さて二日間にわたり雨竜町のことを書いてきましたが、今日が最後になります。
雨竜町開拓の祖となった雨竜農場の中心は三条、菊亭、蜂須賀だと書きました。
雨竜農場解散後に雨竜町で引き続き開拓の中心になったのは蜂須賀茂韶(もちあき)です。
その蜂須賀が拓いた農場が蜂須賀農場で、その事務所だった建物がここになります。
場所は市街地から2㎞ほど雨竜湿原へ向かったところで、
一帯は史跡公園として整備されています。
事務所は農場長の住宅を兼ねていました。
蜂須賀本人は当時、東京で貴族院議長などを務めています。
前述の三条、菊亭を含め蜂須賀も不在地主で、
現地の農場経営は本部から派遣された者が担っていました。
その蜂須賀農場長の住居と、実務を取り仕切った事務所だったのがここです。
蜂須賀農場の歴史をひも解くといろいろなことがあります。
その中でも“蜂須賀農場争議”は今でも小作争議の代表例として語られています。
蜂須賀農場は戦後の1947年、農地改革により小作人に開放されその歴史を閉じました。
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