読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

「全国アホ・バカ分布考」

2007年12月28日 | 人文科学系
松本修『全国アホ・バカ分布考』(太田出版、1993年)

また一つ素晴らしい本に出会った。たぶんこの本が出版された当時、朝日新聞の書評欄で取り上げられていたのを見た記憶がうっすらとあるから、きっと話題を呼んでいた本だと思う。それでももう15年くらいたつのかと、時の経つのが不思議な想いにとらわれる。
一言で言えば、アホとかバカというような単純な言葉が現在の日本でどのような分布をしているのかを調べた結果、かつて柳田國男が提唱していた方言周圏論を裏付けるかたちになったということだ。ただそれだけではなく、この筆者はアホとバカという言葉の語源まで探り当てることになった。バカは白楽天の詩の一節にある「馬家」に由来すること、アホは中国の南京周辺で使われていた「阿呆」から来ているということという推測を立てている。

一言で言えばそういうことなのだが、それを解明していく過程が本当に面白いし、素晴らしい。専門家たちをうならせたのもむべなるかな、である。もちろんテレビ局のプロデューサをしていて、個人では出せないような資金、組織力、ネームバリューなどがあって、日本全国の市町村すべての教育委員会に問い合わせをすることができたという、通常の研究者にはできないようなことができたということはあるにしても、これを究明するにいたるこのプロデューサの熱意、手法、研究はやはり半端ではないし、また壁に突き当たったときの突破の力ももともとしっかりした基礎知識(いわゆる古文・漢文の力など)をもっていたことが、稀有な研究を成功させる元になったことは、読み進むうちに分かってくる。たんなる思いつきだけで出来たことではない。

それにしてもかつての日本の中心であり文化発信の地であった京都からアホ、バカ、ダラ、タワケなどの言葉をはじめほとんどの言葉が1年で1キロメートルの進み方で地方に伝播していったとは、なんともすごい話だ。その結果、京都を中心にして同心円を描くように方言の分布図が出来ることになるのだな。

以前にも書いたが、私の出身の山陰地方とくに米子周辺は、イントネーションが関西弁ではなくて、東の名古屋あたりに近いのは、同一同心円上に位置するからだったんだということが分かって、ほんとうに目から鱗とはこのことだ。

もう一つ感心したのは、この著者がアホ・バカは決して差別的な精神から生まれた言葉ではなく、日本人の言語意識はもっと優しくて、人を馬鹿にするのにも婉曲な言い方で言おうとした結果なのだという信念を貫き通した結果、琉球方言の「フリムン」を気の触れた人の方言読みではなく「ホレモン」(バカな人という意味の語源)の方言読みだということをきちんと琉球方言での音韻変化についても調べつくしたうえで解明したことだ。これにはすでに琉球出身の研究者が大方の主張が気の触れた人からきていると説明している中で唯一「ホレモン」が語源だと説明していることが後から分かるというオチがあったのだが、それでも自力でそこまでたどり着いたところがすごい!

東北出身の知り合いとの話から、東北には京都の古語が残っているという話はかつて聞いたことがあるのだが、まさかそれが京都からはるばる東北まで言葉が伝播した結果だとは思いも寄らなかった。最後に著者が岩手県にこの話をしに行って、講演を聞きにきた人たちが、自分たちの方言は語源も分からない汚い言葉だとばかり思っていたが、京都から何百年もかかって伝わってきた言葉だということを知ってうれしがり誇らしく思うようになったということが書かれているが、これだけでもこの研究がどれだけ大きな意義を持つものであったかが分かる。

久々に快哉を叫びたいような一冊であった。


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