のら猫の三文小説

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香奈とコシロの子供たち No.170

2013-11-25 00:02:03 | 香奈とコシロの子供たち
神帥は独自の道に




神帥も加代子に競争して為替を中心に儲けていたが、神帥は、意識的に実業への傾斜を進めていた。そのため加代子の特例処置を聞き、配当準備金の積み増しではなく、香奈と相談して、5兆儲けた後、トラストとして儲けた1兆のお金をジブカミスイコーポレーションへの大幅な増資に振り分けた。


ファイナンシャル分も併せて、そのお金も加えてジブカミスイコーポレーションは、フードとエネルギーと二つに分けたが更に細かく事業会社を作り出した。ジブカミスイトラストも、ジブカミスイコーポレーションからの配当が入るようにした。


神帥の為替チームは充実して、ディラーも増えてきた。神之助もそれは認め、ジブトラスト関係のアメリカの為替運用はほとんど神帥のチームを土台にして、南米も含めて、切人のジブアメリカも出資して、みんなが出資したジブトラストアメリカ為替センターを作った。為替関係のスタッフの効率的な運用を図った。為替運用はほぼ一本化された。



金融センターは、為替運用を為替センターに依頼して、運用手数料を払う事にした。切人のジブアメリカも、カヨコのカヨコファイナンシャルもそして孫会社も本体に管理料などの日常経費の送金は、自分でしていた。中期的な円のトレンドを為替センターに聞き、管理セクションが為替をしていた。これはヨーロッパも同様だった。


ヨーロッパでもリヒテンシュタインの金融センターやスイスの金融センターそしてイギリスのジブアンドカミカミ金融センターの内にジブトラスト為替センターをジブトラストの現地子会社とジブカミとが出資して作ったが、各地の子会社などは、本体に管理料などの経費を送金する必要はあった。



現地子会社の中に、管理セクションが為替処理をしていた。ジブトラストの総合取引メニューには為替取引があった。細かい取引などは無理でも節目節目では少しは運用した。



神帥は実業傾斜が激しく、商品相場は、実業のヘッジの側面が増え、個々の商品相場チームは孫会社も入れて、エネルギー、貴金属そして食品の3つのチームでそれぞれ実業をみながら、取引するようになった。



ヨーロッパの神元の食品会社や聖子の快適農園などの食品会社と歩調を合わせ、商品相場に取り組み、貴金属も毛利貴金属、自分たちの貴金属会社、ジブカミの貴金属会社そしてスイスの貴金属会社、スイスカナコインまでのグループと協調して貴金属相場を行い、エネルギーは香奈オフィス、資源開発などのファミリー企業と連絡を取りながら、エネルギー関係の商品相場を行うように変わっていった。



得意だった為替も神之助たちとの合弁会社になり、配当として利益を貰うようになった。
それに姫子の作った麻田エンジニアリングにジブカミスイファイナンシャルとトラストとが共同で大幅な増資をして、北アメリカのジブカミスイファイナンシャルやトラストが絡む建築の元請けにさせ、大きな建築会社にも大幅な出資をさせ、麻田エンジニアリングは大きな建設グループになった。



南アメリカでも羽朗に頼み、快適や快適交易と組み、設計や建築にも絡みだしていた。麻田エンジニアリングは、世界的な大きな総合建築エンジエアリング会社になった。快適が基本として利益の5%をインフラ事業を行うので、それも設計段階から関与してかすりをとっていた。アジアでも辺朗に話をして、設計や建築の斡旋をして、日本ではジブシティーと研究所と大学院大学の建設を仕切り、アメリカでは、旦那の息がかかっていた企業の建設斡旋などをして飛躍的に大きくなっていた。



ジブカミスイトラストとファイナンシャルは、完全な脱相場とは云えないものの相場以外の実業傾斜が進み、配当収入が多くなり、ブカミスイトラストとしては、為替が動かないときでも年間で出資金の同程度程度の利益を確保できるようになった。







沙織の枠も増え、五千億になったが、一番小さい枠だった。会長室も1兆で運用枠の拡大は終わった。正子の副会長枠も1兆で運用枠の拡大は終わっていた。



家族単位の会社では、運用枠の設定のあるのは、カミカミファイナンシャルだけだった。先物や商品相場で運用するのは、よほどの時でない限りは、ジブトラストの運用枠と同額以下で運用するようになっていた。



沙織の株式投資は、小さい将来性のある企業を見付け、投資していく手法であり、神二郎たちの新宿もその傾向が強くでて、利益が上がっていった。



大型株は先物取引がジブに支配しているので、動きづらく、中小株の商いが増え、そうなると青不動さんが、沙織に耳打ちし、沙織が儲けると云う事が増え、中小株も見直され、値動きが大きくなると、それで沙織が又儲けていた。



沙織は、先物取引も細かく売買していた。もう半年で倍の利益にはなる事は出来なかったが、沙織や会長室そして新宿は、少しずつ伸びて、沙織枠や不動も先物は同額取引し、会長枠の十分の一ほども併せて、年間で沙織枠では運用枠と同程度儲け、不動枠も同額程度儲けるようになった。



不動ファイナンシャルの保有株も少しは配当をくれるようになり、保有株が多い不動ファイナンシャルの利益は上がり、不動財団の基金が増えていった。



香奈が出資していた会長室の株も配当をくれるようになり、会長室も香奈が取引しないでも、利益は上がるようになった。神二郎たちの新宿も、利益が少しずつ上がるようになった。青不動さんも時々沙織や香奈と話をしていたが、不動財団の運営の話が増え、取引の話は少なくなっていた。



香奈とコシロの子供たち No.169

2013-11-24 00:00:56 | 香奈とコシロの子供たち


歴史的な大儲けがあったその後のジブ




海外のジブは、神代も孫会社と云うか神代の会社の管理する事が多くなった。ジブトラストの運用枠にカミヨファイナンシャルの資金を加えて、それで枠に余裕があればカミカミファイナンシャルの資金も加えていた。


短期売買ならのでの細かい取引を繰り返しすようになった。元々孫会社と云っても規模は大きかった。神子系列は中長期的な取引スタンスで、取引していた。



切人とジャンヌは海外の取引チームを株式、先物そして為替の3つのチームに分け、香奈、ジブ、マリアホープとして、細かく取引させていた。


切人は細かく取引するタイプだったが、流石に株、先物そして為替と範囲が増え、完全に報告を貰いながら、指示を出し、管理するようになった。アメリカも入れて数兆程度の利益になっていた。


もう切人は、実際に取引するよりは、自分たちの興味のある会社を研究している事が多くなっていった。それに聡美が多く保有している企業には、多くの場合切人たちも保有しており、実際の経営も、ジブトラストから経営陣の中に入っており、その報告を受け、聡美たちが無関心だったので切人が代わりに会社の発展も考えるようになった。


株式の保有は香奈ファイナンシャルやマリアホープ名義だったので、先物取引は売りを主体に、先物ヘッジの要素が強くなり、保有資産のヘッジとして為替取引の要素が強くなった。


ヨーロッパでは、為替のチームは、切人たちの為替チームと神元の為替チームと神之助の金融センターとが統一して協議を行い、ジブトラスト関係の合同為替チームのようになり、協調して運用する事になった。


アメリカでは、神帥の為替のチームが一番大きくスタッフも多いので、切人のチームや神之助の金融センターもほとんど運用を委託するようになった。神帥のチームが主体となって、ジブトラスト合同為替センターが出来、大きな為替専門センターが出来た。


神之助もアメリカやヨーロッパでは二つの合同為替センターらの報告を受け、指示を出すだけになった。マリアは一人でマイペースで取引をしていたが、頻度は流石に少し減っていたし、取引する時間も短くなっていた。子会社では聡美が大量に買った株の売却もしており、管理の人も忙しかった。




加代子の会社は、加代子自身は短期を中心とした機関銃のように先物も株式も注文を出す取引ではあったが、変幻自在、融通無碍の取引手法で、傘下のディラーもそれぞれ異なった取引手法と云う会社だった。


悪く言えば、儲かる事はなんでもするのが、カヨコファイナンシャルとトラストだった。取引の小天才たちが集まる会社でもあった。加代子のアメリカの会社の責任者は、巧みにこうした小天才たちを使っていた。


加代子の神がかり程度で利益が大きく変わり、給料も大きく変動するので、取引手法なんて綺麗事は言ってられず、儲かる事はなんでもしないと、加代子が妊娠休暇にでもなれば、給料はガックリ落ちる会社だった。それだけに調査グループも必死になって儲かる事を研究し、取引の小天才たちも必死になって、取引していた。



香奈とコシロの子供たち No.168

2013-11-23 00:00:24 | 香奈とコシロの子供たち
スイスカナコインの別室は、
年寄りたちの砦になった。




別室は人がどんどん増え、年寄り連中はむしろ別室に集まった。車でくれば大した時間はかからなかった。取引時間が終われば、宴会をした。



飲んでかえれなくなったら、コッソリートの家やオタスケーの家に泊まった。何しろ広い家だった。



コッソリートはいつも取引はしなかった。例の猫が時々遊びにきた。コッソリートも時々猫と遊んだ。年寄りたちは、デリバティブなるものに不慣れだったし、やっぱり連戦連勝で勝ち進む事は出来なかったが、リスクのとり方も勉強した。それでも成績は飛躍的に伸びていた。



負けるとバイトの兄ちゃんや姉ちゃんに敗因を検討させた。バイトの兄ちゃんや姉ちゃんもバイトだけをしている訳ではなかったが、口もうまかったので、コッソリートに色々と教えてもらうと言っていた。証券研究所の偉いさんもきた。



アーダコーダとの会議もあった。結局近くに証券研究所の別室も出来た。この証券研究所別室は、実際に投資しながら、研究する別室となり、儲かった時は、バイト代も特別に出た。実際に金になるので、研究にも身が入った。



こうしてスイスカナコインも三人の年寄りも年寄り別室も儲かり、証券研究所別室も知識や経験を積んで、研究員もトレーダーみたいになっていった。証券会社から来た若い連中も刺激を受けた。


香奈とコシロの子供たち No.167

2013-11-22 00:00:44 | 香奈とコシロの子供たち


コッソリート、ディラーに復活、

年寄り運用チームのリーダーに




コッソリートは、しぶとく生きていて、金の廃坑が金色に光る金山になったと聞いて、子分だったオタスケーと一緒に見に行った。


金は、ともかくこの辺りの風景が気に入った。そこで、二人はテツダウーノに頼んで、隠居場を牧場の近くに作る事にした。この辺りには水道なんて気の利いた設備はなく、井戸から水を汲んでいた。井戸水を汲みに行くのも大変なので、ポンプでくみ出すように工事したら、湧き水も泉のようになり、簡易水道の設備まで作って、コッソリートの隠居所だけでなく、牧場や学校などの周辺の家に給水できるようにした。


発電装置は、徹の未来エネルギーシステムが、大介の未来テクノを通して、既にヨーロッパでも盛んに販売していた。未来テクノは、コバンザメ企業だったので、徹の未来エネルギーシステムからパテントを取り、キクコドイツメタルなどの協力を得て、少しは替えたコンバクトタイプも考えて、発売していた。



その方が、ただの販社より、儲けが多かった。それが存外に好調だった。ヨーロッパの僻地でも、簡単に発電できた。スイスカナコインの土地は広く、大きな家を建てた。テツダウーノももうすぐ引退する積もりだったので、二人の家を参考に見に行った。


その家が気に入り、テツダウーノも自分の隠居場をその隣に建てた。コッソリートはもう超高齢だったので、のんびりしていた。その水も美味しく、牛乳は美味しかった。スイスカナコインのワインも美味かった。不思議と段々元気になってきた。毎日若くなっていくような気がした。自分に良く似た顔を持つ猫が遊びにきた。なんとなく気持ちが通じた。コッソリートは益々元気になった。


テツダウーノはヤリマッサーノに実務を任せていたが、まだスイスカナコインの名目的には責任者だった。コッソリートの作った証券会社の若い連中がのさばりだして、年寄り連中は押され気味だった。



ヤリマッサーノに命じて、年寄りたちの部屋と若い連中の部屋を分けた。年寄りたちはのんびりとした取引に戻った。成績は若い連中がいいようだった。訳の分からんデリバティブなんかを多用して儲けていると、コッソリートたちにこぼした。コッソリートは興味を持ってこの話を聞いた。



元々山っ気があり、それで失敗して、かたい取引をしてきたが、もうこの年だ。後は好きなようにやろうと思い出した。証券研究所の若い兄ちゃんや姉ちゃんを呼んで、オタスケーと共に勉強した。




オタスケーも堅い取引をしてきたが、最後は一発倍増の取引をしてみたいとコッソリートと同じように思った。テツダウーノに命じて、ここにスイスカナコイン別室を作らせた。コッソリートは実は金持ちだった。



持っていた金を半分に分け、その半分がなくなったら、取引を止める事にして、そのデリバティブなるものに挑戦する事にした。テツダウーノは無謀と言ったが損したら補填するとまで言われ、結局認め、ここでの取引の損は、コッソリートが補填する条件にした。オタスケーも同様の条件を出して取引をする事になった。



証券研究所の若い兄ちゃんや姉ちゃんにもバイト代を払い、実戦でも講師になってもらった。それが持っていたお金を一夜にして無くした訳ではなかった。そこは用心深く、なくしても良いお金を三分割し、その三分の一のお金で勝負していった。それが一夜にして倍になり、それが又倍になり、賭けるお金はどんどんと増えていった。



テツダウーノはまだ若く、先も少し長い身だった。大先輩の二人だったが、思い切って言った。一定額になったら、又三分割し、その三分の一で勝負すればと長く楽しめますよと言った。



コッソリートもオタスケーもどんどんと若くなり、まだまだ頑張れると思い出したので、その提案にのった。大きく賭けて失敗した経験のあるコッソリートは、若くなったと感じ出すと段々慎重になった。オタスケーももっと若いだけによりその気持ちは強かった。



証券研究所の若い兄ちゃんや姉ちゃんにもっと詳しく聞いた。多彩な技を教えてくれた。結局反対方向にリスクを取るようなやり方も教わった。テツダ
ウーノも引退して二人と一緒に、スイスカナコイン別室で働き出した。


スイスカナコイン別室は偉いさんのご意見無用の別室だった。


ただテツダウーノは、二人とは違い、株式投資をした。大きく下がった時に買った。バイト代を貰ってきていた若い兄ちゃんや姉ちゃんも、利益比例のバイトにして貰い、利益が出ると三人の手数料のかすりを貰う事にして、損がでれば知らない振りをする事で、三人を丸め込んだ。三人はそれほど甘い連中ではなかった。色々アーダコーダと質問した。若い連中も勉強して答えた。別室の稼ぎは飛躍的に増えた。スイスカナコインの若い年寄りも勉強にきた。



香奈とコシロの子供たち No.166

2013-11-21 00:00:00 | 香奈とコシロの子供たち

金を作る細菌ではなく、

金を食べる細菌が見つかった






ホラフキーは、博打で借金を作り、借金の返済を迫られ、研究所の事務所の金庫から運営費の金を持って逃げた。逃げられたスイスコインの年寄り運用チームはホラフキーの残した細菌を残った研究所の人たちに取りあえず調べて貰い研究を続けさせ、持ち逃げされた運営費を取り戻すために、運用で稼ぐ事になった。


ホラフキーは逃げたが、幾つの新種の細菌は残っていた。研究所の人は、これらの菌について調べた。すると変わり種の細菌もいて、ごくわずかしか含まれない土壌の中の金を食べ、体内に金を蓄積する、金の好きな菌がいた。


廃鉱の中の鉱石を粉砕して、この菌の培養液を振りかけると細菌が勝手に金を食べ、細胞内に金を蓄積して、細胞内に金を蓄積しすぎて死に、あちらこちらに金が出来た。人と同じように金に取り憑かれた、金の好きな菌は繁殖力が強く、そころ中の金を食べ、おまけに情け容赦もなく、死んだ仲間の細胞まで食べ、金はドンドン細胞内に蓄積し、食い過ぎて死に、又それをエサにして金に取り憑かれた菌が増えていくと云う循環を繰り返した。


金の廃鉱は金の山に変わった。ホラフキーのほらは、現実に変わった。それを聞いた遺伝子研究センターは、この菌の遺伝子を調べた。するとこの金好きの菌の遺伝子を組み替えると、レアメタル好きの菌も出来る可能性もあり、レアメタルの採掘も画期的に革新する可能性があった。



スイスカナコイン微生物研究所が、ついに金を食べる菌を見つけたのは、まったくの偶然だった。執念の研究の結果と香奈には報告していたが、実は全くの偶然だった。ホラフキーの研究室を片付けているとunknownと書かれたシャーレーがあり、どんな細菌かと興味を持った人が培養するとうまくいかない。


躍起になって条件を変えて培養していた。性質を調べようと大量培養し、そのフラスコを本研究所に持って帰ろうとしたら、フラスコを廃坑の壁に当てて、割ってしまった。



仕方ないので、もう一度大量培養していた。次にホラフキーの研究室に来ると、廃坑が金色に光っていた。それだけの事を脚色して香奈に伝えていた。



屑拾いの瑠璃は、金の旧鉱山で早速試してみた。すると枯れた筈の金の旧鉱山は、金がきらきら光る鉱山に変わっていた。瑠璃は、至る所の金の旧鉱山を快適を通して集めた。



スイスカナコイン微生物研究所は、ワインや乳製品の研究をしたいと云う変人を残して、鉱山関係の有用微生物研究に特化してきた。変人は、研究チームの人数が少ないので、仕方なく、ワイン工場、牧場、乳業会社と連絡を取り、ブラジルの総合食品研究所、快適農作物研究所などとも連絡を取りながら、研究を進めた。


金を作る細菌を探す事が、研究所の建前だったのに、それも知ろうとしない変人だった。それでも腐りかけたようなワイン工場のワインは美味しくなったし、ワイン用のブドウもいいものになっていった。それぞれ研究所と云っても指導料とか言って金を取り、少しずつ研究チームも増えてきた。



スイスカナコインは、金の保管所を買う時に思い切り広く買い、ワイン工場やぶどう畑まで買い、山間部にエンジェルスターを栽培し、小さい池の周りにパワースターを栽培していた。


これらの薬草を製薬に売ろうとセコイ考えも持っていたが、その場しのぎの株屋の考えなので、すぐに忘れ、手入れもしなかった。エンジェルスターは、やたらと繁殖する薬草なのに、収穫しないと、やたらと繁殖する薬草でもあり、パワースターもそれこそ竹のように勝手に根を張る植物だった。結局、メッタヤタラと繁殖していた。


分岐状の水が地下にしみ込み、葉からも空中に分岐状の水やリング状の水が放出され、そして、ぶどうの中に入り、ワインになった。牧場の乳牛も分岐状の水やリング状の水を飲み、牛乳の中にも当然あった。



乳業会社の牛乳は美味しくなり、牧場も工場も大きくなり、乳製品も作り出した。イタリアの食品会社の牧場や養豚場にも、エンジェルスターもパワースターも栽培して、チーズも生ハムも美味しくなっていた。スイスコインの運用チームは年寄りだったが、ワインは好きで良く飲んだ。牧場で取れた牛乳もコーヒーに入れて飲んだ。イタリアのチーズや生ハムそしてドイツのチーズペーストはみんなの大好物だった。