雨が多くて、戻り梅雨・冷夏の様相を呈している今日この頃ですが、何と言ってもまだ夏真っ盛りです。
早く秋が来ないかなー、とみんな思っているのではないでしょうか。
そこで、気分だけでも秋を味わってみることにしましょう。
次の画像4点はむつ市の2006年11月初めごろの紅葉です。
早くこういう季節が来てほしいものです。
雨が多くて、戻り梅雨・冷夏の様相を呈している今日この頃ですが、何と言ってもまだ夏真っ盛りです。
早く秋が来ないかなー、とみんな思っているのではないでしょうか。
そこで、気分だけでも秋を味わってみることにしましょう。
次の画像4点はむつ市の2006年11月初めごろの紅葉です。
早くこういう季節が来てほしいものです。
予想通り13日あたりから徐々に下がり始めた気温が、最高気温30℃以下という形に定着してきた。
今週は曇りがちで雨マークの日がほとんどという予報だから、戻り梅雨と言っていいだろう。
これで8月もたいして暑くないなら、まさにプチ冷夏だな。
先週の猛暑から一転して、今週は日曜日から気温が下がり始め、昨日は最高気温が28℃だった。
今年は6月が涼しく、30℃を超えた日は3日ぐらいしかなかった。
それも31℃にも届かないような、穏やかな暑さであった。
7月に入って、先週の連日の猛暑にひびっていたが、今週になって少し安心した。
2010年の悪夢はもう御免だ。
あの年は、夕立やゲリラ豪雨がほとんどなくて、気温が下がらなかったからな。
気象庁の過去の気象データ見たら、7月から9月半ばまでほとんど32-37℃だった。
そして、次の年の3月にあの大震災だ。
まぁ、今年は近年の平均的な夏の暑さになるかな。
しかし、1993年の冷夏以来の冷夏は2003年と2006年だけだな。
プチ冷夏きぼんぬ、だな。
織田作之助は大阪市生まれの小説家。
1913年(大正2年)生まれで1947年(昭和22年)に肺結核のため死去。
これは太宰治が同じく結核で亡くなる前の年である。
太宰は織田の訃報を聞いたとき、「織田君、君はよくやった」と同志を称賛した。
言うまでもなく、織田は太宰、坂口安吾とともに無頼派を代表する作家であった。
そして、太宰とともに昭和前期を代表するイケメン作家であり、両者のイケメンぶりは甲乙つけがたい。
次の画像を見れば誰もが納得するであろう(なんか太宰に似てるな)。
織田はスタンダールの『赤と黒』に心酔し、その主人公ジュリアン・ソレルに自らを凝していた。
また、旧制第三高等学校(新制の京都大学教養部の前身)中退だから、太宰と同じくらい遊び人の秀才だな。
代表作は『夫婦善哉』(1940年)、『青春の逆説』(1941年)、『土曜夫人』(1946年)。
私と同郷(青森県むつ市出身)の映画監督・川島雄三と親交があったという点で贔屓(ひいき)したい。
撮影の際に美人女優と懇談する川島監督↓
川島雄三については次の記事で詳しく書きます。
去年の7月1日に始めたこのブログだが、昨日までの総アクセス数は次の通りである。
閲覧 180,865PV
訪問者 55,555PV
今日、何気に左サイドバーのカウンターを見たら、PVの総数がオール5のゾロ目になってた。
こんなこともあるんだなー、と思った。
偶然と創発は関係しているが、これにはほんとに驚いた。
2008年の9月10日、残暑厳しいその日に私は東京郊外(川崎市にすぐ近くの大田区内)の高級住宅地・田園調布に行った。
街並み研究家にして首都圏の街の自己組織性の探究者の私としては、田園調布は格好の研究と観賞の対象である。
田園調布は比較的新しい住宅地で、計画的に整備された街並みはまさに芸術的である。
全国的に「高級住宅地」の代名詞のようにみなされているが、芦屋や渋谷・麻布・白金あたりの超高級住宅地に比べると、実は若干中流階級よりである。
なぜなら、ここは古くからの名家や地主や資産家が住んでいるところではなく、サラリーマンやスポーツ選手や芸能人や政治家で成功した人が住むところだからである。
「田園調布に家が建つ」という言い回しは、そうした高給取りに出世した人たちの手ごろな居住地だったことに由来している。
田園調布の街は東急東横線の同名の駅から放射線状の道路に沿って広がっている。
そして、道路には街路樹が整然と並び、まるで森の中に住宅地があるような感じである。
まず、駅の画像。
次に、駅から放射線状に広がる街路と豪邸のサンプル。
個々の住人の資産や住宅の建坪や庭の広さでは芦屋の六甲台や東京の古くからの高級住宅地には負けるであろうが、街全体がとても整備されており、その雰囲気は最高である。
たまに出かけて散歩すると、心が洗われるよ。
ちなみに田園調布は駅の北側と南側では街の雰囲気が全然違う。
高級住宅地で整備された芸術的な街並みなのは北側で、南側は庶民的で商店街がある。
その中の有名な建造物を一つ。
このイチゴハウスも一見の価値ありだよ。
アマゾンに注文していたクロポトキンの『相互扶助再論』(大窪一志訳、同時代社)が届いた。
ダーウィンの進化論から自然淘汰説を省いて、動物における相互扶助の生態を人間の道徳に応用しようとした自然主義的倫理学の書である。
クロポトキンは有島武郎に強い影響を与えた思想家である。
有島はクロポトキンに直接会いに行った。
有島の農場解放はあきらかにクロポトキンの影響である。
一般に人生論は科学とは無縁のものと考えられている。
「人生いかに生きるべか」とか「人は何のために生きるのだろうか」とか「人生は生きるに値するのだろうか」とか「死んだらどうなるんだろうか」といった問いは、科学によっては答えられないものと思われているのである。
本当にそうだろうか。
まず、この場合、人生論に対置されている「科学」とはどのようなものだろうか。
普通、「科学」というと物理学や地質学や機械工学や医学のような理科系の自然科学(+テクノロジー)を連想する。
そして、それ以上深く考えない。
また、「人生」についても同様で、文学や宗教や一部の哲学で取り扱われるものを連想し、生物学や医学などの広い意味での生命科学のことは無視してしまう。
人生は英語でlifeである。
lifeには人生という意味のほかに「生命」と「生活」という意味がある。
人生論ってはたして生命や生活と無縁のものだろうか。
そうではなかろう。
人生論は「lifeの意味」への問いかけの一環として、生物学や社会学や心理学と無縁のものではないのだ。
また、人間的生死の問題は医学における生命への問いと密接に関係している。
こうしたことをすべて顧慮するなら、人生論が科学と断絶したものではなく、一部の科学と対話可能であり、結局は科学的にも取り扱えるものであることが分かると思う。
前世期の後半から急速に興隆した脳科学の専攻者の中には、人生論に興味をもつ者がいる。
また、医者のなかに人生論への興味が多大な人がかなりいることは昔からの傾向である。
医学の中でも特に精神医学や老年医学や終末期医療の分野で人生論への関心が強い傾向にある。
また、進化生物学や進化心理学でも人間の生物学的本質を超えた人生論への関心が見られる。
教育学や心理学や社会学や人類学では言わずもがなである。
人は「科学」と聞くと、とかく物理学に代表される理科系の自然科学と工学を連想してしまうが、社会科学や人文科学も立派な科学なのであり、それらも顧慮しなければならない。
ただし、科学であるからには、議論ないし理論の論理性と普遍妥当性と客観性が求められる。
人生論はとかく「唯一無比のかけがえのないこの私」の存在の意味に関わるものと思い込まれるので、こうした科学の性格とは相いれないものとみなされやすい。
しかし、その気持ちを抑えて、心理学や生物学や精神医学や脳科学と対話しつつlifeの一部としての「人生」の意味を考えてみるのも一興ではなかろうか。
あるギリシャ哲学専攻の先生が大学の一般教養の「哲学」の授業で「哲学は何でないか」について講義したらしい。
その際、「哲学は科学ではない」ということを強調したという。
大体、日本の保守的な哲学研究者は、哲学と科学を峻別し、哲学に科学の話題を取り込むことを極端に嫌う。
ある書籍化された博士論文のあとがきで「日本では現代科学の話題を哲学の学位論文に取り込むことはタブーとされている」と明言していた。
その人の本はコンディヤックという18世紀のフランスの哲学者の認識論を取り扱ったものだが、脳科学や認知心理学ないし実験心理学がなかった時代の知覚理論は、現代の認知神経科学の成果と比較・交渉すると貧弱でお粗末なものであることがばれてしまう。
過去の哲学書の多くはこういう弱点をもっている。
そこで、保守的な哲学教授は現代科学との対話を毛嫌いするのである。
しかし、科学史的方法を用いれば、古代と近世の哲学思想は過去の科学のみならず現代の科学と十分対話可能である。
その点すら無視して、科学と哲学の対話を排除する姿勢はそれこそ非哲学的(非愛知的)である。
しかし、現代哲学の中には現代科学と積極的に対話するグループがかなりある。
英米の心の哲学はその代表である。
もともと経験論ないし経験主義に根差した英米の哲学は科学とその実証性を重んじ、哲学の現実への適用と実用性を提唱してきた。
この姿勢はいわゆる科学哲学とも違うものであり、哲学的科学あるいは科学的哲学、略して「哲-科学」の傾向を体現したものである。
イギリスの哲学者ラッセルは「哲学における科学的方法の適用」ということをはっきり主張した。
古代のアリストテレスにもすでにその傾向は表れていたのである。
とにかく、科学と積極的に対話しながら、事象そのもの、ならびに問題そのものと格闘し、理論体系を構築することが求められる。
それが私の言う「哲-科学」の理念である。
いつか『哲-科学の提唱』という本を書きたいものだ。
哲学はアートである。
日本では過去の哲学者の思想を解釈することが哲学だと思い込まれているが、そんなのは哲学学ではあっても哲学そのものではない。
本当の哲学は、哲学書の創作であり、哲学理論の構築であり、哲学のアクロバチックな技の披露であり、名人芸、つまりアートである。
それゆえ、日本において本当の哲学を志す者は、哲学研究者(哲学文献学者)からではなく、大小説家から創作の手法を学んだほうがよい。
少なくても、西洋の大哲学者から哲学理論の構築法を学んだほうがよい。
つまり、プラトン、アリストテレス、カント、ヘーゲル、ハイデガー、ホワイトヘッドなどを研究し解釈するのではなく、彼らの方法を模倣し自ら新理論を構築するのである。
本は読んでも読まれるな、である。
大哲学者を偶像化し彼らの思想の解釈に一生を捧げる代わりに、自ら大哲学者になろうとするのである。
そのためには、西洋の過去の大小説家から学びつつも自ら名作の創作に勤しんだ日本の大小説家のやり方を見習ったほうがよい。
国民は景気が良くなれば政府は正しいことをしていると思ってしまう。
自民党は昔からこの傾向をうまく利用し、人気を得てきた。
アベノミクスに代表される経済重視の政策は、弱者軽視・経済強者優遇の格差社会の温床でしかない。
金持ちの生活と財産が安定しても、経済は潤わない。
中産階級以下の貧乏人の中にも大変な努力家や能力が高い人や社会に貢献している人はたくさんいる。
彼らは頑張らなかったから貧乏になったのではない。
一部の人の地位を高め金持ちにする社会制度によって「金の横流しシステム」が形成され、それが堅固なものになることによって、彼らは貧乏人の地位に縛り付けられたのである。
社会全体の生産と安定は、裸の王様的な社長、大臣、教授、医師、弁護士などによって支えられているのではない。
それは労働者と身分は低いけど真に能力のある実力者によって支えられているのだ。
そもそも貨幣とその流通によって左右される経済自体には、人類の生存を維持し社会を実質的に発展させる力はない。
自民党は、原発再開などというとんでもない政策案を打ち出しているが、そこには自然との共存の生態哲学は全くない。
ただ経済が潤えばいいと思っているのだ。
なぜ、人は金ばかり求めるのだろうか。
また、なぜ会社や大学は正社員や教授の終身雇用にこだわるのだろうか。
無能な怠け者が高い給料をもらっていても、経済は潤わないし、文化も技術も進歩しない。
怠け者は去れ!!
中産階級や最低層でまじめに働いている人や能力が高い人の賃金や地位を引き上げ、彼らに消費させた方が経済も潤い、国力は高まるのである。
少数派の富裕層の消費は、これら数千万人の消費総量に比べれば雀の涙である。
もちろん「金の横流しシステム」を安定させたい人たちは、経済弱者を悪者にして、高額所得者の地位をより堅固なものにしたがる。
ところで、自民党は2011年の日本の危機のとき野党だったのをいいことに、あの危機の責任を民主党に押し付け、調子こいているが、そのうち自然の怒りが爆発することを忘れるなよ!!
経済重視に偏向した自民党の弱みは2011年のような自然の大災害なのは間違いない。
高度成長期に大活躍した自民党だが、その大活躍は大きな自然災害がなかったことに負っているのだ!!
つまり、空元気、ハッタリ、裸の王様、スネ夫なのである。
日本の大女優・松坂慶子は、『愛の水中花』を歌っていた27歳のときが美の頂点でした。
その美貌はおそらく日本史上最高クラスで、グレース・ケリーを若干上回っていた、と言えるでしょう。
松坂さんの強みは美貌(顔の造形美)とともにグラマーなスタイル・プロポーションにあります。
顔が東洋美人でスタイルが欧米風と言われていました。
日本美人ではなくて、東洋美人なのです。
父親が韓国人、母親が日本人のハーフなので当然ですが。
ところで、最近振る舞いが悪い橋本愛はもっと頑張らないと松坂さんにはとうていかなわないぞ。
前に取り上げたアメリカ生まれのハリウッド美人女優グレース・ケリー(1929-1982)に再び登場してもらいます。
前の記事の画像がすべてそうであったように、グレースの写真は右斜め前から写したものが多く、正面や左側からのものが少ないと思います。
先日、池袋西武のリブロ書店でハリウッドのスターの生写真が展示され販売されていました。
当然グレースのものもありましたが、それはネットに流布した画像とは違い、見たこともないような正面からのものでした。
価格は数十万円でしたが、その美貌を改めて確認して満足しました。
そこで、ネットに流布した画像のうちで比較的それに近いものをピックアップしてみました。
長年アサヒのスーパードライを呑んできたが、2010年の夏から第3のビールに変えた。
サッポロビールの「麦とホップ」をまず呑み始め、その後サントリーの「金麦」に乗り換えた。
スーパードライは10年近く呑んでおり、その前はキリンの一番搾りを10年ぐらい呑んでいた。
第3のビールに乗り換えたときは、味が少し落ちたように感じたが、その後「変わらないなー」と思うようになった。
これは味の話したが、次第に酔い方がスーパードライと違うな、と感じ始めた。
また、第3のビールのほうが頭痛を引き起こしやすい、ということに気付いた。
特に「金麦」はそうだと思った。
去年の8月に金麦が原因で夏風邪を引き、2週間ほど呑まなかった。
その後再びスーパードライに乗り換えた。
そして、今年の4月までそれを呑んでいた。
ただし冬場は月に5回ぐらいしか呑まなかった。
5月からまた金麦に変えて毎日呑むようになったが、また頭痛を感じやすくなった。
ネットで調べると、金麦などの第3のビールが頭痛を引き起こしやすいという意見が多数ある。
とにかく、第3のビールは安価なのはいいが、悪酔いと体調不良(特に頭痛)を誘発しやすいのだ。
・・・・・・・・
ということで、またスーパードライに戻ることにした。
毎月10冊近く買う本を2冊ほど減らせば、差額は埋めれるし。