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『西洋音楽史3古典派の音楽』

2011年01月19日 | 人文科学系
ブルーメ『西洋音楽史3古典派の音楽』(白水Uブックス、1992年)

ルネッサンス音楽だとかバロック音楽だとかは、やはりその文化的な背景だとか音楽の特徴だとかを知っておかねばと思い、皆川達夫だとか磯山雅とかの本で読んだことがあるのだが、古典派といえばモーツァルトやハイドンやベートーヴェンなので、あまりにもよく耳にする音楽ばかりだから、どんな音楽って言われればすぐ分かるよねとタカをくくっていたのだが、これを読んでいろいろためになった。

このブルーメという人は時代の特徴をざくっととらえる人のようで、その言説がすごく直裁的で気に入った。たとえば古典派は旋律中心の音楽といえる。ブルーメによると、「古典・ロマン派の音楽に生命をあたえ、その最も微妙で最も決定的な要素であったのは旋律」であり、「(作曲家はまず旋律を発想して、あとからそれにリズムや和声をあたえるわけではないのだが)、最も繊細な表現と最高の独創性を発揮するのは旋律」であり、「旋律こそ、古典派音楽の魂なのだ」(p.69)と明言している。素晴らしい!

その結果、和声という点ではすごく淡白というか単純というか、とにかく「イ長調か変ホ長調よりも調号の多い調を使うことは滅多になかった」のであり、「音楽史上、二長調、ヘ長調、ト長調、変ロ長調の曲がこれほど多く書かれた時代はなかった」(p.56)というのだからすごい。また旋律を中心とした音楽であるがゆえに、バロック音楽で支配的だった通奏低音はほとんど廃棄されるか「拍子や動きの型を強調するという機能だけに限定」(p.52)されることになったという。

こういう次第なので、ルネッサンス音楽からバロック音楽への移行は、「既存の様式のかたわらに一つの新しい様式を、つまり「第一作法」のかたわらに「第二作法」を据えようとする」(p.29)ものだったのにたいして、バロック音楽から古典派・ロマン派の転換時には、「全面的な断絶であり、古い曲種、形式、様式手段のすべてを永続的に放棄し、心情を重視して理性をその王位からひきずりおろし」(p.30)たという。ルソーがラモーと大げんかをして彼の音楽美学(和声理論という意味ではない)を全否定してまで旋律の統一性を主張しなければならなかったのは、そうした訳があったからなのだということがよく分かる。

それはまたフランスのバロック音楽美学において圧倒的な支配力をもっていた模倣理論の否定でもあった。はっきりと音楽は模倣ではないと公言したのは1779年のシャバノンの『音楽考』という本であったそうだが、ルソーは30年以上も前に『言語起源論』でそうした考えを主張していた。ただ、ルソーはここでもまだ音楽模倣論として主張されているし、そもそもルソーの生前には未発表で、死後になってから初めて出版されたから、だれも気がつかなかったのだろう。だが、今日までいかなる研究者も彼が『言語起源論』で主張している音楽模倣論が模倣論の否定であり、古典派やロマン派が追求したような心情描写の根拠を提出していることを明らかにしなかったというのはまったくどういうことなのだろう?

この本によると、古典派音楽における心情描写は「心情をある種の感じ方に同調させ、ある種の理念を受け入れるように導く」だけであって、この形式に対応する内容を見つけることは「聴き手の想像力に」委ねるのであり、バロック音楽が外部から与えられた模倣や描写によって特定の内容を直接に表現しようとするのとは対照的であるという。この点ではゲーテがツェルターにあてた手紙のなかで述べたという言葉が示唆的である。

「音楽における最も純粋かつ最高の描写は、君もやっているような描写です。大切なのは聴き手を詩の語るのと同じ気分にさせることです。そうするとやがて、どうしてそうなるのかはわからないものの、歌詞を手がかりとして聴き手の想像力のなかにものの姿が浮かび上がってきます」(p.18)

これこそまさにルソーが音楽模倣論として『言語起源論』で主張したものに他ならない。
「音楽家の技術は対象の知覚し得ないイメージを,その対象を前にしたときに,それが見ている人の心に引き起こす動きのイメージに置き換えることなのである.音楽家は,生みを波立たせ,火災の炎を燃え上がらせ,小川の水を流れさせ,雨を降らせ,激流を溢れかえさせるだけではなく,恐ろしい砂漠の恐怖を描き,地下牢の壁を悲しげに見せ,嵐をしずめ,大気を穏やかで澄みきったものにし,オーケストラから小さな森へさわやかな冷気を送るだろう.音楽家はこれらを直接的に描くのではなくて,これらを見ているときに感じるのと同じ感情を,聴くものの魂に引き起こすのである.」(『言語起源論』)

こういう音楽史の本なんかも読んでみるもんだな。


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