blog-cafe

マダムnihaoのフレッシュ搾りたてブログ。お気軽にお立ち寄りください。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

赤ペン先生

2009-06-29 11:20:00 | 中国語
 中国語レッスンの講師が交替して三ヶ月経った。
今度の我らの老師(先生)は大変有能な人物だ。
教え方がわかりやすく丁寧だし、だらだらと日本語でのお喋りをしたがる我らのペースにも絶対に乗ってこないのは........うん、それは日本語があまり上手くないからだ。

 これまで彼女の授業を18時間受講した。
若く知的で美しく、ほっそりしていてとてもチャーミングな女性。
ところが、帰宅してから彼女の顔を思い出そうとするのだが、いつも全然思い出せなくていらいらする。
ボケもついにここまできたかと思っていたら.......
やはり仲間のひとりが、会場の入り口で老師に挨拶され(この人は一体誰だろう?)と一瞬戸惑ってしまったという。
そう、私もレッスンの度に奇妙な感覚に陥ってしまう。
毎度強い印象を与えながらも人々の記憶に残らない。
もしかしたら彼女は、いくつもの顔を持っているのではないだろうか?
いや......やっぱり我らのボケか?



        



 ↑宿題の中文作文に赤ペンが入った。
出かける寸前に宿題を思い出し、慌てて翻訳サイトを使ってお茶を濁した。
案の定、翻訳サイトを利用した箇所だけが間違っている。
「こんな中国語は絶対にありえない!」
とは老師(先生)の手厳しい指摘。
翻訳サイトが当てにならないことは知っているのだが.......
溺れる者は藁をも掴む

 今度の老師は、一人一人の作文を丁寧に赤ペンで修正してくれる。
赤ペンの入った作文を手にするのは久しぶりのことだ。
基本的なミスを指摘され赤面するが、小学生の頃に戻ったような気分になる。
作文や絵日記に寄せられた大きな花丸や担任の先生の一言はとても嬉しく励みとなったものだ。
赤ペンの効力は絶大でノスタルジアさえ感じるが、この歳になってからの赤ペンは喜んでばかりもいられない。
次回はぜひ花丸をと心に期す。

 赤ペン大恥体験は社会人一年生の時。
2月11日の職務日誌に『建国記念日』と記入して提出したら、当時の上司から『建国記念の日』と赤ペンで訂正され、しかも、平仮名の『の』があるとないとでは大違いなのだと詳しい説明がなされていた。
祝日法の改正で『建国記念の日』となってから既に5・6年は経っていた。
上司のこの指摘は、新米社会人の私にとっては羞恥と痛みと反省を大いに伴った。

 赤ペン先生の威力は、昔も今も健在だ。



 
コメント (24)

不運な女たち

2009-06-26 10:35:00 | Weblog
 タクシードライバーの友人、B嬢のお宅に久々のお呼ばれ。
現在彼女は鬱病の治療中で三ヶ月間の休職の身だ。

 B嬢とは30年来のつき合いだが、この間、彼女には次々と不運・不幸な出来事が重なり、その度に
「今以上のどん底はないわよ。これからは少しずつ物事が好転するわ!」
と慰めてきたのだが、なぜか彼女の不幸体質はとどまるところを知らなかった。
正直、もっと前に鬱病の症状が出ても不思議ではないと思っていた。

 頭痛、肩こり、めまい、血圧の上昇という症状から始まって、不安感、倦怠感、焦燥感、悲愴感などが押し寄せて苦しい状態が続く。
彼女の場合も、突然悲しくなって涙が止まらなくなったり、スーパーの店内でパニックに陥り手当たり次第に大量の商品を買い占めるなどの、自分では解明できない行動に悩まされたという。
また仕事中には、乗客を目的地に届けることが困難になり、乗客を置き去りにして逃げたくなる気分に何度も襲われたらしい。
医師に鬱病と告げられた時は、なぜかホッと安心したと言う。

 鬱病は心の病気ではなく、ストレスによるセロトニンやアドレナリンなどの脳内物質の不足が引き起こす脳の病気と言われている。
薬物治療が主流。彼女も効果が表れてかなり元気になって落ち着いてきた。




 彼女の大切な家族たち。
愛らしいトイプードルのさくらちゃんと、三毛猫ねねちゃんの存在も癒しの一助となっている。

 彼女が、この休職期間中に今までやったことがないことに挑戦してみたいと言いだすほど回復の兆しを見せてきたので........
ふたりで『初級者のための絵手紙講座』の受講を申し込んだ。
たった千円、たった3回の講座だが、かなりステキな絵手紙が描けるようになると聞いている。
二人とも絵は大の苦手だが
「孫に自慢することが出来るわ!」とやる気満々の彼女。
記念すべき絵手紙第一号を誰に送ろうかと夢がふくらんだ私。

 ああ、でも......受講希望者多数で抽選に外れてしまった私たち。
子どもたちや兄弟・友人たちにオリジナルの絵手紙に思いを託して届ける夢は、かくも儚くついえた。
くじ運の悪い私が申し込み手続きをしたのが間違いのもとか?

 がっかりしていたら、遠慮がちに彼女が告白し始めた。
実は私、去年ナンバーズ4で84万円当てたの。
って、先にそれを教えてよ!
不運な女だと思っていたのに、なんとくじ運は強いんじゃないの!
彼女に申し込みをさせていたら外れることはなかったのに.......



 
コメント (10)

愛を読む人

2009-06-24 09:15:00 | 読書



 『朗読者』 ベルンハルト・シュリンク 松永美穂訳
  新潮社発行 2000年4月

 出版後5年間で世界20ヶ国で翻訳された現代ドイツ文学の世界的ベストセラー小説「朗読者」
一昨年ブックオフで手に入れ読んだ後は、感動というのか、やりきれない気持ちというのか、ショックというのか......2・3日はボーッとなって作品世界を引きずっていた。






 そして↑映画化され19日から公開となった『愛を読む人』
年上の女性ハンナ(ケイト・ウィンスレット)に一目ぼれした15歳のマイケル(デビッド・クロス)
二人は21歳の年齢差を超えて愛を育んでいく。
ハンナはマイケルに愛を教え、マイケルはハンナに物語を読み聞かせる。
大胆だが美しいベッドシーンに目を瞠る。

 ハンナには絶対に明かせない秘密があり、それは作品中ところどころに伏線が張られてはいるのだが最後になるまで分からない。
少年の日の恋、突然の別離、思わぬ場所での再会.......30年の時を経て、成人したマイケルのハンナへの無償の愛を描いた恋愛映画だが、ドイツの戦後の葛藤・ホロコースト裁判も作品の重要なモチーフとなっている。
映画は原作の雰囲気を壊すことなく、しかも原作よりも解りやすい。
二人の心情に謎の部分が残るが、それは見た者が自分で考えていく問題なのだと思う。


 「人はなぜ恋愛小説を読むのが好きなのだろうか?

 45年前、我が郷里の公民館で『氷点』の作者・三浦綾子さんが講演中に聴衆に問うた。
当時中学生だった私の考えた答は......恋愛は、誰もが経験するとても身近の出来事だから......だった。

 しかし三浦綾子さんの答は私の予想を覆すものだった。
「恋愛はとても珍しいことなのです。
したくてもなかなか出来るものではないのです。
だから人は限りなく恋愛小説に憧れるのです。」
 
 三浦さんのお話は、恋愛を難しく定義づけたものではなく、人ははたして、一生でどれくらい恋愛が出来るだろうかという、回数や質の表層的な意味合いのお話をされていたのだと思う。
巷では毎日恋愛が生まれ毎日消える。それでも......
恋愛はとても珍しいことなのです」 
なるほどなと、今の私ならよく理解出来る。
恋愛小説を読んだ後は、なぜかいつもこの言葉を思い出す。


 
コメント (17)

父の日

2009-06-21 14:00:00 | 家族・友人
         



 「母の日」の花がカーネーションならば、誰が決めたのかは知らないが「父の日」の花は薔薇だそうである。
そこで父の日にちなんで花壇のミニ薔薇を切り花にした。
花弁の直径が2㎝ほどしかない小花。
今年は珍しくアブラムシもつかず、きれいに咲き誇っている。
中華風のティーポットに入れて食卓に飾った。

 
         


 このティーポット、高価な品でも骨董品でもないけれど、私にとっては特別なものだ。
私が生まれた時、内祝として親戚に贈った記念品だったらしい。
父がたの叔母が大切にしまっておいてくれたものを譲り受けた。
今でもまだ充分美しく、形も愛らしい。
終戦から数年経て、世間に少しずつモノが出始めた頃の品だろうか。
兄たちの話によると、我が家は超貧乏でみんないつもお腹を空かせていたと言うが、田舎の暮らしにはあまりそぐわない非実用的な美しい陶器を、どこからか調達してきた母のセンスの良さに感心する。
そして長い年月を経て、現在私の手元に存在することがとても嬉しい。

 今日は『父の日』
今朝の岩手日報に興味を惹く記事が掲載されていた。
隣県の秋田県のあるお父さん(53歳)が、娘さんからの少し早めに届いた父の日のプレゼントのお財布を、公衆トイレに置き忘れて盗まれてしまった。
お父さんは、盗まれた直後にトイレの前ですれ違った男が犯人であろうと見当をつけ、三日間トイレに張り込み、執念の成果が実って犯人を捕らえた。
娘さんの気持ちを無駄にしてはいけない、何としても財布を取り戻したいというお父さんの必死の心情が伝わってくるニュースだった(初めてのプレゼントだったのだろうか.......)

 我が家の子どもも「母の日」にはきれいな花束を贈ってきてくれたが、今日はまだ音沙汰がない。
妻たちからは『亭主在宅拒否症候群』の病原菌のように疎まれ、子どもたちからは忘れられ.......ああ、可哀想な日本のお父さん。

「ちょっと、あなたたち!電話ぐらいかけてきなさいよ!」
と言いたいところだが.......
ウチのお父さんは、そんなこと全然こだわらない。
子どもたちに何も期待しない立派なお父さんだ。

 

コメント (18)

革命を!

2009-06-19 12:10:00 | 家族・友人

            



 『僕たちの好きだった革命
脚本・演出 鴻上尚史 出演 中村雅俊 片瀬那奈

 [1969年、高校の自主文化祭に機動隊導入。混乱の中、山崎は負傷し昏睡状態に……そして30年。長い眠りから覚めた山崎は還ってきた。
47歳の高校生山崎が、あの日中断した“自主文化祭”へ向けて現代の高校生たちと巻き起こす「革命」]

 初演は07年。今回の再演全国ツアーは宝くじ助成の特別料金で嬉しい2500円。
このお芝居、珍しく私を誘うことなく夫だけがひとりで見に行った。
あれっ?どうして私に声をかけなかったのだろう。
絶対にひとりでお芝居なんか見に行く夫ではないのに.......

 そう言えば40年前の私たち、中核派だ、革マル派だ、ML派だののセクトに競って参加し、全共闘運動のまっただ中で学生時代を過ごしていた。
夫も4年間ヘルメットを脱ぐ暇なくあちこち駆けずり回っていて、卒業出来たのが不思議なくらい。
私たちは、革命という言葉に郷愁を感じる唯一の世代だ。
おそらく夫は『僕たちの好きだった革命』というタイトルに惹かれ、ひとりで青春時代の思い出に浸っていたかったのだろうな。

 前回『亭主在宅拒否症候群』の記事の中で、妻と同伴でなければ外出できない夫がいることを書いたが、我が夫もその傾向がある。
ひとりで行動すると、何から何まで自分でやらなければならないので不安だし、面倒なことは妻に押しつけてしまえという魂胆が見え見えなのだ。
夫族に言わせれば「楽しみは一緒に分かち合うものだ」ときれい事を述べるに違いないが、妻たちにとってみれば大きなお世話。(反論もあろうが)
何のことはない。現職中の管理職体質が、退職後は妻たちにじわじわと向けられていくのだ。

 だから今回夫がひとりでお芝居に出かけたことは、私にとっては目を瞠る歓迎すべき出来事だった。
今後もどんどん外出して、自分だけの世界を広げていってほしい.......
旅行だってひとりで行っていいのよ、私は留守番しているから.......

 しかし昨日、I大学の図書館で調べ物をしなければならなかった夫。
夫「おまえ、I大学の図書館に行ったことある?」
私「うん。」
夫「駐車場の場所知っている?」
私「うん。」
夫「面倒な手続きはいらない?」
私「うん。」
夫「........あの~、一緒に行ってくれないか?」
私「いや!

 夫には引き続き革命を目指して欲しい。
自分自身の内的革命を!


コメント (8)

亭主在宅拒否症候群

2009-06-17 10:40:00 | 家族・友人
 友人A嬢が深刻な顔をしてやってきた。
どうやら定年退職した夫が家にいるようになったことで、強いストレスを感じているようだ。
夫は一日中何もしないでテレビばかり見ているし、三度の食事の支度も大変。
どこへ行くにも一緒についてきたがるし、あれこれと細かく指図ばかりしてくる。
妻の行動が気になり視線は常に妻の姿を追う......となると、これはもう図体のでかい三歳児のようなものでうっとうしいばかり。
仕事以外は趣味も生き甲斐もなにひとつ持ち合わせてこなかった夫の生き様を知り、今さらながら愕然として失望する。
A嬢は食欲もなくなって、夫の顔を見ると胃が痛くなり息苦しくなるという。

 『亭主在宅拒否症候群』(主人在宅ストレス症候群とも言う)のことがクローズアップされたのはちょっと前のこと。
この話題はいささか旬を外しているような感がするが、団塊の世代がごっそり定年退職を迎えた今こそ、大きな社会問題として再浮上してくるのではないだろうか?
我が家の事情と照らし合わせてみても、この問題の対策が最重要課題になりつつあることは明白だ。

 しかし夫の側にしてみれば、言い分はたくさんあるだろう。
家族や会社のために粉骨砕身で頑張り、少ない小遣いに文句も言わず、自分の好きなことは何もかも諦めてきた。
無事勤め上げ「さあ、これからはゆっくり休みたい!」と第二の人生のスタートラインに立った途端に、信頼していた妻から「顔も見たくない!」と突き放される人生を予測していただろうか?
「一緒に家庭を築き上げてきたのではなかったのか?」
夫たちの自負は砕け散り、悪い夢を見ているのではとおろおろと......

 もちろん妻たちも、夫の功績は理解し充分感謝はしているのだ。
子どもたちが家を出て自活し、夫婦二人きりになった人生を見直し大切にしていかなければならないという自覚も持っている。
それでも忍び寄る『亭主在宅拒否症候群』

 夫たちは妻たちの実情をよく認識していない。
妻たちは.......子どもを育て夫や舅・姑の世話をし、学校関係や地域のコミュニティに参加し、また趣味やボランティア活動などを通して、生きていくために必要な知恵や様々な人間関係を学習してきた。
妻たちの豊富な人生経験は、仕事一途の会社人間の夫たちの比ではなく、実は揺るぎない自己を確立する努力をしてきたのだ。
退職したら抜け殻のようになって妻に依存し始める夫族とは訳が違うのである。
ごろごろとテレビばかり見ている夫、自分のことを自分で出来ない夫、なにかと口だしばかりしてくる夫、妻の行動を監視する夫、妻同伴でなければ買い物も外出も出来ない夫.......突然このような実態を臆面もなくさらけ出してくる夫には我慢が出来なくなって当然だ。

 『亭主在宅拒否症候群』は、日本独自の社会風土や文化(アメリカではあり得ないだろう?)が作り上げてきたものかもしれない。
また、コミュニケーション不足に鈍感であった長い夫婦関係の歴史が作り上げたものでもあるだろう。
夫婦間のコミュニケーションが成立していれば発生しないのではないだろうか?
一方だけの責任ではなく、夫婦で解決していかなければならない問題であることは確かである。
まずは理解と歩み寄り(難しいことだが)
そして夫族には、自立した夫婦関係とは何であるかということをもっと勉強してほしいと切に願う。
妻の方はかなり自立しているのだから。 

 
 
コメント (24)

ニューロンとシナプス

2009-06-15 12:05:00 | 家族・友人




 これ↑これ!
数日前から咲き始めた花だが.......どうしても名前が出てこない。
一昨日はすんなりと名前が出てきたの。
でも昨日から、いくら考えても思い出せなくて気分が悪い。
数年前北海道の兄から分けてもらい、みるみるうちに増えた。
切り花にして飾ると華やかで結構長持ちするのでお気に入りなのだが、いつも名前を忘れる(誰か教えて!)
兄に電話して訊ねればよいのだが、もう何度も訊ねているので恥ずかしい。

 私の頭の中のニューロンとシナプスは崩壊寸前だと痛感するが......
20年も前に、子どもの国語の教科書で初めて知ったニューロン&シナプスという難解な言葉はいまだに覚えている。
意味も解らず得意気に使ってしまうところが私のいやらしいところだ。

 確かニューロン&シナプスは、人間の記憶と重要な関係があると書いてあったはずだが、小学生にしては超難解な説明文だった。
息子が
「お母さん!何書いてあるか意味がまったくわからないよ~。」
と半べそをかいていたので、どれどれと教科書を手にとって読んでみたら、私も全然理解できなかった。
今どきの子どもたちは、こんな難しい教材で勉強させられているのかと心底気の毒でならなかった。
以来、理解できないことや思い出せないことは全部ニューロン&シナプスの劣化のせいにすることにしている。

 当然ながら我が家の子どもたちもニューロン&シナプスの言葉を忘れてはいない。
今でもこの単語は親子の会話に時々出現する。
「その若さでもうニューロン&シナプスが機能しなくなったの?」
「お母さんこそニューロン&シナプスが壊滅しているんじゃない?」
といった調子だが、正しい使い方をしているかどうかは全く不明。
文責を問われても困る。

 家族総出で頭をひねり苦労させられた教科書教材だったが、20年経っても忘れていないということは、この作品がいかに優れた生きた教材であるかという証拠ではないだろうか。



コメント (13)

交響詩『カッコー』

2009-06-12 10:10:00 | Weblog
 雨に煙った窓外の景色は、後期印象派の絵画のようにくすんでいる。
一向に初夏らしい季節とはならず、寒い寒いと呟いているうちにもう梅雨入りした。
それでも時々、遠くの森の奥から郭公の鳴き声が聞こえる。
「カッコー、カッコー」と鳴くのは雄。
「ピピピピピ」と追いかけて鳴くのは雌。
他の鳥たちも負けじとさえずり、まるで天空のシンフォニー。
こんなに美しい楽曲は、一日中いや一年中でも聞いていたいのに、交響詩『カッコー』は残念ながらすぐ終章を迎える。
           
                ※
                ※ 
                ※

 『明け方の夢

 [三十代半ばの私、子どもたちがまだ幼かった頃住んでいた家の中。
毎夜飽きずに寝顔を覗き、しっかりと瞼に焼き付けておこうと誓いつつ、すっかり忘れ去っていたあどけなく愛らしい子どもたちの顔がそこにある。
何が嬉しいのか、満面の笑みをたたえて子犬のように駆け回る子どもたち。
ふと窓の外を眺めたら........
お隣やお向かいやご近所の奥様たちが一カ所に集まって、何故かみんなで太極拳をしている。
ゆっくりと大きく空をかき分ける動作を、不思議な美しい景色のようにみとれる私。
よく知った顔が一人一人順番でズームになる。
皆とびっきりの笑顔を浮かべ、きれいで幸せそうで若々しい。
懐かしい!駆け寄ってみんなに声をかけたい!
しかし側にいったら拒まれるような、根拠のない疎外感でとても苦しくなる。]

 
 .....と、ただこれだけの夢なのだが非常に寝覚めが悪かった。
古い友人たち総出演のとても嬉しい夢の筈だが、朝からがっくりと疲れてしまい憂鬱な気分に陥った。
なぜ昔の友人たちが全員登場して、これ見よがしの笑顔と若さを発散していたのだろう。
なぜ皆、あんなに輝いて美しいのか?
なぜ皆、あんなに幸せそうに笑っているのか?
なぜ皆、私を拒もうとするのか?

 そうだ! 
私は、はたと理解する。
これはまさに見るべくして見た特別な夢だ。
出来るならこの日を迎えたくはなかったという深層心理が、こんなにも正直に反映することに愕然とはするが。
一年に一度は迎える朝、そして幾度も迎えた朝だが.......今年はパスしたかったの。
2・3日前からリーチがかかりドキドキしていたら、案の定こんな象徴的な夢を見てしまった。
とは言え仕方ないことだ!
失い続けてきたものを悼み、新たな再生を期す誕生日としよう。



コメント (22)

認知機能検査

2009-06-09 09:00:00 | Weblog
 今月から道交法改正に伴い、75歳以上のドライバーを対象に認知機能検査が導入された。
最近高齢ドライバーによる事故が多発している。
安全確認をせずに飛び出してくる高齢ドライバーに遭遇してひやっとさせられることが度々あるし、高速道路を逆走行したり、アクセルとブレーキを踏み間違えたりする事故もよく耳にする。

 認知機能検査には
★年月日、曜日や時間などを尋ねるもの
★何枚かのイラストを憶え、一定時間後にその記憶を問うもの
★時計の文字盤に指定した時刻の針を描き入れるもの
などの項目があり、それらの記憶力・判断力の検査から運転の適性を判定し、免許取り消しになるケースもあるという。

 (75)-(私の年齢)= ???
まだまだ先のことだと胸をなで下ろしている場合ではない!
はたして、私には運転の適性があるだろうか?

 年月日や曜日はうろ覚え、記憶力にも自信がない。
ほとんどの道路標識に関しては、無関心かつ理解出来ていない。
右折、左折は、とっさの判断が出来なくていつも同乗者に怒鳴られる。
長年乗っている車なのに、ラジオとカセットデッキとCDデッキの使用法を識別しているとは言い難い。
突然の雨に慌てて、ワイパーの使い方をど忘れしたことがある。
通い慣れた道ですら、夜になると何者かに化かされて迷うし......。

 先日私の愛車、三菱ミニカnihao号のエアコンがついに壊れた。
あちこちいじくり回してもいたずらに熱風が出てくるばかり。
夏に向けてこの故障は痛い。しかし夫は
北国の夏は短い。この際冷房は我慢しろ!
とまともに取り合ってはくれないのだ。
そこで暑い日を選んで、夫をミニカに同乗させ同情を買おうと試みた。

私「ほらっ!こんな車内環境では暑くて運転に集中出来ないわよ!」
夫「う~ん、それもそうだな。あれっ?おい、馬鹿たれ!
  エアコンのスイッチが入っていないぞ!
  
 .......エアコンは正常に機能した。
スイッチの切り替えなど全く念頭になかった私。
季節が変われば自動的に切り替わるのだと思い込んでしまったのは......いったいいつからなのだろう。

 ホッ、認知機能検査が75歳からの実施でよかった!
アラ還からなら絶対に免許取り上げだ......って、喜んでいる場合だろうか?
75歳からというこの数字、はたして適切な措置であろうか?


コメント (16)

白鳥の湖

2009-06-06 22:15:00 | 家族・友人
 




 M嬢と県南の奥州市Zホールに出かけ、男性だけのコメディーバレエ『グランディーババレエ団』の公演を見てきた。
観客の入りは六割ぐらい。
キワモノ?かと思いきや、これがなかなか......。
コミカルにしてシリアス、パワフルにしてエレガンス。
テクニックも目を瞠るものがあるし、バレエ鑑賞初心者でも大いに楽しめた。

 プログラムは聴き慣れている「白鳥の湖」「パ・ド・ドゥ」「瀕死の白鳥」など。
前から二列目のど真ん中の席だったので、踊り手の表情や波打つ筋肉の様子までよく見えた。
コメディーバレエは大変面白い体験だったが、次は絶対正調バレエを見ようと心に誓った。


 実は数ヶ月前のこと
M嬢「バレエのチケット取ったわ。」
私 「あら、良かったわね。楽しんでくるといいわ!」
M嬢「あなたの分も取ってあるから!」
私 「はあ~っ? 別に頼んだ覚えはないけれど...」

 「またか!」と思ったのだが、この調子でいつもM譲に押し切られる。
先が見えない独り暮らしだが、自己啓発費だけは出し惜しみしない女なのだ。
高橋真梨子のライブとか、中国障害者芸術団の『千手観音』など、知らないうちにいつの間にかチケットを握らされている私。
すべてSS席。もちろん彼女のおごりなどではない。

 彼女は、自分が好きなものは私も好きなのだと誤解している節がある。
おせっかいなのか?わがままなのか?
普通はこちらの意志を確認してから予約するものだろう。
私が彼女を誘うのは、銀行からいただく落語のチケットとか、大学祭や卒業公演の無料のコンサートばかりだというのに。

 しかしM嬢に翻弄されるのもそれほど悪くはない。
自分では決して体験しないようなことをさせてもらえることもある。


 ところで、今回私が学んだことは
「バレエ」の表記が「バレー」ではなく「バレエ」だったこと。
発音から言って排球の「バレー」と同様であると思っていた。
さっそく得意満面で夫とM嬢に質問してみたら、なんと二人とも簡単に正解。
あれっ? 知らなかったのは私だけ?










コメント (22)