10月28日
私はこのお城を見るために、この日ここに来ました。
1537年、織田信長の叔父である織田信康により築城され、
変遷を経て1617年に成瀬家が城主になり以来廃城まで成瀬家が城主でした。
それどころか2004年まで成瀬家がお城として個人所有していたというのが驚き。
江戸時代から現存する天守は全国で12城(現存天守12城)ありますがそのうちのひとつ、
更に国宝にも指定されている5城のうちのひとつです(他は姫路、松本、彦根、松江の各城)。
そんな珍しいお城だからこそ、私はここにやって来た。
さて私は平地の城下から犬山城への登り口へやってきました。
そこには小高い丘があり、その上にお城がそびえ、その丘の向こうは木曽川。
なるほどどこからも見晴らしがよく背後は大きな川という立地、
お城の防御からするとこれはかなり難攻不落、この地にお城を作るとしたらここ以外になかろう。
ここで犬山城の概略を書いておきます。
名称 :国宝 犬山城
通称 :白帝城
立地 :平山城(平地の中にある山や丘に築かれたお城)
天守構造 :望楼型・3層4階地下2階・複合式天守
天守の高さ:本丸地上より約24m
屋根は3層重なり、中に入ると地下2階地上4階、高さは約24m、一番上(4階)の構造物は物見櫓(望楼)です。
訪問した日は保存修理工事のため足場が組まれ、全容がわからないのが残念でした。
ですがこれは文化財保護のために必要な工事なので、それはそれで珍しい機会だなと。
中に入るとその工事の様子も見ることができましたし。
それでは、上ってみましょう。
私はこのお城を見るために、この日ここに来ました。
1537年、織田信長の叔父である織田信康により築城され、
変遷を経て1617年に成瀬家が城主になり以来廃城まで成瀬家が城主でした。
それどころか2004年まで成瀬家がお城として個人所有していたというのが驚き。
江戸時代から現存する天守は全国で12城(現存天守12城)ありますがそのうちのひとつ、
更に国宝にも指定されている5城のうちのひとつです(他は姫路、松本、彦根、松江の各城)。
そんな珍しいお城だからこそ、私はここにやって来た。
さて私は平地の城下から犬山城への登り口へやってきました。
そこには小高い丘があり、その上にお城がそびえ、その丘の向こうは木曽川。
なるほどどこからも見晴らしがよく背後は大きな川という立地、
お城の防御からするとこれはかなり難攻不落、この地にお城を作るとしたらここ以外になかろう。
ここで犬山城の概略を書いておきます。
名称 :国宝 犬山城
通称 :白帝城
立地 :平山城(平地の中にある山や丘に築かれたお城)
天守構造 :望楼型・3層4階地下2階・複合式天守
天守の高さ:本丸地上より約24m
屋根は3層重なり、中に入ると地下2階地上4階、高さは約24m、一番上(4階)の構造物は物見櫓(望楼)です。
訪問した日は保存修理工事のため足場が組まれ、全容がわからないのが残念でした。
ですがこれは文化財保護のために必要な工事なので、それはそれで珍しい機会だなと。
中に入るとその工事の様子も見ることができましたし。
それでは、上ってみましょう。
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