blog-cafe

マダムnihaoのフレッシュ搾りたてブログ。お気軽にお立ち寄りください。

招かれざる珍客

2009-07-30 09:30:00 | おすすめ記事
 このところ雨だれの音で目が覚める。
毎日毎日雨降り、もしくはどんよりとした曇り空。
窓を開けると湿った朝の空気とともに、近所の子どもが吹いている調子はずれのリコーダーの音色が聞こえてくる。
ああ、学校はもう夏休みに入ったのか。盛岡さんさ祭りも間もなく始まる。
早く真夏のギラギラ太陽が現れて、子どもたちが元気に遊ぶ声を聞いてみたい。

           ※

           ※

           ※

 ところで........これ、何だろう?





 我が家の二階、廊下の窓の網戸に逆さまになって張り付いていた。
遠くから見たときは黒い折り紙のように見えたが、近寄ってみたら生き物のような.......大きさは10㎝くらい。じっとして全然動かない。

 しかも、これ、網戸の内側だから家の中なのだ。
初めて見た生き物だ。
気持ち悪いなあ。突然襲ってきたらどうしよう?
本当は怖くて卒倒しそうだったのだが、そっと階下に戻ってデジカメを持ってきた。
でもカメラを持つ手がぶるぶる震える。
足がすくんで近くに寄ることもできない。
正体を明らかにするためには、とにかくこの生物の顔を撮らなければと思い直し望遠レンズを使って撮影したが........
とその時、この生き物は音もなくスーッと数㎝横に移動した。

 「ぎゃ~~!!!!

 何事が起きたのかと驚いて二階に駈け上がってきた夫と入れ替わりに、階段を転げ落ちるように階下に避難した私。
私はこの家で、ゴキブリはおろかネズミすらまだ見たことはない。
生まれてからずっとどさ回りの人生だったが、あんな珍妙な姿の生物を間近で見たことなど一度もない。

 長い棒を使ってなにやら苦労して外に追い出した夫は、しきりに自分の武勇伝を話したがるが、そんな話、私は聞きたくもない。
それにしてもこの写真、実物よりも何倍も気味悪く、慌てて撮ったわりにはよく撮れている。
頭部上方の楕円形の部位、これは目だろうか?耳だろうか?
逃げる時、大きな羽を広げて飛んでいったらしいのだが.......

 もしかしたらあれは........モモンガのモモちゃん? 
それとも.......ムササビのムサシ君か?
はたまた.......鳥なき里のコウモリ男爵なのだろうか?
 
 長雨が続いて雨宿りしていただけならよいが、二階のどこかに彼らの隠れ家があったらどうしよう?
一夜明けても私のドキドキはまだおさまらない。




アゲ嬢の北上川ボート下り

2009-07-27 09:50:00 | マダムH
 





 昨日、盛岡を代表する夏の風物詩のひとつ『北上川ゴムボート川下り大会』第33回が開催された。
市内を流れる北上川の四十四田ダム~南大橋間の11kmを、タイムレース、団体レース、フリーレース、パフォーマンスの4部門に分けて行なわれる2人1組乗艇のゴムボートレース。
橋の上から見るよりは参加する方が絶対に楽しそうなスポーツだ。
今年の参加ボート数は1128、ギネス記録に認定される見通しとなったという。

 この大会、実はまだ一度も見たことがなかったのだが、先日友人H嬢がやってきてパフォーマンス部門に参加すると言うので、それならばと応援と冷やかしがてら出かけてみることにした。
当日は時折日が差す程度の曇り空、川辺は涼しい風が吹きわたり絶好のボート日和となった。
数日来降り続いた雨で北上川は水位が上がり濁流と化し、ゴムボートのスピードは一段と増していたが........

 
            


 これはまた、どちらのキャバクラ嬢の登場かと思いきや........
なんとH嬢と彼女のバイク仲間による派手なパフォーマンス・アゲ嬢!
一応写真掲載の許可は得たが、ふたりのあまりにも妖艶な姿に嫉妬した私は、思わず顔にエアブラシを施してしまった。
彼女たちは、この悩殺スタイルでみんなの度肝を抜き、心中ひそかにパフォーマンス部門の一等賞を狙い(取り逃したが)、11㎞におよぶ激流を漕いだのだから、いやはや......なんとも元気で勇敢なおばさんたちだ。

 ちなみにYahoo辞書によると『アゲ嬢』とは
[『小悪魔ageha』という雑誌をよく読むことが名前の由来の若い女性。そのほとんどがキャバクラに勤めていて、収入の大半をブランド物とファッションに費やすのが特徴。ヘアスタイルは巻き髪。トップ部分は逆毛にしてアゲアゲの盛り盛り状態にしている。メイクはしっかりと濃いめに行い、特に目に力を入れている派手めの女子]のこと。

 H嬢も早起きして頑張って、トップ部分に逆毛を立てて膨らませ、ハードスプレーでガッチリ固め、長~いつけまつげで変身してゴムボートに乗り込んだのだが.......哀れボートは途中で転覆。
ずぶ濡れになってしまったらしい。
ゴール200メートル手前の川端で見学していた私は、H嬢の方から声をかけられるまで全然気がつかなかった。
この時点では彼女の姿は『アゲ嬢』というよりは『サゲ嬢』になっていた。


          

 
 ボートの流れる速度が速くて、一生懸命追いかけながら撮影したのだが、後ろ姿しか撮れなかった。
闘う女たちの背中には、哀愁と疲労感が滲み出ていると思わないか?





星空の守り人

2009-07-24 09:00:00 | Weblog
 最近よく息子に電話する。
なにやらくだらぬことにうつつを抜かしている愚息、とても気になる。
睡眠時間は足りているのか?
きちんと食事をしているのか?
本業がおろそかになってはいないか?
あちらの方は一体どうなっているのか?
母親としては、もう心配でいてもたってもいられない。

  以下愚かな母(M)と息子(S)の会話。
(M)あれ買った?
(S)う...うん
(M)簡単に手に入ったの?
(S)千人くらい並んでいた
(M)暑かったのによく頑張ったわね!でかしたね!
(S)いやぁ、それほどでも......へへへ
(M)今回のあれの出来栄えはどうよ?
(S)う~ん、まだなんとも言えないね
(M)私も欲しいと思っているんだけれど......
(S)お母さんなら経験豊富だから問題ないさ!オススメだよ!
(M)えっえっホント?......やりたい!やりたい!!


      



 と言うことで今一番欲しい一品は
ドラゴンクエストⅨ・星空の守り人
発売後10日以上経っているので今さらという話題だが.......

 自慢にもならないが(いや、ちょっと自慢)、1985年のドラゴンクエスト発売以来、薬草や武器を買い集め数々の試練と困難を乗り越えて、敢然と世界の平和を守る旅を繰り返してきた。
この間の私の24年間は、ドラゴンクエストと共に歳を重ねてきたと言っても過言ではない(いや過言か?)

 ドラゴンクエストシリーズの良さは、子どもからおとなまで誰もが簡単に攻略できる変わらぬシンプルさだと思うのだが、今回は携帯型ゲーム機、ニンテンドーDSのソフトで発売、これが私の思案のタネなのだ。

 置き型テレビの画面ならまだしも、老眼鏡をかけながらの携帯型ゲーム機のプレイには慣れていないし.......
ゲームソフトどころかゲーム機まで用意しなければならないとなると、どこから一万円札3枚を調達したらよいのか.......
はまったら最後、当ブログの一ヶ月間完全夏期休業となるは必至か.......
しかしここで頓挫するのは日本の母の名がすたるというもの.......
 
 などなど色々な思惑が交錯して決断できない。
今一番の関心事が、国家の行方を左右する総選挙『日本列島の守り人』ではなく『星空の守り人』の方であることが我ながら実に情けない。

                ※
 
                ※

 こちら↓も大いに関心あり。16年ぶりに夫の母校が奇跡の決勝戦進出!
    夏の甲子園岩手地区予選決勝 本日13時試合開始
           【盛岡一高×花巻東高




生誕百年の文豪たち

2009-07-21 13:40:00 | 読書



 『一応の推定』 広川純 06年6月 文藝春秋社

 第13回松本清張賞受賞作品を読んだ。
3000万円の傷害保険に加入したばかりで轢死した老人には、多額の金が必要なのっぴきならない事情があった。
事故ならば保険金が支払われ自殺ならば支払われない。
定年を控えたベテラン保険調査員の主人公が、長年培ってきた経験と勘で地道に事実関係を明らかにして、二転三転の末に真実にたどり着く。
信念に従い適性な判断をしようとする主人公の姿勢が気持ちよい社会派ミステリーで、松本清張の作風を彷彿とさせる作品だった。

 今年は松本清張生誕百年の年。
書店や図書館では記念コーナーが設けられているのが目につくし、清張原作のTVドラマ化も盛んである。
実家の父も大ファンで、古い本棚には松本清張の全集が並んでいた。
「貧しくて学校に行けなかったが、独学で勉強して立身出世した立派な作家なんだよ。」
と、子どもの頃よく父に聞かせられていたものだ。
他にも探偵・神津恭介や検事・霧島三郎の名キャラクターで知られる高木彬光全集も揃っていたから、相当なミステリーファンだったと思われる。
(余談だが高木彬光は旧制青森中学で太宰治の後輩)

 今年はいずこも文豪フェアが目白押しで、松本清張の他にも太宰治、大岡昇平、中島敦などが生誕百年を迎えている。


 近所にある安売りで有名なファッションマートA店が
太宰治生誕百年記念 100円均一セール】をやっていた。
なぜ文学とは無縁の安売り店がこんなセールをやるのだろうと不思議に思ったら......

『当店は太宰治と同じ青森県・金木町出身で、旧店舗も太宰の生家斜陽館から100メートルの同じ町内にありました。当社社長は結婚式を斜陽館で挙げています。当社もお客様に喜んでいただける企画を出したいと思いました。100年に一度だけのセールです。ぜひご来店ください』
との宣伝の文面には笑ったが、これは足を運ばない訳にはいかないだろう。
店内アナウンスは『太宰治百周年』の連呼、連呼で大賑わいだった。
100円均一品はあっという間に売り切れて、私が手に入れることが出来たのは韓国のりとパンストだけだった。


 


 地元では『走れメロスマラソン大会』の実施や、太宰の銅像が↑建ったりして、大いに盛り上がっているらしい。
この大騒ぎに利用されていることを、太宰はどのように感じているだろう。
「恥多き人生でした(人間失格)」と我が身を振り返って呟いた太宰は
「罪多き者は、その愛深し(春の枯葉)」とも書いている。
案外ニヤニヤしながら面白がっているかもしれない。




スープカリー

2009-07-18 09:30:00 | グルメ
 去年札幌で初めて食べたスープカリー。→【サッポロ・ウォーカー
未だにその衝撃と感動の味が忘れられない夫から、家カレーで作ってくれと頼まれるが.......
そんなことを言われても、家庭であの複雑な味が出せるのだろうか?
スパイスなどは一応用意したのだが、即席カレー以外作ったことのない身としては、なかなか挑戦する勇気が出ない。
しかし先日、ハウス食品のスープカリーの素をスーパーで見つけた。
札幌のカレー専門店が監修しているというから期待が持てそう。
さっそく買って作ってみた。



    


 『スープカリーの匠』 濃厚辛口 [1皿分×2] 340円(ぐらい?)
 
 実は老眼鏡をかけていなかったので[1皿分×2]を[7皿分×2]と読み間違え
「まあ、なんとお得な!」
とルンルン気分だったのだが......
近頃、数字はもちろん漢字に関しても読み間違いが多くて困る。
若手」という漢字なら全部「岩手」に見えるし
「常に全力!」なら「常に金力!」
「車に乗ったらシートベルト」は「♪車に乗ったらシューベルト♪」

 いや、閑話休題! 
このスープカリーはとても美味しかった。
材料を大きく切って煮込むだけだから簡単だし、スープの味も絶妙。
これはチキンと人参をじっくり煮込んだ後、油で焼いた茄子とピーマンをトッピングしただけ。
食べ方は、ご飯をスプーンですくってスープに浸して戴く。
急いで食べるとスープがこぼれるので、必然的に動作が慎重かつ緩慢になり、早食い防止効果を上げる。
この優雅な挙措が、食卓に常にはない上品でお洒落な雰囲気を演出してくれる。
行儀の悪い子どもも絶対におとなしくなる。
夏野菜で工夫してお試しあれ!

 もう一品『梅味噌』↓のご紹介を


          

 
 数年前地元のテレビ番組で紹介されたので、当地では結構ポピュラーな保存食だが他県ではどうだろう?
同量の梅と砂糖と味噌を焦がさないようにかき混ぜながら煮込むだけ。
しばらくすると梅の果肉と種が離れるので種は取り出して捨てる。
梅の香りと酸味が爽やかな味噌は、生野菜につけて食べてもよいし、炒め物や和え物などの調味料として料理に使うことも出来る。
私は梅漬けには使えないような「はじき梅」で作る。
時季をちょっと外してしまったので、もっと早く紹介すればよかったと反省中。
この写真は梅300g使用したものだが.......誰かさんたち
10㎏も作ったら大変なことになるからご注意を!




高校野球ダイエット?

2009-07-16 10:10:00 | Weblog
  


 
 連日県内5カ所の球場で夏の甲子園地区予選の熱闘が繰り広げられている。
我ら夫婦の数少ない夏の娯楽のひとつだ。
調べてみたら昨年も出かけている【夏の甲子園地区予選

 昨日の花巻球場は、第2試合が春の選抜で準優勝した花巻東高校、第3試合は我が夫の母校という好カード。
夫の母校の応援と、あわよくば花巻東の菊池雄星君の剛速球を見ることができるかもしれないと大いに期待して出かけたのだが、残念!
雄星君の登板はなく、がっかりしたのは私だけではないだろう。
まだ三戦目なのに↑この混雑。千台分の駐車場はすぐに満杯になった。
 
 午後から雨の予報は覆り、空は晴れ上がり気温がぐんぐん上昇した。
団扇を忘れてきたのが大失敗。
お弁当も売っていなかったので昼食抜きとなってしまった。
5時間ぶっ通しで2試合観戦したので全身汗でぐだぐだ。
でも応援の甲斐あって花巻東はコールドゲームで対戦校を下し、夫の母校は最後まで冷や冷やさせられたが辛勝した。
 
 岩手県は熱狂的高校野球ファンが大変多い。
今は亡き舅も大ファンで、夏の朝になると「おい、行くぞ!」と必ず電話がかかってきた。
車に乗せてあちこちの野球場に連れて行き、一緒に地区予選を観戦するのが嫁の仕事のひとつだった(なんとデキた嫁なんだ、私は!)
最初のうちは全く気乗りがしなかったが、そのうち徐々に興味を覚え、舅が亡くなってからも気がつけばひとりで野球場に足を運んでいたから、これは舅が私に残してくれた大切な習慣となった。
 
 昨日も周りは全部夫の母校のOBで埋めつくされた。
卒業したばかりの若者もいればかなりのご高齢の方々もいらっしゃる。
いつの間にか夫の同級生たちも6人集まってきて一緒に賑やかに観戦した。
母校が勝つと全員起立して一緒に肩を組んで校歌を歌う。
もう何度も見慣れた光景とは言え、岩手県人の熱い郷土愛と母校愛の精神には驚かされる。

 ところで今朝体重を量ったら600g減っていた。
5時間のサウナ状態で干物のようになってしまったのが効を奏したか?
ならば決勝戦までの残りの全試合を頑張って球場に応援に行けば......3㎏ぐらい簡単に痩せることにならないだろうか?
高校野球ダイエット、真剣に取り組む価値がありそうだ。




カウントダウン・皆既日食

2009-07-13 09:50:00 | Weblog




じんじんと欠けていく日を薔薇に感ず 
ダイヤモンドリング空の闇裂く色涼し 
白昼夢現れており柳絮(りゅうじょ)飛ぶ 
コロナ涼しおろがむ我等古代人         (暮畦子)

【註(柳絮~綿毛をもった白い柳の種子)(おろがむ~拝む)】


 7月22日は全国各地で部分日食を見ることができる。
奄美大島北部や屋久島などでは皆既日食を見ることができる。
昼の太陽光と夜の松明しか灯りのなかった古代人たちは、突然世界が暗闇になった時、一体どのような反応を見せたのだろう?
自分たちの日々の争いごとや不実な行いを省みて、懸命に祈りを捧げたのではないだろうか?
 
 皆既日食は、1年か2年に1回くらいの割合で観測することができるらしいが、世界中のどこか遠いところで起きている現象なので、自分からわざわざその場所に行って見ない限り一生体験することはできない。
日本で観測されるのは実に46年ぶり、次回はさらに26年後まで待たなければならないという。
加えて今回の皆既食継続時間は今世紀中最長だというから、この珍しい天体ショーに注目が集まるのは当然だ。
皆既日食ツアーを募る旅行社のパンフレットをよく見かけるが、もし大枚をはたいて参加したとしても雨が降ったら一巻の終わり。
私も興味は尽きないが、自宅にて観察することで甘んじることにしよう。

 この記事冒頭の皆既日食を詠んだ俳句の作者・暮畦子は私の父。
これらは1936年(昭和11年6月19日)の北海道女満別日食を詠んだ作品である。
父(27歳)が、当時どこでこの皆既日食を見上げていたのかは知らないが、自然への畏敬と深い感動が生まれたことが伝わってくる。
身びいきは承知で.......背景も大きいし瑞々しい感性と色彩感覚だ。
父はこんなに若くして俳句の本質を捉えていたのだろうか?
これらは私のまったく知らない27歳の父の素顔だ。

 この時の皆既日食はかなり見事なものだったらしく、当時の新聞を調べてみたら見出しに『陽太い黒』と書いてあり、あれ何だろうと戸惑ったが......
ここはもちろん『黒い太陽』と逆から読まなければならないところ。
一説によると皆既日食が観測される国のその年は、まがまがしい出来事や災害などが起きると言われているが、昭和11年と言えば二・二六事件や阿部定の猟奇殺人などが起きた年である。

 他方皆既日食を吉兆のしるしとする説もあり、昨年の北京オリンピックの時には、会期中に見事なダイヤモンドリングが見られたことは記憶に新しい。
さて今年は我が国で観測される皆既日食。
吉と出るのか凶と出るのか? 


 

女が死んで残すものは?

2009-07-10 10:15:00 | グルメ
           



 今年の我が家の梅は4㎏の収穫があった。
農薬どころか肥料も一切使用していない純然たるオーガニック。
不揃いな小粒たちだが、私の目には翡翠のように愛しく映る。
既に6月末に市販の梅を2㎏買って梅漬けにしているので、こちらの方は梅酒にしょうか梅ジュースにしようかなどあれこれ悩むのも楽しい。

 この時期になると、我が主婦ブログ仲間たちの間で必ず話題になるのが梅干しの仕込み。
umiさんやうららさんやすずめさんは、毎年10㎏以上の大量の梅を仕込むと言うから驚く。
しかも一度に漬けないで[5㎏・4㎏・3㎏・2㎏....]というように、手間をかけて小分けにして漬けるというから、梅干し初心者の私は更に驚く。

 なぜそんなに大量に漬けるのか、なぜ小分けにして漬けるのかという私の素朴な疑問にumiさんが答えてくれた。
小分けにする理由は、労力の軽減と、例え失敗したとしても他の梅漬けに波及することを防ぐため(なんと賢い!)
大量に作って保存する理由は、将来歳をとって何も作れなくなった時に、せめて梅干しだけでも自家製であって欲しいとの願いを込めて(なんと用意周到!)
現存する最古の梅干しは室町時代だというから、梅干しは人類最強の保存食なのだ。

 母が亡くなる前年、我が家の梅の木が20㎏の豊作を提供してくれたことがあり、半分を姑に、残りを母に宅急便で送った。
翌年母は急逝したが、荷物を整理していたら台所の隅で保管されていた梅干しを見つけた。
ひっそりと冷たく息づきながら主を待ち続けていた梅干しの甕。
元気になって自宅に戻ることを信じて疑うことがなかった母の無念を知らされたような感じがした。

 梅干し作りの達人だった姑もまた、自宅に置き去りにしてきた梅干しのことを、病床でいつも気にかけていた。
あまり何度も言うので、姑の家に行って探して持ってきたらやっと安心して嬉しそうな表情をした。
毎年この季節になると、我が家の梅の出来高を私以上に心配していた姑。
姑もまた肝心のレシピを私に伝えることなく亡くなり、私はいまだに上手に梅干しを作ることが出来ない。
 
虎は死んで皮を残し、人は死んで名を残し.......
  『女は死んで梅干しを残す(by nihao)』
私もいつ体調を損ねるかわからない。
昨日収穫した梅は、やっぱり全部梅干しにしておこう。



夏帽子

2009-07-08 10:00:00 | 手仕事
 某ショッピングモールの帽子売り場。
500円~980円のワゴンセールで気に入った帽子を見つけた。
白地に甘い色彩の花柄プリント、軽くてフィット感が抜群。
特に帽子が欲しいわけではなく逡巡したが買うことにした。

 ところが支払いカウンターで3980円請求されてビックリ!
「安売りのワゴンに入っていたのですが......」
と訴えて調べてもらったところ、どうやら間違って紛れ込んだらしい。
気分が悪いが、ここはおとなしく引き下がるしかないだろう。
しかし手に入らないとなると無性に欲しくなるのが凡人の常。
定価で支払って買うべきか?いや諦めるべきか?
またまた逡巡しながら、ためつすがめつ手にとって......決めた!
 「自分で作るわ!!

 さて、布製の帽子ってどうやって作るのだろう?
昔、アテネ・フランセで帽子作りを習っていた友人がいて、練習を兼ねて作ってもらったことがある。
お椀を深くしたような形の帽子で、一枚の布地のどこにも縫い目がないのに立体的な形になるマジックとテクニックに目をみはったことがある。
でも被っているうちにだんだん下がってきて前が見えなくなり、↓【鉢かつぎ姫】になったような落ち着かない気分にさせられたものだ。


          


 いつも帽子を被る時につきまとう、ちょっとした違和感と不安感。
履き心地のよい靴選び同様、被り心地のよい帽子を探すのは難しい。
手作りに挑戦する価値は大いにある。
正確な型紙さえ作れば夏の簡単帽子ぐらい何とかなるわさ!
しかも手持ちの材料で間に合わせるから、ただだ!
円周率や円周を出す公式を思い出すのに苦労したが、電卓片手に計算しながらなんとか型紙を作製した。
全く同じデザインの帽子が欲しかったのだが無理だったので、少し自己流にアレンジしてやっと完成したのがこれ↓


        


 何度も試着しながら修正を重ねて作ったのでジャストフィット。
「珍しく満点仕事だ!」
と悦にいっていたが致命的なミスを犯していた。

 専門的な話になるが(どこが?)、芯地に手近にあるキルト芯(伸した綿のようなもの)を使ってみたところ、とても案配がよかったので帽子全体に貼り付けた。
適度なフィット感はキルト芯の力によるところだが、綿(わた)を被っているのと同じだから暑いのなんのって.......。
さっそく被ってももちゃんとお散歩に行ったら頭から汗が噴き出した。

 せっかく作ったのに、秋風が吹くまで用のない夏帽子。
満点仕事への道のりは遠い。




元祖・弁当男子

2009-07-05 09:20:00 | おすすめ記事
 最近、職場に手作りのお弁当を持参する弁当男子の話題をよく耳にする。
小遣いの節約や健康管理のためには望ましい現象だ。
自分の弁当を写真入りで紹介する弁当男子のブログもたくさんあるから、日本の男子もずいぶん変わったものだと驚く。

 我が夫も今年から弁当男子となった。
母親や妻の手による弁当持参者も、男子弁当部の準会員扱いぐらいにはしてくれるらしい。
バス通勤なので手荷物は持ちたくない、でもカロリー過多になる外食は避けたいというので、小さめのおにぎり弁当にしているが自家製の梅干しが大活躍だ。


 私は学校給食の恩恵を全く受けることなく小中学校時代を過ごした。
その頃既に児童・生徒の健全な発達と食生活の改善を目的とした学校給食法が制定され全国に広がっていたが、我が辺境の生地にまではなかなか浸透しなかった。
残念ながら脱脂粉乳を飲んだ経験もない。

 当時はみんな貧しかったし、母親たちも生活に追われて多忙だった。
冷蔵庫がないから食品のストックもなく、毎日おざなりの弁当を持たされていたので、お昼の時間が待ち遠しくてたまらないということはあまりなかった。
児童たちはみな粗末な弁当の中味を見られたくない一心で、弁当の蓋で手元を隠して大急ぎで食べていたという哀しい記憶だけがやけに鮮明だ。

 同じクラスにマサカツちゃんという乱暴で嫌われ者の男子がいて、席替えで隣同士になって我が身の不運を呪ったことがある。
マサカツちゃんの弁当は、いつも麦ご飯に醤油をかけただけでおかずが入っていることは決してなかった。
貧しい生活ぶりを窺うには余りある弁当で、子ども心に私の胸は痛んだ。
お昼になると元気がなくなるマサカツちゃん、彼もまた元祖弁当男子だった。
中学卒業後は離ればなれになったが、一度だけ青森駅のプラットホームでばったりと鉢合わせしたことがある。 

              
              ※
              ※
              ※


 夏休み帰省を終えて東京に戻る途中の私。
一目でそれと判る暴力団構成員風の二人の男と同伴の彼。
互いに時間が止まったかのように5・6秒じっと見つめ合った。
当時から彼の将来を予測してはいたが、見事に的中した衝撃と驚愕。
脳裏に醤油かけ弁当が鮮やかによみがえった。
何か言いたそうにしていたが、急に目をそらし背を向けて去った彼。
でも私はマサカツちゃんの声を確かに聞いた。
そして私の祈りも彼の胸に届いたはずだ.......

毎日旨いモンが食えるようになったから心配するな! 
   おい、俺の分までしっかり勉強しろよ!

マ、マサカツちゃん!命を粗末にしては絶対にだめよ!」 
                           
               (by nihao劇場・青春の門)