ここ2・3日、小泉光男岩手県議会議員の放言ブログに関する話題が世間を賑わせておりました。
なにやら小泉県議、盛岡の県立中央病院を受診した際、「241番!241番!」と番号で呼ばれたことに腹をたて「ここは刑務所か!」と受付嬢に食って掛かる始末。
さらに、自分は検査費に1万5千円も支払う上得意客なのに病院の対応が失礼だとのたまい、会計もすっぽかして帰ってしまったそうです。
それでも怒りはおさまらず、自身のブログで不満をぶつけ、読者に問いかけました。
「ブログをご覧の皆さん、私が間違っていますか。岩手県立中央病院の対応が間違っていると思いますか?」
小泉県議、さっそく賢明なる(?)読者の皆さまがたから
「個人情報保護法も知らんのか?」
「支払いを拒否するなんて犯罪ではないか?」
「権力を笠にきた我がままな田舎議員だ!」
「おまえみたいな」県会議員は岩手の恥だ!」
などと教え諭されたり罵倒されたりで、ついに謝罪することとなりました。
で・・・私の正直な感想は「ちょっと面白い県議だな」です。
言いたいことも言えない大病院へのクレームの一人芝居としては、これはなかなかよく出来た筋書きではないかと思いました。
小泉県議も問題提起のつもりで言ったことで、まさかこのような厳しい批判にさらされるとは思っていなかったのではないでしょうか?
小泉県議の放言は、あくまでも個人的な経験のなかでの正直な感情の発露であり、たとえば先般の橋下徹氏の国と国との間の埋めることの出来ない歴史的・感情的な問題が背景になっている案件への放言とは比べようもなく小さいことのような気がするのです。
小泉県議は岩手県立中央病院の対応に関して、自分自身の感情にこだわった感想を述べただけです。
無知ではあったかもしれませんが無知は罪ではありません。
常識を逸脱しているところがあるかもしれませんが、この程度のことをやたら問題視するのはどうかなと思う訳です。
しかも最後にどちらが間違っているかと読者に問うたのは、おそらく自分でも判断に迷った証拠でしょう。
これはもう表現の自由の範囲内の出来事としか私には思えませんでした。
まあ、やいのやいのと言いたがるのも自由だとは思いますが。
実はオットーも、生還率数%の生きるか死ぬかの難しい病に倒れ、この岩手県立中央病院の医師たちに命を助けていただきました。
もちろん大変感謝しております。
ところが退院後初のオットーの外来診察に付き添っていた日のこと、受付嬢が患者を、名前ではなく三桁の番号で呼んでいることに気がつきました。
確か個人情報保護法が施行されたばかりの頃だったと思います。
そのときの私の気持ちは小泉県議と同じでした。
長期間生死の狭間をさまよいながら闘ってきた特別な命なのに、病院は夫を名前では呼ばず荷物のように番号で呼ぶのか・・・と非常に複雑な思いをいたしました。
そこで「番号で呼ばれるのは嫌じゃない?」と尋ねたら、オットーが「番号の方がよい!」と明快に答えたので、幸いにも私は小泉県議のようなクレーマーにならないですみました。
個人情報保護法が「個人の権利利益を保護することを目的とする」ためにあるとは言ったって、番号で呼ばれるのが嫌な人もたくさんいらっしゃることでしょう。
政治家・小泉県議のように実名を連呼された方が権利利益の保護になる人もいらっしゃるでしょう。
この三桁の番号は死ぬまで変わらないそうですから、「もっと覚えやすい番号が欲しい」と思う人や、今後はお金を出して番号を買いたいと言い出す人も出てくるかも(?)しれません。
私のように数字に弱い人間は、三桁の番号でも絶対に覚えられそうにないのが悩みのタネです。
自分でどちらにするかを選択することは出来ないのでしょうか?
選択できないのであれば、実名でも数字でもないHN(ハンドルネーム)を使ったらどうでしょうか?
「消化器内科のマダムnihaoさ~ん」とか「小児科の我が心のともしびちゃ~ん」とか呼ばれたら、プライバシーは守れるし、病院がもっと楽しくなること請け合いです(なんちゃって)
なにやら小泉県議、盛岡の県立中央病院を受診した際、「241番!241番!」と番号で呼ばれたことに腹をたて「ここは刑務所か!」と受付嬢に食って掛かる始末。
さらに、自分は検査費に1万5千円も支払う上得意客なのに病院の対応が失礼だとのたまい、会計もすっぽかして帰ってしまったそうです。
それでも怒りはおさまらず、自身のブログで不満をぶつけ、読者に問いかけました。
「ブログをご覧の皆さん、私が間違っていますか。岩手県立中央病院の対応が間違っていると思いますか?」
小泉県議、さっそく賢明なる(?)読者の皆さまがたから
「個人情報保護法も知らんのか?」
「支払いを拒否するなんて犯罪ではないか?」
「権力を笠にきた我がままな田舎議員だ!」
「おまえみたいな」県会議員は岩手の恥だ!」
などと教え諭されたり罵倒されたりで、ついに謝罪することとなりました。
で・・・私の正直な感想は「ちょっと面白い県議だな」です。
言いたいことも言えない大病院へのクレームの一人芝居としては、これはなかなかよく出来た筋書きではないかと思いました。
小泉県議も問題提起のつもりで言ったことで、まさかこのような厳しい批判にさらされるとは思っていなかったのではないでしょうか?
小泉県議の放言は、あくまでも個人的な経験のなかでの正直な感情の発露であり、たとえば先般の橋下徹氏の国と国との間の埋めることの出来ない歴史的・感情的な問題が背景になっている案件への放言とは比べようもなく小さいことのような気がするのです。
小泉県議は岩手県立中央病院の対応に関して、自分自身の感情にこだわった感想を述べただけです。
無知ではあったかもしれませんが無知は罪ではありません。
常識を逸脱しているところがあるかもしれませんが、この程度のことをやたら問題視するのはどうかなと思う訳です。
しかも最後にどちらが間違っているかと読者に問うたのは、おそらく自分でも判断に迷った証拠でしょう。
これはもう表現の自由の範囲内の出来事としか私には思えませんでした。
まあ、やいのやいのと言いたがるのも自由だとは思いますが。
実はオットーも、生還率数%の生きるか死ぬかの難しい病に倒れ、この岩手県立中央病院の医師たちに命を助けていただきました。
もちろん大変感謝しております。
ところが退院後初のオットーの外来診察に付き添っていた日のこと、受付嬢が患者を、名前ではなく三桁の番号で呼んでいることに気がつきました。
確か個人情報保護法が施行されたばかりの頃だったと思います。
そのときの私の気持ちは小泉県議と同じでした。
長期間生死の狭間をさまよいながら闘ってきた特別な命なのに、病院は夫を名前では呼ばず荷物のように番号で呼ぶのか・・・と非常に複雑な思いをいたしました。
そこで「番号で呼ばれるのは嫌じゃない?」と尋ねたら、オットーが「番号の方がよい!」と明快に答えたので、幸いにも私は小泉県議のようなクレーマーにならないですみました。
個人情報保護法が「個人の権利利益を保護することを目的とする」ためにあるとは言ったって、番号で呼ばれるのが嫌な人もたくさんいらっしゃることでしょう。
政治家・小泉県議のように実名を連呼された方が権利利益の保護になる人もいらっしゃるでしょう。
この三桁の番号は死ぬまで変わらないそうですから、「もっと覚えやすい番号が欲しい」と思う人や、今後はお金を出して番号を買いたいと言い出す人も出てくるかも(?)しれません。
私のように数字に弱い人間は、三桁の番号でも絶対に覚えられそうにないのが悩みのタネです。
自分でどちらにするかを選択することは出来ないのでしょうか?
選択できないのであれば、実名でも数字でもないHN(ハンドルネーム)を使ったらどうでしょうか?
「消化器内科のマダムnihaoさ~ん」とか「小児科の我が心のともしびちゃ~ん」とか呼ばれたら、プライバシーは守れるし、病院がもっと楽しくなること請け合いです(なんちゃって)