読書な日々

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カイエ・ソヴァージュⅡ

2006年03月19日 | 人文科学系
中沢新一『熊から王へ、カイエ・ソヴァージュⅡ』(講談社選書メチエ、2002年)

今回の講義は対称性をキーワードにして、現生人類が人間と自然界(ここでは熊が象徴的に使われている)との関係をどういう風に認識してきたか、そしてそのもとで作り上げられた共同体(首長、戦士、シャーマン)のなかからいかにして王が現れ、国家が形成されてきたかを解き明かすことが主題になっている。

現生人類(ホモサピエンス・サピエンス)は、人間が自然界から一方的に恩恵をこうむるだけで(とりわけ食料)、自然界になんら寄与していないことから、北方モンゴロイドたちの場合には、熊を狩猟することが多かったので、熊と人間は交換可能な関係にあり、熊のことを人間はよく理解している(姻戚関係にあるとさえ神話の中では語られる)から、熊がみずから人間の狩猟の対象になって、食料になってくれている、したがって解体においてもその肉や皮や骨などの消費についてもけっして粗雑な扱いをしてはならず、敬意をもって扱わなければならないという倫理を創り上げていたらしい。多くの神話が語るように、人間は熊の皮をかぶれば熊になり、熊は皮をはげば人間になるというように、人間と熊のあいだには対称性が成り立っていると考えられていた。

ここでは熊が自然界を代表するものとして象徴的に扱われているが、人間と自然はこのように行き来可能で変換可能な存在であるというのが対称性の思想である。たとえばイヌイットでは、夏の間は人間が一方的に自然を消費する(たとえば鮭など)が、冬は逆に人間が食われる時期であり、イヌイットたちは一箇所に集まってそれぞれに秘密結社をつくって人食いと再生の儀式を行なうという。人間と自然の関係はけっして一方通行ではなく、双方向の関係として認識されていた。

ところで新石器時代になって生産力が向上した社会のおいては当然ある程度の貧富の差が生じ、階級的な差異が生じていたが、それでも王というものは存在しなかったらしい。そうした共同体においては平和時には首長がまとめ役であったが、この首長というのはけっして支配者ではなく、どちらかといえば自分よりも他者を優先して、共同体の人々のために自分を犠牲にして(救援、仲介、説得などのために)動き回る人が首長に選ばれた。したがってこの人が共同体のなかでもっているのはとても権力といえるようなものではなかったらしい。他方、戦時になるとリーダーシップがあって腕に覚えがあり、人々をその力でもって一つにまとめる能力のある人が戦士として共同体をまとめることになる。しかしこの人は戦いが終われば、その地位を下りて、共同体の一構成員にもどる。そもそも恒常的な戦争はこの時代にはなく、共同体の構成をめぐるトラブルから戦いが起こっても、原因がなくなれば戦いも終わるのが常だったらしい。またシャーマンはけっして共同体のなかにいることはなく、外にいて、必要に応じて人々が共同体の問題を解決する手段を聞くためや未来を占ってもらうために、足を運んでいくのであって、けっして共同体の運営に常時口をはさむことはない。

鉄器は上に述べたような自然との対称的関係を破壊する威力をもっていたために、こうした共同体ではその使用もじつに細やかな倫理のもとに制限されていたが、戦士やシャーマンが、そうした破壊的な力を所有して共同体のなかに入ってきて常時支配するようになった時、王が誕生し、国家が形成されたのだと、中沢は説明する。それは人間と自然の調和のとれた関係の終焉も意味したのであり、その後の国家社会においては、人間は自然をたんに一方的に収奪する対象としてしか見なくなった、それが今日の文明の始まりであり、行き着いた先が現在の姿だと言う。

私が興味深く読んだのは、この講義ではルソーにしばしば言及されていることだ。ルソーは『人間不平等起源論』で人間が自然の一部として生きていた永遠の春とも呼べる国家形成以前の自然状態を描いているので、それがしばしば援用されているわけだが、また『言語起源論』で言語の起源について、人間はまず比喩によって語ったのであり、しかもそれは詩と音楽が一体になったようなものだ述べているので、それが、ニューロンの発達によって、異なる分野の認識のあいだに隠喩と換喩によるつながりが生じたことが人間の認識を発展させたという今日の発見を先取りしているとして評価されているわけである。

じつに壮大な話なのだが、国家の発生をこのようにして説明できるということに、驚きをもって読んだ。

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