心と神経の哲学/あるいは/脳と精神の哲学

心の哲学と美学、その他なんでもあり

神経質の哲学(あるいは神経の現象学)

2018-08-23 21:30:39 | 日記

今、来年の春に出版される次著『新たな哲学の創発 22世紀に向けての超-哲学入門』の原稿を書いている。全部で九章構成だが、第七章まで書いた。

筆が走っている。

そこで、今書いている原稿が出来上がって一息ついたら、次の本をすぐ書きたくなっている。

『神経質の哲学 心の臨床哲学の試み』というタイトルになりそうだ。

「神経質」とはいわゆる普通の意味での「神経質」ではなく、「感覚質(クオリア)」と似たような意味での「神経の質」あるいは「神経的な質」のことである。

カタカナで表記するとニューロニアないしノイロニアとなる。

これは私の造語である。

繰り返すがナーバスと言う意味ではない。

しかし、芥川龍之介についても論じるので、ナーバスも関係してくるであろう。

何よりも私自身がナーバスだし。

ニューロシス(英語)、ノイローゼ(ドイツ語)は神経症。

ニューロニア、ノイロニアは神経質である。

 

タイトルは『神経の現象学 心の臨床的経験の学』でもいいかな。

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