日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

原発再稼働を前提とした東電再建策は、国民経済にリスクを負わせるだけではないのだろうか

2013-07-05 | 経営
今週前半の話になりますが、東電が柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働を原子力規制委員会・原子力規制庁に早期に申請する意向を表明し、これに対し地元新潟県の泉田裕彦知事が強い不快感を示すという事件が起きました。

参院選前のこのタイミングでの原発再稼働宣言ともとれるこの動き。明らかに政治主導、自民党主導での「再稼働宣言→参院選大勝→再稼働強硬」路線が透けて見えるわけです。私が常々申し上げているのは、原発再稼働の賛否の問題ではなく、東電再建の枠組みのおかしさです。福島第一の決着も見えず原発の安全性確保が明確に保証されずまた国としての将来にわたるエネルギー政策の道筋も描けていない現時点で、原発の再稼働による収益改善を前提とした東電の再建計画自体がナンセンスなものであるということ。

また一方で、企業再生というものは自力再生が不可能であるのなら、株主責任、貸し手責任を問うことで既得権者を擁護するのではない本来あるべき再生の道を探るのが筋であるハズでです。大株主である大企業擁護目的での株主責任の回避や大手金融機関擁護目的での貸し手責任の回避は、本来あるべき流れを意図的に歪曲するものであり、根本的な問題の先送りし解決に向けた進行を遅らせること以外の何ものでもないです。

この手の問題が出るたびにこういった東電再建計画の矛盾が浮き彫りになるわけで、これをいつまで続けても仕方がないと思うのです。東電を破綻処理すればせっかくアベノミクス効果で回復の兆しが見えた景気を腰折れさせることになる、という声もありますが、もともと実質破たん状態で処理すべきものを隠したまま先送りをしたところで、それはいずれ破裂するであろう爆弾を積んだまま飛行機を飛ばすようなものです。本来は爆弾を取り除いてからフライトに出るが筋なのです。

東電の破綻処理により景気回復の足を引っ張るならそれはそれで仕方ないのです。実体の伴わないアベノミクスにおいて、せめて悪材料だけは先に出し切っておくことこそ、長期戦略として本気で景気回復策に取り組む姿勢があるのなら、ます真っ先にやるべき必要な対応であると思うのです。そのために消費増税の実施時期が先延ばしになるとしてもそれはやむを得ないことでしょう。最悪は、原発の重大な問題が顕在化し再稼働不能となり、東電再建計画が完全頓挫による破たん処理が消費増税実施後におこなわれ、景気の再下降と増税による国民生活への圧迫がダブルで訪れることです。

アベノミクスに実態が伴い、ちょっとやそっとのことでは景気の腰折れはしないという状況にでもなるのであれば話は別ですが、今の「第三の矢=成長戦略」を聞く限りにおいてそれは易々と期待できるようなものではありません。やはり物事には既得権に揺さぶられない正しい判断と同時にあるべき正しい順序と言うものがあると思うのです。まずは膿を出し切って、その上で景気回復をしっかりと見据えその後に増税による財政再建を実のあるものにしていく。それが本来あるべき筋ではないかと思うのです。

今回の件でも東電の再建が、問題の根本的解決が何もなされていない現時点で原発の再稼働を前提としているというおかしさに全ての原因があります。そのおかしさを、政治主導で選挙に勝てばすべて認められたと結論付けてしまうのは大きなリスクを国民にしょわせることになりはしないでしょうか。

私は特定の政党の施策を支持あるいは批判するためにこの文章を書いているわけではありません。東電の再建計画がごまかしをもったいい加減な形のまま進められることは、最終的に国民経済へのリスクを大きくすることであるということを申し述べたいまでです。参院選の結果がどうなろうとも、この東電の処理問題と景気浮揚策、消費増税の実施時期の問題は今一度しっかりと議論すべき問題であると思っています。