blog-cafe

マダムnihaoのフレッシュ搾りたてブログ。お気軽にお立ち寄りください。

穢(けが)れなき生活

2009-03-31 09:30:00 | Weblog
 起き抜けのぼやーっとした状態で見たテレビニュース......

 どこかの県の84歳のお婆さんが、自宅の14万円入りの金庫を盗んで逃げようとした強盗にしがみついて離さず、見事犯人逮捕に至ったという。
お婆さん曰く
こんなことが(犯人の)癖になったら大変だから!」
強盗の今後の人生まで思いやるという、なんとも見上げた根性だった。

 この気丈なお婆さんの行動に感心したのはもちろんだが、実はもっと驚いたことが別にある。
それは、お婆さんの家の台所がとてもきれいに整理整頓されていたこと。
すごく古くて狭い台所でいかにも不便そうなのだが、コンロ回りやステンレスはすべてピッカピカ、食器棚の中の食器も美しく整然と並んでいた。

 時間にして十数秒の映像だったが、私の目は釘付け。
犯人逮捕からインタビューまでの間を利用して、慌てて掃除をしたとは考えにくいから、ふだんから清潔に暮らすことを心がけているのだろう。
84歳にしてこの穢れなきライフ・スタイルを堅持することができるお婆さんだからこそ、強盗を前にしても平然として、かつ勇気ある行動をとることが出来たのではないだろうか。
掃除の上手な人は、皆おしなべて強靱な精神の持ち主だと私は思う(例外も異論もあろうが)
統計でも明らかだが、強盗や泥棒は、汚家・汚部屋の方が好きだという。

 以前、独り暮らしの叔母(80歳ぐらいだったか?)が、自宅で急死して手伝いに出向いたことがあるが、この時も私は痛く感心したものだ。
完ぺきな整理整頓とはこういうことを言うのだろう。
流しの下の鍋釜はすべて新品のように光っていたし、棚の中や上には埃ひとつなく、箪笥の中の衣類は一糸も乱れずきちんと収まり、どこもかしこも清潔で、すべてのモノが秩序正しく整っていた。

 まさか自分が急死するとは思ってもいなかった筈だから、ふだんから整理整頓を旨として暮らしていたに違いない。
質素だが無駄のない美しい部屋で、誰にも別れを告げることなく息を引き取った叔母の死に様はかっこ好い。
絶対に急死だけは避けなければと誓った私。
死ぬ前に一番したいことは?
と訊かれたら、迷わず「掃除!」と答える。

 春の陽光が部屋のすみずみまで降り注ぐ昨今。
冬の間掃除を怠けていたので家中の汚れが目につく。 
どのようにしたら、上記のお婆さん......いや、しなやかでタフな賢夫人たちのように穢れなく暮らすことが出来るのだろう。

           

 生活感が溢れて雑然とする食器棚はファブリックで隠す。
整理整頓より秘匿に徹する裏技は、参考になるだろうか?



田舎の香り

2009-03-28 17:30:38 | 読書



 十年一日のごとく変化のない生活。
いくら知恵をしぼっても読書ネタしか見当たらない。
先日ブックオフ、及びブックマーケットで求めた13冊。
小池真理子さんの長編2冊ゲットしてラッキー!
又三郎さんオススメの山本一力さんの『あかね空』も見つけた。
古本屋さんの百円コーナーでは、東野圭吾さん、桐野夏生さん、天童荒太さんなどの人気作家の作品はなかなか手に入らない。
すこぶる簡単に手に入る作家がどなたかご存じ?
それは......山田詠美さんと村上龍さん。
彼らの本はいつまでも残っている。いや行く度に増えている。
そうだろうな、私もこのお二方は苦手。読む気がしない。
ブックオフの書棚を観察すれば、日本の出版物の売れ筋ランキングはもとより、手放しランキングまで分析出来てしまうのだ。





 『香水』 パトリック・ジュースキント 池内紀訳
  文藝春秋刊 1988年

 生まれながらに図抜けた嗅覚を持ち、究極の香水の調合を求めてやまない男の物語。
18世紀フランスを舞台にした妖しく狂おしい作品で、映画化され大変話題にもなった。
映画の方のレビューはpancoさんにお任せ!→【パフューム
私はこの本を15年前に読んでいたのにすっかり忘れて買ってしまい、そして突然鮮やかに思い出したことが........。

 私にはK氏という友人がいる。
仲間うちではK図書館というあだ名がついているほど、書籍の蒐集家としても読書家としても知られている。
彼はまた本をプレゼントするのも好きで、贈る人のイメージをあれこれ考えながら本をチョイスするという、大変難しいことをさらっとやってのける趣味のよい人間だ。
K氏はこの『香水』を、娘が高校合格した時にプレゼントしてくれた。
16歳の女の子が読むには少々扇情的過ぎないか?
しかしこの本は娘の大のお気に入りの一冊となったから、K氏の選択は間違ってはいなかったようだ。

 K氏は、私が入院した時も一冊の本を手にしてお見舞いに来てくれた。
彼は一体どんな素敵な本を私に選んでくれたのだろう?
期待するなと言う方が無理、ドキドキしながら包みをあけたら.......
はぁ~ん?なんと!【無着成恭】のエッセーだった。
無着成恭氏と言えば山形出身のお坊さんで、『綴り方教育』とか『子ども電話相談室』のズーズー弁でのユニークな回答者として有名だったが......。

 なんで、なんで!
16歳の小娘には香り高いフランス文学の『香水』で
私には田舎の香りの『無着成恭』だったのよ!



辛口ですが......

2009-03-25 10:50:00 | 読書
 以前『エンジェル・ウィスパー』(山科千晶著 メディアワークス刊)という物語を読んだ。
伝奇小説とファンタジーを融合させた長編ミステリーだが、作者の後書きの文章がとても印象的で忘れられない一冊。

「学生さんには、高い本でごめんなさい。
社会人の方々には費やした時間に見合った内容であればと心配です。
いつかまたお会いできることを楽しみに、明日からまた腕を磨きます。」

 長い間の読書経験で、このように読者の懐具合を気遣ってくれたり、内容と消費時間に言及した後書きに出会ったのは初めてだったので、とても新鮮な感じがした。
確かに本の金額と内容と費やす時間が見合ってこそ、読者にとっての読書の喜びは倍増する。
山科千晶さんのような、この真摯な姿勢を忘れている流行作家たちは多いのではないだろうか?


           


 一昨年『首挽村の殺人』で、第27回横溝正史ミステリ大賞を受賞した大村友貴美さんの『死墓島の殺人』(角川書店・08年8月刊)を購入した。
新進作家にとって、大賞受賞後の第一作目を発表するというのは、かなりの重圧がかかるだろうと思われる。
受賞作よりも優れた作品であればこそ作者の才能は認められ、数多くの読者を獲得し、流行作家への道が開かれる。

 二十一世紀の横溝正史と絶賛された大村さんの『死墓島の殺人』に期待した。
不気味な連続殺人の謎解きと並行して、民間伝承や過疎問題・漁業問題、中年刑事の人生の苦悩などの多彩な伏線が満載だ。
この独特な物語の展開の仕方が作品の顕著な特色である。
しかしそれらが、事件となんら交錯することなく饒舌に語られるばかり。
伝奇的な島の歴史やそこに生きる人々の描写は、横溝正史風の雰囲気を醸し出してはいるが、耽美派と社会派の作風ががごちゃ混ぜになっていて奇妙で落ち着かない感じ。
意外な犯人、犯行動機に関しては、これは前作同様驚愕の大村ワールドの真骨頂だが、なぜか不自然で未消化な印象が拭えない。

 辛口の批評になってしまったが....... 
作者の大村友貴美さん、実はご当地在住作家。
作家という人種を敬愛してやまない私。
我が家の近くにお住まいなので、こっそりお宅拝見に行ったこともあるし、知人に頼んでちゃっかり著書にサインも頂いている。


             

 
 『○○○の殺人』及び冴えないオヤジの藤田警部補シリーズが、もっともっと面白くなって今後も引き続き発表されることを期待する。
私は、大村友貴美さんの名前が、日本ミステリー界に名を残す存在になって欲しいと強く願う応援団のひとりなのだ。



出会い系リサイクル

2009-03-23 10:30:00 | Weblog
 さて今日はGジャンのリフォームをしよう。


  



 5年前にリサイクルショップで500円で買った。
派手なのか地味なのかはっきりしない妖しげな一着だ。
この歳でGジャン!
その上ビーズまで散りばめられているとなると、着用するのはちょっと気恥ずかしい。
娘なら着るのではないかと思い、欲しいなら持っていけと言ったら
やだ~、こんなオバハンくさいの!
と言われてしまった。

 ビーズを活用して何か他のものに変身させることは出来ないだろうかと、5年間ずっと考えていた。
例えば......大きなショルダーバッグとお揃いのポーチとか。
例えば......ベストと帽子とか。
でも限られたデザインと定位置に収まったビーズ刺繍のせいで、なかなかアイディアが浮かばない。
いつまでも箪笥の肥やしにはしておけない。
今年になってからはパソコン用の椅子の背にかけて、毎日眺めてはリフォームイメージを喚起するように心がけていた。

 ところで中古衣料を買った時は、必ずポケットを探ってみること!
500円支払っても、前の持ち主が忘れた1000円が入っていて、思わぬ幸運を掴むことがあるからね(ホントよ、ホント!)
中古本を買ったときも同じく注意を払うべき!
しおり代わりの名刺(バリバリの営業マン風の)が挟まっていたり、書物の裏表紙に、女性名でご丁寧に住所や電話番語まで書いてあることがあるからね。
眺めているとなんだか興味が湧いてきて連絡したくなる。
これを出会い系リサイクルと名付けよう。
ミステリアスな出会いが期待できそうだ。

 さて、アイディアが浮かばないまま見切り発車。
Gジャンに鋏を入れようとして、ふと思い直して一度だけ袖を通してみようと決心した。
お出かけ先は隣のマーケット。
あれっ? 着古した感じがなんだかしっくりくる。
思ったより軽くて暖かい。
オバハンくさいビーズ刺繍も、オバハンには全く違和感がない。

 おやおや........しばらくはこのままで利用してみようか。
と言うことでリフォームは中止。

          


    ※世界一お馬鹿な犬、マーリーと遊んでみてね。



どこかにあるドコカ国

2009-03-21 11:45:00 | 読書
 お彼岸だからという訳ではないが、こんな本をご紹介。





 【天国からはじまる物語】 ガブリエル・ゼヴィン
  理論社発行 05年10月  堀川志野舞訳

 ティーンズ向けの小説だと思われる。
アダルトにはちょっと物足りないが、作者の世界観が独特で面白い。

........交通事故で15歳で死んだリズ。
船に乗って辿り着いたのはドコカ国
地上とほとんど変わらない世界だが学校と病院はない(もう病気にならない)
住民は必ず副業を持って暮らしていかなければならない。
本業は死後の生命をまっとうすることなのだろう。
ドコカ国の人生は後戻りの人生。
死は折り返し地点なので、15歳で死んだリズは、1年ごとに若返りやがて赤ん坊になって再度地上に送られていくという仕組みだ。
ドコカ国の年齢の数え方は15歳15年。前者は実年齢、後者は余命。
80歳で死んだなら160年も生きていかなければならないことになる.......

 勉強はしなくてよいし生活や健康への不安もない。
当然ながら介護や育児などの難事業もなさそうだ。
これが天国の一般的なイメージだろうか?
臨死体験に関しては様々な実証的研究がされているが(臨死体験のあるウチの夫は、意識回復後、医師たちに囲まれて「お花畑を見ましたか?」と、大真面目に質問されていた)、死後の世界で何年も暮らして戻ってきた人の話は聞いたことがないので、あの世が誰も知らない世界であることは確かだ。
案外......私たちは皆、ドコカ国で自分の寿命を確認しながら後戻りの人生を送ることになるのかなと想像したら複雑な心境になった。

 と言うことで.......先日見た映画【ベンジャミン・バトン】を思い出した。
ベンジャミン・バトンも、老人で生まれ赤ん坊に戻って死んでいくという、数奇な後戻り人生を過ごすことになる男の物語だ。
おそらくこの【天国からはじまる物語】の著者は、フィッツジェラルドのファン、もしくは研究者なのだろう。
ベンジャミン・バトンは、ドコカ国の手違いで老人のまま地上に送られてしまった転生ミスのケースだった.......と言いたかったのかもしれないと、私の妄想はふくらんで愉快になった。

 ところでドコカ国では、新しい恋をして別のパートナーと結婚することも、夫婦が再会するのを待って、互いに若返りながら生きていくことも可能だ。
ドコカ国でまた一緒になりたいか夫に訊ねてみようと思ったが

 やめた!やめた!  奴の答の想像はつく.....



審美眼

2009-03-18 12:00:00 | 手仕事
          


 紙粘土で作ったももちゃんの彩色をやっと終えた。
結構雰囲気が出ているのでは?
「お~っ、これはそっくり!」
口の悪い夫も感嘆の声をあげた。


         


「写真にすると実物との区別がつかないぞ!」
と言ったのも夫。 
そんな筈はない......いや、そうかも。
やっぱり顔が少女漫画だが、元来が漫画のような存在のももちゃんだ。

 彩色する前日にM嬢が遊びにきた。
審美眼にかけては絶大なる自信を持っているM嬢、一言批評しなければ気が済まない性格だ。
「頭が小さすぎるし足が長すぎよ!」

 からだ全体のバランス、特に頭と足に関してはよくよく観察して決定した大きさだったので、この批評は心外だ。
確かにシーズー犬と言えば頭が大きく足が短いイメージがある。
しかしそれは人間が陥りやすい先入観で、じっくり観察したり触ってみれば間違いであることに気がつく。
「デフォルメではなくリアリティを追求したのよ!」
私の反撃にM嬢も自分の発言を取り消した。

 「でも、でも.....耳は、もっと存在感を出さなければ駄目よ!」
おや? まったくその通りだ!
シーズー犬と言えば、毛足の長い大きな耳に特徴がある。
表現力に自信がなかったので、つい控えめに仕上げていた。

 ものを正確に見るということは難しい。
文章にしても絵画にしても、見たものを正確に表現するということはもっと難しい。
私は美術に関してはど素人だ。
しかしM嬢と話をしていて気がついたのだが、より自然なリアリティを出すためには特徴を強調したデフォルメが必要なのではないだろうか?
『ももちゃん』という対象は、リアリティだけで存在している訳ではなく、イメージでも存在しているのだ。
そう言えば文章も、より良い表現をするためにデフォルメする必要があるものな。

 M嬢の忠告を素直に受け入れ、残っている粘土で慌てて全体を修正した次第。



 



最後のレッスン

2009-03-16 11:00:00 | 中国語
 週末は中国語関連の行事が重なった。

 土曜は、留学生講師との最後のレッスン。
花束やプレゼント、お茶やお菓子を用意して迎えた。
無駄なおしゃべりをすることもなく、なぜかいつもより気合いが入る。
最後にひとりひとりお別れの挨拶をした時は全員涙が溢れて止まらなかった。
今まで何度も留学生との出会いと別れを繰り返してきたが、泣きながら最後の授業を受けたのは初めて。

 特に講師が大泣きで
「我不是好老師(私は良い教師ではなかった)」
と何度も謝った時は
「我也不是好学生(私も良い学生ではなかった)」
と、皆声を揃えて.......ドラマのような筋書きで気恥ずかしいが、五年間の様々な思いでが甦った。

 そう言えば、もっと真剣に教えて欲しいと要求した時
「私の授業料は盛岡一安い!」
と反発してきて唖然とさせられたこともあったが、私たちは皆、この気の強い正直な女の子が大好きだったのかもしれないな。
帰宅後、また泣きながら
「皆さんに絶対にご恩返しをします!」
と電話してきたので
「結婚式の招待の約束を守ってね!みんな待っているからね。」
とお願いしておいた。たぶん.......だいじょうぶ。

 日曜は、岩手中国語学習協議会の17回目の学習発表会があった。
以前は各地域から多くの団体が参加して盛況を呈していたが、今回は4団体だけしか参加しなかった。




 紙芝居や劇などで学習の成果を発表するのだが、我ら弱小グループは、ここ数年見学だけに徹している。
会員たちの高齢化、中国語学習者の減少ぶりを目にして、これではいけない、来年は我らも参加して協力しなければならないと決心した。

 ところで仲間のひとりが、4月から北京の体育大学に一ヶ月間の短期留学に行くことになった。
太極拳の勉強をしながら語学の研鑽に努めてくると言う。
彼女、今年実に72歳。
太極拳、水泳、スケートは、いまだに講師級の腕前のステキな体育会系お姉様。
中国語への熱意と取り組みも人一倍の努力家だ。
先を越されてちょっと焦った私だが、72歳にして目標を実現した彼女の勇気と英断には大いに刺激を受けた。
さて私も在郷・在宅で奮起しなくては!



黄金のレシピ

2009-03-13 11:10:00 | グルメ

         


 中華風蒸しカステラ『マーラーカオ』です。
材料を混ぜて蒸すだけの簡単おやつですが、しっとり濃厚なお菓子。

 友人から教わったレシピですが、これは黄金のレシピ。
他のレシピと異なる点は、三温糖・卵・サラダ油の量が多いところ。
カロリーがちょっと気になるので、毎日作って食べてはいけません。
思い出したように時々作るのがベストです。
今朝私も突然思い出しました.......明日は最後の中国語レッスン。
そうだ!みんなで中国茶といっしょに戴こう!

 レシピをご紹介しておきます。
某コンビニ、Y市中華街の店頭で販売されている商品より美味しいです。
求めていた味との感激のご対面をお約束いたします。

 【マーラーカオ】

★道具  蒸し器 ケーキ型 布巾

★材料  小麦粉200g 三温糖300g 全卵5個 牛乳50㏄
     サラダ油130㏄ BP小匙1 重曹小匙1 
     醤油大匙1 水大匙1

★レシピ 1)粉・BP・重曹をふるっておく
     2)ボールに卵を入れよく攪拌し、三温糖・牛乳・醤油・
      水を入れてよく混ぜる。
     3)ふるった粉を2)に入れて混ぜる
       ダマがなくなるまで丁寧に!
     4)最後にサラダ油を入れてよく混ぜる。
     5)1時間ねかせて、型に入れ蒸し器で強火で40分蒸す。
       蒸し器の蓋に布巾をかぶせること!

 ダマを丁寧につぶさないと、上の写真のようにニキビ面になります。
タネが結構ゆるいので、取り外し式のケーキ型には下の写真のように、底にアルミホイルを敷くとよいでしょう。     


          


 先ずは練習用に作った私用の『マーラーカオ』
では、本番用を作らなければならないのでこれにて失礼。 


画竜点睛

2009-03-11 10:00:00 | 手仕事
 最近めっきり元気がなくなったももちゃん。
まだ食事への関心だけは失ってはいないが、一日中ストーブの前で猫のように丸くなってまどろんでいるばかり。
私の足に絡まりながらじゃれてきたり、椅子やテーブルの上を自在にはね回っていた頃が懐かしい。

 そこで一番元気だった頃......私といっしょに、毎日裏山で一時間以上散歩していた頃の姿を造形にして、いつまでも記憶にとどめておけるようにしようと考えた。
素材は紙粘土。



                 


粘土遊びは大好きだったが、粘土に触るのは30年ぶり。
動物を作るのも初めてなので、ももちゃんの写真を見たり観察しながら、先ずはあらゆる角度から何枚もデッサンを試みた。
写真一番上のデッサン(これをデッサンと呼べるのなら)を見て欲しい。

 ああ、デッサンって難しい!
何枚描いても、猫犬とか豚犬としか形容できないへんてこな絵になる。
頭が悪いのか、目が悪いのか、腕が悪いのか、なぜあるがままの姿、目にしたままの姿を、そのまま正確に描くことが出来ないのだろう? 
そう言えば、実物と異なることすら認識出来ないのが普通だと、絵を描く友人が言っていたのを思い出した。
私は認識した!ちょっとはましと言うことだろうか?

 美術鑑賞が好きだからといって絵が上手くならないのは、いくら小説が好きだからといって小説家になれる訳ではないのと似ている。
これは相当練習した後の一枚だが、ももちゃんの目が少女漫画。
画竜点睛を欠くと言ったらおこがましいが、この目、何とかならないか?

 しかし下手なデッサンを重ねているうちに、造形のイメージが湧いてきた。
自分なりに質感と量感を掴んだような気がして、デッサンではてこずったが、造形はあれよあれよという間に完成。
おおまかな形を作ったら毛並みを表現するためにカービング(削る)しなければならない。
粘土は乾燥しやすいのでスピード勝負なのだ。
迷ったり考えたりする暇もなく大急ぎで肉付けしたが、結構バランスよく仕上がったのではないだろうか?
いや、そうでもないか.........。

 彩色した完成品を、いずれお目にかけることが出来れば幸いだ。




犬とロバ

2009-03-09 10:00:00 | 中国語
 今期の中国語レッスンも後2回を残すばかりとなった。
授業のため通っている会館の1階には、イタリアン・バイキングレストランがある。
留学生講師とのお別れ会を兼ねて昼食会をした。

 レストランはすべての席が予約で埋まっていて、我ら7人の他に20人の女子高生の団体が入っていた。
バイキングともなると我ら後期高齢者&その予備軍たちも、なぜか猛然と戦闘意欲が生まれる。
 「女子高生たちに絶対負けないようにね!」
競争している訳でもないのに、新しい料理が出ると山盛りで全員分を確保するというはばかりのなさ.......

 昼食後はレッスンを。
テキストは中国の小学校・道徳教材の『犬とロバ』
【あらすじ】
 「主人のお供で旅をする犬とロバ。
主人が木陰で昼寝をしている間に草原の草を食べるロバ。
お腹が空いた犬は、ロバの背中にある籠の中の食料を取ってと頼む。
しかし食事に夢中なロバは、犬の依頼に全く耳を貸そうとしない。
そこに凶暴な狼がやってくる。
ロバは犬に助けを求めるが、仕返しに犬が知らんぷりをするので、ロバは狼にかみ殺されてしまう」

 他人が困っている時に手を貸さないと、自分が困っている時に誰も助けてはくれませんよ、ロバのように自己中心的になってはいけませんよという、相互扶助の教訓を説いている寓話である。

 この寓話は、一見真実を突いているように思われるが.......
小学生に善悪の判断をさせる時は、極端な例を提示した方が分かりやすいのかもしれないが、私には、犬の方がよほどたちが悪いとしか思えない。
なぜ犬は、自分が助けて貰えない仕返しに、苦境に立つロバを見殺しにしてしまったのか?
ギブ&テイクでしか援助をしないという精神を相互扶助と言うのだろうか?
私はこのような教材を自分の子どもたちに読ませたくはない。
そしておそらくこの教材は、日本の教科書では絶対採用されないと思うので改訂版を考えてみた。

【改訂版・犬とロバ】
 「主人のお供で旅をする犬とロバ。
主人が木陰で昼寝をしている間に草原の草を食べるロバ。
お腹が空いた犬は、ロバの背中にある籠の中の食料を取ってと頼む。
しかし食事に夢中なロバは、犬の依頼に全く耳を貸そうとしない。
そこに凶暴な狼がやってくる。
ロバは犬に助けを求める。
犬は先ほどのロバの仕打ちを思い出して大いに悩むが、食べ物の恨みと狼の生死とでは引き替えにならないことに気がつき、敢然と狼に立ち向かいロバを助ける。
九死に一生を得たロバは、犬に感謝するとともに自分の利己的な態度を深く反省し以後心を入れかえる。
狼との戦闘で当然深手を負った犬。
しかし犬もまた自分の無償の行為がもたらした結果に自己満足するのであった。」
 
 あらっ?はたしてどちらが道徳教材として適切なのだろう?