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No350『水俣 ―患者さんとその世界―』~一人ひとりの人生の重さ~

海。
小さな小舟が浮かんでいる。
ぽちゃり、ぽちゃり、と船が波に揺れる音が聞こえてくる。
冒頭のロングショットに続き、カメラが船に近づくと、
夫婦が二人、黙々と魚をとっている。
水俣の海。
あまりの音のきれいさに、すっと映画の世界に飲み込まれた。

水俣病による胎児性患者は、小児麻痺とかよりも重症で、
手足が不自由なだけでなく、知能の発達も極めて遅いそうだ。
でも、何年もかけて、ゆっくり訓練していけば、
首がすわるようになったり、座ったり、
補助具をつけて立ったりできるようになるという。

患者の子を持つ母親たちが、インタビュアーの監督に向かって、
わが子のことを語る。
屈託のない明るい口調、笑顔に涙が出そうになった。
想像を超える苦労をしながらも、苦労については口にせず、
わが子のささやかな成長や、子への思いを、嬉しそうに語る。
こどものことを、心底、大切に思っているんだな、と伝わり、
涙が出そうになった。
「東京の海はきれい?」と監督に聞く少年のつぶらな瞳。
いつも双眼鏡を持って、遠くばかり見ている少年のひょろっとした姿。

蛸のつかまえ方を丁寧に教えてくれるおじいさんをはじめ、
水俣病の患者さんたち、一人ひとりを、
丁寧にインタビューしていく。

音のつかい方がすばらしく、
波の音や人が歩く足音が、とてもリアル。

時折、急に挿入される、無音の場面が効果的。
とんびのような鳥が、すうっと空を滑るように飛んで行くのを
カメラが流れるように追う。
ひょっとしたら、
水俣病で命を亡くされた人たちの魂が飛んでいて、
皆を見守ろうとしているようにも、
あるいは、今苦労している人たちの思いが鳥となって、
飛んでいるようにも思える。

クライマックスの1970年のチッソの株主総会の光景には圧倒された。
患者さんたちが、一株株主になって、会場の一角を埋める。
舞台には、能面のように無表情な経営幹部たちが並ぶ。
患者らは、遍路さんの白装束を着て、総会の冒頭、
亡くなった人への追悼のため、
鐘を鳴らしながら、ご詠歌を声をあわせて歌う。
一人ひとりの姿から、彼らが何年もかみしめてきた思いがあふれてきて、
目頭が熱くなった。
この総会の場所は、大阪厚生年金会館。
患者たちが、大阪駅に着いて、支援者たちに暖かい歓迎を受け
大阪駅前を歩き出すシーンもある。

ラストシーンも、海。
漁に出る小舟が幾つも海に浮かんでいる、
太陽がゆるりと日差しを下ろしている。

日本のドキュメンタリー映画の巨匠、土本典昭監督の代表作の一つ。
水俣病を世界に知らしめることになった記録映画の記念碑的作品。
大阪九条ヌーヴォXで、来週金曜までの上映。
残念ながら、DVDでの上映だが、観にいってよかった。
日本人のみんなに薦めたい。
ここには、教科書で習った「水俣病」という病気じゃなく、
水俣病に苦しみながらも、力強く生きている人間の姿がある。
映像の力はすごい。

知人に、私は時代劇が好きだと言ったら、
あんたはドキュメンタリーが好きやと思うてた、と返された。
その答がどこか心にひっかかっていたが、わかった。
やっぱり、私、ドキュメンタリーが大好きなんです。
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