「ももちゃ~ん
お散歩に行きますよ~!」
朝食後、私に聞かせるかのような猫なで声で老犬ももちゃんを散歩に連れ出す夫。
足取りの重いももちゃん。
私の方を振り返り振り返りいやいやながら夫について行く。
夫がももちゃんと散歩に行く日は、ある陰謀を秘めている日。
さては今日も競馬に行くつもりだな...とすぐわかる。
夫が競馬を趣味としていることに、私は一度も異議を唱えたことや厭味を言ったことはない。
しかし夫は、私が嫌がっていると思っている。
私の仕事(難儀な老犬の散歩)をひとつ減らしてくれようとするのは、夫なりの贖罪のつもりらしい。
そんな気遣いは全く無用で、自分の小遣いの範囲でなら好きなことを好きなだけやればよいと私は思う。
でももし夫が、家庭を省みないギャンブラーであることを恥じているのだとしたら
その恐妻的傾向は大いに利用出来る。
業績不振で多大なる赤字を抱え、県民から非難ごうごうの岩手競馬の起死回生の策は『
毎日開催』
岩手競馬がお休みの日でも、佐賀・川崎・大井・船橋・名古屋....と、全国各地の地方競馬を楽しむことが出来るようになった。
変則勤務の夫にとっては有り難いことこの上ない。
今時、平日の朝から競馬場に集まってくる輩は年金生活者ばかりだが
毎日顔を合わせていれば自然発生的にコミュニティーが出来上がり、奇妙な友情が生まれるらしい。
名前や出自や経歴等を披露することなど絶対ないお気楽なシルバー・コミュニティーだ。
以下は夫から聞いた話。
[先日、いつものごとくいつもの仲間たちの集まる場所に顔を出したら見かけない男性がいた。
この男性は、月に一度だけ3万円の軍資金を持ってはるばる県北からやって来るという。
1レースに投入する金額は3千円と決めていて、念入りに吟味した上千円ずつ3種類の馬券を買う。
これは「少額で多種類の馬券を買っては外す」を繰り返している夫には、実に勇敢な行為に見えた。
そしてこの日男性は難解な大穴・中穴レースを見事に的中させ、嘆きの声を上げる年金軍団を尻目に
あっという間に持ち金を10万、20万...いや50万、60万、70万...と増やしていった。
(ああ、なんでその人と同じ馬券を買わなかったのよ! by nihao )
気をよくしたこの男性、お昼にはコミュニティー(6・7人)のみんなにカツ丼弁当や天丼弁当を奢ってくれ
ジュースやアイスクリームまでご馳走してくれ......
年金軍団から羨望と嫉妬と尊敬と感謝の熱い視線を浴びた。
夫も2・3日の間は、この男性に恋したかのようにボーッとしていた。]
女の側から見れば、このような男性...崖っぷちギャンブラーのお調子者としか思えない。
絶対に一緒に人生を共にしたくないタイプだ。
この男性の奥様、おそらく苦労されているのではないかしらと想像してしまうのだが
しかし以来くだんの年金軍団は、この男性の姿を求めて競馬場内を彷徨っているらしい。