紅露の写真日誌…北の大地・夢空間

おもに北海道内の風景・スナップやカメラのことなどなどに付いて、掲載していきたい。

久しぶりに長橋なえぼ公園に

2020-06-04 12:09:13 | 日記

 

5月25日に、北海道を含め全国に出されていた緊急事態宣言が解除されました。いまだコロナ騒ぎが完全に収まったわけではないので、恐る恐るカメラを担いで、市内の長橋なえぼ公園に行ってみました。公園の開設は、明治26年にまでさかのぼり、小樽苗圃(びょうほ)として開設。地元では「苗圃=なえぼ」公園と呼び親しまれてきました。春には、桜のほか水芭蕉やざぜん草が咲き、エゾリス、野鳥などと触れ合えます。

例年3月末の雪解けから4月中旬にかけて撮影に訪れるのですが、今年はこのコロナ騒ぎで、遅くなり、5月の29日(金)好天を見計らって撮りに行ってきました。なので、例年とは違って、早春を過ぎ、新緑のシーズン真っ最中。いままでに見かけたことの無い花々がたくさん咲いておりました。如何せん自称花音痴なので、「森の自然館」で係員に教えてもらおうとしましたが、自然館そのものが当面閉鎖中でした。

 


左手前の駐車場から、中央園路に出ると、やはりコロナの影響か、人通りが少ない。


右手の広場には5-6人の家族ずれが、お弁当を広げているようです。普段ですと結構いるのですが…

 


小川で水遊びをする親子。この日2時間ほどで見かけたのは、家族ずれ3組+カメラマン(らしき人)1人+散策人1人、だけでした。

 


駐車場と、中央園路の間にも普段見かけない花がたくさん咲いてました。赤いのは蕾でしょうか?

 


この黄色い花の塊も初めて見たような気がします。

 


少し退いて撮るとこのような感じです。

 


これもまた見たこともない花、猫が威嚇するときに、しっぽが膨れ上がったような感じ。

 


この花は(ぽつぽつと白い)よく見かけます。画像が小さくてわかりにくいですが、ナナカマドの花です。小樽市内では街路樹にもなっています。

 


さらに中央園路を奥に進むと、水性コン虫類の棲む「ビオトープ沼」ですが、そこにはすでにオタマジャクシは見当たりませんでした。さらに奥に進むと、右手に水たまりがあって、その水たまりにオタマジャクシが、いるのです。もう抜け殻なのか、まだ卵のままなのか、よくわかりませんでした。

 


水芭蕉の群生地も、葉だけが青々として、70-80cmに成長していました。もちろん白い花芯はとっくになくなっていました。

<参考>

2018.4.18 同じ場所で撮影した水芭蕉の群落


変わった花というか野草を見つけました。茎の後ろに葉が見えますが、葉と花が大きく分かれています。花の部分をさらに寄って撮ると…

 


幾分カボチャの花に、似ているような、似ていないような…

 


野草のようですが…


中央園路も出口に近くなるあたりには、湿地帯一面のざぜん草が咲き始めますが、ざぜん草の特徴である濃い茶色の衣(フードのような)は、全く見当たらず、ただただ大きな葉があたり一面に生い茂っています。

<参考>

2019.4.17に撮影したざぜん草の群生地 茶色の衣の傍の葉が成長し、上の画面用に広がったようです。

 


遊歩道に沿うように流れる疎水に、新緑の緑が写り込んでいる。

 


ひときわ大きな柏の葉でしょうか。

 


最初見た時は、「葉に黒っぽい虫が…」と思いましたが、よく見ると花の蕾のような、そうでないような…。それにしても珍しい、葉の重なり合った中心部から3-4cmの茎が伸びて、3個の花弁を携えて、青黒いつぼみが…

 


一旦中央園路の終点を抜けて、駐車場らしき敷地の奥の雑草地に入ると、独活の集落地のような…場所で可愛い虫を見つけました。

 


時期を過ぎた野生の独活でしょうか、

 

久しぶりの公園独り歩き、のんびり新緑の空気を吸い、気分のいい一日でした。

 

 

 

 

 

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花、華、はな…その3(ご近所の花畑)

2020-05-27 11:04:15 | 日記

 

5月も第4週になって、関西地区の緊急事態宣言が解除され、コロナウィルス騒ぎもやっとピークを過ぎつつあるような気配になってきました。残るは首都圏の1都3県、と北海道だけですが、北海道内でも緊急事態宣言が続いているのは、札幌市と、石狩管内だけで、そのほかは解除されております。

これも5月第5週には解除される予想とか(5月25日解除宣言が出されました)。しかし、気を緩めると、第2波、第3波もあるとか、ないとか…。いずれにしても、うがい、手洗い、三蜜を避けるなど、気を緩めることの無いようにせねばなりません。何かと窮屈で不便な毎日、気ままに撮影に外出も出れません。でも季節だけは順調に進んで、北海道はまさに、百花繚乱の季節。そこで、今回はご近所の花畑を覗いて見ました。なお撮影日は5月14日~21日です。

 

☆隣家の庭にはライラックの花が…
(注)北海道内では個人の一般的な住宅には、ほとんどが庭塀がありません。その理由についてはよくわかりませんが、積雪が関係しているのか、道民のオープンな性格によるものか…わかりません。

 


お隣のKさん宅の白いライラックです。高さ3-4mほどで、とてもいい香りがします。なおライラックは札幌の市花でもあります。大通公園のライラックはほとんどが薄紫ですが…。

 


我が家の花壇は、幅50-60cm、長さ3mほどです。昨年秋に家内が種を植えたスズランが20-30株ほど育って、可愛い花つけてきました。

 

☆北海道では余り見かけない桃の花が…

 


電柱や電線を避け、バックにメルヘン広場に立つ洋菓子店ルタオの時計塔を入れて撮りましたが、木が剪定されておらず、伸び放題。桃は桜と違って、1本の枝に連なって花が咲きます。

 


むしろ、隣家の壁をバックにして撮ったほうがきれいに見えます。

 


おなじピンクの花でも、こちらは、八重桜です。八重桜はエゾヤマザクラよりも2週間前後遅れて花が咲きます。

 


お隣のSさん宅の駐車場に咲く花たち。右の大きな木は桜の木。2-3週間ほど前までは桜が咲いておりましたが、いまは葉桜。エゾヤマザクラで、花が咲いているときは、茶色の葉でしたが、花が落ちて、光合成が進むと、茶色の葉は緑色に代わります。青のトタン屋根は、駐車場の屋根です。チューリップと、黄色のレンギョウが咲き誇ってます。

 


おなじ花畑ですが数日後、露出を切り詰めてチューリップを際立たせてみました。

 

☆この時期はツツジが満開です。

 


花のことについては詳しくありませんが、ピンク色のほうはエゾ山ツツジでしょうか。時には白いつつじも見かけることがあります。小樽市の市花はツツジで、市民公園にはいく種類ものツツジが、この時期咲き乱れています。(参照、当ブログ2012.5.31付け「新緑の季節到来」)

 


アジサイも、葉が青々としてきました。本州では6月の花で、アジサイ=梅雨というイメージが強いのですが、北海道では7月以降に咲き、夏の花というイメージかもしれません。
余談ですが、北海道では、時として、アジサイ、ヒマワリ、コスモスが同時に咲くことも珍しくありません。

 


お向かいの花壇。日当たりがいいので、もう芝桜が満開ですね。

 

☆小樽を代表する割烹「海陽亭」は、現在改築中(直接花とは関係ありませんが…)
かつて昭和の初期小樽が海運で栄えていたころ、山下汽船の初代小樽支店長「石原潔(慎太郎、裕次郎の父親)」が豪遊した有名な割烹です。平成に入っても時折営業しておりましたが、中華系外資に譲渡されました。聞くところによるとレストランに改造中とか…

 


左側黒い塀のところにあった、観光客向け海鮮丼屋を取り壊し、大型バスが出入りできるように拡張しました。

 


海陽亭は、大きな樹木に囲われいろんな鳥たちの棲家にもなっています。料亭は丘陵地にあって、木造2~3F複雑な作り。継ぎ足しのためでしょうか。桐の薄紫の花が目を惹きました。

 

☆ぽかぽか陽気に誘われて、ちょいと足を延ばして臨海公園(我が家から500mほど)に行ってみました

 


白樺の木、よく見ると小さな房が幾筋も垂れ下がっています。これが花で、花粉が飛ぶと花粉症にもなります。

 


公園の日当たりの良いところには「レンギョウ」が黄色い花を付けています。この時期の黄色い似た花に「サンシュウ」「マンサク(花弁が4枚で細長い)」がありますが、ちょっと目には区別がつきません。なお「サンシュウ」については、2017年5月1日当ブログ「春本番…」の最後の画像を参照してください。

 


花とは関係ありませんが、ぽかぽか陽気で、船員さんも、日光浴か。

 

☆さらに足を延ばし、家族で奥沢、水源地に行ってみました(5月19日午後)

 


途中でこんな素敵な梅を見ました。桜が5月上旬には散ってしまったのに、中旬になって梅が満開です。桜の開花前線と梅の開花前線は、津軽海峡で横並びとなり、道央、道北、道東では、本州と逆になります。

 


最近できたアイス屋さん「北の贈り物」(絵画調HDR撮影) 結構お客が来ておりました。ここはご存じの通り旧北の誉酒造の清酒工場跡です。

 


イチゴアイス=350円が売れ筋商品とか、普通のピンク色のアイスに、冷凍イチゴのスライスが二切れ乗ってるだけ。アイスクリームにしては酸味が強く、冷凍氷のガリガリがあって、う~ん美味しいとは思わなかった(個人的な感想)。

 


水管橋(画面右の青い橋)の奥へは立ち入り禁止。水源地の水面は、かつては中央の白い取水塔の下までの高さでしたが、堤防が壊れ、修復困難と言うことで、この辺りは公園になるはずでした。なんせ財政ひっ迫が続く市の財政では、まかなえないのか、もう5-6年放置されたままです。冬期間は雪捨て場になっている。
そんな事よりも、後ろの山々には、わずかですが赤っぽい樹木が見られ、「春紅葉」が見られます。(詳しくは、当ブログ2010.6.1付け「春紅葉」参照)

<参考>H10年6月3日水道週間の日に撮影した旧「水源地」

OLYMPUS OM-4  KodakDynaEX100

 


帰りは歩道わきに生えてるヨモギを採取、てんぷらにして夕食の総菜にしました。

 

さて、次回は…緊急事態宣言は5月25日に解除されたことですし…いやいや、もう少し自粛しましょう。

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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モノクロ写真の数々(3)

2020-05-20 11:15:13 | 写真

 

モノクロ写真を取り上げて、3回目の今回は、平成11年開業後のマイカル小樽(現ウイングベイ小樽)、中古車輸出華やかなりし頃のロシア船、珍しいところで、ケーソンの進水式などを取り上げます。

マイカル小樽は、JR小樽築港ヤードに、店舗4F建て+駐車場他ホテルの建物として、当時日本最大級の大型商業施設として、平成11年に建てられました。しかし2年後の平成13年には、早くも経営破綻し、その後再三経営主体が変わり、現在も巨大債務と経営不振にあえいでいます。詳しくはウィキペディア「ウイングベイ小樽」参照

 

☆開業当初は珍しさもあって、5000台ともいわれた駐車場が満車になることもありましたが…

 


いわゆる2番街(4Fにワーナーマイカルシネマのあるエリア)には4Fまで吹き抜けのスペースがあって、ここに当時としては珍しいオブジェがありました。スチール製のぼんぼりにカラフルなライトが周囲から当てられ、音楽に合わせてぼんぼりが開閉しながら上下に動きました。7色の反射光が周囲を照らして買い物客を魅了したものでした。それもマイカル小樽の破たんと同時にタダの飾り物になってしまい、現在では1Fに店舗を構えたビバホームのお邪魔虫になっています。

 


一瞬ネガ反転と、思われたかもしれないですね。上の画像の中央で行われたファッションショーで、モデルの髪が金髪だったので白く映ってしまいました。

 


4Fの天井には照明用のスポットライトがあって、そこからスチール製のぼんぼり(正式名不詳)に照射すると、周囲の白壁に反射が写り込むのです。

 


ここのエリアは、セールやシーズンごとに設置されるオブジェやディスプレーが変化します。それを見るのも楽しみの一つでした。

 


4Fには映画館(現イオンシネマ)があって、このようなアメリカンポップ調のディスプレーもありました。

 


6番街(現イオンスーパー)の隣の5番街(飲食店街)…この街区という区分もわかりずらい。小樽築港小樽築港河から1番街、2番街と来て、3番街、4が無くて、5番街、イオンスーパーのある6番街となっている。
5番街2Fの回転寿司「魚一心」の隣にあったラーメン店(?)の窓ガラスが凹凸のゆがみのある窓で、面白く映った。現在は別の飲食店です。

 


5番街2Fの飲食店街にあった「ハイカラ横丁」この周辺の飲食店は入れ替わりが多い。

 


2Fの通りの一角に、かつて「吉本演芸場」がありました。客席数は50席もなかったと思いますが、1年足らずで吉本は、この売店もろともなくなってしまいましたね。現在もホールは残っていて、ミニコンサートの発表の場としで使われているようですが…

 


開業当初人気を博したのが、このダイナコースターでした。1-2F吹き抜けの空間にジェットコースターのミニ版がセットされ、大人にも人気でしたがやはり1-2年でなくなり、その後はだだっ広い空間に、子供の遊び場+ガチャポン+カード売り場となりました。現在も広場はありますがいつ見ても閑散としています。

 


飴細工のおじいさんこと、「飴五郎」さんは、この当時90歳を過ぎていたようですので今は…

 

☆ケーソンの進水式を見る
ケーソンとは、簡単に言うと防波堤や橋梁の土台となる、海中に埋設される箱型の土台のことです。この日進水されるのは、古平漁港で使われる漁礁と言うことでした。コンクリート製の箱は、中は空洞で、引き船で、目的地まで曳航されて、蓋を外して海中に沈められます。魚たちの棲家になるというわけです。長年小樽にいて、ケーソンなるものも、その進水式も初めて見ました。

 


H17年9月10日撮影 上記のマイカル小樽の画像よりは5年ほど後のことになりますが、ちょうどフィルムカメラとデジタルカメラを併用していたころになります。この画像はフィルムカメラによるものです。
すでに陸上で作られたケーソンが、小樽築港の浜辺に移動して進水するばかりになっています。左端に関係者も集まっています。


ケーソンの土台部分をズームアップすると…底の部分には台木や砂袋が積み重なっています。



台木が外され、砂袋が打ち破られると、ケーソンは前のめりとなって海中に向かって進みます。

 


海中に入っても、中が空洞ですから、沈むことはありません、やがて曳き船が来て、港内から古平漁港に向かって行きました。

 

☆小樽中央ふ頭には、中古車を積み込むロシア船がひしめき合って…
H11年からロシア船の中古車積み込み風景を撮影しておりますが、モノクロフィルムで撮影したのは、輸出のピークが終わる頃のH15年2月23日で、これ1本しかありません。他はすべてカラーフィルム、またはカラーデジタル撮影でした。
好調に推移した中古車の輸出も、ロシア国内で様々な問題が発生し、平成14-15年ころ中古車の輸入禁止措置が取られました。にもかかわらず、日本の安い中古車人気が衰えず、中央ふ頭では、中古車を真ん中から切断し、スクラップとして輸入、現地で繫ぎ直すという奇策で、しばらくは続きました。

<参考 撮影H15.3.22>

中古車を、真ん中で切断し、スクラップとして輸入するらしい。ロシア到着、検疫後に、再び接続して中古車として販売するらしい。



H15年以降になると、中古車よりも中古タイヤが輸出の中心になって来たようです。


高関税がかかっても一部中古車そのものの輸出もあったようです。

 


取り扱いの中心は古タイヤ。なお平成20年前後になると、ロシア船の姿は、ほとんど見かけなくなりました。

 

☆朝露をモノクロで撮ると…

 


蜘蛛の巣に垂れさがっと朝露ですが、PCのソフトで露出を切り詰めるとこんな感じになります。以下の3枚はフィルムではなくデジタルカメラでの撮影です。

 


クロスフィルターを通すと、滴に光状ができます。

 


おや、ええ、と思われるかと思いますが、上下を逆さまにしてみました。

 

 

さて、次回モノクロについては、赤外フィルムで撮影した画像やコピーフィルムで撮影した画像も取り上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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花、華、はな…その2

2020-05-12 10:20:00 | 日記

 

前回は、春の花の中から、桜、芝桜、菜の花、華やかな女子たちのジャンプなどを取り上げましたが、今回は、同じく春代表する花から、梅、藤、タンポポなどを取り上げます。ちょっと変わったところで夜空に咲く大輪の華(花火)を取り上げます。そのほか、美瑛の大地に咲く花、南国の花なども取り上げる予定ですが、スペースの都合上、次回となるかも。

 

☆梅は、北海道では、桜ほどなじみのある、身近な花ではないようです…
道内で有名な梅林と言えば、札幌市清田区の平岡梅林と、洞爺湖湖畔の壮瞥公園の梅林が有名ですが、梅林の数は多くありません。一般の民家でも、庭木として桜はあちこちで見かけますが、梅となるとぐっと少なくなりますね。

 


平岡梅林 2016年5月7日撮影 写友数人との撮影会で初めて平岡梅林に行った時のものです。それまで梅林があることすら知りませんでした。
<平岡公園の概要>公園は道央自動車道と札幌新道の両側に位置し、約66haあって、西側に、梅林をはじめ自然が多く残った公園となっています。東側には、野球場、テニスコート、パークゴルフ場等運動施設があります。平岡梅林については、当ブログ「2017.5.20付け春本番(4)…平岡公園の梅まつり」を参照してください。

 


梅林はすり鉢状になっていて、斜面に、紅梅、白梅約1200本植樹されています。この日割りと風があって、カメラを手持ちでスローで撮影。枝を揺らして撮ってみました。

 


こちらは洞爺湖畔壮瞥町の梅林。急斜面に這うようにして梅が植えられている。例年5月20日前後に洞爺湖1周マラソンがあって、そのころに梅も桜も満開となります。

 

☆藤の花は個人宅でも、藤棚を作っておられることもありますが、足利フラワーパークのような大規模な藤はありませんね。札幌市前田森林公園の藤棚と平岸天神(YOSAKOIソーランチームで有名)にある「天神藤」を取り上げます。

 


丁度この日は、数組のコスプレーヤーたちがカメラマン同伴で藤棚をバックに撮影に来ておりました。藤棚は、中央の展望台の両端に100mほどあって、画像のように見事な薄紫の花が垂れ下がっています。

 


天神藤は、約200年ほど前に北海道入植者が持ち込んだ、一鉢の盆栽から、このような大木になったと言われています。もともと個人の住宅地でしたが、数年前に札幌市に寄贈され、現在はこの庭園と接する天神緑地公園の一部として改良工事が行われています。
なお、前田森林公園の藤及び天神藤については、このブログ2019.6.6付けブログ「藤の花が満開と聞いて…」を参照してください。

 


天神藤をカシオのコンデジで、HDRアートで撮ってみました。目が痛くなるかな(笑)。

 


こちらはオマケのカットです。小樽市民公園の藤棚ですが、ピントが合ってない?にじんで見える、って?そうなんです、わざとにじませたんです。後ほどたんぽぽの綿毛を載せますが、ズームレンズを逆付すると、超マクロ撮影になることは、このブログで何度も取り上げております。
逆付のまま無限遠にピントを合わせると、このようなにじんだ画像になるのです。普通レンズは正常にセットして、初めて波長の違いによる色収差を補正しています。逆付すると、波長の色収差が無効となりこのように、にじんだ画像になるのです。

 

☆朝露に濡れたタンポポの綿毛を超マクロ撮影すると…異次元の画像になります。

 


この画像は、タンポポん綿毛を日陰で、ズームレンズ逆付で撮影したものです。この画像は、GMO(ゲソてん)「壁紙ドットコム・写真部」の「第1回彩フォトコンテスト」で金賞となりました。賞品としていただいたのがCANON EOS40D+18~70mmレンズセットでした。
なお、ズームレンズ逆付の超マクロ撮影については、本ブログ2014.7.6付「超マクロワールドへ…水滴7変化」を参照してください。

 


バックを暗くして撮影し、さらにWBを低くすると、青みを帯びた画像になります。

 


さらにこちらは、バックに霧吹きをかけたCDを置いて、太陽光を反射させると、このようなファンタジックな画像になります。

 

☆夜空に咲く大輪の華…花火をズームレンズを使って花の様に撮る技法です。春の花というより、真夏の華かもしれませんが…

 


H12年12月立川市の国営昭和記念公園で行われた花火大会で撮影。当時はフィルム撮影で、カラフルに撮ろうとして、赤、青、緑のセロファンで自作のフィルターを作製、シャッターをバルブにセットし、レンズの先で3枚のフィルターを交互に動かして撮影した画像です。その後3色セットのフィルターが売り出され、それを利用して撮りました。

 


露光間ズーミングという手法で撮影した画像

 


露光間ズーミングで無限遠にピントが合う直前に、もう1個の花火がさく裂したものです。

 


これらの画像を見てる限りでは、これが花火か?と思いますね。

 

相変わらずのコロナウィルス騒ぎで、春から初夏にかけてのイベントがほとんど中止となりました。依然外出自粛要請が続いていて、撮影に出ることもできません。家人の目をかすめて4月下旬に、写友とニセコ方面に一度撮影に出たのですが…、バレて家内、娘たちから、しこたま叱られました。感染したら70歳代のジジイから先にくたばる、くたばってもいいけれど、家族が迷惑をこうむる云々。三密になるような接触は全くないのに…

次回は再度モノクロ写真の数々を取り上げる予定をしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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メルヘン広場は、人通りが途絶えて…

2020-05-04 12:42:45 | 今週の一枚

 

コロナウィルスが一向に収束する気配がない中、緊急事態宣言がさらに延長される可能性が強くなりました(5月4日、月末まで延長が決定)。そんな人間界のこととは無関係に、自然界で花だけは季節通り巡ってきます。ここ数日の好天で、小樽でもエゾヤマザクラが蕾から、開花へと猛ダッシュ。

外出自粛要請が続いている中、重たい機材を担いで撮りに回るのも気か引けるので、コンデジとミラーレス一眼を手に、歯医者への通院傍ら、メルヘン広場と南小樽駅を回ってきました。

 

☆メルヘン広場は、日当たり良好で、小樽で最初に桜が開花すると言われています…

 


旧山ノ上町の坂(S47年に三本木急坂に改称されましたが、地元の方は山ノ上町の坂と今も呼んでいます)の自宅から、広場に降りていくと、あれれ、人っ子一人いない。ピンクの桜だけが我が物顔で、存在感を主張している。数回前のブログでも紹介しましたが(R02.3.20付け「小樽観光街は、人通りが途絶えて…」)、あれから約1か月半ほど経過しましたが、激減どころか、ゴーストタウン状態。

 


広場を臨港線(海)側から見ると、画像からはわかりにくいですが、かなり散りかけていました。そよ風に吹かれ、ひらひらと花弁が舞っているのですが、画像には写し切れませんでした。

 


洋菓子店ルタオの塔のシンボルマーク時計を映し込んでみました。

 

さて、山ノ上町の坂を上って、JR南小樽駅へと進みます。


近所の横丁奥に咲く桜も満開。子供が、「おじさん何やってるの」と声をかけてきました。「桜を撮ってるの」と言うと、奥にかけていきました。

 

☆南樽桜は1~3分咲きかな

 


量徳橋欄干の隙間から、カメラを構えて札幌行き電車が入線するのを待って撮影。この南小樽駅は、バリアーフリー化、エレベーターの設置等の計画があって、改築予定です。南樽桜が保存されるかどうかも未定です。なんせ樹齢が100年以上と言われ、老木化が進んでいるので…

 


橋の防護網の隙間にコンデジのレンズを入れて桜にピントを合わせました。

 


防護網の隙間から飛び出している桜の花を撮る女性。

 

このJR南小樽駅も午後と言うこともあってか、待合室には、人がほとんどいませんでした。聞くところによれば、ドル箱路線と言われる小樽~札幌間の快速電車も、1両に2-3人の乗車とか、JR北海道も大変だね。

 

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花、華、はな…その1

2020-04-28 12:58:11 | 日記

                              <倶知安町 三島さんちの芝桜庭園から見た風景>

 

このところのコロナウィルス騒ぎに伴う、緊急事態宣言にいう、三密回避、外出自粛要請を、まじめに守っております。なので自宅でごろごろ、時折ネコと遊んだり、時代劇「鬼平犯科帳」をテレビで見る程度。趣味の写真撮影での外出は、2月の10日の札幌雪祭りが最後。札幌市の雪まつり担当職員がコロナに罹患したと報じられた時、一瞬やばい、感染したかと思いましたが、よく考えたら、発生の感染源と目される外国人とも接触してないし…あれから二月以上経過しても、コロナの兆候もなしで、一安心。

ブログに新規掲載できるネタもなく、このところ古いモノクロ写真を2回取り上げました。モノクロ写真はそれなりに良さがありますが、続けると物足りなさも感じられるので、今回は2週続けてカラー写真を取り上げます。春が来ておりますので春の花を中心に、選んでみました。花と言っても色々ありますので、まずは見ていただいて…

 

☆春の花と言えば、桜と梅ですが…まずは桜から

 


小樽市内の天狗山の「天狗桜」 天狗山は(標高532m)、冬季はスキー場で斜度38~40度を超える中上級者用コースが人気。ここからは、小樽市内はもとより、対岸の増毛連峰や積丹半島も見えるとあって、観光スポットとしても人気が高い。標高が高いだけに、年によっては桜の開花と周囲の残雪が同時に見られることもあります。

 


「北海道庁の八重桜」 雨の日もしっとりとしてまた美しい。
雑誌サーイ・イサラ「桜を撮るコンテスト」優秀賞「雨の日」

 


「桜吹雪」 同じく北海道庁前で撮影。
H23年 さくら芸術文化応援団(レナジャポン)主催 「あなたの桜色コンテスト」 写真部門最高賞「桜吹雪」 
審査員講評:こんな色濃い桜の花びらの動きのある写真は、まるで花火の様です。少女の上着の色ともマッチして、色バランスが素敵です。
東京渋谷の某超高層ビルで表彰式があって、出席しました。宿白代、往復飛行機代(+賞金)は主催者負担でした。

 


「散ってなお、流れとなって、美を競う」 八王子支店在勤時、昭和記念公園で撮影。疎水に散った花弁が集まり、緩やかな流れとなり、渦を巻きながら流れるさまは、水彩画を見ているようでした。

 


H25年 TAMRONマクロレンズフォトコンテスト 入選「水中花」

 

☆芝桜と言えば…
道内では、東もこと芝桜公園と滝上公園の芝桜が有名です。いずれも10万平方m(東京ドーム約2個分)を超える広さがあって、しかも丘陵になっているので、その美しさは、ただただ見事というしかありません。
近年は、倶知安町の「三島さんちの芝桜」が人気急上昇で、東南アジアからのバスツアー客が大勢押し寄せています。

 


滝上公園の芝桜 H18年に、上湧別のチューリップ公園とここ滝上公園の芝桜の見学バスツアーに参加した時の画像です。

 


三島さんちの芝桜 元農業の三島さんが、個人的に開放している芝桜庭園、入園料なし。規模は4000平方mとそれほど大きくはありませんが、なんと言っても残雪の羊蹄山が正面に見えるのが素晴らしい。また、ご自身の居宅もグリーンで統一しており、ピンクと調和していて、美的感覚に優れている。

 


芝桜の中に、白とピンクの芝桜で、羊蹄山を模しており、ここで後方の残雪の羊蹄山をバックに、撮影するカップルが後を絶たない。

 

☆菜の花
本州では2月ころから咲き始めるようですが、北海道では、5月中下旬ごろが開花のピークです。また美瑛・富良野方面では、肥料として畑に漉き込むことが多くて、春から秋にかけて咲いていることがあります。

 


滝川市江部乙町の菜の花畑 歌にある「菜の花畑に、入日薄れ…」(朧月夜)を想像しました。

 


菜の花娘たち H3年から6年まで青森支店に勤務していた折に、管内の横浜町商工会に招かれて、菜の花祭りに参加した折に撮影。当時関東以北最大の作付面積と説明を受けましたが…
江部乙町もそうですが、その年によって作付け場所が変わるので、正確な比較はできないようです。

 


美瑛町のマイルドセブンの丘付近で撮影 菜の花かキガラシか区別がつきませんが、一面黄色でとてもきれいでした。厳密には菜の花とキガラシは若干異なりますが、親戚同士と言うことで、いいかも…

 

☆青春まっただ中の若い娘たち…ジャンプ一番
これぞ花の中の華とかってに私は思っています(笑)。

 


H25年3月江ノ島海岸で撮影 
GG Awardというイオン関連のフォトコンに入賞、横浜ランドマークタワーのホテルペア宿泊券をいただき、その折、江ノ島まで足を延ばしました。浜辺で彼女たち盛んに撮影しあっていましたが、うまく撮れないのか、一眼レフで撮ってほしいとのこと。数十カット撮影したうちの1枚。おへそ丸出しジャンプ、今春看護系の学校卒業の仲良し仲間とか。青春のいい思い出になったかな。

 


美瑛町 神野神野ファームで出会った陽気な娘さんたち、色々ポーズを変えて結構撮りました。

 


「青春バンザ~イ」 H22年9月ボルボカレンダーコンペティション 入選「青春バンザ~イ」
コピーライターによるキャッチコピー「おヘソまで出して思いっきりジャンプしている若い女性たち。はじける青春の1シーンを垣間見る。
東京のボルボ支社で行われた表彰式に出席してきました。入選12点のうち最優秀1点について、スエーデンの本社招待旅行がありましたが、残念なが、そちらは駄目でした。



H26年8月 ニセコ町曽我のミルク工房のひまわり畑で出会った大学&大学院生の彼女たち。3-4回ジャンプしてもらいましたが、何度ジャンプしても、一人タイミングが合わない娘がいる(笑)。

 

今回は、フォトコンテストで入選した作品がほとんどなので、無断転載はご容赦ください。

 

 

 

 

 

 

 

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モノクロ写真の数々(2)

2020-04-20 11:30:39 | 日記

               <昭和55年当時の旧小樽運河 運河埋め立て論争を経て、昭和61年に臨港線沿いのみ半分埋め立てとなった>

 

前回は、私が中学生のころ(昭和31年~34年)の写真を紹介しましたが、今回はその続きと、旧小樽運河、平成9年に小樽港に入港した空母インデペンデンス号を取り上げ、さらに3回目以降は、平成11年に完成した大型商業施設「小樽マイカル」、赤外写真等ほかを取り上げます。

中学生の頃は、戦後の食糧難からやっと出して、経済が復興から、高度経済成長にまさに移らんとする時期でした。カメラ・写真に興味を抱いたのもそのころで、最初は日光写真がきっかけでした。お祭り等の縁日で売っている日光写真機と画像のもとになる絵の描かれたパラフィン紙を挟んで太陽光に5-6分当てると、出来上がり。

日光写真


中央の箱がカメラ部分、と言っても単なる紙箱 ガラスの窓枠があって、印画紙と、ネタ絵を挟んで、日光にかざすだけ、夢中になったものでした。

 

☆懐かしき中学時代(続き)

 


U君 蛇腹のカメラを持っていますね。

 


こちらのT君も、蛇腹のカメラです。机の上に弁当、果物がありますが、中学卒業式当日の謝恩会があったからです。現在の謝恩会とはかなり異なるかも…

 


前回紹介した中で遠足の画像がありましたが、その時の写真です。60数年経ても、彼女たちの苗字名前は覚えております。左端の子は、山、山…駄目だ、下の名前が出てこん。

 

☆旧小樽運河
明治以降小樽の貿易港としての役割が高まるとともに、沖合に停泊中のの貨物船から荷を陸揚げするために、小樽運河が作られました。大正12年に完成しましたが、日本で唯一の、海岸埋めたて方式でした。全長1140m、幅40mでした。昭和41年に、役割を終えた運河を埋めて、交通渋滞を解消する計画が持ち上がりました。
しかし、市民の間からは運河を守る会が生まれ、10数年の運河論争を経て、臨港線側半分だけ埋め立て、残りの北運河側はそのまま残すことで決着。この間の経緯についてはウィキペディア「小樽運河」を参照してください。

 


旧小樽運河・中央橋から札幌方面を撮影。昭和55年1月撮影、現在観光スポットとなっている「浅草橋」はまだできておりませんでした。画面右端に半分沈んだ船が見えます。メタンガスがぼこぼこ噴き出していて、悪臭がひどかった記憶があります。大学時代、ここの道路を通って学校まで通っておりました。

 


おなじ中央橋から倉庫街を見た画像です。左端のしゃちほこのある倉庫が、現在の運河プラザと小樽博物館(運河館)です。小型ボートの横に大きな平らな船が幾艘も繋がれていますが、これが「艀(はしけ)」と言って動力をもたない運搬船なのです。沖合に停泊している貨物船から、荷を積んで、動力船(タグボート)でここに運んでくるわけです。一度に300トンほどの荷物を運んだと言われています。

 


上の画像のさらに北運河側を見たものですが、当時は倉庫が数多く連なっておりました。これらの倉庫群も現在は半分ほどが取り壊され別の建物となっています。

 


もう少し角度を変えて、海側(右)の建物も取り込んでみました。右奥に見えるのが、北海製缶の工場です。これらの画像は、運河が埋め立てられるというので、東京勤務のおり、正月休みで帰省したさいに撮ったものなんです。もちろんネガカラーでも数本撮影しております。

<参考 カラー写真>


同じ日に、カラーで撮影した画像 右下にわずかですが日の丸国旗が見えています。なので撮影日は、1月の3日頃だったかも…

 

☆小樽港に米艦空母インデペンデンス号(横須賀が母港)が寄港
平成9年9月5~7日米国の航空母艦インデペンデンス号が親善のために、小樽港寄港しましたが、これは米空母による日本の民間港への初の寄港となりました。こののち、平成12年と18年には米空母キティホークが2度寄港している。

 


横須賀を母港とする米国の空母インデペンデンス号は、全長319m、幅40m、搭載機70-90機、兵員3950名、総排水量8万640トンと言われています。

 


艦載機の一部を切り取ってみましたが、戦闘機がずらりと並んでいて、圧巻ですね。

 


船内見学があって、見学者が長蛇の列をなしています。確か事前に希望をとって、抽選で決めたようでした。応募は致しませんでしたが…

 


この画像は、小樽港マリーナです。同じ日に上の画像と連続して撮影しておりますが、画面上段右奥に、インデペンデンス号が係留されています。ヨットが多数陸上にも係留(と言うのかな)されているのが見えます。この平成9年ごろは、マリーナの左側に、大型商業集積「マイカル小樽」が建設されるのです。参考までに、下に画像も掲載しておきます。なおこれらはすべて、桜町の平磯公園の駐車場付近から撮影しております。

 


平成9年9月撮影 JR小樽築港駅は手前の草木に隠れ見えません。マイカル小樽は、中央左手に、建設されます。イタドリの葉(地元ではドンガイという)に隠れていますが…。中央の白っぽい(白飛び)建物は、肥料会社のサイロ群です。

 

次回は、マイカル小樽の開業当初の画像や赤外フィルムの写真を取り上げる予定です。

 

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モノクロ写真の数々(1)

2020-04-12 14:36:22 | 写真

                   <ハノイ日航ホテル前 夕方5時ころには決まってスコールがやってくる H23年6月撮影>

 

このところ、新型コロナウィルスの蔓延で、非常事態宣言やら外出自粛要請が続き、観光都市小樽市内の人出はめっきり減少。カメラを担いで外出する機会がめっきり、というか全くなくなりました。特に高齢者の罹患が多く重症化する例が多いという理由で、家族からも外出を止められています…

過去に撮影した画像の整理とか、フォトコンの応募、あるいはPCゲームをするなどして時間をつぶしています。そんな中、FBを見ていたら、「B&Wモノクロ写真マニア」というサイトを発見。覗いて見てみると、結構面白い。FB友も結構投稿しています。なるほど、これぞモノクロ写真の醍醐味、という画像が続出、早速グループに入れてもらいました。会の規定はかなり厳しく、シェア不可、色の偏り不可等々ありますが…

ともかく数点投稿したところ、1週間で、500件以上の「イイネ」が付いたりしてびっくり。改めてモノクロ写真の良さを再認識。ということで、数回にわたって、モノクロ写真を取り上げます。すでに何かの折に照会した画像も含まれていますが、ご了承ください。

 

☆FB「B&Wモノクロ写真マニア」に投稿した画像から


「このトンネルはどこへ続くのか」  撮影地は蘭越町ですが、国道5号線だったか、道道だったか忘れてしまいました。イモ畑の田園地帯でした。防風、防雪のためのトンネル(シェルター)で、この先が本来のトンネルになります。「B&Wモノクロ写真マニア」に投稿し、1週間ほどで、500件を超える「イイネ」がありました。

 


「君の目も、大きいよ」 二世帯住宅に住む孫3人のうちの真ん中の孫娘、3-4歳のころウイングベイ(旧小樽マイカル)1Fのスーパーイオンに買い物に行った際、不二家のペコちゃんを見つけ、耳に抱き着いて振り返った瞬間をパチリ。この画像にも100を超えるイイネをいただきました。

 


「孫娘2 中学校を卒業]   ペコちゃんに抱き着いた孫娘2です。中学校の玄関前の階段で、卒業生が記念撮影中。それから3年、この孫娘も、今春無事高校を卒業しました。コロナ騒ぎで、卒業式が中止、卒業証書だけをもらうという異例の卒業式となりました。卒業後、外国留学を目指していましたが、今回のコロナ騒ぎで…どうなることやら。

 

さて話は変わって、私自身は小樽出身ではなく、空知管内の雨竜町です。稲作地帯で、石狩川沿いの人口7000人(昭和30~35年ころ、現在は2300人)ほどの寒村でした。中学生時代(昭和31~33年)に、カメラブームがこの町にも押し寄せ、オヤジが大枚はたいて購入したパールⅢ型機(小西六製、後のコニカ)をよく持ち出して、学校でパシャパシャ撮ったものでした。あまり持ち出すもので、後にオヤジが「コニレット」というカメラを買ってくれました。

 

☆親父のパールを持ち出しては学校へ

 


右がオヤジの「パールⅢ型」、左が「コニレット」 パールはセミ判カメラで、一コマ4.5cm×6cmで、16枚撮りのロール紙付フィルムを使います。コニレットは、30㎜×36㎜という変形ライカ判でコニカの専用フィルム(ロール紙付12枚撮り、)です。35mmのフィルムが使えないという難点がありました。なので、もっぱらオヤジのパールを、盗み出しては学校に持って行っておりました。

 


中3の時のクラスメートたち この年の昭和33年の日本シリーズ巨人・西鉄戦は、球史に残る激戦。西鉄ライオンズが初戦から3連敗、あとがない西鉄は、雨で1日延びた翌日から、稲尾投手がなんと4連続登板して、4連勝の大逆転優勝を果たした。この時西鉄の三原監督が漏らした言葉が「神さま、仏さま、稲尾さま」でした。

 


中学何年生のときか不明ですが、弁当箱に注目、当時はアルマイト製の弁当箱で、級友はほとんどが農家の子供たち。米だけは豊富で分厚い弁当箱に、大きな梅干しと漬物くらいが普通。

 


昼休み時間は、バスケットや卓球に興じていました。腰に手ぬぐいぶら下げて、ハンカチ代わりにしていました。かまやつひろしのヒット曲「我がよき友よ」を思い出しますね。「…奴がやってくる 腰に手ぬぐいぶら下げて…♪」

 


中3の時の遠足は隣町の神社の境内、学校から約7-8㎞もあったろうか。画像は卒業アルバムから転載。

 


遠足に行く途中、石狩川の支流である尾白利加川(オシラリカ、雨竜沼が源流))にかかる釣り橋で遊ぶ仲間たち。

 


なんと言っても学校は農家の子供が多くて、田植えや稲刈りの農繁期になると、勤労動員があって、全校生徒が、駆り出されました。

 

☆コ二レットで撮った画像

 


コニレットで撮影 役場の官舎横で遊ぶ、子供たち。現代のような遊び道具がない時代。女の子はままごと遊びが一般的でした。後方に、肥桶用の柄杓(ひしゃく)があるのが笑えます。水洗などない時代、ぼっとん便所の外の蓋を開け、柄杓でくみ取り、肥桶を担いで、肥料として畑に埋める作業は子供の役目でした。臭いし、ウジ虫が気持ち悪いし…

 


道道275号線、雨竜町を突き切るとおりです。真冬ですが、自転車に乗ってる人が…。右が私で、左がT君。35㎜カメラが欲しくて、T君の実家の家業である、豆腐店で豆腐の外販をすることに。自転車の荷台に豆腐桶を括り付け、遠方の農家に売り歩くバイトでした。如何せん当時は道路が未舗装、1㎞走れば、桶の中の豆腐が粉々、結局このバイトは失敗。

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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我流欧州見聞録…余話

2020-04-03 13:13:40 | 日記

                      <パリ8区のエルメス本店 馬の飾り物が…もともとは馬具屋というから…>

最終回の今回は、H5年11月5日(金)から18日(金)までの15日間各国を研修で回った中からの番外ともいうべき、日本と欧州各国との文化・習慣の違いを、いくつか紹介いたします。なお、当時、欧州各国はさらなる統一に向けた最中で、EC(欧州共同体)からEU(欧州連盟)への過渡期でした。

☆車社会の違い

前回のパリ編で道路が車優先(に近い)であることを取り上げましたが、実は車についても考え方に、大きな違いがあるようす。パリのコンコルド広場の中央に立つオベリスク(エジプトの神殿から運んできた尖塔)を見学した際のことでした。私たちが大型バスで、駐車場に入った途端に、「ガッシャ~ン」という大きな衝突音が聞こえてきました。窓から見ると、縦列駐車中の老夫婦が乗ったルノー車が、前後にと、バンパーをぶつけて、隙間を広げて、悠々と走り去っていきました。ガイド氏によると、バンパーはそのためについているもので、衝撃吸収材なんだ、そうです。これには唖然…


凱旋門近くのコンコルド広場中央に立つ「オベリスク」。尖塔の表面に彫られた絵はエジプト古代文字のヒエログリフ。クレオパトラの時代の絵文字です。従来解読不能でしたが、シャンポリオンがロゼッタストーンを発掘して、解読が可能になりました。

もう一つ、ドイツのアウトバーン(高速道)を走行しているときでした。周知のようにアウトバーンは速度上限がありません(制限区域もある)。150、160㎞で走行するのは普通で、逆に最低速度が60㎞と決められている区間もあります。ただし、トラックやバスは最高速度が決められています。
速度の話は、どうでもいいことで、猛烈なスピードで、我々のバスを追い抜いた赤いベンツの屋根を見ると、鳥の糞だらけ。また対向車線を見ると、高級車と思われる車のスモールランプが壊れ、いまにも取れ落ちそうだったり…。要は、日本では高級車はステータスの一部で、ピカピカに磨き抜かれていますが、ヨーロッパでは、車は、あくまでも移動や運送の手段なんですね。
それに欧州のほとんどの国では、車検制度がありませんから、故障による事故は、あくまでも自己責任になります。

 

☆パリの地下鉄事情

パリ市内の移動は何と言っても地下鉄METROが便利。市内を縦横に走り、改札を出ない限り何度乗り換えても料金は均一で、6.5フラン(約120円ほど)。10枚綴り(=カルネ)だと39フラン(約790円)。使用期限がない。なお、現在は通貨単位がユーローなので、詳細は不明ですが…。

ホームに入るときは、日本と同じで自動改札機に切符を入れて通りますが、出るときはノーチェックで、競馬のゲート状の扉の前のステップに体重をかけると、自動的に扉が開きます。乗車中の検札がないので、入場と同時に、切符をポイ捨てする人がほとんど。

無賃乗車も多いようです。足の長い青年が、改札機を股いで、悠々と去ってしまったり、出口の改札機の下から、長い脚を突き出して、ステップに足をかけ扉を開けて、逆入場したり、いやはやルール無視がはなはだしい。


地下鉄車両のドアは、日本のように自動開閉ではない。降りる人がいないと、自分で開けない限り、ドアは開かない。なお閉めるのは自動で閉まります。

改札口でのある出来事。研修で一緒になった同僚O氏と、地下鉄に乗った時の事でした。私が改札機を抜けた時に、後ろのO氏が、突然「ぎぇ~!」。ふりむくと、たすき掛けにしていたO氏のバッグが…、扉に挟まれ、体ごと後方に引きずられて、首を絞められている。ショルダーバッグが邪魔して、引いても扉が動かない。「おお、Oさん、ここで、一巻の終わりか、Oh, My God!」と思った途端、改札機が開いた。後ろから来たフランス人が、切符を投入したのだ。O氏の一言「ああ助かった」。にやにや笑うフランス人に、私が「Merci、 Merci」と何度も礼を言いました。O氏、どうやらポケットにしまい込んだ使用済み乗車券を、未使用と勘違いして投入したのが原因らしい。


無事Passy駅に到着。地下鉄乗車中の出来事。突然車内で、笛とギターの軽快な演奏が始まる。しばらくして仲間の一人が財布らしき入れ物を持って乗客の間を回りお金を求め歩く。フランス人は、見ないふりをしている。
ホームに降りると、乗り換え地下道のあちこちで、バッジ売りや写真売りが商売をしている。私とO氏が乗り換えのため連絡通路を進んでいると、突然「さくら~、さくら~♪」の演奏が鳴り響く。琴の音色をまねているようだ。一見して我々を日本人だと見抜いた眼力に脱帽。つい10FR硬貨を渡してしまった。

 

☆美術館巡り

世界の3大美術館の一つと言われる「ルーブル美術館」に行く予定が…。突然ミッテラン大統領のルーブル美術館視察が決まり、当日は閉館となってしまった。たとえ入館不可得でも美術館の外観や様子だけでも見たいという希望で、早朝行くことに。


正面入り口の前庭にあるピラミッド型の明り取り構築物はよく見かけますね。とにかく寒い朝で、研修生全員の集合写真を撮って終わり。なので同僚のO氏と二人、個人的に「ロダン美術館」に行きました。ところが、入館待ちの客の多いこと。ルーブルが入館不可なので、こちらに回って来た観光客が多いいいためらしい。とくに、警備員のチェックが厳しく、入館までにはかなり時間がかかるらしい。庭園だけ見学できるコースがあって、4FR(約75円)とのこと。庭園だけまわってきました。


彫刻は屋外に結構展示されています。この池は全面結氷、係員が氷のかけらを、カーリングのように飛ばしていました。なお、当時はカーリングなる言葉は、ありませんでした。


ロダンの「考える人」屋外展示だったことを初めて知りました。

さらにもう1カ所、モネの画像が収集されている「オランジェリー美術館」へ、この美術館は、コンコルド広場の一角にあって、睡蓮で有名なモネをはじめ、アンリ・ルソー、ルノワール、マチス、マリー・ローランサンなど有名な画家の作品が所蔵されています。


モネの「睡蓮」の部屋に来てびっくり。「睡蓮」は単作の絵画とばかり思い込んでいましたが、部屋一面、360度が睡蓮の絵です。なおモネの睡蓮は、何作もあって、世界中の美術館が所蔵していますが、パリのここオランジェリー美術館が最大とのことです。


これもこの美術館に展示されているアンリ・ルソーの「ジェニエ爺さんの二輪馬車」です。


モネの「Argenteui=アルジャントゥイユ」題名の意味はよく解りません…、地名なのか?


ルノワールの絵ですが、右側は「ピアノに向かうイヴォンヌとクリスティーヌ・ルローヌ」という題名でした。このほかにも有名な絵がたくさん展示されていますが、機会があれば照会します。

☆最後にパリ市内の大型店に入った時のことを…


ウィンドウショッピングで疲れ、同僚のO氏と喫茶店に入った時のこと。如何せんメニューがすべてフランス語、読めたののは、サンドウィッチとコカ・コーラの二品だけ。さっそく注文。カウンターの奥で、オヤジが7-80cmもあるひょろ長いフランスパンを持っている。ああ先客の注文を…と思っていたら、なんと出てきたのは、フランスパンに切れ目を入れてハムとチーズを挟んだもの。日本で言うサンドウィッチとは全く違う。
入れ歯のO氏は、この硬いフランスパンがかじれず、わたしが食べる羽目に。

 

とにもかくにも、15日間にわたる研修は無事終了しました。なお、ここで照会した事項は、ヨーロッパが変革期にあったこと、また独断あるいは偏見が含まれている可能性もあることを、お断りしておきます。
コロナウィルスで、世間が騒然としている中、皆様方も十分留意されて罹患なきようご留意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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我流欧州見聞録(6)…フランス・パリへ

2020-03-27 16:31:32 | フォトコン関係

                      <落ち葉の舞い散る中、日光浴する老人たちが印象的でした  ノートルダム寺院>

 

平成5年11月6日から始まった研修も、いよいよ大詰め、16日(火)、最後の訪問国フランス・パリに向けて午前9時半スイスジュネーブのコルナバン駅から、TGVで出発です。午後1時半、無事パリのターミナル駅の一つである「リヨン駅」に到着です。

なお余談ですが「ターミナル駅」という言葉は、本来終着駅をさす言葉ですが、日本では終着駅が少なく、使われることが少ないのですが、欧米ではよく使われます。パリでは、ここリヨン駅がそうで、地中海方面への鉄道路線の発着駅になっています。また「北駅」は、ユーロースタ―のロンドン行きの発着駅、「東駅」は、フランス東部、ドイツ方面への発着駅となっています。これ以外にも、いくつかのターミナル駅があります。古くは、1953年(S28年)公開のイタリア映画「終着駅」で一躍日本でも、この言葉が有名になりました。

 


パリ・リヨン駅に、午後1時半に到着。

 


駅前広場には、選挙のポスターらしきものがあちこちに掲示されていました。ここでバスに乗車して、まずは、ベルサイユ宮殿見学へ。

 


宮殿の広場の広い事にびっくり。

 


内部の豪華なことに二度びっくり。この宮殿はルイ14世が1682年に建てた宮殿です。内部には、ルイ14世、15世、16世、ナポレオン時代の絵画、壁画がたくさん残されています。各部屋で、説明受けるもののあまりにも膨大で、とても覚えきれませんでした。
<注:ルイ16世について>
1789年のフランス革命で、王権が停止され、1793年皇后マリー・アントワネットとともに処刑されました。このころの話は、池田理代子氏の漫画「ベルサイユのばら」で取り上げられ、後にアニメ放映されています。また宝塚歌劇団でも取り上げられているので、ご存じの方も多いと思います。

 


宮殿見学に来た高校生たちでしょうか、日当たりの良い場所で、お菓子をポリポリ、だべっていました。どこの国でも同じですね、若い子が集まれば…

 

☆翌11月17日(水)は、パリ商工会議所で、フランスの経済状況、17世紀以降の歴史、ECの現状と課題等々。3時近くまで講義がありました。その後、パリ警視庁、ノートルダム寺院、コンコルド広場等を見学。

 


ノートルダム寺院 老人たちがのんびり日光浴しているのが印象的でした。奥に映りこんでいる尖塔は、2019年4月に火災により崩落するという事故が起こりました。ちなみに、この寺院は1163年に着工し、850余年を経て、2013年に着工850年の式典が行われたばかりでした。
なお撮影位置は、寺院の裏手に当たります。またこの寺院は、ヴィクトル・ユーゴー原作の「ノートルダム・ド・パリ」の小説の基になりました。そして1923年に「ノートルダムのせむし男」として映画化されたので、その映画を見た記憶のある方もおられるでしょうね。

 


内部には有名な「バラ窓」があります。

 


中央左に移りこんでいるのはシャンデリアです。

 


17日夕方近くエッフェル塔広場で遊ぶ小学生くらいの子供たち。

 


翌日の早朝は、通勤者たちが行きかいます。

 


早朝のシャンゼリーゼ大通りの歩道側。道幅が広いのにはびっくり。

 


さらにびっくりしたのは、道の反対側にわたる横断者たち。歩行者信号が赤にもかかわらず、車が来ないとさっさと横断し始める。真ん中の分離帯で一旦停止して、車を避けて向こう側へ。向かい側の歩道には、警察官がいるものの、全く注意せず。
遠くローマ時代にさかのぼれば、道路は戦車用(馬)に作られたものであるため、現在でも、車優先の意識が強いとか。人身事故があっても、8割方は、歩行者の不注意で罰せられるとか。

 


向こうに見える「LIDO]は…有名なカンカン踊りなどエロチックショーが売り物の飲食店。

 


最終日の自由時間には、地下鉄の切符を購入しメトロで、モンパルナスに行ってみました。残念ながら英語が通じるのはパリの中心部の観光地のみ、ここでは、全く英語が通じません。近くの大型店で、お土産を買うべくチョコレートを選んでいて、何個入りか、店員に尋ねるも、数人の店員全員、英語が通じず。奥から黒人の店員来て12個入りですよと説明を受ける。

 

☆次回は、最終回として、旅行中のアクシデントや笑い話を、1~2紹介いたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

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