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読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『労働者階級の反乱』

2018年07月01日 | 評論
ブレイディみかこ『労働者階級の反乱』(光文社新書、2017年)

2016年6月に行われたイギリスの国民投票でEU離脱派が多数を占めた。

私はテレビの報道を何度か見ていたが、その論調は、EUに加盟していることで、移民が大陸から大量にやってきて、イギリスの下層労働者が持っていた仕事を奪っている、だからEUを離脱して国境を閉鎖しろ、というのが一つ。

もう一つはEUに分担金を支払っているが、EUからはなんの利益も受けていない、溝にカネを捨てるようなことはやめよ、という主張であったように思う。

この本では、今回の離脱派の一部を形成していた労働者階級がどんな意識でもって離脱派となったのかを、彼らへのインタビューや、イギリスの労働者階級の歴史を紐解きつつ解説している。

離脱派の1つ目の主張は、「下層に広がった排外主義の流れ」というようなものではないようだ。この著者も移民の一人であり、著者のインタビューを快く引き受けてくれたように、誰でも彼でも移民を排そしようというのではない。

インタビューを受けた人の一人が言っているが、彼らは金儲けのためだけに来ており、組合に入ることもないし、労働条件改善のために闘うこともしない、どんなに労働条件が悪くても働くから、イギリスの労働条件を切り下げてしまうという。

ここには、世界で最初に産業革命を経験し、最初に労働運動が始まったイギリスならではの、労働者階級的捉え方が見えている。普通の労働者がなかなかこんなことを言えるものではない。

本のタイトルにも「労働者階級」という、もうほとんど日本では聞かなくなった言葉が使われている所以だろう。

『外国語としての日本語』

2018年06月27日 | 評論
佐々木瑞枝『外国語としての日本語』(講談社現代新書、1994年)

仕事を辞めたら何をするか、最近いろいろ書き出している。もちろん固い決意でやろうと考えているものばかりではなくて、やれたらいいな、やってみたいな程度のものも書き留めている。

その中の一つに日本語教育の資格を取るというものがある。最近は日本に来る外国人が非常に多いので、仕事にするとかでなくて、ボランティアで教えるということでも、機会があるのではないかと思う。

じつは私が住んでいる街の最寄り駅の文化センターみたいなところに、日本語教室というのもあって、ボランティアで教える人を募集していたこともあったのだが、やってみる勇気もないうちに、教室自体がなくなってしまった。あまり生徒がいなかったのだろう。だが、この辺のスーパーでも外人さんがパートをしている姿を見るし、けっこう外人さんもいるようだ。

およその外観を、と思って、この本を開いてみたのだが、けっこう大変。この人も何度も書いているが、日本語文法というのは、私たちネイティブはまったく意識しないから、これは…なのに、こちらは○○なのはどうして?と聞かれても答えられないことが多い。そもそも形容詞の使い方だって、これこれの規則がある、というように、人に教えられるような知識を持っていない。

やっぱり難物は動詞だ。これはどの言語でも同じことだと思う。フランス語だって、過去分詞はer動詞は簡単だが、不規則動詞は一つづつ覚えるほかない。

この本は、実際に外国人学生に教えてきた経験をもとに書かれており、いろんなケースがエピソード的に挙げられているので、よけいに大変だなと思ったのかもしれない。

日本語教師の資格は、教員養成の大学を終了するか、文部科学省かなんかの試験を受けて合格する、かのどちらかである。試験を受けるのに、多くの人が民間の養成機関(専門学校みたいなところ)に通っているのだろう。合格するまでに100万円近くいるのだろうか。そんなお金はないから、独学でやるか…

『収容所のプルースト』

2018年06月22日 | 評論
チャプスキ『収容所のプルースト』(共和国、2018年)

書評欄で絶賛されていた本を読んでみた。収容所とスノッブで有名なプルーストという取り合わせがちょっと衝撃的。

この収容所というのは、ナチのユダヤ人強制収容所ではない。1939年にナチスはソ連と不可侵条約を結んだ。そしてどちらも早いもの勝ちというようにポーランドに侵攻し占領した。その時にソ連側の強制収容所に送られた人の話である。

この収容所に入れられたポーランドの将校たちが自分たちの精神状態をなんとか維持するために、冬には零下40度にもなるという地で、それぞれ専門の話などをしたという。この人は、もともと画家を目指していた人で、若い頃にパリに6年間滞在しており、その時にプルーストの『失われた時を求めて』を熟読したことから、プルーストの話をすることになった。

原著も翻訳も一切ないなかで、自分の記憶だけを頼りに話していく。その時に用いたメモが本の中ほどに挿入されている。

プルーストの『失われた時を求めて』。私も一度挑戦してみたことがあるが、すぐに止めてしまった。ワンフレーズの長いこと、長いこと。数ページにわたっていることもある。

そしてかなり昔だがプルーストを主人公にした映画を見たことがある。その印象が上にも書いたようなスノッブのプルーストというイメージを強めるだけのものだった。

ところが、この本ではまったく違うプルーストが紹介されている。スノッブどころか、そういうスノッブな貴族たちの姿を客観的に描き出しているプルースト。自然主義と印象主義の共存しているプルースト。体が病弱で、最後は執筆しながら死んだプルースト。

プルーストに詳しい人たちには当り前の姿なのかもしれないが、世俗的なイメージしか持っていなかった私には新鮮な驚きがあった。

『失われた時を求めて』、せめて「スワン家の方へ」だけでも読んでみたいという気になっている。

この本は訳者が2003年にパリのポーランド書店で見つけたものらしい。やっと出版してくれる出版社が見つかったようで、今年の出版になったという。

『エマニュエル・マクロン』

2018年06月13日 | 評論
アンヌ・フルダ『エマニュエル・マクロン』(プレジデント社、2018年)

39才という若さ(それまではジスカール・デスタンの47才だったとか)でフランス共和国の大統領に上り詰めた人のモノグラフィーである。著者は国立政治学院を出たジャーナリスト。

高校生の時に24才も年上の同じ学校の教師と恋愛関係になり、最終的に結婚したということばかりメディアでは喧伝されて、いったいどんな少年時代を過ごし、大統領としてどんなことをしようとしているのかイマイチ分からないので、読んでみた。

並外れた集中力と好奇心をもち、周りの人を虜にする統率力をもつ子ども。医者をしていた両親の影響力よりも、校長をしたこともある祖母の影響力を大きく受けたという。

学歴についてはだいたい予想していた通りだった。小学校だけは公立に通ったが、中学からは地元のカトリック系私立校ラ・プロヴィダンス高校に入り、リセ最後の1年間をパリの超名門公立校アンリ4世高校で学び、バカロレアに合格後、そのまま同校グランゼコール準備級(CPGE)に進学。高等師範学校を志望するも試験に2度失敗し、パリ第10大学に入学し、さらに国立政治学院、国立行政学院(ENA)というエリートコースを終了した。

2008年、ロチルド家(ロスチャイルド家)の中核銀行であるロチルド & Cieに就職し、2010年には副社長格にまで昇進した。

2012年から大統領府副事務総長としてフランス大統領フランソワ・オランドの側近を務めるようになり、2014年には第2次マニュエル・ヴァルス内閣の経済・産業・デジタル大臣に就任した。

2014年にオランド政権が目指す主要な経済改革政策を盛り込んだ「経済の成長と活性のための法律案」(通称「マクロン法」)を議会に提出するが、反対意見が多く、成立の見通しがたたないなか、首相のヴァルスが、年に一度しか行使できないフランス共和国憲法49条3項に訴え、国民議会の表決を経ることなく法案を採択させた。

この「マクロン法」は商店の日曜日営業の日数を増やすとか長距離バス路線の自由化などの規制緩和を主要内容としたものだという。

2017年の大統領選挙では、これまでのような左翼社会党、右翼国民運動というような枠組みをぶち壊した「前進」という独立系の候補者として運動し、保革両方から大きな支持を集めた。

しかし最近のニュースを見ると、こうした規制緩和に対する国民の猛烈な反発にあっているようだ。だいたいみんなそうなんですよね~。サルコジもオランドも、そうだった。この若き政治家がどんな活路を見出すのか、注目だ。


『パリの女は産んでいる』

2018年06月06日 | 評論
中島さおり『パリの女は産んでいる』(ポプラ社、2005年)

最近はこうしたフランスをリスペクトした本をよく見かける。曰く『フランスの子供は夜泣きをしない』、曰く『フランスの子供はなんでもよく食べる』、曰く『フランス人は子供にふりまわされない』、『フランス女性は十着しか服をもたない』などなど。

中島さおりさんの本は『哲学する子どもたち』というのを読んで感想を書いている。こちら

これは小学校から大学受験にあたるバカロレアまでの話だったが、今回は恋愛と出産・子育てというところに焦点が当てられている。著者自身がフランス人と結婚し、フランスで出産・子育てをしてきた経験や彼女の友人たちの話をもとにして書いたものなので、日仏のシステムや文化の違いが分かって面白い。

第一の違いは、フランス人女性が結婚・出産・子育てという一番大変な時期でも「女を捨てない」ということだろう。最近の日本の女性たちも子育てをしながら女性としての輝きを失わないようにしようと一所懸命だ。でもそのために決定的に欠けているのが、夫の協力だろう。

フランスでは日本に比べてはるかに労働時間の短縮のための施策が充実しており、夫が家事を分担する時間が長い。私の息子など、傍目にも心配になるほどの長時間労働で、子どもが二人いるが、妻の母親の協力がなければ、やっていけない。週末に夫婦ででかけたいからおばあちゃんに孫を預けるという程度の話ではなくて、おばあちゃんが夫代わりになってくれているのだ。そういう若い夫婦は日本では多いだろう。

第二の違いは女性が女性に関わることを自分で決めることができるようになっている、すなわち女性が自立しているということにある。はっきり言えば、出産の自由を女性が持っているということだ。それはピルの使用によって、自分の意志でいつ出産をするかを決められることにかかっている。結婚していても、未婚でも、出産や子育てが、制度的にも精神的にも差別を受けることはないという。

手厚いサポートが出産・子育てを応援してくれるし、子どもが学校に行くようになっても、大学を出るまで教育費は無料だ。もちろん子どもの数に応じて累進する子ども手当もある。

その結果、出生率がヨーロッパでもダントツに高い。法律で中絶が認められている国では一番高いと思う。

フランスは第一次世界大戦で戦場になったこともあって、多数の死傷者を出した。そのため第二次世界大戦ではあっという間にドイツに負けてしまったが、あれは戦傷者をださないための政府の取った方針だったのではないかと思うくらいだ。それでも多数の死傷者が出たので、今日のEUにあたるドイツやヨーロッパ諸国との協力関係を築くとともに、国内では、協議離婚を認め、妊娠中絶を認め、事実婚を法的に認め、出産・子育てをしやすい国を目指してきた。

だから、現在の日本が直面しているような、人口が急激に減少して、労働人口が減少して、国家が立ち行かぬようになるという不安はない。目先のことしか見ていない人たちがリーダーをしている日本は、フランスを見習うべきだろう。

『パリ五月革命私論』

2018年05月16日 | 評論
西川長夫『パリ五月革命私論』(平凡社、2011年)

この本が出ていることを朝日新聞の読書欄で知ったので、あの西川長夫がこんなもの書いているのかと思い、読んでみた。

長い間、西川長夫といえば京都にある立命館大学で教員をしていた方なので、お名前だけは何度も見たことがあるし読んだこともあるが、一度も御尊顔を拝したことはない。今回もこれを書くにあたって、どんなお顔だったのかなとググってみて、初めてなるほどと感じたしだいである。

1968年のパリの五月革命というのは、旧態依然とした大学教育を変えようとする学生運動から、フランス社会の改革にまで広がった運動のことを指すが、時代的にちょうどベトナム反戦運動や、日本でも学生運動の広がりと同時期であったこともあり、社会変革の大きなうねりの一つと見なされている。

この時期にちょうどパリにいてこの出来事を直接に見聞した著者が、その意義や影響などをまとめたのが本書である。

事実の経緯などは、あまりに複雑(詳細)すぎて、これを研究対象にしようという人には意味があるかもしれないが、そうでない私には退屈だった。

私にとって非常に興味深かったのは、第四章の知識人の問題だった。なんと言っても、森有正や加藤周一、ロラン・バルト、アルチュセールなどの私が学生時代によく読んだ(あるいはよく人から聞いた)人々がどんな様子だったか、リアルに書かれているからだ。

私が学生だった頃にもまだバルトなんかの全盛期で、ちょうどこの時期にバルトがセミナーで扱っていたバルザックの『サラジーヌ』を分析した『S/Z』なんかも貪るように読んだものだった。

この事件の後、フランスの大学はどう変わったのか・変わらなかったのか、知りたいところだが。

『ロボットは東大に入れるか』

2018年02月24日 | 評論
新井紀子『ロボットは東大に入れるか』(イースト・プレス、2014年)

最近、新聞紙上やテレビを賑わしているAIが人間の知能にどれほど迫れるかという問題を、AIが東大に入れるほどの知能を持ちうるかという形で実証しようとするプロジェクトの一環を本にしたものだが、一番興味深いところは、もうすでにAIには東大に入るほどの知能を獲得することはできないという結論が出ている―少なくとも当事者たちにとっては―ことだ。

常識的にはAIが一番得意なのは数学で、一番苦手なのは国語と思うが、実は数学でも完全に答えられたものもあれば、まったくできなかったものもあるし、国語でも同様であったという。それは結局、問題を解くということの前提にあるのが、日本語を理解するということであるので、言語を理解するということが入試において最も肝心な点になる。

ところが、AIは言語を言語として理解することはできないのだという。すべてを記号として理解するので、結局は、確率・統計の問題になるという。だから、私も使っているグーグルの日本語変換ソフトは、グーグルが集めた大量のデータをもとにしているので、実にスムーズに変換してくれる。またグーグル翻訳も同様で、とくにデータの多い英語の翻訳はスムーズだ。

その点で、歴史の入試対策としては教科書しか使えないために、応用がまったく効かず、お手上げ状態だという報告があった。

もちろんAIの専門的なことは私には分からないが、AIをどんな風に利用していくのかということについては国民の一員として考えておく必要があると思う。



『日本への警告』

2018年02月10日 | 評論

スノーデン『日本への警告』(集英社新書、2017年)

読書日記と謳いながら、2月も中旬になって今年初めての読書日記である。なんとも情けない。もちろん毎日仕事がらみで本は読んでいるのだが、それはここで書くようなものではない。

この本の第一部は東京で行われたシンポジウムにスノーデンがネットを通じて登場している。シンポジウムの参加者の質問に答える形で、今回のリークや現在の米日が置かれている国家による情報収集の姿が浮き彫りなってくる。

エドワード・スノーデンという人は横田基地で情報関係の仕事をしていたこともあるようで、日本のことをよく知っている。たんにどこに何があるというような知識ではなくて、日本政府が情報関係では世界有数の秘密主義であることなどだ。

この本の第二部はシンポジウムの参加者の討議になっている。

スノーデンが何度も強調しているが、ネットや携帯などを利用した情報収集といっても、誰それをターゲットにしたものではない、ただ何かの事件などがあって、ターゲットにされた時に、ネットなどで集められた情報から、過去のことまで分かってしまうということが恐ろしいと言われる。しかしこれがなかなか私たちにはピンと来ない。

この本のもとになった東京でのシンポジウムにネット中継で参加したスノーデンはモスクワにいたようだ。当時はまだオバマ政権で、このシンポジウムに参加したアメリカ人がトランプが大統領になったらおしまいだと言っているが、まさに現在そうなっている。

当時の関係から言えば、ロシアはオバマ政権とは完全な対立関係にあったから、スノーデンを庇護してくれたのかもしれないが、トランプ政権になってもアメリカに売られていないだろうか。

ジャーナリストの青木理によれば、戦後の特高警察解体によって、比較的日本の情報機関は公安が反共だけを主眼にしていたこともあって、現実に対応しないものであったという。とくにベルリンの壁崩壊後は存在理由が問われるような状態だったが、それもオウム真理教の事件やアメリカの9.11までの話で、それ以降はテロ対策といえばなんでも通用するような状態になり、現在は表に出ないだけで、アメリカに劣らないほどの情報収集活動をしているという。

こういうことに疎い私でもなんだか恐ろしいことになりつつあることが分かる。


『カコちゃんが語る植田正治の写真と生活』

2017年10月18日 | 評論
増谷和子『カコちゃんが語る植田正治の写真と生活』(平凡社、2013年)

文字通り、植田正治の長女である増谷和子さんがこの写真家とその家族のことを語るように書いた本である。本職は写真家のようだが、これを読むと文才もあるように見受けた。

植田正治は境港に1913年生まれ。米子中学の3年生から写真に熱中した。19才で日比谷の写真店で修行したり、写真学校に通って後、境港に帰り、「植田写真館」を開業する。22才で、法勝寺の紀枝さん(19才)と結婚する。

その頃から、家にはつねに写真愛好家が集まり、賑やかだったというが、そういえば私の親戚にも伯耆大山で写真館をやっていたおじさんがいる。私が物心ついた頃(昭和30年代)にはすでに営業していた。このおじさんももともとはお寺の息子なのだが、お寺を継ぐのがいやで、写真館をしていたという人だ。あまり芸術的な写真というのを見たことがないけれども、植田正治とも知り合いだったのだろうか。

植田正治は芋の煮っころがしとか煮しめとかというような和風の食べ物が嫌いで、洋食が好きだったという。それに合わせて妻の紀枝さんもいろいろ戦前や終戦後でもハイカラと言われたようなものをよく作っていたという。

そういえばEテレで『ヘンゼルとかまど』とかいう番組で、この間(再放送だったが)この紀枝さんが持っていたお菓子のレシピ集の中から、マドレーヌのようなお菓子を作るというのをやっていたが、ずいぶん暇な生活の中でそういうことをやっていたのかと勝手に思っていたけど、この本を読むと、ずいぶんと写真館も繁盛していて、子育てや家事や写真館の仕事などをこなしつつ、そういう中で手の込んだお菓子作りをしていたんだということが分かった。

境港といえば、水木しげる(1922年生まれ)といい、この植田正治といい、進取の気性に富んだ人たちが出る風土なんだな。

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

2017年10月04日 | 評論
小澤征爾×村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社、2011年)

アマゾンのレビューを見るとレビュー数が97件なんて、まずありえないだろう。おまけにそのほとんどが絶賛の嵐である。

そんなに素晴らしい内容か、とへそ曲がりで、村上春樹のほとんどを読んできたが、絶対に出版直後にマスコミがワーワー騒いでいる時には買わないし、読まない私は思う。

たしかに、同じ曲でも何年に録音されたか、その時の小澤征爾が指揮したオーケストラはどこか、どこで収録したのか、などによって、同じ人が指揮をした同じ曲でもヴァリエーションがあるという、聞き方をする人はあまりいないから、小澤征爾が、そういう話をする村上春樹に、ちょっと違和感を覚えつつも、当時の状況を思い出しながらあれこれ話をするのは、音楽ファンにとってはまたとない話なのかもしれない。

こういう下りを読んでいかにも村上春樹らしいなと思った。ジャズにしても英語にしてもものすごくよく知っているくせに、自分は初心者であまり詳しくないとか言って、読者を韜晦するような、バカにするような発言を繰り返すこの作家を、私は最初はシャイな人なんだなと思っていたが、実際にはこんなふうに独特の言い回しをするだけのことで、英語だって翻訳本をたくさん出すような人が、ど素人なわけがないので、嫌な奴と思うようになった。

小澤征爾自身は、村上春樹のような聞き方はしない、というかそんなことに頓着しない人なんだと思う。つまり、同じ曲の録音がどんなふうに自分の中で変化していったか、あるいはどんなオーケストラと演奏したかでどんなふうに変わるのか、なんてことを気にするような人ではないと思う。

だから最初は村上春樹があれこれレコードを出してきて聞かせるのを、金持ちの愛好家が自分の持っている珍しいレコードを自慢するのと同じように思って、不愉快に思っていたようだ。だが、村上春樹が音楽を聞くことに熱心であって、コレクション自慢のためではないということが分かって、考えが変わったようだ。

なんだかなー。