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フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

10月19日(日) 晴れのち曇り

2008-10-20 02:23:50 | Weblog
  午後、肩掛けバッグにラヒリ『見知らぬ場所』と折りたたみ傘とデジタルカメラを入れて、散歩に出る。「サッチモ・フラワーズ」の前を通ったらご夫婦でガレージセールをやっていた。ここも日本工学院の地上げで店をたたむことになったのだ。ご主人に引越し先について尋ねても困ったように微笑んでなかなか教えてくれなかったのだが、つい最近、早稲田でジャズ喫茶を開業する計画であることを知って、びっくりした。店名からわかるように、ご主人はジャズの愛好家で、休日にはよく店の奥からご主人の吹くジャズ・トランペットの音が聞こえてくる。今回のことを機に、花屋を閉めて(ご主人は実は花粉症なのである)、自分が本当にやりたかったことをやろうと考えたのかもしれない。早稲田といっても広いので、早稲田のどこですかと尋ねたら、「金城庵」の斜め向かい、甘味喫茶「こけし」の隣ですというので、またまたびっくりした。学生街のど真ん中ではないですか。いまの大学生にジャズ喫茶といういささかアナクロニックなものがどれだけ受け入れられるかはわからないが、なにしろ学生数は多いから、割合としては小さくても、実数としてはそこそこ商売になるだけの顧客はつくかもしれない。店の名前は「サッチモ」ですかと聞いたら、「サッチモ」だとオールド・ジャズのイメージが強いので、「ナッティ」にしましたとのこと。スラングで「いかれている」という意味だ。いま内装にとりかかっている段階で、開店時期はまだはっきりしていないそうだが、そのときは必ず伺います。中央図書館で調べものをして、「金城庵」で昼食に天ぷらそばを食べ、デザートは「こけし」のあんみつ、そして「ナッティ」で食後の珈琲を飲む・・・、うん、素敵なプランだ。

         

  上野の国立西洋美術館で開催中の「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展を観に行く。電車の中で読み始めた「地獄/天国」が上野に着くまでに読み終わらなかったので、美術館の横の公園のベンチで最後まで読んでから、入館する。ハンマースホイは独特の室内画で知られる画家だが、建築画や肖像画や風景画も展示されていて、そしてそこには室内画と同じモノトーンの(モノクロ写真のような)静謐な画風が一貫していているのだった。たとえば、コペンハーゲンのクレスチャンスボー宮殿を描いた作品が何枚か展示されていたが、昼間にもかかわらず、そこには人っ子一人描かれていない。まるで何かの理由で住民たちは全員街の外に退去させられた後のようである。ただ巨大な石の建造物が、曇り空の下で、老いたゾウガメのようにじっとしている。ハンマースホイがもしロンドンへ行ったなら、そこは彼にとってピッタリの街なのではないかと私は思ったが、隣の展示室にロンドン滞在中に描いた作品が数点並んでいて、驚いた。彼がコペンハーゲン以外の街で建築画を描いたのはロンドンだけだと解説にあった。ハンマースホイの室内画が同時代(20世紀初頭)の他の室内画と違う点は、第一に、家族の暖かさ、家庭のやすらぎといったものを描いてはいないこと(妻のイーダはしばしば登場するが、たいてい後ろ向きである)。第二に、しばしば、人物のいない室内を描いていること。しかも、その室内からは装飾的なものが徹底的に除去され、われわれはまるで不動産屋に案内されて、画家夫婦の引っ越した後のストランゲーゼ30番地のアパートメントを見せられているようである。つまり、普通の室内画は室内が何かの入れ物で、画家の関心はその何かの方にあるのに対して、ハンマースホイの室内画は壁・扉・窓・天井・床から構成される室内という空間それ自体が主題となっている。ただしその空間の内部は真空ではない。そこには確かな静寂が存在する。

         

  西洋美術館を出て、小腹が減ったので、動物園の前の飲食店で肉まんとウーロン茶を購入し、ベンチで食べる。それから東京芸大の美術館で開催中の「線の巨匠たち―アムステルダム歴史博物館所蔵素描・版画展」を1時間ほど見学した(それで5時の閉館時間になった)。

         

         

         

         

         

         

  帰りの電車の中で「今夜の泊まり」を読み始め、蒲田に着いても読み終わらなかったので、「カフェ・ド・クリエ」で続きを読んで、帰宅。ラヒリの小説の静謐さとハンマースホイの絵画の静謐さには似たものを感じるのだが、なぜだろう。