなさそうです。水を被ると、衣服が肌に密着しますので、見た目で分かります。また一旦渡った後も水桶が事前に用意されておりましたが使っておりませんでした。渡りきった後は、足元にパチパチと火の粉が残り、ぶすぶすと煙が出ておりました。
古平から鹿児島に転居されたんですか。日本列島縦断ですね。
30年前と比べると町も大きく変っていると思います。積丹を一周する道路が出来ましたし、古平と神恵内を結ぶ道路も出来ました。
14,5年前には古平の豊浜トンネルで崩落事故があって多くの方が犠牲になりました。
絵になるところが沢山あって、古平積丹には、よく写真を撮りに行っております。
退職後は地元小樽に戻っております。
古平、積丹は、よく写真を撮りに行きます。この火渡りははじめてみました。勇壮果敢で、近隣でこのようなお祭があることを知らず、反省しきりです。勿論来年も撮りに行くつもりです。
静岡はいい所ですね、温暖で、毎日富士山を見ることが出来て…
また、単身赴任がしたくなりました。
新聞の地方版では、終わった行事ばかり載るので、なかなか事前に察知することが出来ません。
早速調べてみます。とはいえ、今月は写真撮影のスケジュールが立て込んでいて行けるかどうかは分かりませんが…
今から楽しみで楽しみでワクワクしています。
古平人にとって天狗は誇りです!!
火くぐり凄いかな?
いけたら、ブログに写真をアップしたいと思います。古里でのお祭り十分楽しんでください。
http://blog.goo.ne.jp/photo-gg008/d/20100918