9時、起床。
久しぶりの青空の気がする。蒸し暑いが、空は秋の気配だ。一瞬、「鎌倉日和」と思ったが、天気はこの後、曇り、雨、と下り坂だそうだ。
トースト、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。
今日の『半分、青い』。律が花野とのおしゃべりの最中にそよかぜの扇風機の新しいアイデアを思いつく。ここ数回はこういうシーンが多い。ひらめきは突然やってくる。ひらめきをもたらすものは偶然的なものだ。しかし、その偶然をしっかりものにするには敏感なアンテナがなくてはならない。四六時中、ある問題を考えていると、その問題を解くための鍵(アイデア)と出会いやすいのは、アンテナが敏感になっているためである。普段なら見過ごしてしまうことに「これだ!」と素早く反応できる。関心(欲望)が周囲の世界を構造化しているのだ。分かりやすい例を挙げれば、私は妻が初めの子どもをお腹に宿したときには、街を歩いていてお腹の大きな女性にやたらに目がいった。痔の具合が悪いときには、街を歩いていて「肛門科」の看板がやたらに目に入ってきた。遠くにあるもの、近くにあるもの、しかし、その距離は物理的距離そのものではなく、関心のあるなし、関心の強弱によって、遠近法を与えられているのだ。何かに没頭しているとき、何かに関心が集中しているときというのは、偶然的なものが必然的なもの(これだ!)に変換され、転機へとつながりやすいのだ。
机に向かう。今日のCDはグレン・グールドの弾く「インベンションとシンフォニア」(アルバムの原題は「2声と3声のインベンション(インベンションとシンフォニア)」だが、日本では副題の方がメインになっている。LPのジャケットのポートレイトはジェイムズ・ディーンみたいでかっこよかった。「平均律クラヴィーア曲集」同様、小品集で、15曲のうち一番短いものは1分35秒(第10番)、一番長いものでも7分5秒(第9番)である。短いながらも完成度は高く、断片という感じはしない。独立した小国家の間をゆく音楽の旅という感じがする。
2時を回った頃、昼食を食べに出る。最初、「phono kafe」に寄ったのだが、満席だった。食事はほかで食べて、お茶をしにこよう。
クロス通りを通って繁華街の方へ。
サンロード商店街に新しくでき天ぷら屋「すずき」に行ってみる。
一昨日の散歩のときに店を前を通ったときに気になった「秋美人定食」(1280円)を注文。ご飯はそう注文したわけではないが、軽めにもられている。味噌汁はしじみ。
天ぷらは揚げたてが出てくる。まず、海老と鱚(きす)。海老は塩で、鱚は天つゆで。
秋刀魚。秋刀魚の天ぷらは初めて食べた。生ではなく干物が使われている。干物は味が濃いから何もつけず。
さつま芋。塩で。
銀杏。塩で。
半熟卵の天ぷら。蓮華にのって汁と一緒に出てきた。すでにご飯は食べてしまっていたが、少ライスを追加で注文し(100円)、卵かけご飯のようにしていただく。
秋鮭。塩で。
最後は舞茸。天つゆで。(ちょとピンボケ)
手頃な価格でカウンターの天ぷらが食べられる店である。1つ1つは小ぶりだが、いろいろ味わえた。天丼は天つゆではなく、天丼専用のたれを使っているようなので(そうでなくちゃ)、今度注文してみよう。
鰻の「寿寿喜」、西洋料理の「SUZUKI」、そして天ぷらの「すずき」。スズキのスリー・カードだ。探せばほかにもスズキがあるかもしれない。
昔からある「シルクハット」というゲームセンターが閉店になった。
このモアイ象(のようなもの)もなくなるとなると淋しい。文字通り「街の顔」であった。
再び「phono kafe」へ。
食後のデザートは、当然、豆乳ヨーグルトパフェセットである(ドリンクはコーヒーをチョイス)。
今日も美味しくいただきました。残りの営業日は20日~24日と、27日から30日の計9日間となった。まさにカウントダウンだ。何日来れるかな。
夕方から雨になった。
夕食はピーマンの肉詰め、サラダ、味噌汁、ご飯。
付け合せはシメジと蓮根のソテー。肉詰めは焼き方を工夫したそうで、肉の部分がカリッとした食感で美味しくなった。
デザートは梨。
執筆中の原稿に大杉栄の自伝の一部を引用しようと思って本棚を探したが、思っていた場所にない。こうなると途方に暮れる。書名を入力すれば家の中の(あるいは研究室の)どこにあるかをマップで示してくれるスマホのソフトがあれば絶対に購入するだろう。これまで、なかなか見つからなくて、同じ本を購入した文庫本は何冊もある。大きな声ではいえないが、3冊購入した本もある。でも、今回は発見できた。ちゃんと引用したいと思っていた箇所に付箋が貼ってありました。先見の明があるな(笑)。
雨はずっと降っている。
深夜のウォーキング&ジョギングの再開は明日からだ。
2時、就寝。