日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

“シンドラーのリスト企業”アパホテルの死亡事故は起きるべくして起きた

2012-11-01 | 経営
アパホテルの従業員エレベータで、ドアが開いたまま上昇した床と建物天井にスタッフがはさまれなくなると言う大変痛ましい事故がありました。エレベータのはさまれ死亡事故と聞いて、ある事故を思い出される方も多いかと思いますが、ニュースを詳しく聞いてみると、今回の事故もまたその時の事故と同じシンドラー社製のエレベータであったのです。

ある事故とは、06年東京のマンションに設置されたエレベータのドアが開いたまま上昇し、エレベータ床部分とマンション天井部分に体を挟まれた高校生が死亡したというもの。そのエレベータがシンドラー社製であったと。この事故を発端として各地の、特に公共施設における同社エレベータの不具合が相次いで報告され、社会問題化したのでした。

同社エレベータが公共施設に多く採用された理由は、その低価格にあったと言われています。シンドラー社はスイスに本社を置く、エレベータ業界では世界第二位のシェアを誇る大企業です。ところが日本でのシェアは当時で約1%という低さで、国内での生き残りを賭けてとった策が徹底したコスト削減による低価格化戦略、イコール“安全性における手抜き”であったのではないかと当時報道された記憶があります。

そして今回また同様の事故が。問題のエレベータには、06年の事故をきっかけに国交省が法改正して義務化した、扉が閉じずに動きだした場合、自動的に運転を止める補助ブレーキが、付いていなかったと。この規制は新規設置エレベータを対象としたものであり、今回の件はその点からは法令違反ではないものの、安全対策上の対応に問題はなかったのか、いささか疑問の残るところではあります。

というのもエレベータがシンドラー社製であるだけでなく、今回事故の舞台となったのが、過去にコスト圧縮を目的とする建物設計の耐震偽装を容認していたのではないかと、疑惑の目を向けられたことのあるアパ・ホテルであるからです。その疑惑は07年に表面化し、一部ホテルが国交省の指示により営業を止められ派手派手の女社長が“涙の会見”を演出して煙に巻こうとしたという事態に至りました。しかし、その後はメディアであまり多くを語られることもないまま事件は風化。一部には、当時首相を務めていた安倍晋三氏の後援会副会長が同社オーナーであったことによるもみ消しではないかとも言われていました。

シンドラー社もアパホテルも、言ってみれば同じ穴のムジナ。例え安全性を削ることになろうとも儲け最優先でのコスト削減を平気でおこなうという企業方針が見てとれはしないでしょうか。そしてまた、そのことが自社を巻き込んだ事故や社会問題に発展しようとも、一切その方針は変更しないとも。だからまた、スネに傷持つ“シンドラーのリスト企業”を舞台に、安全性を軽んじたがための痛ましい事故が起きてしまったのではないかと強く思わされるのです。少なくとも、過去に事故を起こしたエレベータ会社の責任感か、ホテルサイドのコスト削減ばかりに気を奪われない安全性重視の姿勢かがあれば、自主的にエレベータに補助ブレーキを設置することによる本件事故の未然防止が可能だったハズなのですから。

企業経営で知っておくと役に立つ法則のひとつに、「ハインリッヒの法則」というものがあります。1つの大事故の陰には29の小さな事故があり、さらにその陰には300のヒヤリハット体験があるというものです。つまり、事故には至らないヒヤリハット体験や大事には至らない小さな事故でも、改善策を講じずにそれを重ねていけば取り返しのつかない大事故が確率論的に起きるのだという法則なのです。

この法則を逆算的に使うなら、シンドラー社とアパホテルの過去の不祥事をみるに、そのエレベータを巡ってヒヤリハット体験や小さな事故があったことは想像に難くなく、にもかかわらず改善がなされなかったがために今回のような大事故に至ってしまったのではないかと、示唆されることになるでしょう。さらに言えば、スネに傷を持つ者同士が組んだならさらにその確率は、2倍ではなく2の2乗倍すなわち4倍高くなるのが常識的な理解かとも。確率論を省みない“未必の故意”による事故を人災と呼ぶのなら、今回の事故は確実に両社による人災であると言っていいのではないでしょうか。