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「文は人なり」

2010-01-04 10:05:37 | Weblog
 新しい年を迎えると、またひとつ歳をとる、と気になります。歳を食って良いことはあまりないのですが、なかには経験を重ねて初めて見えてくることもあります。

 「文は人なり」と言われますが、これは意外にも18世紀のフランスの博物学者・数学者ビュフォンの言葉だそうです。文章には多くの情報が含まれていて、書いた人の様々なことがわかるという程度の意味でしょう。わざわざ言われなくてもそのように感じている人は少なくないと思います。

 短い話し言葉と違って、書かれたものは一般によく考えられたものであり、その人の頭の中をよく反映したもので、情報としての価値が高いというわけです。採点の面倒さや主観の混入という問題がありながらも、論文形式の試験が採用される理由でもあるでしょう。

 ○×式の採点なら誰でもできますが、論文の採点はかなりの知識と経験が必要です。同様に文から人を知るにも相当の知識・経験が要ると思われます。歳をとると様々な性格の類型を知る機会が多くあるので、それらを参考に推理することができるわけです。

 類型から離れすぎた奇人・変人には通用しませんが、これはけっこう楽しい作業です。司馬遼太郎氏の作品にはしばしば登場人物の人物評が出てきますが、彼も謎解きのように人物の内面を推理していたのではないかと想像します。

 政治家にとって言葉は大事な商売道具ですから、演説はむろんのこと、公の場での発言は考えられたものであり「文」に相当する意味があると思われます。「言葉は人なり」とも言えるでしょう。このような観点から政治家を眺めるのもなかなか興味あることです。

 例えばオバマ大統領の就任演説の、自らの出自を語った一節、「60年足らず前に地元のレストランで食事をすることも許されなかったかもしれない父親を持つ男が今、ここで最も神聖な宣誓をする・・・」の巧みさには感心させられます。

 またノーベル平和賞受賞演説の一節、「これら一見矛盾する二つの真実――戦争は時に必要であり、また戦争はあるレベルにおいて人間の愚かさの発露だという真実――を調和させることだ」には、抽象的なきれい事で誤魔化さない正直さと、リアリズムに基づく歴史認識が感じられます。やはり並々ならぬ人物だという気がします。優れたスピーチライターのせいもあるのかもしれませんが。

 それに対し「友愛政治」を掲げ、「トラスト・ミー」と言って信用を落とした日本のトップリーダー鳩山首相の言葉はどうでしょうか。「きれい事」と「曖昧さ」、「非現実性」ではなかなか高いレベルにあるように思いますが。

 優れたリーダーを選ぶ場合に問題になるのは人物を評価する能力です。人物リテラシーといってもよいでしょう。麻生前首相や鳩山首相を選んだ方々の人物リテラシーはどうであったのでしょうか。

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