仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

無価値なものが甦る

2021年01月03日 | 苦しみは成長のとびら

元旦に新聞の販売店を回って、全国紙を買って読むことが、ここ20年の正月の行事になっています。一昨年までは、車で回って回販売店で買っていましたが、昨年からコンビニで買うことにした。元旦、ウオーキングの帰りに、コンビニによると、いつもは置いてない毎日新聞や東京新聞もあり、日経、東京新聞、毎日新聞、千葉日報を落掌しました。産経と読売は配達なので、すべてが揃いました。

 

やはり今年はコロナ後の世界の価値観がどうか変わって行くのかという視点で読みました。でもどの新聞も現状分析で、流行病後に世界は変る程度で、具体的に、思想的な面に踏みこんだ論説はありませんでした。

 

各新聞に目を通して、「日本経済新聞」の二点の記事が目に留まりました。

 

一つは、連載の「私の履歴書」で辻維雄氏が『「運にお任せ」親鸞に学ぶ』という連載が始まったということです。内容は第一回だったため、親鸞聖人に行き着いていませんでしたが、何書くのか興味深いところです。

 

もう一つの話題は、一面に掲載されていた「脱炭素の主役 世界競う」の誌面にあった次のことです。少し転載します。

 

 

生き物の気配がしない氷点下10度の砂地にかすかな金属音が響く。ギギ、ギギ。発電パネルが光を追う。北京から西へ700キロ。中国最大級のダラト太陽光発電所だ。

 価値生む砂漠 完成時には広さ67平方キロメートル。山手線の内側に匹敵し、原発2基分の200万キロワットの発電能力を備える。コストは1キロワット時で4円強と日本の太陽光の3分の1を下回る。立地する内モンゴル自治区オルドス市は半分が砂で覆われ、黄砂の発生源でもある。(以下省力)

 

砂漠という生産性が無いと思われていた地域が太陽光利用という科学的知識によって、価値あるものとして甦っているという記事です。

 

もっと生産性が無いと思われていた砂漠が、生産性がある地域として甦る。何か、煩悩具足の私が、如来の智慧によってもっとも豊かなものとして見出されていくことと重なって興味深い内容でした。この世において、最も価値がないと思われている場所やひとがから最も価値あるものが生まれて行くということを内包していていて興味深い記事でした。

コメント
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